第2話 国家の寿命と、エネルギー事情と。
バーゼフは語る。
「みんなもよく知っているように、我が国の動力機関は、今、かなり大きな転換期を迎えている。100年ほど前に利用が始まった石炭を燃料とする蒸気機関は、軍需・民需問わず盛んに使われるようになって、20年ぐらい前に最盛期を迎えた。一方、30年ほど前に発見された魔石精製燃料による高出力な内燃機関の開発は、統一戦争での大活躍も後押しして、現在は広い用途で利用が始まっている。今後10年程度で、大出力を要求される動力機関は、内燃機関に置き換わると言われているくらいだ。
魔石精製燃料は、鉱山から採掘された魔石を粉砕し、高温下で触媒を用いてエーテル溶液に溶解させることで精製される。エーテル溶液に溶解させる段階は、かなり繊細な工程で、この工程の精製度によって、出来上がった
ここまでは、良いニュースなんだが、ここからが問題だ。この魔石だが、現在の割合で利用が拡大していくと、あと10年ほどで我が国は必要量を自給できなくなる。これは、国家統計情報局の将来予測として提出された情報に基づく、かなり確かな試算だ。我が国内で採掘が進められている魔石鉱山の採掘可能量だけではなく、現在発見されただけでまだ採掘もされていない魔石鉱山の埋蔵量まで含めて、好意的な予測を立てても、20年ほどしか持たない。どう転んでも、魔石は底を尽きる。
我が国が大陸統一戦争に勝つことができたのも、未だに平和を享受できているのも、
私達は、それを回避し、我が国の発展を存続させるだけの資源をどこかから調達しなければならないのだ。最も簡単な手段は、
だから、まだ誰も手を付けていない宇宙空間から、僕たちの必要なものを手に入れるんだ。それも、破滅を迎えると予測された、この10年という時間の赦す内に。」
彼の演説は、その場の空気を凍りつかせた。
最初に口を開いたのは、ヴォルト博士だった。
「閣下、その国家統計情報局の資料というのは、私達でも見ることができるものなんでしょうか」
ややしわがれた声でそう尋ねる。
「もちろん、正式には見せることはできない。戦略会議で提出された国家機密だからね。でも、僕は君たちに隠し立てするつもりはないよ。ほら。」
バーゼフは、カバンの中から、革製の書類ケースを取り出すと、その中から、紐とじされた報告書を選んで、ヴォルト博士に手渡した。
「博士、これが報告書の全編です。」
そして、他にも何枚か紙を取り出すと、僕たちにも配っていく。
「君たちには、ダイジェスト版を渡しておくよ。」
僕らは、その後、5分くらい、その資料を読んでいたと思う。
バーゼフは、ゆっくりとコーヒーを飲み、僕たちの顔が渋くなっていくのを眺めていた。最後には、僕たち4人は、かなりひどい顔をしていたんじゃないだろうか。
資料を見終わって、夢も希望もなくなった僕は、資料を机の上に起き、コーヒーカップを手にとった。飲み残しを一気に口の中に流し込むと、酸化して冷めたコーヒーは、とても苦く感じた。
更に、10分ほど、僕たちはヴォルト博士が報告書を読み終わるのを黙って待った。
博士は、報告書を机の上に起き、メガネを外してハンカチで顔を拭き、僕たちと同じようにコーヒーを飲み干して顔をしかめると、バーゼフの方を見て、次に、僕たちの方を一度見回し、目線を机の上の報告書に持っていくと、呻くように言った。
「さっと目を通しただけですが、この資源需給の見込みは、かなり入念な検討と計算の結果だと思います。統計資料の収集も丁寧ですし、統計処理も合理的で納得ができる。今回に限っては、残念ながら、と付け加えるしかないようですがね。」
バーゼフは、相変わらず、爽やかな笑顔を浮かべているが、それ以外の机を囲む3人は、顔面蒼白というべき状況だった。そんな中、バーゼフがむやみに明るく切り出す。
「ということでさ、僕たちは宇宙開発をやるんだ。宇宙空間から僕たちの国家と未来のために必要なものを得て、この辛気臭い未来を変えてしまおうよ。」
誰もが黙り込む中、僕は、無性に明るい彼に、少しイラッとしながら問う。
「バーゼフ、危惧するところはわかった。でも、重大な問題を見落としている。どうして魔石が宇宙にあるって思っているんだい?しかも、どうしてそれを僕たちの手元まで持ってこれると思っているんだい?君の計画はとてもじゃないけれど、現実的とは思えないよ。」
バーゼフは、尤もだというようにうなずきつつ、僕の問いに答えた。
「いい質問だ。最初の質問には、このあとヴォルフ博士に答えてもらおうと思う。そして、2番めの質問は、最初の質問の答えがわかったら、君が解決する問題だよ。」
僕は、いつもながら、無茶振りを振ってくる悪友に呆れながら、とりあえず、ヴォルフ博士の方を見た。
博士は、鋭い目線でバーゼフの方を見つめると、ゆっくりと問う。
「殿下、あなたはまさか、私が何度か述べたことのある、『太陽などの恒星が魔法エネルギーを生み出す源だ』という話を根拠にするんですか?」
バーゼフは答える。
「うん、私は博士のその理論は正しいと思っている。そして、あなたが導き出しながらも最終的に学会には発表しなかった統一力場方程式も、きっと世界の真理を示していると思っているよ。だから私はあなたの頭脳にかけることにしたんだ。当然、この国家の破滅を知らせる報告はいろいろな方面に届けられていて、今もいろいろなチームが破局を回避するように行動している。だから、僕もお父上にお願いして、僕なりに行動することを決めたんだ。そういうことだから、あなたは一切の責任を問われることはない。これはまだ一人の王族の道楽として行える範囲のことだからね。でも、どんな結果が出るにせよ、あなたは、統一力場方程式が正しいか、あるいは間違っているかを調べる機会を得られる。これは、僕にこの世界の理を教えてくれた師に対する恩返しと思ってもらってもいい。」
最後のところで疑問を持った僕たちのために、バーゼフはこう付け加えた。
「博士は、僕の魔法と魔導の家庭教師をしてくれていたことがあるんだ。」
そして、ヴォルフ博士の方を向き、言葉を足した。
「博士、僕たちにもう一度、魔法とは何かを教えてくれませんか?」
ヴォルフは、苦笑いしつつも、柔らかい目線に戻り、僕たちを一通り見渡し、話を始めた。
「皆も知っての通り、この世界には魔法がある。魔法とは、物理法則を無視してこの世界に干渉する
しかし、このような魔法を、目に見えるような規模で使うことができるものは、非常に限られていた。それこそ、国家統計情報局の調べによると、1000人に1人程度ということだ。自前の魔法を使って葉巻に火をつけるようなことができるものは、1万人に一人程度だし、おとぎ話の英雄みたいに軍隊の一部隊を火の壁で包み込むような魔法が使えるのは、100万人とか1000万人に一人のレベルだろう。
そこで、私達の先祖は魔導技術を開発した。おそらく想像を絶するほどの長きに渡る開発は、おそらく1000年ほど前のある時、ついに実を結び、
魔石は、魔法を使うことのできる生物が体内に宿している鉱物で、通常は魔法エネルギーを内部にためているが、外部からある一定以上の魔力を与えるとそれが呼び水のように作用して、エネルギーを取り出すことが可能になる。この古くは、魔石は魔物と呼ばれる魔法生物を倒して手に入れられていた。しかし、魔石が価値を生み出すと、人類は次々と魔法生物たちを打倒し、絶滅へと追いやっていった。魔法生物から魔石が手に入りづらくなった人類は、他の魔石の入手方法を探していき、最終的には、一般の鉱石と同じように地下から採掘できることを見つけ出した。そして、現在に至るまで、魔石は地下資源の一つとして取得されている。
と、まあ、ここまでは、皆も歴史の授業とかで聞いたような内容だろ?」
ヴォルフ博士の問いかけに、皆首を立てに振ったり、「はい」と返事をしたりした。
「では、この魔石、どうして地下に埋まっていたんだろうか?
そもそも、魔石とはどのようにできるのであろうか?
現代の主流な学説では、鉱物として地下から発掘される魔石は太古の魔法生物の死骸に含まれていた魔石で、大量絶滅が起こったタイミングで多くの魔法生物の魔石が対応する層に閉じ込められるため、特定の地層から魔石が採掘されるのだとされている。これは、一見理が通っているように思うのだが、では、魔法生物の魔石はどうやって作られるのであろうかという疑問が出る。
私のその疑問は、ある時、同僚が行った実験によって、ある仮説を生み出した。彼は、魔石の再利用の研究を試みていた。彼は、魔石に高い魔力をかけ続けると、魔石の魔法エネルギーが回復することを発見した。そして、いくつもの条件下で試していたところ、水中で同じ実験をすると、空気中で行う時よりも小さな魔力でも、魔石にエネルギーを蓄えることができることを見つけたのだ。それを見ていて、私は思った。魔石の化学的な成分は、
しかし、実験の結果、魔石にはなるが、それには膨大な魔法エネルギーを要するということが判明し、この仮説はついえた。私とその同僚行った実験では、同質量の人造魔石を作り出すために、100倍~500倍の質量の魔石に含まれる魔法エネルギーが必要な有様だった。とてもではないが、『人造魔石』は割に合わなかったのだ。
そんな状況なので、未だ魔石がどのようにして作られるのかははっきりしていない。しかし、生物学や医学・解剖学の進歩から、魔法使いを始めとした魔法を利用できる生物は生まれたときには魔石を持っていないが、成長するにつれて、魔石を体内に生み出し、次第に肥大化させていくことがわかっている。実に不思議なことだ。」
博士はここで一度話を切った。
僕はふと疑問に思うことを口にする。
「ヴォルフ博士、お話はよくわかるのですが、これと宇宙での魔石獲得とが、どうつながるのでしょう。まさか、魔石の起源が宇宙空間なんですか?」
「実は、そのまさかなのではないかと、私は疑っているのだよ。
私の専門は、魔力がどのように伝わり、自然現象に効果を及ぼすかを突き止める、魔法力学だ。私は、研究の中で、魔法エネルギーがどのように伝わっていくのかを調べていた。魔法エネルギーは、魔導金や魔導銀といった魔導金属で作成された受波器を用いることで、魔力の強さとして検知できる。これを用いて、効率的な魔力の伝送方法を検討しようという研究を行っていた。
研究が発展していくと、一つ不思議なことが見つかった。それは、魔道具を用いているわけでも、誰かが魔法を使っているわけでもないのに、なぜか受波器が魔力を検出してしまうのだ。検出された魔力は取るに足らない小さな大きさだったが、精度が向上した検出器のノイズレベルを上回る大きさであった。これは、何らかの魔力源が自然界に存在することを示唆していた。
このノイズについて、調べていると、なんと日周変化が見つかった。ノイズの大きさが、一日の周期で増減するのだ。しかも、昼間に大きく、夜になると非常に静かになっている。そこで、最も関係しそうな太陽に受波器を向けてみた。その結果、ノイズの発生源は太陽であるということが確かめられたのだ。
つまり、太陽は、ごく微弱ではあるが魔力を常に放出しているということを突き止めたのだ。そして、その魔力も推定した。同時に、同僚に頼み込んで、水晶への魔力注入実験を真空中で行ってもらったよ。
だが、結果は冷酷だった。魔力注入実験は水中よりはるかに効率的な結果だったが、魔石一つを作るのに、10から50倍の質量の魔石の全魔法エネルギーが必要だった。太陽がいかに継続的に地球を照らしているといえど、このエネルギー効率は無視できないレベルで、推定した太陽の魔力を考えると、いかなる魔法使いも魔物も到底魔法を使うことができるほどエネルギーを得られないことになった。
しかし、最後の最後で、私は気がついたんだ。重大な問題を忘れていたことに。
魔力の伝達は、大気によって大きく阻まれている。なぜか大気中よりも水中のほうが効率よく伝搬するようだ。そして、真空中ではほとんどエネルギーを失わないようだった。つまり、太陽から地球の大気圏までは魔法エネルギーは減衰せずに届き、大気圏で大きく減衰して地表まで届いているのではないか、そう思ったのだ。
そして、減衰を入れた魔力の伝播方程式を組み上げようと、今まさに研究を行っている。簡単な計算だが、私の計算が正しければ、この地球の周りを回っている3個の月の表面にある石ころは、非常に高いエネルギーを蓄えた魔石となっているはずだ。」
バーゼフが話を次ぐ。
「そういうことで、僕たちは、月から資源を得られる可能性があるんだ。やることはとっても簡単。月に行って、月の石を持って帰ってくる。たったこれだけだ。もし博士の説が正しくって、月の表層の石がみんな魔石だったら、鉱山で採掘される魔石含有量が数%程度の鉱石なんて、あっという間にゴミになるよ。」
机を囲んで話に聞き入っていた僕たちは、博士のにわかには信じられないこの話を理解するのに少しの時間を要した。バーゼフの蛇足じみた補足は、そういう点ではちょうどよい時間を僕たちに与えてくれた。
考えがまとまった僕は、口を開く。
「バーゼフ、ヴォルフ博士、話の概略はわかりました。とても夢と希望がある話かと思います。でも、ひとつだけ、聞かせてください。
僕たちは大陸を統一するような大国の増大しつつある魔石需要を満たす必要に迫られています。このさえ、月からの輸送手段も、輸送コストも見なかったことにするとしても、本当に月にそれだけの魔石ができるだけの魔法エネルギーが蓄えられているのでしょうか。」
ヴォルフ博士は、少し目線を鋭くしつつ、答えた。
「うん、大変よい質問だ。実は私もまだわからないんだ。正直、どうやって精度よく推定したものかと思っている。先ほど言った想定も仮定に仮定を重ねたものだ。根拠とするに堪えるような推定方法を一緒に考えてはくれないか。」
僕は、内心やっぱりかと思いつつも、
「ですよね。わかりました。手始めに、先程の試算をどのようにされたのかを教えてください。」
と答えた。
「あ、あの、」
先程から黙り込んでいたテレシフ大尉が声を上げる。
「そのお話ですけど、月ってものすごく遠いですよね。月に行くほうが
エネルギーを使ってしまって、結局採算が取れなくなるってことはないですか。」
バーゼフがようやく自分の番がきたとばかりに答えた。
「そのとおり。だから、君には効率よく付きに行く方法を考えてもらおうと思っているんだ。」
テレシフ大尉は「ゲッ」と吹き出しが見えるような、後悔と困惑と驚きの合わさった顔をし、少し諦めた感じになってから
「国家と王室のために、全力を尽くします」
と言った。
バーゼフが話をまとめる。
「じゃあ、これから月からの資源獲得のために、みんなで頑張っていこう。
みんなで月を目指すんだ!今日から楽しくなるね!」
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僕たちがまず行ったのは、ヴォルフ博士の魔法力学の理論を勉強することだった。魔力も魔法エネルギーも、あくまでも力やエネルギーであり、何らかの仕組みで空間を伝わっていくものなので、僕たちの元いた世界と同じような数学と物理の表現で表すことができる。博士の長年の研究は、魔力は電磁波のように空間を伝わっていくということを明らかにしていた。発生源で生成された魔導エネルギーは、拡散方程式と波動方程式に則って散逸しつつ伝播していくのである。目下の最大の発生源は太陽で、約150億キロ離れた地球圏まで到達する。この現象は方程式で書き表せるので、太陽での魔導エネルギーの発生量と月の位置がわかれば、月面に降り注ぐ魔導エネルギーの量がわかる。
ちなみに、この段階まで説明が進むのに、2時間以上の時間を要した。
バーゼフは、「僕はみんなのマネジメントが仕事だからね!」と開始10分も経っていないうちに宣言して、「殺風景なこの部屋をなんとかしないと!」とか言って離脱していった。
テレシフ大尉は、はじめ、博士が次々と出してくる数式を手元の紙に書き写し、
僕は前世の大学院時代にそんなことをしていて書痙に掛かりそうになった思い出をフラッシュバックさせながら、丁寧に式を追うことは諦めて、変数の行方を追いかける程度にしていた。
説明は昼食を挟んで、夕方の4時頃まで続き、沈みゆく夕日を背景に、月が2つ登って来たタイミングで一応のケリがついた。
「...ということで、この値をはじき出したというわけだ。長い間ご苦労さんだった。」
その場には、喋りすぎて、もとからしわがれた声が余計にひどくなったヴォルフ、いつの間にかかなりの厚みになったメモ用紙を抱えるテレシフ大尉、そしてやることの多さに頭を抱える僕というシュールな光景が広がっていた。
最初の一日を費やして僕たちが得られて現在の研究の進展は、以下のようなものだった。
・魔力は電磁波のように空間を波として伝わっていく
・真空中では、ほとんど魔導エネルギーは失われない
・大気中や水中では、伝わるに従って魔導エネルギーを失う(減衰する)
・太陽から放射される魔導エネルギーの量は概算できた
・月の表面が得られる魔導エネルギーの量も概算できた
そして、僕たちは、明日からこの情報を前提として、我が国を襲う国難へ対抗できる方法を検討することになった。
======あとがき======
みなさん、こんばんは、はざまです。
今回は、いろいろな設定の説明会です。教科書の初めの方の定義ばっかり載っている面白くない場所に相当するものです。ご容赦いただければ...
誤字脱字を見つけられましたら、コメントで教えていただければと思います。
また、設定の矛盾や計算ミスなどのご指摘もお待ちしています。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
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