白雪姫と毒林檎
@tadanoniito
第1話
白雪姫は、毒だと知りながら毒林檎を食べたんじゃないか。
ふと、そんなことを思った。クスリが切れてきたのかもしれない。ベットの上のぬいぐるみたちを押しのけて、机の上の薬包紙に震える手を伸ばす。
苦くて甘い味が口の中に広がる。クスリをやっていて、この瞬間がいちばん嫌いかもしれない。身体が訴える不快感に、否応なく現実が押し寄せてくる。ベットに倒れ込んで必死に耐える。
しばらくすると、目の奥がカッと熱くなる。魔法の始まりだ。わたしはベットから飛び起きて、つんのめるような歩き方で部屋がぐるぐると回り始める。そこらじゅうに散らばるぬいぐるみがうざったいから、ひとつひとつ拾って投げつける。
さぁ、今日は何をしよう、くるったあたまにたのしいゆめがあふれてくる。アハハ、このクソみたいな人生に乾杯!
手を伸ばして乾杯の仕草をすると、私の手にはいつのまにかワインがある。こういうときはいっつもビールのはずなのに、わたしはあたまはどうしちゃったんだろう。ちょっとイライラするからリンゴが欲しい。
あたりを見回せば、そこはいつのまにかお城の中。周りにはキレイなドレスの人がたくさん居て、わたしも青いドレスだ。なるほど、そういうことね。わたしは一気に機嫌が良くなる。
見た感じ舞踏会っぽいけど、わたしはこの部屋から出られない。となれば、待っていれば勝手に物語が進むか。わたしはベテランのヤク中なので、その辺はものわかりがいいのだ。
「今日も綺麗ね、白雪姫」
なつかしい声の聞こえてふりかえると、ゆりちゃんがいた。高校からだから、3年ぶりだろうか。わたしの大親友だったゆりちゃん。ゆりちゃんがいるってことは、ともくんもいるのかな?とりあえず、返事をしてみる。
「ありがとう、ゆりちゃん」
「王子様を振り向かせることはできなかったけどね」
あーあ、ゆりちゃんじゃなかった。王子様を盗んでいった、あの女だ。わたしには友達って言うクセに、いっつも、ともくんとわたしをうらやましそうに見てたもんね。白雪姫ってことは、いじわるな継母役にはピッタリかも。
「大丈夫かい?白雪姫」
あっ、ともくんだ!王子様の格好がしたともくんがそこにいた。
「大丈夫だよ」
わたしがほほえみかけると、ともくんに恥ずかしそうに頭の後ろをかく。よかった。前のともくんのまんまだ。
そのまま場面はかわって、高校の教室になった。ともくんが目の前にいる。少しクスリが切れてきた気がする。
ともくんは、申し訳なさそうな顔をして言った。
「ごめん。俺は君とは付き合えない」
頭のクラクラする。これ以上考えちゃいけない。どう思うけど、口の勝手を動く。
「なんで?わたしのこと好きって言ったじゃん!」
ともくんの気まずそうが頭を掻く。
「それは友達としてっていうか……そもそも俺はもう、ゆりと付き合ってるし」
私に何も言えずに、うつむくことしかできなかった。
「じゃ、俺はこれで」
ともくんのまた行ってしまう。追いかけようとして手を伸ばしたけれど、現実の壁に阻まれた。わたしのそのままくずれおちた。
気がつくと、いつもの路地裏にいた。息切れがする。カッターで切った傷が痛い。私は叫ぶこともできずにうずくまる。痛い……痛い痛い痛い痛い! 痛い?お姉さんがやって来た。クスリのお姉さんだ!わたしは唐突に思い出す。
「お薬要る?」
「はい、もちろん」
私はお姉さんに連れられて、ホテルに入っていった。
早くクスリをくれないかなぁ、と思っているうちに場面はかわって、森の中のちいさな小屋になった。
「さぁ、リンゴをお食べ」
誰かが差し出してきたのは、薬包紙に包まれた白い粉。差し出したのはゆりちゃんにも見えたし、わたしにも見えた。お姉さんにも見えたし、なんならともくんにもちょっと似ていたかもしれない。わたしが手を伸ばして、その瞬間、ふっと私の部屋に戻った。
王子様のキスも、しあわせな結婚も、ぜーんぶ白雪姫の妄想。毒リンゴに汚されきった、白雪姫の妄想。
白雪姫は、毒だと知りながら毒リンゴを……
白雪姫と毒林檎 @tadanoniito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます