第10話 末路

 ──ジェラルド視点──



 後日、俺たちは三人パーティで、Aランクダンジョンに挑んでいた。


 俺、ダニエル、ルーシーの三人だ。


 ダンジョンの通路を歩きながら、俺は内心の苛立ちを言葉にする。


「くそっ、回復しか能のない【神官】ごときが、足元見やがって……!」


 治癒魔法の使い手を求めて声をかけた【神官】たちは、どいつもこいつも、あろうことか報酬配分折半を要求してきた。


 つまり、ダンジョンについてきてちょっと回復役を担うだけで、俺たちと同じだけの報酬を寄越せというのだ。


 あり得ない。強欲もいいところだ。

 このAランクパーティ『ペイルウィング』に加入できるだけでも、栄誉だとは思わないのだろうか?


 そもそも冒険者の間での慣習がおかしい。


 敵をどれだけ撃墜しているかに関係なく、【盗賊】も【神官】も同割合の報酬配分を受けるという、何も考えていないバカどもの論理が幅を利かせている。


 だから【神官】の連中も、疑いもなくそれを要求してくる。


 冒険者の間の意識改革が必要なのに、うちのパーティメンバー以外の誰も、それを分かっていないという由々しき状況だった。


「まあいいじゃねぇかジェラルド。だったら三人でやるまでだろ。その分だけ一人当たりの報酬は増えるんだ、構いやしねぇよ」


「……まぁな」


 ダニエルの言い分は一理ある。


 細々とした面倒事を押し付けられる相手がルーシー一人なのは心もとないが、まあルーシーは俺に逆らわないから、適当にこき使えばいい話だ。


 そしてAランクダンジョンを踏破するだけなら、俺とダニエル、ルーシーの三人だけで問題はないはずだ。


 何せ、役立たずのクリードがいたときは、それで回っていたのだから。


『例えば──俺がいなくなったら、ダンジョンに仕掛けられた罠はどうする? 俺以外の誰も、発見も解除もできないだろ』


 クリードの声がよみがえる。


 ダニエルと俺が「罠なんて踏みつぶせばいい」と言ったら、あいつは心底呆れた顔をして、ため息をつきやがった。


 今思い出しても腹が立つ。

 あの勘違い野郎の上から目線のすまし顔が、どうしてこんなに引っかかるのか。


 と、そのとき──


「「あっ……」」


 いつぞやと同じだった。


 足元の床がカパッと開いて、ダニエルが落下したのだ。

 落とし穴。


 あのときと違うのは、考え事をしていたせいか、俺までもがそれを回避できなかったことだ。


 落ちなかったのは、後衛を歩いていたルーシーだけ。


 またもう一つあのときと違ったのは、落とし穴の底の仕掛けだ。

 そこにあったのは、毒の塗られたスパイクではなく──


 ──ザッパーンッ!


 俺とダニエルは、落とし穴の底にあった何かの液体に飛び込んでいた。


「「──ぐぁあああああっ!」」


 液体の中に落ちた俺は、全身を焼けただれさせるような肌の痛みに叫び声をあげていた。

 ダニエルも同じだ。


 その落とし穴の底にあったのは、強酸のプールのようだった。


 立ち上がっても腰から下が浸かるほどの酸のプールは、身に着けている鎧など何の関係もなく、俺たちの肌をあっという間に爛れさせていく。


 痛い、痛い、痛い──!


 これはもう、まずいどころの話じゃない。


 しかも落とし穴はかなり深く、穴の壁も凹凸が見当たらないつるつるのもので、自力では到底登れそうになかった。


「ぐわぁああああっ! くっそぉおおおおおっ! ル、ルーシー、早く助けろ! 俺が先だ!」


「ぐぅうううっ、ジェラルド、ふざっけんなよテメェ! おいルーシー! 俺を先に助けろ!


「はあっ!? ルーシーは俺の女だ! 俺を先に助けるに決まってんだろうが!」


 俺とダニエルが互いに言い合いをする中──


 落とし穴の上からのぞき込むルーシーの目は、かつて見たことのないほど冷たいものだった。


 その目を見て、俺はゾッとした。

 あんな目をするルーシーを、俺は知らない。


 いや、冷たい目というのも、少し違う気がする。

 どちらかというなら、あれは──


 そう、狂気に侵された目だ。


 俺たちを見下ろす【賢者】の口元が、薄く吊り上がる。


「なぁんだ、こんなに早くチャンスが来るなんて。──ジェラルド様、私も一度は、本当にあなたを愛していたんですよ。でも──さすがに私だって、人間じゃないですか」


 ルーシーはわけの分からないことを言いながら、杖を掲げて呪文の詠唱を始めた。


 空中浮遊レビテーションの魔法を使って、俺を浮かせて引き上げるつもりなのだと思っていたら──


「燃え盛る火球よ、爆炎となりて、かの人たちを焼き尽くせ──ファイアボール」


 ルーシーが掲げる杖の先に生まれた火の玉が、なぜか俺に向かって落ちてきた。


 火の玉は俺の顔面に直撃して、ダニエルも巻き込む大爆発を引き起こした。


 その後もルーシーは、瀕死の重傷を負った俺たちに向かって、何度も何度も爆炎魔法を叩きつけてきて──

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