第8話 誤算

──ジェラルド視点──



 前回のダンジョン探索は散々だった。


 いったい何が問題だったのか──

 俺たちは状況分析のために、酒場で話し合いをしていた。


 と言っても、メンバーは俺を含めて三人だ。


 新入りの【射手】の娘は、ダンジョン探索を中断して帰還した後、なぜかパーティを抜けていってしまった。


 やはり新人をいきなりAランクダンジョンに連れて行ったのは、無理があったかもしれない。


 俺たちAランク冒険者なら難なく踏破できるダンジョンも、新人のFランク冒険者にとっては怖かったのだろう。


「ちっ、せっかくの上玉が、逃げ出しやがってよぉ。俺たちはAランクだぞ。ありがたく玉の輿に乗っとけよクソガキが」


 ダニエルはエールをかっ食らいながら、しきりに愚痴をこぼしていた。


 あの【射手】の娘をパーティに入れようと言ったのはダニエルだ。

 俺とルーシーの間柄を見て、自分も女が欲しいとずっと思っていたらしい。


 もっとも俺とルーシーは、幼い頃からの付き合い──主人と従者の関係だ。


 俺たちが加護を受けて冒険者になるよりもずっと前、貴族家の息子と召使いの間柄だった頃からずっと調教して躾けてきたのだから、そうそう俺たちのようにはいかないだろう。


 俺はダニエルに言ってやる。


「バーカ、お前はいきなりがっつきすぎなんだよ。まずは時間をかけて手懐けろ。食うのはそれからだ」


「ちっ、めんどくせぇな。こっちはすぐにでもヤりてぇってのによぉ」


「ハハッ、もっと女の扱いってものを考えるんだな」


「あー、クソッ、腹立つ! せっかくクリードのやつを追い出したってのによぉ」


「そうだな。そっちのほうが問題だ」


 便利だから飼っていた足手まといのクリードを追い出して、一発目のダンジョン探索があの無様な結果だ。


 まさかルーシーが、あんなに早く魔力切れを起こすとは思わなかった。


 だが魔力を回復するマナポーションは高価だし、使ったらなくなる消耗品に高い金を払うのはバカのやることだ。

 何か別の策を考える必要があるだろう。


「つぅかよ、あのサーベルタイガーども、強さがおかしくなかったか? いつもはあんなめんどくせぇ動きはしなかっただろ」


 ダニエルがソーセージを食いちぎりながらぼやく。

 それだ。


 今回のダンジョン探索で遭遇したサーベルタイガーの群れは、これまで戦った同種のモンスターとは段違いの厄介な動きを見せてきた。


 姿形の似た新種のモンスターかもしれないと思ってギルドにも報告してやったが、これまでにそういった報告は受けていないと言われた。

 それに落とした魔石も、通常のサーベルタイガーのものと同じだという。


 だとすると、ダンジョンのあの部屋に、何らかの魔法的な力が掛かっていたのだろうか。


 真相は分からないが、厄介であることに違いはない。

 そう滅多に遭遇するものでもないだろうが、一応視野に入れておく必要はあるな。


 と思っていると、ルーシーがボソッと、こんなことを口にした。


「ダニエルさん。それはたぶん、これまでとは違ってクリードさんの援護射撃がなかったからではないかと」


「……ああ? 何だそりゃ?」


 ダニエルが不機嫌そうに返すと、ルーシーはおずおずと答える。


「クリードさんはいつも、敵の動きを妨害するように的確な援護射撃を行っていました。それがなくなったせいで、これまでよりも敵が強く感じられるのではないかと……」


 そのルーシーの言葉に、俺は強い不快感を覚えた。

 無能のクリードを評価する言葉だったからだ。


 そしてルーシーの言葉を不快に思ったのは、ダニエルも同じだったようだ。


「……はあ? そんなわけあるかよ。じゃあ何か、ルーシー? 俺やジェラルドには、クリードの野郎がいなけりゃサーベルタイガーごときに苦戦するような腕しかねぇってのか?」


「…………はい」


「ふざけんな!」


 ダニエルが拳でテーブルを叩いた。

 テーブルがひっくり返り、料理の乗った食器や酒が床に落ちた。


 周囲の客が騒めいて、俺たちのほうを見てくる。

 従業員の一人がやってきた。


「あ、あの、お客様……」


「チッ……! んだよ、金払やいいんだろ! オラさっさと片付けろ! あと新しい料理だ、早く持ってこい!」


「は、はい」


 くそっ、ダニエルのやつ、荒れやがって。

 だが気持ちは痛いほどわかる。


「おい、ルーシー」


「……はい、ジェラルド様」


 俺が声をかけると、ルーシーはびくっと震えた。

 俺の機嫌が悪いかどうか、声色一つでルーシーには分かるはずだ。


「ダニエルが怒るのも当然だ。俺たちの実力がその程度なわけないよな。ルーシー、お前、いつからクリードのやつに肩入れするようになった?」


「……すみません、ジェラルド様」


「すみませんで済むか。あとで折檻だ、いいな」


「……はい」


 最近、心なしかルーシーが反抗的な態度を見せることが多くなった気がする。


 あらためて躾けなおして、誰がご主人様であるかを思い出させてやる必要があるだろう。


「だがどうするジェラルド。あの【射手】のメスガキがいなくなって、パーティが三人になっちまった」


「そうだな。別に三人でも大きな問題はないが、雑用と保険のために、もう一人【神官】あたりがほしいところだな」


 ルーシーの魔力消耗の大きさは、治癒魔法をやたらと使ったせいだろう。


 今回はたまたま運が悪かっただけだと思うが、治癒魔法の専門家がいればそれなりに役に立つのも確かだ。


 もっとも戦力にならない分だけ、報酬配分は減らす必要があるだろうが。


 俺、ダニエル、ルーシーがそれぞれ三・三・三で、【神官】の報酬を一にするぐらいが妥当なところだろう。


 そういう意味では、クリードのやつも報酬を減らして使ってやっても良かったかもしれないな。


 ……いや、ダメか。


 あいつは無駄に口うるさいし、自分を有能だと勘違いしているせいか、やたらと上から目線でムカつくところがある。


 こっちのストレスも踏まえれば、報酬配分ゼロでも釣りが来るぐらいだ。


 今思えば、便利だからといってよくあんなやつを使っていたものだと、自分の忍耐強さに感心してしまう。


 今頃クリードのやつは、どうしているだろうな。


 自分の実力でAランクになったと勘違いしている奴だから、どこのパーティからも相手にされずに、日銭も失って残飯漁りでもしている頃かもしれない


 そう思うと、あんなやつでも少し可哀そうだと思ってしまうのだから、俺の心優しさも底抜けだなと思った。

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