第7話 ある【射手】の少女が見た風景(3)

 ジェラルドさんたちについてダンジョン探索を続けていく。


 正直に言って私は、今すぐにでもパーティを離脱して、迷宮都市に帰ったほうがいいんじゃないかと思い始めていた。


 でもここまで来て帰るとは言いづらく、私は惰性でジェラルドさんたちについていってしまった。


 だって、帰ると言って理由を聞かれたら、どう答えたらいいんだ。

 ジェラルドさんたちのことが信用できませんので、なんて新人の私が言ったらどうなる?


 とてもじゃないけど、そんなことは言えない。

 だから私は、状況に流された。


 ダンジョンで次に遭遇したのは、モンスターの群れだった。

 少し大きめの広間に、動物型のモンスターが四体。


 そのモンスターは虎に似ているけど、上あごから伸びる二本の犬歯がナイフのように鋭く伸びていた。


 冒険者養成学校の授業で習った覚えがある。

 あれは確か、サーベルタイガーというモンスターだ。


「よし。さっきは後れを取ったが、今度は戦闘だ。挽回するぞ」


「おうよ」


「……はい」


 ジェラルドさんとダニエルさん、それにルーシーさんの三人がすぐさま戦闘態勢を整える。


 心なしか、ルーシーさんに元気がないように見えるけど、気のせいだろうか。

 まあ、あんな扱いをされたら元気がなくなるのも当たり前だと思うけど。


「お前さんは適当に援護してくれればいいぜ。ここのモンスターは、俺たち三人で問題なく倒せる相手だからな」


「は、はい。ダニエルさん」


 ダニエルさんに言われ、私は精一杯の返事をする。


 ジェラルドさんたちへの信頼は薄れていたけど、それでも私よりも遥かに実力あるAランク冒険者であることに違いはない。


 足手まといにならないことを最優先に考えて立ち回ろう。

 私は背中の矢筒から矢を一本取り出し、手にしたショートボウにつがえる。


 サーベルタイガーたちが、こちらに向かって駆けてきた。


 その速度はさすがに素早くて、すぐに接近戦に持ち込まれそうだったけど、それよりも早くルーシーさんの魔法が発動した。


「燃え盛る火球よ、爆炎となりてわが敵を焼き尽くせ──ファイアボール!」


 ルーシーさんが杖の先から魔法を放つと、生まれた大きな火の玉は、こっちに向かってきていた四体のサーベルタイガーたちのど真ん中の地面に着弾、大爆発を巻き起こした。


 でも爆炎がやみ終わる前に、それなりのダメージを負った様子のサーベルタイガーが四体、炎の中から飛び出してきた。


「くっ……!」


 私は構えていた弓から、矢を放つ。

 サーベルタイガーの一体を狙ったけど、わずかに狙いが逸れて、私の攻撃は外れてしまった。


「ははっ。いいよ、気にしないで」


「あとは俺たちに任せな!」


 ジェラルドさんとダニエルさんが、それぞれ大剣と斧を手に駆け出していく。

 そしてそれぞれ、二体ずつのサーベルタイガーと交戦に入った。


 こうなると、さすがにAランク冒険者だ。


 二人とも相当な腕前の戦士で、一人につき二体のサーベルタイガーを相手取っても、遜色のない戦いぶりを見せる。


 だけどそれにも、さすがに限界があった。


「──ぐぁあああっ! バ、バカな。この俺が、こんな雑魚にてこずるはずが……!」


「がっ、くそっ……! サーベルタイガーごときが、何でこうも動きやがる……!」


 ジェラルドさんもダニエルさんも、無傷とはいかない。


 幾度か攻撃を受けながらも、どうにかという様子で四体のサーベルタイガーを倒し切った。


 私はというと、最初の一射以外は、何もできずにいた。


 二人が接近戦をしているところに下手に矢を打ち込むと、最悪味方に誤射しかねないから、怖くて撃てなかったのだ。


 戦闘が終わった後、ジェラルドさんとダニエルさんは不機嫌さをあらわにしながら、私とルーシーさんのもとに戻ってきた。


「くそっ、どうなってるんだ。どうしてサーベルタイガーごときに、こんなに苦戦するんだ。いつもはもっと楽に勝てていたじゃないか!」


「まったくだぜ。──おい、お前ら手ぇ抜いてんじゃねぇだろうな! 援護はどうした援護は!」


 ダニエルさんに至っては、私とルーシーさんに向かって怒鳴りつけてきた。


 さっきはあんなことを言っていたのに──と思っていると、ダニエルさんははたと気付いたように、私に愛想笑いを向けてくる。


「っと、わりぃわりぃ。今のはお前さんに言ったんじゃねぇんだ。──おいルーシー、魔法の援護少ねぇだろ。何やってんだ」


 ダニエルさんの怒りの矛先は、ルーシーさん一人に向かった。


 でもその肩に、ジェラルドさんが手をかける。


「おいダニエル、人の女に何好き勝手やってんだよ。俺の許可を取るのが筋だろうが」


「ちっ……。わーったよ。だったらてめぇがちゃんと躾けろ」


「言われなくてもそうする」


 ──そこから先は、もう聞いているのも嫌だった。


 ジェラルドさんはルーシーさんに、どうして魔法の援護をしなかったのかと詰めた。


 ルーシーさんは、すでに魔力を使いすぎているから、今後の探索を考えて温存したのだと答えた。


 ジェラルドさんは、言い訳をするなと言って、ルーシーさんを引っぱたいた。


 私はもう、それを見ているのも聞いているのも嫌になって、耳をふさいで目をつぶってその場にしゃがみ込んだ。


 そんな私の頭を、ダニエルさんがなでてきた。

 私の胸の中はもう不快感でいっぱいで、わけが分からなかった。


 でもダニエルさんの手を払いのけたら私も嫌な目に遭わされる気がして、何もできず、されるがままだった。


 ルーシーさんが、どうしてジェラルドさんを慕っているのか分からなかった。


 私がこのとき思っていたのは、ただただ一刻も早く、このパーティから離れたいということだった。


 ただ一つ幸いだったのは、ジェラルドさんとダニエルさんの怪我を治癒魔法で癒したらルーシーさんの魔力が残り少なくなってしまって、ダンジョンから帰還せざるを得なくなったことだ。


 私は迷宮都市に帰り着くと、できるだけ不自然にならないように三人に別れを言って、冒険者ギルドをあとにした。


 応援して送り出してくれたお父さん、お母さん、ごめんなさい。

 私には、ここで冒険者を続けていくことは、できそうにありません。




 ──ただ、私が去り際に見た風景で、一つ印象的だったものがある。


 それはルーシーさんの姿だ。


 ジェラルドさんの隣にたたずむルーシーさんの目は、私には、狂気の色に染まっているように見えたし。

 その口元はたしかに、薄く微笑んでいたように見えたのだ。

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