第6話 ある【射手】の少女が見た風景(2)

「あの……いきなりAランクダンジョンですか? 私、あまり戦力にはなれないと思いますけど……」


 私は失礼かなと思いつつも、ジェラルドさんたちにそう問わずにはいられなかった。


 パーティに誘われた翌日。

 私がジェラルドさんたちに連れられてやってきたのは、Aランクダンジョンの入り口だった。


 新人を一から育てるというから、もっと低ランクのダンジョンから始めるのかと思ったけど、いきなりの超高難易度ダンジョンからのスタートだ。


 ジェラルドさんは、私に向かって例のイケメンスマイルで笑いかける。


「大丈夫。最初から討伐数を求めたりはしないから、安心して。実戦を経験しながら、少しずつ実力を身につけていってくれればいいよ」


「は、はい……できるだけ頑張ります!」


 不安だったけど、それだけ期待されているんだと思うことにした。

 できるだけ足を引っ張らないように頑張ろうと思った。


 緊張している私に、ダニエルさんが声をかけてくる。


「なぁに、心配するな。俺たちは実質三人で、ずっとこのAランクダンジョンに潜ってきたんだからな。それにお前のことは、俺が守ってやるからよ」


 ダニエルさんはそう言って、私のお尻をパンと叩いた。

 その際に一瞬だけ、いやらしくお尻をなでられた気がした。


「んひっ……!? ──は、はい! よろしくお願いします!」


 き、気のせい気のせい……。

 ていうかそもそも、お尻を叩く時点でどうかとも思うんだけど……。


 まあダニエルさんなりに、そういう気やすいスキンシップで、私の緊張をほぐそうとしてくれているんだろう。


 悪いほうに捉えちゃいけない。

 ポジティブに考えよう。善意善意。


 そんなわけで私は、おっかなびっくりジェラルドさんたちのあとについて、初めてのダンジョン探索を始めた。


 そして、ダンジョンに踏み込んでから思った。


 ──あれ、これやっぱりまずいんじゃないの、と。


 うっかり罠とか踏んだら、ジェラルドさんたちは大丈夫かもしれないけど、私は即死なんじゃないだろうか。


 あるいは、遠隔攻撃をしてくるモンスターに出会ったら、とか……。


 でも今さら帰りますとも言えないし、ジェラルドさんたちにも何か考えがあるんだろうと思って、Aランクの熟練冒険者である彼らを信じることにした。


 それにダニエルさんが守ってくれるって言ってたし、大丈夫だろう、うん。


 ──そう思っていた矢先のことだった。


「ぐわぁーっ!」


 ダンジョンの通路を歩いていたら、私の前を歩いていたダニエルさんが「落っこちた」。


 落とし穴だ。

 通路がカパッと開いて、ダニエルさんがそれに対応できなくて落ちたのだ。


 同じく前列を歩いていたジェラルドさんは、落とし穴が開いた瞬間にとっさに跳び退って、落下を回避していた。

 でも青い顔をしているから、本当にギリギリだったのかもしれない。


「ぐあああっ……! くそっ、痛ぇぇっ、痛ぇよ……!」


 ダニエルさんの苦痛を訴える声。


 私は穴をのぞき込んでみて、ゾッとした。


 落とし穴の下には、先端が鋭く尖った金属製のスパイクが、剣山のようにずらりと敷き詰められていた。


 ダニエルさんはそこに、真っ逆さまに落ちたのだ。


 重装甲の鎧のおかげでダメージは軽減されたみたいだけど、それでも何本ものスパイクがダニエルさんの両脚やお尻や背中に突き刺さっていたようだった。


「おい、ダニエル、何やってんだ! ──ちっ、ルーシー、ロープだ!」


 ジェラルドさんがそう言うけど、言われたルーシーさんはきょとんとしていた。


「えっ……ロープ、ですか……?」


「そうだよ! じゃなきゃこの落とし穴から、どうやってダニエルを引き上げるんだ!」


「え、でも……ロープなんて持ってませんけど」


「えっ?」


「えっ?」


 ジェラルドさんとルーシーさんが、互いに顔を見合わせる。

 その間にもダニエルさんは「痛ぇ、痛ぇよ」とうめいている。


 ジェラルドさんが、ルーシーさんに向かって怒鳴った。


「はぁ……!? なんでロープごとき持ってないんだよ!」


「な、なんでと言われましても……すみません。これまでそういった細々とした道具は、すべてクリードさんが用意していたものですから……」


「くっ……! あいつはもういないんだから、そういうのは全部お前が用意しておかないとダメだろうが! ったく、気の利かないやつだな!」


「で、でも……! ……すみません」


 ルーシーさんは納得いかない様子ながらも、不承不承、謝った。


 私はそのやり取りを見て、気持ちが一気に冷めていくのを感じていた。


 ……これが、Aランクパーティ?

 こんな人たちが?


 だいたいジェラルドさん、責任を全部ルーシーさんに押し付けているけど、自分だってロープを用意していなかったわけで。

 どうしてルーシーさんのことばかり責められるの?


 そんなやり取りをしている間にも、ダニエルさんは「痛ぇ、痛ぇよ」とうめいている。

 ああもう。


 結局、落とし穴に落ちたダニエルさんは、ルーシーさんが空中浮遊レビテーションの魔法を使って救出した。


 人を空中に浮かせる、中級クラスの魔法だ。

 高レベル冒険者だからできる力技だけど、魔法の無駄遣い感がすごい。


 救出されたダニエルさんのダメージは、ルーシーさんが治癒魔法で癒した。

 だけど──


「ぐはっ……! くそっ、何だこれ……毒かよ……! ふざけやがって……げほっ、ごはっ……!」


 傷を癒されたはずのダニエルさんは、なおも青い顔をして横たわり、苦しんでいた。


 落とし穴の底に仕掛けられたスパイクは、よく見るとぬらっとした紫色に染まっていた。

 どうもあのスパイクには、毒が塗られていたらしい。


 そこでルーシーさんが解毒の魔法をかけ、さらにもう一度、治癒の魔法を使った。

 ダニエルさんはようやく、まともな状態を取り戻した。


「チッ……何やってんだよ、バカが」


 少し離れた場所でジェラルドさんが舌打ちをし、悪態をついていたのを、私は聞き逃さなかった。


 私のジェラルドさんに対する印象は、この一件で最悪になった。

 たとえAランクであっても、こんな人と一緒のパーティでは冒険したくないと思った。


 でもそれも、私の潔癖症なんだろうか?

 もう少し寛容になるべきなのかもしれないけど……。


 それにしても、ルーシーさんはダンジョンに入ってすぐに、魔法をたくさん使ってしまった。

 こんな調子で魔力は大丈夫なんだろうか?


 私はジェラルドさんたちと冒険を続けることに、大きな不安を抱きはじめていた。

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