第3話 罠

 その翌日、俺は新たにパーティを組んだ少女たちとともに、ダンジョンに潜った。


 ダンジョンは、いまだ解明されていない謎が多い、不思議な領域である。


 長期的に見れば、ダンジョンはモンスターや宝箱などが、半ば無尽蔵に湧き出てくる場所だと言える。


 一度探索しきったダンジョンでも、一定の期間を置けば、またモンスターや宝箱などが湧いて出てくるのだ。

 

 そこを定期的に探索し、宝物などを持ち帰ることで生計を立てているのが、俺たち冒険者である。


 迷宮都市の周辺には、そういったダンジョンが無数に存在する。

 いや、無数はさすがに言いすぎだが、相当の数が存在するのは間違いない。


 俺たちは今、そのうちの一つに潜ってダンジョン探索をしていた。


「どう、クリード先輩……? 罠ありそう?」


【武闘家】ユキが、俺の作業の様子を気にかけてくる。


 ユキは黒髪ポニーテールの、元気なボクっ娘少女だ。

 やや中性的な容姿だが、その端正な顔立ちは十分にかわいらしい。


 武闘着を身に着けた体は、そのボディラインの曲線こそなだらかなものの、健康的なアスリート少女の魅力であふれている。


 ちなみに彼女の俺への呼び方は、いつの間にか「クリードさん」から「クリード先輩」へと代わっていたし、敬語も抜けていた。


 俺たちが今いるのは、ダンジョンに踏み込んでから最初に見つけた扉の前。


 俺はその扉の周辺や扉そのもの、あるいは鍵穴や取っ手などを注意深く調べていた。


 ダンジョンには、モンスターや宝箱ばかりでなく、罠も存在する。

 これもまた、以前の探索からある程度の日数がたつと湧いて出てくる種類のもので、その配置も変わる。


 というかダンジョンの壁なども移動してその構造自体が変わるので、同じダンジョンでも入り口が同じだけで、中身はまったく別のダンジョンへとなり変わるわけだが。


「……もう少し待ってくれ。足元や扉そのものにはないが──これか。取っ手を捻ると作動するタイプだな。三人とも、後ろに下がっていてくれ」


「「「はぁい」」」


 俺は仲間たちが指示通りに後退したのを確認すると、扉の取っ手を捻り、同時に俺も素早く飛び退る。


 直後、扉の前の天井がカパッと開いて、三日月斧バルディッシュの刃のような大型の刃物が高速で落下してきた。


 刃はカーンと音を立てて、ダンジョンの床にぶつかる。

 その後、刃を吊るすロープが、ゆっくりと天井穴に向かって戻っていく。


「ひぇぇっ……。ギロチンじゃん。入り口から殺意たかっ……」


 ユキがゾッとした様子で、降ってきた刃を見ていた。


 俺は短剣を使って、刃を吊るすロープを切る。

 天井に戻ろうとしていた刃は支えを失い、そのまま床に転がった。


「これでよし。あとは安全に通れるぞ」


 俺はそう言って、扉を開いてみせる。

 あらかじめ聞き耳も済ませて、扉の向こうにモンスターなどがいないことは確認済みだ。


「「「おおーっ」」」


 すると三人の少女たちが、賞賛の拍手をしてきた。

 えっ、拍手とかされるの……?


「さすがです、クリードさん。Bランクダンジョンの罠だというのに、何ら危なげもなく切り抜けるとは。【盗賊】なら誰でもできるものではないと聞き及んでいます」


 そう手放しで褒めてくれるのは、【神官】の少女アデラだ。

 金髪ロングヘアーの美女で、戦を司る神の信徒らしい。


 彼女の神官衣を押し上げる立派すぎる胸には、いつ見ても自然と目が行ってしまう──とかは横に置いて。


「褒めすぎだよ、アデラ。俺はずっとAランクのダンジョンを相手にしていたからな。このぐらいならお手のものだ」


「ふふっ。そんな風に言えるのは、この迷宮都市の冒険者の中でも、クリードを置いてほかにいないんじゃないかしら」


 そう言って笑いかけてくるのは、【魔導士】のセシリーだ。

 銀髪をセミショートに切り揃えた少女で、眼鏡がチャームポイント。


 理知的な態度のせいかともすれば冷たい印象を受けがちな彼女だが、こうして笑顔を見せてくれると、つぼみから花が咲いたようでとても魅力的だ。


「んなことないだろ。俺以外にも、このぐらいやってのけるやつは何人かいると思うぜ。ちなみにこれまでは、罠はどうしてたんだ?」


「あー……」


 ユキが気まずそうな声を出して、アデラやセシリーと視線を合わせる。

 アデラは困ったような顔をして、セシリーは苦笑した。


 ユキが言う。


「ボクたちも、その……罠があったら踏み潰して進んでいたっていうか……。ぎりぎりのラッキーで、どうにか生き延びてこれたっていうか……ほんっとにね……罠は良くないよ……良くない……」


 そう言っていくうちに、ユキの瞳から光彩が失われていく。

「ははは……」と乾いた笑いを浮かべる彼女には、何かトラウマがありそうだった。


 セシリーが、これまた気まずそうに言う。


「本当、何度罠で死にそうになったことか分からないわ。主にユキが」


「それに治癒魔法を使う魔力にも、限りがありますから。良いところまで行ったのに、罠のせいで退却を余儀なくされたことが何度あったことか」


「ボクたちの実力なら、モンスターはだいたい何とかなるんだけど。罠がね……」


「「「はあっ……」」」


 三人そろって、大きくため息をついた。

 何だか知らないが、三人は罠には良くない思い出があるようだ。


 ちなみにダンジョンの入り口は基本的に転移テレポート式となっており、一度入ったダンジョンにはしばらく入れないようになっている。


 一度の探索でダンジョンボスの討伐までいけなければ、そのダンジョンにある宝物の大部分はパーになってしまうのだ。


 だがユキはそこで、ぐっとこぶしを握る。


「でもこれからは、クリード先輩が罠を見つけてくれるから安心! もうあんまり罠に苦しまなくて済む! これはヤバい!」


 ずいぶんと嬉しそうだ。

 それに俺は、苦笑いしながら答える。


「とはいえ百発百中ってわけにいかないから、そこは承知しておいてくれよ。最悪、二十個に一個ぐらいは見逃すものと思っておいてくれ」


「もちろんもちろん。適正レベルのダンジョンで、罠を八割見つけられたら腕利きの【盗賊】だって聞いてるし」


「その分だけ、私の魔力の消耗も抑えられますしね」


 アデラがそう付け加えた。


 俺はそれで、「治癒魔法があれば【盗賊】なんて必要ない」と言ったジェラルドの言葉を思い出してしまう。


 そのあたりはどうなのか。

 あるいは【神官】が二人いたほうが有利なのだろうか。


 最悪、罠で命を落としてしまう可能性も考えれば、罠を踏んでも治癒魔法で回復すればいいというジェラルドの理屈は成り立たないと思うが。


 それに【盗賊】の仕事は、何も罠の発見や解除に限ったものではない。

 俺たちの仕事は、もっと多岐にわたるものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る