第2話 出会い

「それにしても、どうしたもんかね……」


 数日後。

 俺は冒険者ギルド併設の酒場で、昼間っぱらから一人、酒をかっ食らっていた。


 パーティからの追放を受けてからこっち、俺は何もやる気が起きずにいた。

 盗賊技術を磨くことにすら、意義を見出せなくなっていた。


 ジェラルドたちのパーティで過ごしてきたのは、五年間。


 十五歳で成人してすぐに冒険者になり、二十歳となった今になって、俺は生きる意味を見失いつつあった。


 金はしばらく暮らしていけるだけの額が残っている。

 だからこうして、何もせずに毎日のように飲み暮らす生活も、いくらかの期間であれば続けられる。


 だが自分が腐っていくような感覚は、拭えない。


 どこか別の冒険者パーティに拾ってもらおうか。


 だが上位ランクの冒険者パーティはたいていメンバーが固まっていて、新規の募集などはあまり行われない。


 パーティメンバーに犠牲者が出て補充が必要なときぐらいだが、それにしたって──


『回復魔法さえあれば【盗賊】なんて必要ない──これがダンジョン探索の真理だ』


 あのときのジェラルドの言葉が、俺の頭の中でぐるぐると回っていた。


 そんなわけあるかと思いながらも、拭い切れない疑念。

 もしかして俺は、ずっと無駄な努力を続けてきたのか──


 そんなことを思っていたとき、飲んだくれていた俺に話しかけてきた者がいた。


「あの、クリードさんですよね? Aランクパーティ『ペイルウィング』にいた」


 ぼんやりと見上げると、そこには三人の若い女性冒険者が立っていた。


 見たところ【武闘家】と【神官】と【魔導士】で、年の頃はいずれも俺より二つか三つ下──十七か十八か、そのぐらいに見える。


 こいつらは、確か──


「Bランクパーティの『エンジェルランサー』だったか? 最近ぐんぐんランクを上げている、新進気鋭のパーティだって」


「わあっ、ありがとうございます! ボクたちのこと、覚えていてくれたんですね!」


「いや、そりゃまあ……目立つからな」


 たった三人のパーティでBランクまで登り詰めたことも注目ポイントだが、何よりも目立つのは三人の容姿だ。


 三人ともがずいぶん整った容姿を持っている。

 ありていに言うと、美少女というやつなのだ。


 さっきから話しかけてきている黒髪ポニーテールの【武闘家】少女は、元気さと健康的なみずみずしさが魅力だ。


 その後ろにいる、たおやかな金髪ロングの【神官】少女と、銀髪セミショートの眼鏡をかけた【魔導士】少女も、天からどれだけ愛されたのかと思うほどのいずれ劣らぬ美貌ぞろいである。


 無論、そんな彼女たちのパーティに入りたがる男どもは後を絶たないと聞く。


 だがそうした男どもは、あっさりと門前払いにされるらしい。


 彼女らはいずれもかなりの実力者であり、自分たちの実力に見合う冒険者しか仲間にしたがらないのだそうだ。


 そんな話題の尽きない少女たちから、声をかけられた。

 光栄なことだろう。


 だがこのときの俺は、変にやさぐれていた。


「で、俺みたいなパーティ追放されたダメ冒険者に、何か用か?」


「ダメ冒険者……? そうなんですか?」


【武闘家】少女がきょとんとした顔で、遠慮のないオウム返しをしてくる。


「自分ではそのつもりはないけどな。【盗賊】としての技量に自信はある。だがそもそもダンジョン探索に【盗賊】は必要ない──それが真理なんだそうだ」


「……何ですかそれ?」


「俺がいたパーティ『ペイルウィング』のリーダーの受け売り」


「えっと……ひょっとしてその人、バカですか?」


 これまたまったく遠慮のない言葉が飛んできた。

 いや、俺もそう思うけどさ。


 だが俺が苦笑していると、次にはもっと鋭い一撃が、俺に向けて飛んできた。


「で、まさかとは思いますけど。そんなバカのたわごとを真に受けて、やさぐれて昼間っぱらから飲んだくれているのが今のクリードさん──なんてことはないですよね?」


「…………」


 図星すぎて何も言えねぇ……。


 何なんだこの娘は。

 容赦なく抉り込んできすぎだろ。


 俺は大きくため息をついてから、【武闘家】の少女に言葉を返す。


「癪なことだが、大当たりだよ。ところでキミ、口さがないとかよく言われないか?」


「えへへーっ、そっちも大当たりです。性分なんですよ」


「初対面の人間に言うこっちゃないんだよなぁ……」


 だが見た目がかわいいので、こうして笑顔を向けられると許せてしまう。

 美人は得だなちくしょう。


【武闘家】少女は、こほんと一つ、咳払いをする。


「失礼しました。それで、ここからが本題なんですけど──クリードさん、是非ボクたちのパーティに入ってもらえませんか?」


 そう言われた。


 まあ接点のない俺に話しかけてくる理由なんて、それぐらいしかないだろうとは思っていたが、自己評価が絶賛駄々下がり中だった俺にはにわかには信じがたい話だった。


「キミたちのパーティに入りたいって男は掃いて捨てるほどいると聞いているが。なんでまた俺なんだ?」


「なんで……? それはもちろん、クリードさんが欲しいからですけど」


【武闘家】少女は、あっけらかんと言った。


 後ろで【魔導士】の少女が「ユキ、言い方」と叱責すると、【武闘家】少女は「あっ」と言って頬を赤らめる。


「あっ、とっ、そっ……ち、違いますからね! そういう意味じゃなくて、クリードさんの【盗賊】としての技量を買って、という意味です。腕利きの【盗賊】を探しているって言うと、この街ではクリードさんの名前を挙げる人が圧倒的に多いので」


「ふぅん……そうなのか。それは知らなかった」


 少し嬉しい。

 そうか、腕利きの【盗賊】を聞くと、この街では俺の名前があがるのか。


 ずっとコツコツ修練を続けてきた身としては、冥利に尽きる話だ。

 まずいな……顔がニヤニヤしてしまう。


「う、嬉しそうですね……。えっと、それで、どうでしょう? ボクたちも腕には自信があるので、クリードさんとパーティを組む仲間として見劣りしない……と、たぶん、思うんですけど……」


 最後のほうは、少し自信なさげだった。


 いやまあ、三人でBランクにまで登り詰めた実力者たちなのだから、彼女らの冒険者としての実力は正直まったく疑っていない。


 むしろ卑屈になっていた俺は、彼女らに俺が釣り合うのだろうかと、そんな余計なことを考えていた。


 だがこの機を逃す手はない。


 ここで彼女たちの手を取らなければ、これから俺はどこまでも腐って堕ちていくだろうという予感があった。


「分かった。俺でよければ、是非とも君たちのパーティに参加させてくれ」


 俺がそう答えると、三人の少女たちは嬉しそうに顔を見合わせ、喜んだのだった。

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