番外編 刑事
「本当にあれで良かったんですか?寺島さん」
「なんのことだ小森?」
昼下がりの覆面パトカーの中。
コンビニの駐車場で遅めの昼食をとったていた小森と呼ばれた若手刑事が助手席に座る先輩の寺島という中年刑事に問いかける。
その声にはありありと不服が込められているが寺島はそれに
「あの男子生徒……御山辰巳ですよ。あんなに目撃者の証言と一致しててるし全校生徒の中で金髪なのはヤツだけ。その上アリバイの信憑性も微妙。おまけに学校での評判も良くないときたらもう役満じゃないですか。それなのに任意同行すら求めなかったなんて上が知ったらなんて言うか……」
狭い車内で小森が不満の詰まった重苦しい溜息をつく。
寺島と小森は昨夜駅前のコンビニで起こったスクーターの事件について捜査している真っ最中だった。
運転していた者はスクーターを乗り捨てるようにしてコンビニに突っ込ませ、そのまま逃走した為現在器物損壊及び営業妨害など諸々の罪で捜査している。
下手人は未だ見つかっていないがコンビニ店員を始めその時店の内外にいた者達から「とある高校の学生服を着た、金髪の男」という目撃情報が取れた。
そして、その制服の高校に来てみれば犯人のイメージにぴったり合う『御山辰巳』という男子生徒がいたのだ。
聞けば彼は教師の言うことは聞かず、遅刻、居眠りが当たり前で、時折どこかで喧嘩してきたような怪我をしてくる今時中々見ないテンプレのような不良生徒であった。
その上、御山は一人暮らしで犯行時刻のアリバイの証明も不明瞭。
小森は一目で「コイツが逃げた犯人に違いない」と思った。
これだけ証拠が揃っているのもそうそうないだろうと思い直ぐに任意同行を求めようとした。
「まあ、そうだな。傍から見りゃだがな」
小森の
彼は小森の思いとは真逆の結論を出したのだ。
事を公にしたくない学校側の要望で校長室にて行われた聴取。
そこで被疑者の御山と彼の担任が呼び出した、御山の保護者である竹寅弥生。
そして、彼の唯一のアリバイの証人であり保護者の姪であり、クラスメイトでもある竹寅卯月。
彼女達から話を聞くと何やら一人納得したような顔をしてそのまま引き上げてしまったのだ。
「どういうことですか?」
「お前はおかしいとは思わねえのか?」
小森は首を傾げた。これ以上ないほどの証拠が揃っているのに一体何がおかしいのか刑事になって日が浅い彼には分からなかった。
それよりも御山辰巳の身柄を拘束しなかったことをどう上に報告しようかで頭の中は占められていた。
「同じなんだよ、何もかもが」
「同じ?」
「コンビニの店員や客達が言ってた犯人の見た目と今日のあの
「それの一体何がおかしいって言うんですか」
「おかしいだろうがよ。昨日事件を起こしておいて、その翌日全く同じ格好で人の集まる
「なのに、逃げも隠れもせず、自分の話が
「ああ、まるで『事件そのものを知らなかった』みてえにな」
小森は思わず目を見開いた。
状況証拠に目を奪われていた自分と違って寺島は目の前の被疑者の行動の違和感を見逃さなかったのだ。
「気になって学校出る時にヤツの事を色々聞いてみたんだが、今の住所は学校から見た最寄り駅の方角とは真反対だ」
「事件現場から結構距離ありますね」
寺島がスマートフォンの地図で最寄り駅、学校、辰巳の家を示して見せる。
学校は辰巳の家と最寄り駅のちょうど中間ほどにあり、事件現場とそれなりの距離があった。
「まあ、事件発生時は夜だ。人通りの少ない道を通れば、誰にも見られず徒歩で家にたどり着くことも不可能ではない。だが、御山辰巳はひと月ほど前にこの街に引っ越してきたばかりだ。人目に付かない道を熟知しているほど土地勘があるとも思えない」
「でも、犯人はこの春から出てきた暴走族の仲間ですよ。現場に残されたスクーターのナンバーも暴走族が乗ってた車両のナンバーの一つと一致しています。もし、御山辰巳が犯人だとしたらそいつらと一緒に暴走行為をしている時に人目に付かない道順を知ったんだとしたら……」
「御山はスクーターを所持していない。暴走族共が、自分の車両を持っていない、どこから来たのかもわからない余所者を仲間に入れるとも思えない」
「そ、そうっすね」
寺島の鋭すぎる推理に小森はあっけにとられてしまった。
「おまけに、校長達や
「俺達を前にして観念したとか?」
「それで観念したならアリバイなんて話さねえ。最初っから自分のやったこと吐いて今頃俺達と一緒にこの車に乗ってる」
「それもそうですね……じゃあ、犯人は他にいるって事ですか?」
「そうなるな。少なくとも俺はそう
そこまで言って寺島は顔を顰めて頭の後ろで手を組む。
ここまで小森に対して御山辰巳は犯人の可能性は低いと言ってきた。
その考え自体に間違いはないと思っているが、それは今朝からの辰巳の動向と直接言葉を交わした寺島が感じた直感に基づくものであり、『真犯人は別にいる』その可能性を支持する物的証拠は何処にもない。
何とかして署に着くまでに犯人の目星か犯人に繋がる証拠等を見つける方法を考えなければならない。
(骨が折れるぜ全く。さて、どうしたものか……)
寺島が眉間の皺を深くした。
「それにしても、あの子めっちゃ綺麗でしたよね~!」
その時、突然小森がうっとりした表情で語り出す。
「なんだ?」
「御山辰巳の証言に来た女の子ですよ!」
「ああ、『竹寅卯月』って子か」
「そうそう!顔立ち整いすぎじゃないですか!?背も高くて、凜としてて、叔母さんもそうでしたけど、立ち居振る舞いにに品の良さってのが滲み出てて!」
「そりゃそうだ。あの二人は『竹寅家』の人間だからな」
「竹寅家ですか!そりゃそうですね~って、『竹寅家』!?今騒がれてるあの竹寅家ですか!?」
「ああ、俺も教師達から名前聞いたとき何かの間違いかと思った。だが、竹寅家の当主には妹と娘がいるって聞いたことがある。年齢的にあの二人で間違いないだろう。名家と言われている家柄だ。立ち振る舞いは相当厳しく仕込まれてるに違いない」
「なるほど。いや~でも一般の高校にあんな芸能人顔負けの娘って実際にいるもんなんですね!」
「そうだな。成績の方も相当優秀とか教師達は言ってたな」
「ちくしょー、御山辰巳め!一体何したら保護者公認であんな綺麗な子と毎晩一緒にご飯食べてるとか羨ましすぎる状況になれるんだっっ!あんの不良野郎!」
交際相手がいなくなって久しい小森はこの場にない一回り歳の離れてる学生に胸中の恨み節をぶちまける。
(俺がいることを忘れてねえかコイツ?)
寺島は狭い車内で巻き散らかされる
「いや、そうでもねえぞ。あの坊主、見た目や態度こそ褒められたもんじゃねえが中々いい男だと思うぜ。ありゃあ」
「何言ってんですか、寺島さん。あのザ・不良な御山がいい男?学校での評判は悪いし、校長室に呼び出されて校長教頭相手にも俺達相手にも全く態度変えなかったんですよ?今回の事件の犯人の可能性が薄いとはいえアレが良い人間だとは思えませんよ。おまけに聞き取り終わっても校長室居座り続けるとか意味分かんないです」
信じられないと言う顔をする小森に寺島は答えた。
「そこだよ。アイツも証言に来た竹寅卯月も評判は正反対とはいえあの見た目。この学校内じゃ相当目立つ点では同じだ」
「それがどうしたってんですか?」
「もしもだ、評判が正反対な二人、それも男女が校長室から一緒に出てきたとする。そんな瞬間を他の生徒達に見られたらどうなると思う?」
校長室は学校のトップの部屋であり、生徒がおいそれと立ち入れない場所。
そんな秘密の話をするのにうってつけの場所から学校一の才女と不良が出てきたのなら、――校内不良御山の噂で持ちきりの今――一体どんな話が広まるのか想像もつかない。
「じゃあ、まさか自分と竹寅卯月が一緒の所を周りの生徒達に見せないために!?」
「きっとそうだろうな。竹寅卯月が呼ばれることになった時からあの坊主、急に顔つきが険しくなりやがった」
「そんなとこまで見てたんですか……」
「馬鹿野郎、刑事が被疑者観察しないでどうすんだよ」
「うう……すんません。じゃあ、アリバイの証人がいるのにずっとその事黙ったのって、もしかして」
「ああ、教師達にあの子との関係を知られたくなかったんだろうよ。話せば教師達から食事会の件で追求が来るのは間違いないからな。それから彼女を守りたかったんだろう。もしかしたら俺たちが思ってるよりずっとあの二人は良い仲なのかもしれねえぜ」
まあ、竹虎卯月自身が証言したことでその気遣いも水の泡になってしまったのだが。
小森は頭を下げつつ改めて助手席の嬉しそうにニヤリと笑う寺島を見る。
この寺島という刑事、普段は
にも関わらずその出世の機会全てを蹴っているとんだ変わり者なのだ。
本人曰く「現場が性に合ってる。それも運動にもなって健康に良い」だそうだ。
「おかしなやつですね御山辰巳。下手すりゃ逮捕されるかもしれないのにアリバイの証人守ったりして。自分の評判が悪い自覚あって、そのせいで迷惑掛かるの分かってるなら直せば良いのに」
「色々あるんだろうよ。スポーツ推薦でもなく高一で親元離れて一人暮らしってあたりな」
「そんなもんスかね?」
「そんなもんだ」
『目は口ほどにものを言う』とはよく言ったものだ。
「自分のあり方を今更変えられない」辰巳の目や雰囲気は言外にそう語っていたのを思い返す。
他人の為に泥を被る行為はそう易々とできるものではない。
それをやってのけようとした御山辰巳という人間はきっと見た目以上悪いヤツではないのだろう。
なら、一体何が原因で彼がああもやさぐれてしまったのか、寺島にはとても残念で仕方なかった。
「はー目立つっていうのも楽じゃないですねー」
「それもそうだ……ん?」
小森の何気ない一言に寺島が急に顔色を変えた。
「どうかしましたか?」
「目立つ……目立つ?」
小森の一言が寺島の頭から離れなかった。
(犯人は『あの高校の制服を着た鮮やかな金髪の男子生徒』。しかし、その条件に合致する御山辰巳は犯人の可能性が薄い。しかし、生徒たちの中で金髪なのはヤツ一人)
小森の一言が寺島の頭の中でこれまで集まて来た情報を繋げ始める。
『制服』。
『鮮やかな金髪』。
『目立つ』。
(『目立つ』……ということはつまり特徴的だということ……いや、むしろ特徴が限定的過ぎる……まさか!?)
「小森、直ぐ駅前に戻るぞ!」
「え、どうしたんスかいきなり?」
「犯人は御山辰巳に『変装』していたのかもしれない!」
「変装!?」
「ああ。金髪なんてそう珍しいもんじゃないが、それでも毎日生活してりゃ人の目を惹きやすい。おまけに『あの学生服』を着ていて『鮮やかな金髪の男』なんて言ったら限定的過ぎる。『自分は御山辰巳だ』って格好で言ってるようなもんだ!」
もし、そうであれば御山辰巳の情報や印象、居住地域が犯人の動向が一致しない事にも説明が付く。
恐らく金髪はかつらの
美容院で染めたとしたら事件以前にその姿――御山辰巳以外の鮮やかな金髪の男の姿――は多少なりとも目撃されている筈。だが、現場周辺での聞き込みでは事件以前から金髪男の目撃証言は無かった。
学生服は元から所持している卒業生から譲り受けたか、フリマサイトで購入して入手するかしたのだろう。
「なるほど、でもなんで犯人はそんなことを?」
「さあな。
犯人が現場以外で目撃されなかったことから犯人は事件後、現場付近で変装を解き、着ていた制服やかつらをどこかに捨てたに違いない。
早く証拠を確保しなければ全てが闇の中に消えてしまう。
「わかりました、行きましょう!」
二人は直ぐにシートベルトを締め車を走らせる。
「……寺島さん、今日はいつもと違いますね」
「あ?なんだいきなり」
小森は「早く現場に行かなくては」と
「聞き取りをした時から、かな?随分御山辰巳に肩入れしてる……ていうか犯人にしたくないように言ってるし、何かいつもより熱がこもっているように見えて」
寺島という刑事は口は悪いが事件に対して常に公平だ。
被害者、加害者どちらかに肩入れしたり、偏見を持つと言った事は決してしない。
そんな正義の天秤のような男が寺島という刑事だ思っていた。
「そうか……そう見えたか」
寺島は後輩への評価を改めると小さく微笑んだ。
「そりゃそうだろ。子供が犯罪に巻き込まれてんのん見て黙ってられる奴は人間じゃねえ!」
「はい!!」
そうして、二人の刑事は現場へと急いだ。
未来の担い手の生きる道を守る為に。
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