第12話

 その夜、辰巳の部屋を訪れた卯月は、早々に辰巳を問い詰めた。


「何故事件について聞かれたときに私を呼ばなかったんですか!?」


 その言葉に辰巳も近頃見なくなって久しくなった険しい表情をする。

 だが、それは卯月の読みが当たっていた事を物語っていた。

 苦々しい感情を混ぜ込んだ為か以前より深く眉間に皺が刻まれる程鋭い視線に卯月は真っ向から迎え撃つように見つめ返した。


「……そんなもん校長達の反応見りゃわかるだろ」

「でも、そうしなければ貴方今頃警察に連れて行かれていたかもしれないんですよ!?今回は先生が気を回して叔母様に連絡してくれたから何とかなったものを……」


 帰宅後に弥生から聞いたことだが、彼女を呼び出したのは卯月達のクラス担任だったそうだ。

 「事件当時のアリバイを証明できる人はいるか」と刑事達に聞かれた際、辰巳は沈黙を決め込んだ。

 一人暮らしをしている辰巳にとって自身の身の潔白を証明するのは至難の業だったからだ。

 危うく被疑者と認定されそうになったところ同席していた担任が「保護者の方が近所に住んでいる。その人なら何か知っているかもしれない」と機転を利かせて弥生に連絡を取り呼び出してくれた。

 そして、呼び出された弥生から「事件の時間なら姪の卯月が辰巳の部屋に行っている」という情報が出てきた為卯月が呼ばれた、と言うのが卯月が昼休みに校長室に呼び出された経緯だった。


「本当に貴方は何を考えているんですか!?」

「何って……」

「貴方が私との秘密や関係を本気で守ろうとしてくれるのは感謝しています。でも、そのせいで貴方に身を滅ぼすようなことになって欲しくありません!」


 語気を荒げる卯月の目は少し赤くなっているように見えた。


「竹寅……」

「私に出来ることがあれば言ってください、ってこの前言ったばかりじゃないですか……」


 卯月の言葉に辰巳は少し目を見開いた。

 そして、観念したように目を閉じて顔を上に向けると大きく息を吐き出した。


「……竹寅」

「なんですか?」

「……わかったよ」

「なら良いです」

「じゃ、早速大皿二枚出してくれ」

「もう!」

「何だよ、出来ることあるなら言えって言ったのそっちだろ?」

「そうですけど!そうですけど……ああもう!」


 自分の必死の思いを揶揄からかわれた思いになった卯月はぷんぷんしながら食器棚に向かって行く。


「それと」

「はい!?」

「ありがとよ……今日は助かった」


 驚いて振り向く。

 最後の方が小さくて聞き取りづらかったがこちらに背を向けた辰巳は照れくさそうに二の腕まで捲り上げた袖で鼻の頭を掻いていた。


「……はい、なら良かったです」


 そう言って頼まれた2枚の大皿を手渡す。

 フン、と鼻を鳴らし憮然としながらも卯月は胸の奥でくすぐったさのような嬉しさを感じていた。


~~~


 卯月が帰宅した後、辰巳は部屋で仰向けで横たわり天井を見上げていた。


(今日は色々あり過ぎたな)


 バイト漬けの毎日というのもあるがそれ以上に精神的疲弊が大きすぎる。布団を敷くのも億劫おっくうに感じるほど。

 まさか、自分が事件の犯人として疑われることになるとは夢にも思わなかった。

 褒められた学園生活を送っているとは言えないが、それでも他人をがいさないよう気を付けてこれまで生活してきただけに衝撃は大きかった。

 朝のバイトを終え、学校に向かっている途中に誠司から突然電話で駅前の事件とその犯人像を聞いたときは思わず耳を疑った。

 その衝撃たるや昨日の自分の記憶すら疑わしくなる程。学校に着けば周囲がいつも以上に自分を警戒していることで誠司の話が本当だということを実感した。

 全く身に覚えの事なのに犯人と思われ、纏わりつくような異様な空気と視線の束はこれまで浴びてきたものとは全く違っていた。

 だが、いくら疑いの視線を向けられようともやっていないものはやっていない。

 ここは下手な行動をとって更なる疑いをもたれるよりいつも通りに過ごしていた方が良いだろうと普段通りに振る舞った。

 しかし、校長室に呼ばれ、刑事二人と対面したときは顔に出ないよう努めつつも内臓がギュッと絞られたように竦み上がった。

 まさかここまで疑いの目を向けられるとは思いもしなかった。

 しかし、実際この学校で金髪の生徒は辰巳以外存在しない現状ではこれはむしろ当たり前の帰結。

 そして、一人暮らしの辰巳にとって事件当夜の自らのアリバイを証明する方法など卯月に証言してもらう以外ない。

 だが、それをしてしまえば卯月と辰巳、学園きっての才女と学園の不良の夜の密会について更に余計な詮索をされる。

 それで誰が一番迷惑をこうむるのかは――考えるまでも無かった。

 そう思うとさっきまで自分の内臓を締め上げていたモノがスッと消え去るのがわかった。

 一体どこの誰が仕組んだことなのかはかわらない。だが、ここが自分の運の付きか、とどこか観念したような覚悟を決めた気持ちなった。

 後はしょっ引かれるだけだと、その時を待っていたはずなのに……。


(だっていうのによ)


 まさか、一番この件から遠ざけたかった卯月本人が呼び出されるとは思いもしなかった。

 そして、こっちの気も知らずに自ら秘密を暴露した。

 弥生が同席していたから何とかなったものの危うく大きい飛び火になるところだった。

 だが、そのおかげで辰巳は今こうしていられる。


『私に出来ることがあれば言ってください、ってこの間言ったばかりじゃないですか……』


 先ほど卯月から言われた言葉が頭の中で反芻はんすうする。


(これが血筋ってやつなのか?まさか、同じこと言われるとはな……)


 辰巳は目を閉じ、昼にあった出来事を思い出した。


~~~


「すいませんでした」


 校長室での聞き取りの後、人気のない校舎の裏口でのこと。そこでは帰宅しようとする弥生に対して腰を直角に曲げる辰巳がいた。


「なんのことだい?」

「迷惑をおかけしない、そう言ったのに早々に『こんなこと』でわざわざ学校まで呼び出してしまって」


 辰巳は顔を上げずに言い続ける。この時間帯が『凪』の営業時間なのは知っている。彼女がここに来ているということは店は他の従業員に託してきたか、一旦占めてきたかのどちらかだろう。言ったことを早々に破ったどころか店を空けることまでさせてしまい、辰巳は顔をすればいいのかわからなかった。


「髪も黒に染めます。コイツのせいでまた迷惑をかけることがあるなら――」


 その言葉を言い終える前に辰巳の頭部に何かが置かれた。

 驚いて顔を上げるとそれは弥生の手だった。


「辰巳君は、この髪の色嫌いかい?」

「え?」


 唐突な弥生の行動と質問に思わず面食らってしまう。

 しかし、そんな辰巳の思いなど気にも留めないように弥生は辰巳の髪の毛を梳くように頭をなでる。


「…………嫌い、ではないです」

「ん、なら染める必要はないね」

「でも、」

「個人的なことを言わせてもらうと、アンタにはその髪色のままでいて欲しいのさ」


 目を細めた弥生は名残惜しそうに辰巳の髪から手を放した。


「それに、お安い御用さ。こんなことぐらいね」


 まるで我が子を慈しむような柔和な微笑みを浮かべる弥生に、辰巳はそれ以上何も言うことが出来なかった。


「それに、言ったつもりなんだけどねえ……」

「え?」

「もっと、頼ってくれていいんだよ!」

「うっ!?」


 背中をバシンと引っ叩かれ思わず変な悲鳴がでる。

 カカカと笑う弥生のメガネの奥ではその瞳に懐かしさと寂しさが紛れ込んだように見えた。


「はい……」


 しかし、弥生の言葉に辰巳は力なく返事を返すことしかできなかった。


~~~


 事件は刑事達が学校に来た次の日にあっさりと解決した。

 真犯人は事件現場周辺に住む大学受験を3浪する浪人生の男性だったという。

 警察が直ぐに犯人に行き着けなかった理由は、何と辰巳そっくりに『変装』をしていたからだそうだ。

 何故犯人は辰巳の姿を真似たのか。その理由はこういうことだった。

 犯人は3度の大学受験失敗と浪人生活で溜まったストレスが遂に限界を迎えたこの春、その捌け口として同じく浪人している予備校の仲間達と共にスクーターで暴走族紛いの危険運転をやり出したのが始まりだった。

 その行為は日々エスカレートしていき、新たなスリルを求めて万引きに手を染めようとした。

 しかし、ある朝コンビニで万引きをしようとしたところ一人の男子高校生に捕まったという。

 その話を聞いた時、卯月は「もしや」と思った。そう、犯人は先日辰巳が朝バイトの後捕まえた万引き犯だったのだ。

 店長に突き出されるも彼は初犯だったことと、「もう二度としない」という必死の懇願を装った演技で店長を騙し、なんとか事なきを得たそうだ。

 本来ならあり得ない寛大な措置に感謝するところであった。だが、犯人の心には真逆の一つの陰湿な炎が灯った。

 自分の楽しみを邪魔したした『あの男子高生』に対して何とかしてもやり返したいという浅ましい復讐心が。

 犯人には自身を捕まえた男子高校生の顔はよく見えなかったが二つ覚えていることがあった。

 一つは、目を引く綺麗な金色の髪。染めたにしては一切ムラの無い作り物のような鮮やかな金髪はさぞ目立つだろう。きっと本人のトレードマークに違いない。

 そして、二つ目は、その男子高生が着ていたのが、なんと『自分が卒業した高校の制服』だったこと。

 それらを思い出した犯人は今回の事件――辰巳に変装し事件の濡れ衣を着せる計画を企てたのだという。

 そうして、近場のパーティーグッズの専門店で金色のカツラを購入し、保管してあった卒業以来袖を通すことがなかった学生服を着て、人通りの多い夜の駅前で犯行に及んだという。

 変装することで自身から印象を遠ざけると同時に暗く自分の顔が見えずらいが金髪は光に反射して周囲の印象に残りやすい夜に実行した。

 変装をすれば志望大学にもバレず、高校の制服を着ていれば警察の目は母校の男子高校生に向くだろうと犯人は睨んだ。

 そして、途中まで目論見通り警察の捜査を欺き、辰巳に罪を着せることに成功しかけた。

 だが、現場周辺のごみ箱からごみ袋に入った変装に使われたと思われる学生服とかつらが見つかった上、犯人がそれを捨てに行くところを近隣の監視カメラに映っていたこと。

 捨てた者とゴミ袋、事件現場に残されたスクーターに残された指紋が一致したことで犯人は逮捕されることになった。

 自分の不満を満たすために周りを危険に巻き込んだだけで無く、保身と逆恨みで辰巳に罪をなすりつけようとしたあまりにも身勝手極まりない犯人の真相を知った卯月は激しい憤りを覚えた。

 しかし、この事件の影響はそれだけで終わらなかった。

 警察から事件の経緯いきさつは学校側にも知らされた。

 学校指定の制服を着ての犯罪ということもあり、犯人と生徒達との関係説明の為にも全校集会と地域と保護者に向けた説明会が開かれた。

 だが、『卒業生による犯行』という生徒達と学校の評判に少なくない衝撃と影響を与えることを憂慮ゆうりょした学校側は「学校指定の制服を着た者による犯行」と説明するだけで、『犯人が何者だったのか』、『何故辰巳の格好をして犯罪行為を行ったのか』といった説明を行わなかった。

 そのことにより生徒達の間で辰巳と犯人との間にどんな関係があったのか、一体彼は何をしたのか等、以前にも増して辰巳への不信感と恐れが募る事態になったのだった。

 そんな学校側の対応に憤った卯月は声を上げようとした。

 本来なら称賛されて然るべき行いをした辰巳が不信感を抱かれるのは間違っている。

 しかし、それを見越した辰巳は先んじて口止をした。


「別段不利益はないし、俺が何事もなく学校に通えるってんならそれでいい。その内怪しむ奴はいなくなる。人の噂も七十五日って言うだろ」


 その言葉に「納得いかない」と口をへの字にする卯月に辰巳は小さくため息をついた。


「学校を治める立場のヤツからしたら、『学校の評判』と『不良生徒の評判』なんて秤にかけるまでもねえ。そもそも、教師にも他の生徒にも嫌われるようなことしてた俺が悪いんだ」


 そう語った辰巳の眼差しはまるで光を通さないヘドロの様に見えた。

 一方、生徒達の中には自分たちの身近で発生した事件、その犯人が何故御山辰巳の姿をしていたのか、『犯人』と『御山辰巳』にどんな関係があったのか疑問が残り続けていた。

 その疑問に好奇心を刺激された新聞部が密かに立ち上がり自分達の手で事件のニュースを調べ直し、時に現場に出向いて聞き込みをしたりなど等独自の調査を始めたのだった。

 それ以外にも、以前のしおり作成と万引きを捕まえた件で辰巳の評価が変えつつあった担任が生徒たちの間で流れ続ける辰巳の評判について明言を避けつつ注意する等少しずつではあるが辰巳への評価は変わりつつあった。

 因みにだが、犯人を逮捕したのは辰巳の事情聴取に来た二人の刑事だったと弥生から教えてもらった卯月だった。

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