第4話

 卯月に連れてこられたのは辰巳のアパートから徒歩30秒程――と言うよりアパートのほぼ目の前に立っている喫茶店だった。


(こんな所に喫茶店あったんだな)


 外観は木をベースとしている2階建てで一階が喫茶店になっているひっそりと佇む隠れ家的雰囲気だ。

 辰巳達が今住んでいる地区は学校の最寄り駅とは反対側の閑静な住宅街。

 駅前の繁華街のような賑やさや人通りはさほど無く、この周辺には店屋の類いは見当たらない。

 そんな場所に、しかも、自分のアパートからでも見える所に喫茶店があったとは思いもよらなかった。

 というものの、辰巳は引っ越してきてから近場の散策をしていなかった。

 アパート周辺で知っている場所と言えば学校とそこから少し離れた所にあるスーパー、そして最寄りの駅ぐらいであった。


 辰巳は店を見上げる。

 入り口の上の看板には『喫茶 凪』と書かれていた。

 店の外観からも伝わる落ち着いた、物静かな雰囲気を感じた。


「叔母様ー!叔母様いますよねー!?叔母様ー!」


 バン!

 とそんなしっとりした辰巳の感慨なんぞ知ったことかと勢いよく扉を開け放つ卯月。

 扉から下がった『CLOSED』の下げ札が抗議の声を上げるようにカランカランと音を鳴らした。

 普段学校で見せる大和撫子然とした見た目や振る舞いとは真逆の空気や雰囲気を読まない卯月の行動。

 どうやら、彼女は内と外では随分キャラが違うらしい。

 そう結論づけた辰巳は内心でため息を漏らして後に続く。

 店の内装も外装と同じで木を基調としたデザインと電球色の照明が暖かさを醸し出していた。

 席は木製のカウンター席とテーブル席に分かれており、店内は閉店作業の真っ最中で3人の従業員がテーブルを拭いたり床掃除に勤しんでいた。

 彼女達も昨日の卯月と同じくメイド服を着用していた。

 袖やスカート丈が長く露出も少なく、装飾と言えばエプロンのフリルと、頭頂部のホワイトブリムくらいのスタンダードなデザイン。

 そんなクラシックタイプのメイド服を纏い、粛々と閉店作業を行っていた中突如大声で、しかも男を連れてやって来た卯月。

 当然彼女達は驚き、ギョッとする。

 そして、


「うわー!卯月ちゃんが男連れて帰ってきたー!」

「ホントだぁ!すごーい!!」

「卯月さん、こんな時間にお客さんを連れてきては困ります!今日のお店はもう終わってしまったのですよ!」


 先ほどの彼女に劣らぬ騒がしさで卯月の元へ集まってきたのだった。


「あ、皆さん叔母様を知りませんか!?」

「店長なら厨房の方だよ」

「ねえねえ、あの男の人だれ?何処で知り合ったの?」

「卯月さん聞いているんですか!?」

「彼氏?」

「違います!!誰がこんな人と付き合いますか!」

「困ります、閉店作業ももうすぐ終わるんですよ!」

「この人はお客様じゃありません!」

「あ、ねえねえ聞いて!さっき閉店間際にねえ――」


 『女三人寄れば姦しい』とは言うが4人揃うともはや騒音のそれだ。

 いや、学校の女子達でもこれ程では無い。この場にいる者達がある種特別なのだろう。

 そんな騒ぎの中心にいる卯月だったが以外にも嫌な顔をしていない。

 3人に振り回されながらも様々な顔をする卯月。

 その表情は学校で見せるものとはどことなく違いって見えた。

 きっとこの同僚達は卯月にとって学校の者達とはまた違った気の置けない関係なのだろう。

 そんな風に集団の外側で観察していたその時、カウンターの奥から一人の中年女性が現れた。

 歳を感じさせないスラッとした背筋と凜とした立ち姿で他の従業員と同じロングドレスのメイド服を着こなしている。

 頭には同じくホワイトブリムと髪を纏めるシニヨン、目元に掛けられた銀縁眼鏡がよく似合う正に『歴戦のメイド長』と行った風貌。

 そんな彼女は己の登場に気付かず騒ぎ続ける4人に向き直り、眼鏡をかけ直すと――、



「あんた達!!うっっさいよ!!!」



 店内のあらゆる物が一瞬跳ね上がる爆音のような怒声。

 その衝撃と引き替えに、店内は先の静けさを取り戻したのだった。


 ~~~


「私はここの店長で卯月の叔母の『竹寅たけとら弥生やよい』って者だ。アンタが『御山辰巳』君だね?」

「あ……はい。初めまして」


 喧しい4人娘を見事一喝で黙らせたメイド長こと弥生は彼女らに清掃を命じ、今は改めての自己紹介をしながら辰巳にコーヒーを入れていた。

 それなりに遅い時間帯なのでノンカフェインらしい。

 第一印象が理知的でクールな印象だったが、実は豪快なメイド長だったことに辰巳は驚いていた。


「悪かったねえ喧しくって」

「いえ……」


 済まなさそうに眉尻を下げた弥生は入れ立てのコーヒーの入ったカップを差し出す。

 それをおずおずと受け取る辰巳。

 『学園の独眼竜』と呼ばれる辰巳も先ほどの一喝ですっかり気押されていた。


「アンタのことは『ヤツ』から色々聞いているよ。……何か困ったことあったら遠慮せずいつでもわたしのとこに来るんだよ」

「ありがとうございます。……ですが、そうはならないようにしますのでお構いなく」


 辰巳はそう言うとコーヒーに口を付ける。

 『ヤツ』というのは辰巳の保護者の事だ。

 一人暮らしをする際に現地で保護者代わりになってくれる人がいるというのは予め聞いていたが、まさかそれが啀み合ってるクラスメイトで、学園のマドンナの親族とは思わなかった。

 

「ところで、あの子……卯月は学校じゃあどんな感じだい?」


 弥生は視線だけ卯月の方に向ける。

 その視線を追うと、そこには同僚達にからかわれつつも閉店作業に勤しむ卯月の姿があった。

 少し頬を膨らませて同僚に抗議する彼女の表情は、学校では見せるものとは違って見えた。


「どうと言われても、人気ですよ。美人だし、頭良いし、運動までできて、おまけに人当たりも良くて落ち着いてるから教師やらクラスの連中やら色々手伝いや頼まれ事とかされてるみたいで」

「そうかい……」


 それを聞くと弥生は少し目を細め、一つ溜息をついた。


「ところで、あの子が昨日貰った肉じゃがってアンタが作ったやつかい?」

「ええ、まあ」


 それを聞いた弥生は何やらしたり顔で笑みを浮かべた。


「な、なんですか」

「いやね、昨日あの子がほっぺた落ちそうになりそうなほどアンタの料理美味しそうに食べてたもんだから気になったもんでね」

「はあ」


弥生の探るような、それでいてどこか楽しそうな視線に気圧されるしかなかった。


「そこで一つ頼みがあるんだけど、ウチに一品晩ご飯のおかずを提供しちゃくれないかね?」

「え!?」


 突然の申し出に思わず声を上げてしまう。


「いやー、ウチの店卯月が来てくれたお陰で思いの外繁盛してねえ。いや、繁盛してるのは良いんだけど閉店した後も色々やることがあってさあ。仕事全部終わった時にはもう『晩ご飯』なんて時間じゃないのよ。賄い食べさせようにも人手が足んなくてそんな暇も無いし。その時間まで卯月を待たせるのも悪いし、何とかしないとって思ってたところだったのよ」


 「保護者として、経営者として情けない限りだよ」と弥生は眉間に出来た皺を指でもみほぐしながら語る。


「勿論タダでとは言わないよ、材料費に人件費足した分お金は払わせて貰うし。出来たら卯月に取りに行って貰う。アンタは二人分追加で作ってくれるだけで良いのさ」


 辰巳は少し考え込んだ。

 条件は悪くない。

 この春から一人暮らしを始めた辰巳は一つの問題に突き当たっていた。

 それは、『献立と食材の調整』。

 自炊は節約になるとよく言われるが、その実、やりくりがとても難しい。

 自分1人分作るとなると材料が中途半端に余る事になるし、使い切ろうとすれば大量に作ることになり、それを消費するまで同じ料理ばかり続くことになり飽きてくる。

 更に、料理に使わず買い置いた材料の消費期限の事も加味して献立を考えなければならない。

 辰巳はまだ一人暮らしの食材消費加減が上手く出来ていなかった。

 昨日卯月に渡した肉じゃがも、つい実家にいた頃の分量で作ってしまったが為に大量に作りすぎてしまい、暫く肉じゃがが食卓に並ぶことを覚悟していたところだったのだ。

 その為、一人分の料理の加減を学ばなければと反省してはいるものの、内心若干の面倒くささを感じていた。


 そこに弥生からの誘い。

 3人分であれば実家にいた頃とほぼ同じ分量。

 それならばこれから調整する必要は無くなる。

 その上、材料費折半と人件費を貰えるとなれば悪い話では無い。

 ただ一つ、気になる事を除いては。


「……俺なんかの料理で良いんですか?」

「どういうことだい?」

「いや――、何というか俺の料理は、まだお金を貰って人に振る舞えるような代物じゃないというか……」

「ふぅん、あの子には二度も食べさせたのにかい?」

「あれは、何というか……必要に迫られたから出したようなものなのでカウントしないでください……」


 辰巳は片手で額を押さえた。

 何故あの時、卯月に食事をやったのか。

 それは今でも辰巳にとって上手く言葉に出来ない行動であり、彼の心の底でモヤモヤと悩ませていた。

 あの時は、つい体が動いたというか、何となく、お腹を空かせた卯月をほっとけなかったのだ。

 辰巳はカップに残ったコーヒーを口の中でこね回した言葉と共に飲み干すと言葉を紡いだ。


「……この店、弥生さんが調理を担当しているんですよね」

「今更だねえ。そうだよ。ウチのメニューはアタシが考えたものさ」

「……何というか、弥生さんは自分の店を持つ立派な料理人です。そんな人に半人前以下の自分の料理をお出しするのは何というか……気が引けるんです」

「気が引ける……ねえ……」

「はい。弥生さんは『あの人』の古い知り合いで、料理が上手なら尚のこと……」


 辰巳が絞り出した躊躇の言葉に暫しの沈黙が流れる。

 そして、


「ふっふふふ……はっはっはっはっはっは!!」

「……弥生さん!?」


 突然大声で笑い出した弥生に辰巳は戸惑った。


「いやいや、中々面白いことを言う子だ」

「ええ……」

「料理のクオリティにそこまで過敏にならんよ。そもそも頼んでるのはこっちなんだし、味や出来に文句付けることなんてハナからしないよ。普通に食べられるようなもの一品作ってくれりゃこっちとしては大助かりなのさ」

「でも……」

「それにね、謙虚や遠慮は悪いことじゃないけど、それも過ぎれば身を壊す毒になる。……もっと図々しくなって良いんだよ」


 目を細めて辰巳を見つめる弥生の視線は暖かく、それに無言で頭を下げるのだった。


「ちょっと待ってください叔母様!」


 突然、卯月が横から割り込んできた。

 どうやら話を聞いていたらしい。


「こんな校則違反の塊の人の料理をこれから食べなきゃいけないなんて私嫌です!」

「ほう、校則違反ね……」


 弥生が鋭い視線を向けられた辰巳は思わず顔を逸らしてしまう。

 ほぼ初対面であるのに遠慮の欠片も無い錐のように鋭い目線に思わず肝が冷えた。


「まあ、その話は追々聞くとして……卯月、アンタは2回も晩ご飯ご馳走になったのに何がそんなに納得いかないんだい?」

「あ、あれは……食べ物を粗末にしないためであったり、落ち着いて話をするためであって……不可抗力のようなものです!」

「そんな事するとは思えないけどねえ」

「叔母様はご友人のから彼のことを聞いているみたいですけど私は彼のことをそこまで知ってはいません。そんなよく知らない人が作った、何が入っているかわからない料理モノを毎日食べなきゃいけないなんて到底受け入れられません!」


 卯月の言い分は辰巳にも理解できた。

 辰巳は――普段の振る舞いがどうであれ――料理には真摯な思いで向き合っている。

 勿論、料理に何か細工をするなんて死んでもしない。

 しかし、それは学校での素行不良の辰巳からは分からない事であり、不良という印象の殆どを占めている卯月からすれば2度も彼の料理を口にしたことはほぼ奇跡に近い。

 一般的な感性ならこれ以上関わりたくないと思うものだろう。

 弥生は呆れたように目を伏せて額に手をつく。


「じゃあ、卯月が辰巳くん行って作ってるところ直接監視すれば良いじゃないか」

「「え!?」」


 辰巳と卯月は同時に素っ頓狂な声を上げた。


「辰巳くんが料理してるところを最初から見てれば何が入ってるか分かるし、万一入っちゃマズいモノがあったとしても止められる。何ならそのままできたてをご相伴に預かってくれば良いじゃないか」

「そんな、また私一人この人の家に行けと言うんですか!?」

「この子は私の昔なじみの子だ。この子のことは何度も話にきいてるし、ヤツの育てた子なら心配ない。その証拠に、昨日のことだって言いふらしてないんだろ?」

「そうですけど……」


 卯月の視線は叔母と辰巳の間を行ったり来たりする。


「お前に恩に着せるつもりで受けるんじゃ無い。断る理由はないから受けるだけだ。一応、手間賃と材料費は貰うけど、これは弥生さんにはこっちでの面倒を見てもらう事へのお返しみたいなモノだから」

「どうする?卯月。辰巳くんにここまで言わせたんだ。これでまだ嫌だって言うんならアンタの言い分はただの駄々っ子になるけど?」

「~~っ、ああもう!わかりました、これからよろしくお願いします!!」


 顔を真っ赤にした卯月の叫びが夜の純喫茶に響く。

 次々と色々な顔に変わる卯月のその表情は学校で見せるモノと違いどこか柔らかいものに思えた。


 ~~~


「いやー悪いねえ、いつでも頼れなんて言った傍に、こっちから頼っちゃって」

「これくらいなら別に何てことないですよ」


 辰巳が店を出る頃にはとっくに夜の10時を過ぎていた。

 他の従業員達は閉店作業を終え既に帰宅しており、残った弥生と卯月も見送りのため店の外に出ていた。


「あの……これでわかってもらえましたでしょうか?」

「はいはい分かったよ」

「ならよかったです」

「……」

「どうしました?」


 ホッと胸をなで下ろした卯月はふと、卯辰巳の視線が自分を捉えていたことに気付いく。

 無言で見定めるような視線に卯月は問いかけるが、辰巳がそれに答えることはなかった。


「ありがとうね。それと昨日今日と卯月がすまなかったね。この子ったら昨日バイトで疲れて着替えるの忘れてアンタのところいっちまったようでねえ。お陰で昨日の夜も今朝も『何で止めてくれなかったんですかー!!』ってギャーギャーうるさくって……。自分がしでかしたことだろうにさ」

「ええ……」


 カラカラと笑う弥生を前に辰巳は困惑の声が漏れた。

 まさか昨日の訪問がそんな理由だったとは夢にも思わなかった。

 「叔母様!余計なことは言わないでください!」と卯月は整った顔を真っ赤にして咎める。

 しかし、そこには険悪な空気は感じない。こうしてみるとまるで弥生と卯月は年の離れた姉妹のように見える。

 こうしてみるとまるで弥生と卯月は年の離れた姉妹のように見える。

 実年齢なら親子ほどに年が離れているはずなのに彼女達からはそれを感じさせないほど親密な距離感と信頼が窺えた。

 学校では常に微笑み以外の表情を見せない彼女がここまで様々な表情を見せるのはきっと卯月にとって弥生は母や姉のように慕う存在なのだろう。


「お詫びと言っちゃ何だけどコレ上げるよ」


 弥生はポケットから紙片を取り出す。

 そこには『喫茶 凪 特別券』と書かれていた。


「ウチの店の1食分タダ券さ。いつでも来ておくれ」

「ちょ、叔母様!そんなことしたらこの人が店に来てしまうじゃないですか!?」

「それの何が悪いんだい?これで辰巳君がウチを気に入ってくれれば、新しい常連になってくれかもしれないんだよ?新規顧客獲得に動くのは経営者として当たり前じゃ無いか」


 弥生に言い返えせず卯月は言い淀んでしまう。


「で、ですがそれでは私が働いているところをこの人に見られてしまいます!」

「それがどうしたんだい?」

「だって、それはまたあの格好をこの人に見られるのことで――」

「アンタが辰巳君に迷惑掛けたのは事実なんだし、それに対してお詫びをするのは当然じゃ無いかい?」

「うっ!?」


 弥生の無慈悲な正論に卯月は打ちのめされたようによろめいた。

 あまりにも容赦の無い弥生の物言いに辰巳は少し卯月に同情した。


「全く、今まで数え切れないくらいの客に働いてるところ見られてきたじゃないか。アタシは誰に見られても恥ずかしくない振る舞いをアンタに教えたし、アンタはそれをちゃあんとこなしてる。もっと自身持ちなって」

「はい……」


 沈みきった卯月の返事に弥生が小さくため息をついた。

 弥生の言葉は責めているわけでは無く、寧ろ励ましている筈だったのに卯月の気持ちは沈んだままな事に辰巳は少し違和感を感じた。


「何でそんなにバイトのこと言いたくなんだい?クラスの子達に言ってくれれば売り上げにも繋がるのにさ」

「そ、それは……」

「まあ、アンタが嫌なら無理にとは言わないけどさ」


 弥生の言葉に卯月は叱られた子供のようにバツの悪い顔をした。

 弥生は肩をすくめ、小さくため息をした。


「そんなわけだからさ、この子のバイトのことは黙っていてもらえるかい?」

「ええ。元々言いふらすつもりは無いんで」

「なら良かった」


 辰巳としては肩すかしを食らった気分だった。

 わざわざ、夜中に押しかけるくらいなのだからもっと人に言えないアルバイトをしているのかと思っていた。

 だが、蓋を開けてみればちゃんとしたアルバイトだったのだから。

 考え違いで随分な事をしてしまったが自分の考えが杞憂に終わったことに辰巳は内心安堵していた。


「それじゃあ」


 背を向けると弥生が「あ」と声を上げる。


「そうだ忘れてた。辰巳君、連絡先を教え得てくれないかい?何かあったときのためにさ」

「あー、そうですね」


 そう言い、互いのスマホを取り出す。


「卯月、アンタもだよ」

「なんでですか!?」

「アンタだって知っとかにゃいかんだろうさ。これから毎晩お邪魔するんだしお互いの都合が悪いときの連絡手段は必要だよ」


 卯月は渋い顔をしながら自分のスマホを取り出した。

 何だか弥生に誘導されている気がしなくもない。

 辰巳はそんな予感を感じていた。

 そうして、弥生と辰巳、渋々な卯月は互いの連絡先を交換するに至った。


「勘違いしないでくださいよ。貴方の都合が悪い時の連絡手段です」

「わかってるよ」


 交換を終えると今度は辰巳が「あ」と何かを思い出した。


「竹寅」

「今度は何ですか」

「お前……学校の連中に人気あるんだから今日みたいに一時の気の迷いで自分家とかそういう情報あんまほいほい男に教えんなよ」

「……あ!」

「やっぱり自覚無かったか」

「ち、違います!これは、あなたの誤解を払拭する為で……」

「わかってるよ、じゃあな。お休み」


 そう言って辰巳は向かいのアパートにある自分の部屋に帰っていく辰巳の背中を卯月はいつまでも恨めしそうに睨んでいるのだった。

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