第11話 海へ向かう
僕らは歩いて駅まで行って、駅員のおじさんが書いてくれたメモを参考に切符を買って、電車に乗った。
相変わらず日曜日の朝は電車が空いており、僕らは座席に座ることができた。
僕はリュックサックを体の前で抱えて持って、太ももの上に乗せている。
そして手にはメモ帳をしっかり持ち、次の駅を告げる車内アナウンスを聞き逃さないよう注意する。
隣の沙菜に目を向けると、ご機嫌な様子で足をぶらぶらさせていて、僕の視線に気が付くと話しかけてきた。
「お兄ちゃん」
「どうした」
「海までどれくらいかかるの?」
「正確な時間は分からないよ。一応午前中に着くつもりではいるけど」
「そうなんだ」
「電車の大体の所要時間もメモに書いてもらえばよかった」
僕はメモ帳に目を通しながら愚痴る。
「ちなみに乗り換えは2回で行けるみたい」
「ふーん」
あまり興味がなさそうに沙菜が相槌を打つ。
「だからまあ海に行ける駅まで2時間もあれば着くんじゃないかな。駅から歩くことも考慮すると2時間半くらいで海に行けるんじゃない。完全な予想でしかないけど」
「遠いね」
「そうだね。まあ気長に旅を楽しもうよ」
「うん」
それから僕らは大人しく電車に揺られ、車窓からの景色を眺めていた。
途中、一度沙菜が「お茶飲みたい」と言い出したので、僕はリュックサックから沙菜の水筒を取り出してコップを渡し、注いでやった。
沙菜は美味しそうにお茶を飲んだ。コップを返してもらい水筒にくっつけてリュックサックに再びしまう。
最初の電車内で起こったことと言えばそれくらいで、後は大人しく電車に揺られていたら、次の駅を告げる車内アナウンスが僕らの降りる駅を告げた。
「次の駅で降りるからな。沙菜」
「うん。わかった」
最初は空いていた電車内も今では多少混雑しており、扉付近では人が溜まっている。
他の人も次の駅で乗り換える人が多いのかもしれないなと考える。
人が多いなら沙菜とはぐれないよう気を付けないと。
電車が減速を始めしばらくし、駅のホームに入っていって、そして停車した。
扉が開き乗客が吐き出されていく。
「沙菜。僕たちも降りるぞ」
「うん」
僕はリュックサックを背負いなおし、手にはメモ帳を持って、沙菜と一緒に電車を降りた。
案の定、多くの乗客が降りたようで、駅のホームはかなり混雑している。
この状況で流れに乗って進むのは、沙菜とはぐれるリスクがあると判断し、とりあえず人の流れが収まるまで待とうと考える。
とはいえこの場で立ち止まるのは他の人の邪魔になるのでそれもできず、とりあえずは人の流れを突っ切って安全な場所まで行こうと歩き続ける。
「沙菜、ちゃんとついて来いよ」
僕は後ろを振り返って、沙菜に声をかける。
沙菜はやや不安げな表情を浮かべつつ「わかった」と返事をした。
そして僕はホームの壁側まで行って、そこで待とうと思い、人の流れを横切って壁側までやってきた。
「ここで一度待とう沙菜」
僕が再び後ろを振り返り、沙菜に声をかけた時にはもういなかった。
「あれっ、沙菜どこいった。おーい沙菜」
僕が慌てて辺りを見回すと、少し離れたところで完全に人の流れに飲み込まれ流されていた。
僕は急いで救出に向かい、何とか沙菜と合流して壁際に退避することができた。
「ふー、危ない。ダメじゃないか。ちゃんとついて来ないと」
「ごめんなさい。流された。あーれーって」
「あーれー、じゃないよ。まったく。でもすぐに合流できてよかったよ」
「お兄ちゃんも悪いんだよ。ひとりで先に行っちゃうから」
「ついてこれると思ったんだよ。ごめんな」
僕も一応非を認め謝っておく。こんなところで言い合いをしても仕方がない。まだまだ先は長いのだから。
辺りを見渡すと、人の流れは減り、次の電車を待つ人がホームに立っている姿をちらほら見ることができる。
もう次の場所へと進んでも大丈夫だろう。
「そろそろ出発するか」
「うん」
僕は沙菜に向かって手を差し出した。
「手をつないでおいてやるよ。はぐれないように」
沙菜の小さな手が差し出され、僕の手の中に収まる。
「ありがとう。お兄ちゃん」
「どういたしまして」
そして僕は沙菜の歩調に合わせてゆっくりと歩き始めた。最初からこうしてれば良かったなと思うのだった。
☆
電車の乗り換えは苦戦するかもと考えていたが、案外簡単に次の路線の駅に向かうことができた。
メモ通りの切符を買って改札を通り、駅のホームで電車が来るのを待つ。
しばらくして電車が来たので乗り込んだ。この駅では乗り降りする人が多かったので、電車内に乗客が多く座ることができなかった。
僕と手をつないだままの沙菜が残念そうにいう。
「座れないね」
「仕方ないよ。待ってたらそのうち座れるんじゃないか」
僕らはいつ座席が空いてもいいように、扉付近ではなく座席付近に立って待機していた。
案の定、4つ目の駅で目の前の座席に座っていたおじさんが降りていき、座席がひとつ空いた。
「沙菜が座るといいよ」
僕が沙菜に勧めると「ありがとう」といって、座席にちょこんと座った。
僕は立ったまま電車にガタゴト揺られ、さらに3つ目の駅に到着した時、沙菜の隣の人が降りて行ったのでやっと座ることができた。
沙菜の隣に座って電車内を見回すと、徐々に乗客の数が減ってきているようだった。
都会から離れていってるのだろうと考えられる。車窓からの景色もビル群がなくなっているのがわかる。
「お兄ちゃん」
「どうした」
「お茶飲みたい」
「いいけど。あんまりお茶ばっかり飲んでたらトイレに行きたくなるぞ」
「大丈夫」
何が大丈夫なんだろうと思いながらも、僕はリュックサックから沙菜の水筒を取り出した。
沙菜にコップを渡し、お茶を注ぐ。沙菜が美味しそうにお茶を飲み干した後、コップを回収し水筒に付けてリュックサックに戻した。
「お兄ちゃん」
「今度はどうした」
「鼻水出てきた」
僕が沙菜の鼻のあたりを確認すると、透明な鼻水がつーっと垂れてきているところだった。
「うわ。きちゃない。ちょっと待ってろ」
「うん」
確か紳士の嗜みとしてリュックサックにハンカチとポケットティッシュを入れたはずだ。
とりあえず今はポケットティッシュが必要だ。僕は急いでリュックサックからポケットティッシュを取り出し、一枚掴んで沙菜の鼻の下に押し当てた。
さらにゴシゴシと鼻の下を拭ってやる。沙菜はされるがまま大人しくじっとしている。
「よし、もう大丈夫か」
「多分」
「一応、鼻をかんどくか?」
「うん」
僕はティッシュを2枚重ねて沙菜に手渡した。沙菜がチーンと鼻をかむと満足したのか笑顔を浮かべる。
「使ったティッシュは畳んで手に持っててくれ」
「えー、お兄ちゃんにあげる」
沙菜が使用済みのティッシュを僕に押し付けてくる。
「仕方ない奴だな」
僕はティッシュを渋々受け取り、右手が3枚の使用済みティッシュで埋まってしまった。
左手はメモ帳を開きながら持っているので、両手が塞がってしまう。早く使用済みティッシュを捨ててしまいたいけど、次の降りる駅まで我慢だ。
ちなみに沙菜は手ぶらで、実に快適そうな旅で羨ましい。沙菜の水筒とお弁当も僕のリュックサックに入れてるので、荷物持ちになった気分だ。
だが自分は沙菜のお兄ちゃんなんだから仕方がないと諦める。
それに僕が行きたいだけの海に、ほとんど騙して沙菜についてきてもらっている立場なので偉そうなことはいえない。
荷物持ちを率先してやることで、罪悪感も薄れるというものだ。
それからはまたぼんやり車窓からの景色を眺めながら、ガタゴト電車に揺られていた。
次が目的の駅というところまで来て、両手が塞がっていたら沙菜と手を繋げないなと気付く。
どうしようか迷っている僕の姿を見て、沙菜が聞いてくる。
「お兄ちゃん。どうしたの」
「両手が塞がってて沙菜と手を繋げないなと思って」
沙菜がふーんと何かを考えるような素振りを見せて僕の様子を伺い、そして告げた。
「メモ帳持ってあげる」
沙菜の手を伸びてきて、あっと思う間にメモ帳を取られた。
「ダメだよ沙菜。それは大事なものなんだ。落としたら海に行けなくなる」
「大丈夫。大事にもってる」
「困るよ」
などとやり取りしているうちに電車が駅についてしまった。まずは電車を降りて、それからメモ帳を取り返そう。
「じゃあ、降りるぞ」
僕は左手を差し出して、沙菜の右手を優しく握る。急いで電車を降りていき、また人の流れをやり過ごそうと思ったが、意外と降りた人は少ないようだった。
明確な人の流れがなく、手を繋いでるからはぐれたりすることもないだろう。
メモ帳をすぐに取り返そうと思ったが、それより前に右手のティッシュを捨てて手に空きを作らなければ。
というわけでまずはごみ箱を探しつつ改札へ向かう。
「沙菜もごみ箱を見つけたら教えてくれ」
「はーい」
「ちなみにメモ帳は絶対に無くさないでくれよ」
「ちゃんと持ってる」
沙菜の返事はいいが、とても心配だ。僕らは周囲に目を向けながら歩き続けたが、改札まで来てもごみ箱は見つからなった。
仕方がない。とりあえず改札を出てごみ箱を探そう。僕らはそのまま改札を出て、さらに駅の出口の方に向かって歩き続ける。
「あそこにごみ箱があるよ」
「ほんとだ」
ちょうど駅の出口付近にごみ箱が設置されており、僕らは歩いてそこに近づく。
ごみ箱の前に来て、僕はやっと使用済みティッシュが捨てれると安堵のため息をついた。
燃えるごみと書かれたボックスに使用済みティッシュを捨てて、僕は沙菜に手帳を返してもらう。
これで一安心だ。ぽんこつな沙菜にメモ帳を預けてても無くす未来しか見えないからな。
「よし次の駅に向かおう」
「うん」
☆
次の路線への乗り換えも順調で、僕らは特に迷うことなく駅に到着し、電車に乗ることができた。
今度の電車は空いていて、僕らは乗ってすぐに座席に座ることができ、沙菜はご機嫌だ。
もし今の季節が夏なら海に向かう人も多く、電車が混雑するかもしれないが、今は秋なので電車内が空いている。長旅の電車で座れると楽だなと感じる。
後はもうこの電車に乗っていれば目的の駅まで運んでくれると思うと気が楽になる。
僕が車窓からの景色をぼんやり眺めていると沙菜が声をかけてきた。
「お兄ちゃん」
「どうした」
「お茶」
「はいはい」
もはや何も言わず、手早く準備をして沙菜にお茶を飲ませた。
その後しばらくは何事もなく電車に揺られていたが、再び沙菜が声をかけてくる。
「お兄ちゃん」
「今度はどうした」
「おトイレ行きたい」
やはりそうなったか。僕は諦めの浮かんだ表情を浮かべ、念のため沙菜に聞く。
「目的地まで我慢できそうか」
「無理そう」
「じゃあ次の駅で一度降りよう」
「うん」
そして僕らは次の停車駅で降りて、トイレを探し、駅を歩き回ってやっと見つけた。
せっかくトイレに来たので僕も用を足そうと考える。
「僕もトイレに行くよ。もし僕より先にトイレから戻っても、ここから離れちゃダメだぞ沙菜」
「わかった」
沙菜に一応忠告したが、ほぼ間違いなく僕の方が早くトイレから出てくるだろう。
僕はトイレに入り、さっさと用を足して、手を洗い、トイレ前に戻った。
案の定、沙菜はまだ戻っておらず、少し待たされた。
「おまたせ」
すっきりした顔の沙菜と合流し、再び電車に乗って海を目指した。
座席に座り電車に揺られていると再び沙菜が声をかけてくる。
「まだかな、海」
「もう少しだと思うけど」
「早く着かないかなー」
「長旅で疲れたか?」
「ううん。大丈夫」
「海は楽しみか?」
「うん。楽しみ」
「そういってもらえると僕も嬉しいよ」
それからしばらく無言で電車に揺られていた。そしてついに車窓から海が少し見えた。
「お兄ちゃん、海だよ」
「海だな」
やはり目的地が見えるとテンションが上がり、長旅の疲れも吹き飛ぶ。待ちに待った海が見えて僕はとても嬉しくなる。
やっとここまでたどり着いたという気持ちが沸き起こるが、まだ完全に到着していないので気を引き締める。
喜ぶのは海の前まで行ってからでも遅くないだろう。
車内アナウンスで次の駅名が告げられ、それがメモ帳に書かれた最後の駅と一致することを確認した。
「次で降りるぞ沙菜」
「うん」
減速した電車が駅のホームに突入し、ゆっくりと停車する。扉が開き、僕と沙菜は手を繋いだまま電車を降りた。
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