第6話 展望台へ向かう
駅の外に出ると一度立ち止まり、僕たちは周辺に目を向ける。
「あっちだ」
裕が指さして声を上げる。僕がそちらに目を向けると遠くに展望台が見えており、駅の前からでも存在感を発揮しているのが分かった。
「さすがに大きいね」
僕は素直な感想を述べる。展望台というだけあって他の建物に比べて明らかに高かった。
「うん。近くで見たらもっと凄そう」
裕が興味津々の少年の目で高くそびえる展望台を見ている。だがいつまでも立ち止まっていても仕方がない。
「それじゃあ出発しよう」
僕がそういって歩きはじめると、裕もすぐに出発して僕の横に並ぶ。
展望台まで距離はまだあるが目視できるので道に迷う心配はない。後はひたすら展望台に向かって歩いていくだけだ。
途中の道はさすがに一本道というわけにはいかず、適当な道で曲がったりとしながら前へ進む。
だがそれも悪くはない。僕たちの家がある町より、この街は活気があるようで、通りを眺めているだけで楽しい。
色々な店がありウィンドウショッピングをしている綺麗なお姉さんやおばさんたちを見ることが出来る。
雑貨屋に服屋に帽子屋、飲食店など様々だ。それらに目を向けながら歩いていると、時間を忘れるようだった。
そしてついに展望台の真下までやってきた。
「ひゃー、遠くから見ても高いとは思ってたけど、真下から見るととんでもない高さだね」
裕が感嘆の声を上げる。それには僕も同意見だ。
「こんな高い所にこれから登るのか。これなら地球の形も丸わかりなんじゃないか」
「ははは。そうだといいね」
結構僕はガチの発言だったのだけど、裕に笑われてしまった。
気を取り直して僕は展望台を見上げる。これからこれに登るのだと思うとワクワクが止まらない。
一体どれくらいの高さがあるのだろう。とても気になる。
僕が展望台を見上げ目算を立てていると、同じように見上げていた裕が眩しそうに目を細めて言う。
「今日は晴れてよかったね」
その言葉に僕は空に視線を移すと、確かに爽やかな青空が広がっている。きっと展望台からの景色も遠くまで鮮やかに見ることが出来るだろう。
そう思うと早く登りたい衝動に駆られる。
「それじゃあ早速中に入ろう」
待ちきれないといった様子で僕は裕をせかす。
「そうだね。行こう」
僕たちは展望台の地上部分から中に入っていき、そしてすぐに人の多さに驚いた。
「なんかすごく人がたくさんいるね」
僕の言葉に裕は頷き「登るまでに時間がかかるかもしれないね」と呟いた。
「とりあえずチケット買わなきゃ」
僕たちはチケット売り場の列の最後尾に並んで、ワクワクしながら待つ。
チケット売り場の列は順調に減っていき、案外早く僕たちの番が回ってきた。
「小学生ふたり」と僕は元気よく告げて、小学生用の料金をふたりで支払う。
後はエレベーターを使って展望台に登るだけだ。僕たちはエレベーターの場所に向かって歩いたが、どうやらエレベーター前で行列が出来ている。
とりあえず最後尾に並んだが、結構な長さの行列で、全然進んでいく気配がない。
ここから最上部まで人を送り届けて再び戻ってくるのに時間がかかるからだろう。
はやる気持ちを抑えて気長に待つしかない。僕が腕時計に目を向けると時刻は10時5分を指していた。
展望台の営業開始時間は10時なので、空いてるかなと思ったが甘かった。
さすがは日曜日だ。だがこれでも空いてる方なのだろう。混雑時にどれほど人が詰めかけるのか想像もできない。
意外と人気のスポットなのだなと、しみじみ思う。
僕の知り合いで展望台に登ったという話を聞いたことがないので不人気スポットだと勝手に思っていた。
それとも展望台に登る人は地元の人でなく観光客が多いのだろうか。
列に並ぶ人に目を向けるが、地元の人なのか観光客なのか判別することはできない。
その時エレベーターが到着したようで前方の人々がエレベーター内に吸い込まれていく。
一度に結構な人数が乗れるようで、行列がずいぶんと前に進んだ。
あと何回エレベーターが到着すれば僕たちが乗れるのだろうと、大体の計算を行う。
予想では2、3回といったところか。もうしばらく待つ必要がありそうだ。
僕らは黙ってエレベーターに乗る時を待った。
普段学校でしているような、昨日見たテレビの話や最近はまっているゲームの話でもして待つという選択肢もあったがそうしなかった。
なんとなく今はそぐわないなと感じていた。もし裕が僕に対してそのような話題を振ってきても、曖昧な相槌を打つにとどめただろう。
僕の意識は展望台へと通じるエレベーターの扉に集中し、心地よい高揚感と期待に胸がいっぱいになっている。
真理へと手を伸ばす少年が、真実への扉が開くのを待ちわびるように、僕は佇んでいる。
エレベーターが到着するたびに前進する。物理的な距離が近づくとともに、真理への距離も近づいていく気がする。
そしてついに僕たちが乗る順番が回ってきた。エレベーターの扉が開き、人々が乗り込んでいく。
僕らもその流れに乗ってエレベーターに乗り込むと、壁際に陣取りエレベーターが閉まるのを待つ。
「いよいよだね」
隣にいる裕が僕に小さくささやく。僕は頷き「楽しみだね」とささやき返した。
エレベーターが閉まるとすぐに上昇し始めた。エレベーターは満員で少し窮屈なので僕は動かないよう、身を縮こまらせていた。
そのままの状態で待っていると時間だけが過ぎていく。10秒20秒と時間が経過しそこから先は数えるのを止めた。
今もエレベーターは上昇を続け、展望台へと僕たちを運んでいる。
気持ちが高ぶり、早く早くと無邪気な少年のように心から思う。
「ねえ」
その時、裕が僕に向かって小さな声で聞いた。
「展望台から街を見て、その結果蓮くんの考えている地球の形じゃなくて、大人たちのいう丸いことを示すような事実が見えたらどうする?」
僕は裕の言葉をゆっくりと頭の中で反芻する。最初に考えたのは問いの答えではなく、どうして裕はそんな事を言ったのかという点だった。
僕と同じ考えを共有してそれを信じていれば、先ほどのような質問は出ないのではないかと思う。
妙に後ろ向きな発言だなと感じる。僕も裕もどちらかと言えば前向きな性格をしているので、先ほどの発言は違和感がある。
地球が平面である事実を見つけちゃったらどうしよう、ひゃっほう、みたいなノリの方がよくわかる。
裕の表情を伺いみると、特に後ろ向きな感情を読み取ることはできず、むしろいかにも事実を述べましたみたいな淡々とした表情を浮かべている。
それを見て裕は地球が球体であるという大人たちの説を支持しているのではと感じた。
僕は質問にすぐ答えることが出来ず、裕の顔を眺め続けた。
そしてその時、一瞬の浮遊感を感じ、エレベーターが止まった。
結局、質問に答えることは出来なかったなと思い、意識を切り替えた。
エレベーターの扉が開く。
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