第5話 電車でお出掛け
日曜日の朝。現在時刻は8時40分。
僕は家からの最寄り駅の改札前で裕を待っていた。約束の集合時間は9時なので少し早く来すぎてしまった。
今日は朝起きてから体がうずうずして待ちきれず、早く家を出てしまったのだ。
おかげで30分も前に着いてしまい、こうしてひとり裕が来るのを待っている。
財布には三千円入っており、残りの二千円は家に置いてきた。
万が一財布を落としては大変だし、財布に余裕がありすぎると気が大きくなって余計なものを買ってしまうかもしれない。
展望台と電車賃だけなら2千円でも十分な気もするが、一応少し余裕を持って千円プラスしてある。
不測の事態が起きてお金が必要になっても足りるだろう。
僕は腕時計に目を向ける。現在時刻は8時45分。5分進んだ。大体裕は10分前くらいには来るのでもう少しの辛抱だ。
しばらく改札を通り過ぎる人々を眺めながら待つと案の定10分前に裕がやって来た。
「おはよう蓮くん」
「おはよう裕くん」
「今日は楽しみだね展望台。初めてだからワクワクするよ」
「僕も色んな意味で楽しみだよ。良い結果が得られるといいな」
「それじゃあ、さっそく出発しよっか」
「うん」
僕たちは券売機で切符を買って、改札を通り、駅のホームに出た。
ホームの足元に書かれた扉の位置を示す印の最前列に並び、次の電車が来るのを待つ。
「何だか遠足に行くみたいだね」
裕がとても上機嫌な声でいうと、僕も何だかその気になってくる。
「僕たち普段、電車なんて乗らないもんね」
基本僕たちの行動範囲は自転車でせいぜい20分程度で行ける範囲だ。それ以上の距離になると遠いなという感想を抱いてしまう。
学校の遠足以外で友達と電車に乗って出かけるなど、今までに一度も経験がない。
僕にとって電車は大人たちが乗るものという印象だ。僕ら小学生たちにとっては徒歩と自転車があれば十分満足出来る。
自転車で行けない場所は僕らには遠い世界といえるだろう。
しかし今日はその遠い世界に足を踏み入れなければならない。
まさに気分は遠足であり、ワクワクするのを抑えられない。
しばらく待っているとホームに電車が入ってきて止まり、目の前の扉が開いた。
早速乗り込み、空いている座席にふたり並んで腰を下ろす。電車内を眺めると日曜日の朝だからかよく空いている。
他の乗っている人に目を向けると、僕には皆大人の人に見える。親と一緒でない小学生ふたりが乗り込んだのは少し変わっているかもしれない。
裕も同じように感じたのか「若い人いないね」と僕にささやいた。
「そうだね」とささやき返しておく。ここはもう大人たちのフィールドなのかもしれない。
ちなみに僕らの思う若い人とは中学生くらいまでだろうか。高校生も大学生も20代前半のサラリーマンも服装が私服なら判別できる自信がない。
若い人のいない、大人たちの空間に足を踏み入れ、やや場違いな感じがする。
しかし僕は一人じゃない。
「今日は裕くんが来てくれてよかったよ。ひとりだと正直心細かったかも」
「たしかに僕もひとりで電車に乗ってどこかに行くのは怖いかも」
「だよね」
理解してもらえて良かった。楽しみという気持ちは今もあるが、それと同じくらいひとりだと慣れない場所に心細くなっていただろう。
しばらく無言で電車に揺られる。各駅停車なのでひとつづつ駅に止まっては、乗客が乗り降りしている。その様子を僕はただぼんやり見ている。
電車の停車と発車のリズムが妙に心地いい。また走り出した電車の車窓から見える景色が飛ぶように流れていき、遠くまで来てるのだなと感じる。
展望台への最寄り駅はこの電車一本で行くことができる。時間は30分くらいで到着する予定だ。
それまでは電車の旅を満喫しようと思い、電車内に目を向けて乗客を観察する。
乗客の数は僕たちが乗った時から比べると徐々に増えている。都会の方に向かっているからだろう。
僕たちから見ておじさんやおばさんが多く乗っている印象だ。僕ら以外に子供はいない。
ふと今日は何時に家に帰れるだろうと考える。昼食を外食で済ませるなんて考えられないので家に帰ってから食べる予定だ。
10時くらいに展望台に到着する予定なので、そこから登って降りて再び電車に乗って帰れば12時前には帰れるだろうと予測を立てる。
そこまで考えて思いついたことがあった。僕は裕にそのことを告げる。
「親に頼んでおにぎりとかお弁当を作ってもらったらよかったかも」
「たしかに。遠足気分が増すね。すごく楽しそう」
「まあ、いまさら言っても遅いんだけど」
少し計画の詰めが甘かったかもしれない。もっと物事を楽しもうという視点に立って今日の予定を計画しておけば気付けたかもしれない。
頭の中が地球の形の調査のことばかりで、展望台に登ることしか考えていなかった。
例えばついでに現地で遊んで来ようと予定を立てたなら、食事の問題に気づけて対策を取れたかもしれない。
弁当があれば、展望台に行って登って降りて帰るだけの過密スケジュールにしないで、ゆっくりと帰ってくることができただろう。
今後はもう少し心にゆとりを持って、楽しむことを考えたほうがいいかもしれない。
僕が頭の中で今日をいかに楽しむかについて考え続けていると、いつの間にか次が目的の駅になっていた。
「そろそろだね」
「うん」
僕は車窓からの景色に意識を集中する。そろそろ展望台が見えてきてもおかしくない。
電車のどちら側に見えて来るのか分からなかったので、前を見たり後ろを見たりを繰り返した。
そしてついに。
「展望台だ」
思ったより大きな声が出て僕は自分でも驚く。周辺の迷惑になってはいけないと思い、今度は声を絞って興奮気味に裕に話しかける。
「展望台が見えたよ」
「うん。僕も見えてる」
展望台は座席の後ろ側の方向に存在した。座席に座りながら体をねじって後方を僕らは見ている。
「あれが今日の目的地か。楽しみだね」
裕の言葉に僕は頷く。
「展望台を見たらテンション上がってきた。一緒に世界の秘密を解き明かそう、裕くん」
「頑張ろう、蓮くん」
ずっと展望台を眺めていたかったけど、電車が目的の駅に入り視界が遮られる。
今しばらくの辛抱だ。僕たちは立ち上がり扉の周辺で待機する。そして電車が駅に停車し扉が開いた。
僕たちの他にも降りる客が多く、電車内から人が吐き出されていく。
人の流れに乗るように僕たちは電車を降りた。そのまま流れに乗って改札へ向かう。
「とりあえず駅を出て、展望台が見えるところまで行こう」
僕が提案すると裕も「そうだね」と同意を示す。
僕たちはそのまま歩き続け、駅の外に出たのだった。
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