第4話 貯金箱の中身を両替
裕と別れて家に帰った僕は、現在の自分の資金について調べようと思った。自室に入り机の上に置いている財布を手に取って中を覗き込む。
全部で二千円くらいのお金が入っており、まずまずの金額だ。お小遣いは月に千五百円もらっているのでひと月分以上残っていることになる。
普段は土日に駄菓子を少し買う程度なので、お金は徐々に溜まっていく。お金が貯まればゲームソフトを買う、ということを繰り返している。
今は少し貯まっている時期だ。お金があまりない時期でなくて良かったと、ほっとする。
それから僕はリビングに移動する。リビングのタンスの上に普段は使わないけれど、お金を徐々に貯める用の招き猫の貯金箱がふたつ置いてある。
ひとつは僕の物で、もうひとつは3つ下の妹の沙菜の物だ。仲良く並んで置かれている招き猫はどこか微笑ましい。沙菜の招き猫は僕の物に比べて少しだけ小さい。
ふたつセットで買ったわけではないが、母によると猫の兄妹を表現しているそうだ。
母に買ってもらって3年以上が経過しており、一度も中を覗いたことがない。それなりに貯まっていることだろう。
僕はタンスの上に手を伸ばし自分の招き猫型の貯金箱を掴んだ。振ってみると、じゃらじゃら、と音が鳴りかなり重量がある。
僕はそれをひっくり返し、おしりのフタを開けてテーブルの上に中身を取り出した。
小銭ばっかりで数えるのが嫌になるけれど、それぞれの硬貨ごとに分類し、時間をかけて数えてみると三千百二十三円になった。
3年以上貯めてこの金額なので、かなり少ないと言えるだろう。しかし嘆いても仕方がないし、それにこのままでは使いにくい。
一円や十円の硬貨が多く持ち運ぶにも不自由だ。両替する必要がある。
僕はテーブルの上にお金を置いたまま、母を探してキッチンへ向かう。しかし母は見つからず、買い物に出かけているだろう母をリビングに戻って待ち続ける。
待つ間、なんとなく沙菜の招き猫に手を伸ばし持ち上げて、重さを確かめる。そこそこの手ごたえを感じる。
僕のよりは少ないだろう。勝ったなという気持ちが沸き起こる。
いくら入っているのか興味はあるが他人の物をかってに調べることは出来ない。
僕が招き猫を元の場所に戻そうと思ったその時、扉の方から声をかけられた。
「お兄ちゃん、それわたしのニャーちゃん」
僕が声のした方に目を向けると、妹の沙菜がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「あー、そうだった」
適当にごまかしつつ、僕は少し慌てて招き猫をタンスの上に戻す。
沙菜が近くまでやってきて僕の様子を、じーっ、と眺めている。
「人の物をかってに触ったらダメなんだよ」
沙菜に言われてしまう。別に怒っているわけではないようだが、自分の物を僕に触られ気分の良いことではないだろう。
「ごめん。少し気になってしまったんだ。どれくらい貯めてるんだろうと思って」
「気になっても勝手に触ったらダメ」
「わかった。もうしないよ」
悪いのは勝手に触っていた僕なので素直に引いておく。それから僕は話題を変えて沙菜の意識を変えようとする。
「ところでママがどこ行ったか知らないか?」
「知らない。でも多分お買い物」
「だよな。ママにお金の両替を頼もうと思ってさっきから待ってるんだ」
「両替?」
僕はテーブルの上に置かれたお金を指さす。
「うん。僕の貯金箱に入ってたお金を両替してもらおうと思って。硬貨ばかりだと持ち運びに困るから」
「わー、いっぱいある」
沙菜がテーブルの上の分類されたお金を覗き込んで、感嘆の声を上げる。
「いっぱいあるように見えるけど、三千円ちょっとしかないよ。一円とか十円が多いだけだし」
「ふーん」
「沙菜も今度貯金箱の中を整理して両替してもらったらいいんじゃないか」
「考えとく」
沙菜がふらふらっと部屋を出ていく。自分の部屋に帰ったのかもしれない。
それからまた母の帰りを待って時間をつぶしていると、10分位して玄関の扉が開く音が聞こえた。母が帰ってきたのかもしれない。
僕はリビングを出て玄関の方へ向かうと、歩いてくる母を見つけた。やはり買い物帰りらしく手には買い物袋を提げている。
母は僕とすれ違いキッチンの方へと歩いていく。僕はそんな母の後ろをついて歩き、キッチンまでやってきた。
母が買い物袋をテーブルに置いたのを見届けてから声をかける。
「ママにお願いがあるんだけど」
「どうしたの? 蓮」
母がスーパーで買った卵やお肉を冷蔵庫に入れながら返事をする。
「お金を両替してほしいんだ」
「両替?」
「うん。貯金箱の中身を整理したんだ。小銭が沢山貯まってたから、お札と交換してほしい」
「いくらなの?」
「三千円。リビングのテーブルの上にお金を置いてるからちょっと来て」
「わかったわ」
母はかばんから財布を取り出して、手に持ったままリビングへと向かう。
僕も母の後ろを歩き、リビングに到着するとテーブルに駆け寄って、分類されたお金から三千円分を取り分ける作業に入る。
取り分けたお金はテーブルの端の方に寄せて混ざらないようにしていく。
「一応ママもお金を数えてよ。間違いがないように僕も数えるけど」
「わかったわ」
僕と母とのダブルチェック体制でお金を数える。総金額を数えた時に、ついでに三千円分を取り分けておくべきだったと今更に思う。
しばらく黙々と作業し、三千円分の硬貨を取り分けることが出来た。
「それじゃ、三千円ね」
母はそういって財布から千円札を3枚取り出し僕に差し出す。
僕はそれを受け取り「両替してくれてありがとう」とお礼をいった。
母が「ちょっと袋取ってくる」といってリビングを出ていき、戻って来たときには手にビニール袋を持っていた。
母が三千円分の硬貨をビニール袋に無造作に入れていく。そのまま銀行に持っていき両替をするのだろう。
僕はというと手元に残った少量の硬貨を再び貯金箱の中に入れていった。
結局今の総資金は五千円になった。これだけあれば展望台とそこまでの電車賃は余裕で払える。
僕は展望台からの眺めはどんなだろうと思いを馳せる。
高い所からの景色といえばマンションの4階に住んでいる友達の部屋から見た風景くらいしか記憶にない。
それすら特に意識して眺めたわけではないので記憶が曖昧である。
展望台はそれよりもずっと高いので何が見えるのか、意識して目に焼き付けたいと思う。
そして目指すは地球の形についてのヒントを得ることだ。僕の思う平面の地球を示すヒントが得られるか。
はたまた大人たちが言う球体を示すヒントが現れるか。
再び何のヒントも得られず途方に暮れるのか。
その結果は次の日曜日に出る。
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