第3話 僕と裕

 家に帰った僕は自室の机の椅子に座り、頭を捻っていた。かれこれ30分は頭を使い難問に取り組んでいる。

 自分に出来ることは何なのか。どうすれば自分が納得することが出来るのか。そればかりを考えている。

 今僕の頭の中にはふたつの案が存在した。高い所に登る案と、端に近づく案である。

 高い所に登る案は、展望台などに登り街を見下ろせばヒントになるものが得られるのではないかという期待がある。


 幸いなことに僕の住む街には展望台が立っており、お金を払えば登ることが出来る。

 ちなみに僕は展望台に登ったことがないので、これを機会に体験してみるのもいいだろう。

 端に近づく案も同様に、とにかく端があるならそこに近づけば、何かが得られるのではないかと考える。

 ふたつの案を比較した場合、実行しやすいのは高い所に登る案だろう。端に近づく案を実行に移すには、自分がもっと大人にならないと無理かもしれない。

 どれだけの距離を家から移動すれば端に到達するのかがまるで分らないからだ。

 ここはやはり高い所に登る案を採用するべきだろう。

 僕は次の日曜日に街にある展望台を登ることに決めた。


  ☆


 翌日の朝、学校に登校した僕が教室の自席に腰を下ろすと、すぐに裕がやってきた。

「蓮くん、おはよう」

「裕くん、おはよう」

「昨日はあれからどうなったの? 大事な用事があるっていってたけど」

 駄菓子屋の前で会った時のことを言ってるのだろう。

「うん。あれはうまくいかなかったんだ。用事はこなしたけど満足する結果が出なかった」

「そうなんだ。残念だね。それはそうと蓮くんの言えない用事ってのが僕は気になって仕方がないんだ。またなんか面白いことでも見つけたの?」


 また、というのはこれまでに何度も僕が変わったことに首を突っ込んできたからだ。

 それは学校の七不思議の調査だったり、落し物の持ち主を探したりと様々だ。

 大体はひとりで物事を解決しようとしてはいたけれど、自分だけではどうにもならない時は裕に相談し助けられてきた。

 だから裕は今回も僕が何かを探っていると気付いたのだろう。隠しても仕方がないので僕は同意しておく。

「まあ。そうだね」

「やっぱり」

 裕が満足そうな顔を浮かべ、声を潜めて聞いてくる。

「ねえ。僕にも教えてよ。誰にも言わないからさ」

「うーん」


 僕は考える。駄菓子屋のおじいさんに話を聞くまでは、ひとりで解決しようと意気込んでいた。おじいさんの期待値が高かったから自分ひとりで何とかなると信じていたのだ。

 だから昨日は何も言わず裕を退けてひとりでおじいさんに話を聞いた。

 しかし結果は惨敗だった。もはや直接大人たちの口から聞き出すことは難しい。

 そして今は打てる手が少なくて劣勢である。ここは考えなおして裕と協力体制をとっても良いのではないかと思えてくる。そして僕は決断した。

「わかった。教えるよ。でも今はダメだよ。周りに人がいない場所じゃないと」

「うん。わかった。じゃあ放課後にどこか人のいないところで教えてね」

 そういって裕は僕のそばを離れ、自席へと戻っていった。


  ☆


 放課後になって僕が帰る準備をしていると、裕が「一緒に帰ろう」と声をかけてきた。もちろん本題は僕から話を聞くためだろう。

 僕は頷き、裕と一緒に教室を出て、下駄箱に向かい歩きはじめる。

「どこで話す?」

 裕の言葉にそうだなと返事して少し考え「僕んちの近くの公園でいいかい?」と聞いた。

「そこでいいよ。楽しみだなー」

 裕が上機嫌で了承を示す。しばらく歩き下駄箱に着いたので上履きと靴を履き替えて、次は校門を目指す。

 校門までは黙って歩いていたけれど、校門を出ると裕は待ちきれないといった様子で僕に聞いてくる。


「やっぱりあの駄菓子屋さんに何か関係があるの? 昨日は人がいなくなるのを待ってるって言ってたけど。僕あれから色々考えたんだけど、人がいない時だけ特別なお菓子が買えるとか、こっそり値引きしてくれるとか。でもどれもしっくりこないんだよね」

 裕が持論を述べるが、僕のしようとしていることにはかすりもしていない。裕の持つ情報が少ないから仕方がないだろう。

 僕は周囲に素早く目をやり、話が聞ける位置に他に誰もいないことを確認してから告げる。

「駄菓子屋は別に関係ないんだ。ただあの店のおじいさんに話を聞きたかっただけで。人がいなくなるのを待っていたのは話を他の人に聞かれたくなかったからだよ」


「そうなの? じゃあ、あの店のおじいさんに関することなんだ」

「いや。そうでもないんだ。ただあのおじいさんが少しボケてることで有名だったから話をしただけで」

「たしかに有名だね。釣銭をよく間違えたりするし」

「そうだね」

 それから裕は思考モードに入った。ボケたおじいさんが僕のすることにどう関係しているのかを考えているのだろう。

 再び無言で歩き続け、僕たちは公園までやってきた。僕はどこで話そうかと公園内を見渡し、ベンチが空いていたのでそこに座り話すことに決める。

 僕たちはベンチまで歩いて腰を下ろした。


「じゃあ教えてよ。蓮くんがしてる面白いこと。僕はさっきまで考えてたけどさっぱり分かんないや」

 僕はやや声を潜めて話し始める。

「こないだ先生が地球儀を持ってきたじゃない。それで地球が球体であるってことを話してたんだけど、僕はそれが嘘なんじゃないかって思うんだ」

「嘘?」

「うん。僕にはどうしても地球が球体であるってことが信じられなくて。大人たちが事実を隠してるんじゃないかって考えてる。裕くんはどう思う?」

「そんなこと考えたこともなかったよ。先生が言ってたからそうなんだくらいにしか思わなかったな」


「それが普通なんだろうね。他のクラスメイト達もそんな感じだった」

「蓮くんは相変わらず凄いね。自分の考えをしっかり持ってる人って感じがするよ」

「僕は自分の納得しないものに流されるのが嫌いなだけだよ」

「それで駄菓子屋のおじいさんとはどう話がつながるの?」

「僕は地球が球体ではなく真っ平だと思ってて、それを証明しようと思ったんだけど、大人たちはその事実を知ってて隠してるんじゃないかって思って、口を割らせようとしたんだ。ママとパパと駄菓子屋のおじいさんにそれとなく聞いてみたんだけど、結果は惨敗だったよ。特におじいさんはボケてるから、つい口を滑らせるんじゃないかと期待してたんだけど、ダメだった」

「そうだったんだ」


 裕が納得したような表情を浮かべ、それから確認するように聞いてくる。

「それでこれからどうするの? まだ諦めたわけじゃないんだろ」

「僕は諦めない。まだやれることがあるからね。とりあえずは高い所だな」

「高い所?」

「展望台に登って街を見下ろしてみる。何か手掛かりが得られるかもしれない」

「それ、僕もついていっていい?」

「かまわないよ」

「地球の形の調査だなんてすごい壮大だね。何だかワクワクしてくるよ」

「そうだね。僕も納得するまでこのことを調べてみたいと思ってる」

「いつ展望台に登るの?」

「次の日曜日だよ」

「そっか予定を空けとくよ」

「ありがとう。一緒に来てくれて」

「これくらい全然平気だよ。それに僕も蓮のすることが気になるからね」


 それから僕たちは日曜日の細かい打ち合わせをした。待ち合わせ場所や時間、電車賃や展望台に登るお金などについて話した。

 お金がかかるのでやっぱり止めると言い出すかもと思ったが杞憂だった。裕くんも展望台には登ったことがないらしく、一度登ってみたいとのことだった。

 すべての話を終えると僕は「それじゃそろそろ帰ろうか」と切り出した。

 裕くんは頷き「そうだね。帰ろう」と答えた。

 僕たちは立ち上がり公園の入り口に向かって歩き始める。

 こうして今日、僕に地球の秘密を探る仲間が出来たのだった。

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