第2話 駄菓子屋のおじいさん
その日、父が家に帰ってから母と同じ質問をぶつけたが、話の内容は母と同じだった。
重力という謎の力の詳細は説明されず、とにかくそれがあるから大丈夫なのだと豪語した。
僕は正直まるで納得できなかった。子供騙しの説明だなと思った。やはり両親は真実を教えてくれなかったか、と結論付けた。
後は駄菓子屋のおじいさんに頼るしかなかった。
☆
翌日。学校が終わり一度家に帰った後、急いで出掛ける準備をして、家を飛び出した。
向かう先はボケたおじいさんがいる駄菓子屋で、そこで何としてでも地球が平面であることを示す証言を取りたい。
ここで失敗すれば後がなくなるので、祈る気持ちで駄菓子屋に向かう。
駄菓子屋は家から10分程度歩いたところにある。期待と不安が入り交じり、ドキドキしながら歩いて目的地に到着すると、少し距離を取って店の様子を眺める。
店の中では4人の子供たちが並べられた商品を選んでいるようだ。
おじいさんとの話し合いは他の人に見られていない状態が望ましいので、子供たちが去るまで待つ必要がある。
しばらくは子供たちを眺めながら待機だ。子供たちがひとり、またひとりと駄菓子を手にレジへと向かっていく。
店内の人がひとり減り、ふたり減り、最後の一人になったところで、新たに3人の子供たちが店になだれ込んだ。
3歩進んで2歩下がる状態である。正直頭を抱えたい気分だが、慌てても仕方がない。気持ちを切り替えて再び子供たちが減っていくのを気長に待ち続ける。
すると今度は横から突然声をかけられた。
「蓮くんだ。こんなところで何してるの?」
声のした方に目を向けるとそこにクラスメイトの岡崎裕がいた。彼とは、蓮くん、裕くん、と呼び合う仲でとても仲の良い友達である。
今は隠密行動中なので知り合いとはあまり会いたくなかったが、遭遇してしまったものは仕方がない。
「裕くんじゃん。僕はちょっと今待機中なんだ」
「待機中? 何を待ってるの」
僕は一瞬考えて、どこまで話していいのかを整理して答える。
「実はあの駄菓子屋に人がいなくなるのを待ってるんだ」
僕は駄菓子屋を指さしながら話す。裕はというとポカンとした表情を浮かべ僕を見る。
「どうして人がいなくなるのを待ってるの?」
「それはちょっと言えないけど。大事な用事があるんだ」
裕の表情が少し不満げなものに変わる。僕が話すのを拒んだからだろう。もしくは何か適当なことをいっていると思われたのかもしれない。
たしかに僕の発言内容は少し変わってるなと自分でも思う。駄菓子屋の人がいなくなるまで待つ状況というのは、普段なかなかお目にかかれない。
「嘘でも冗談でもないんだ。本当に用事があって」
そうやって言葉を重ねると、裕の表情が緩み、今度は悩まし気な表情を見せる。
「どんな用事なんだろう。すごい気になる」
「裕くんが気にするようなことじゃないよ。ひとりでしなくちゃいけない用事だから、あまり探られると困る」
「そうなんだ。なんかごめんね。声かけちゃって」
「かまわないよ。こちらこそあまり相手してあげられなくてごめん」
「じゃあ僕は行くね。バイバイ蓮くん」
「バイバイ裕くん」
裕に手を振って別れた後、僕はほっとしてため息をついた。何とか帰ってくれた。僕のすることに興味を持って一緒に行動すると言われたら非常に困るところだった。
僕が地球の形に疑問を持っていることは、あまり他人に知られたくないからだ。
裕には悪いけれど、友達といえど僕の考えを今は話す気はない。
ただ裕にはいつもお世話になっているし、僕のすることをよく手伝ってもらっているので後々どうなるかは分からない。
ただ今はまだ自分一人で行動したかった。
僕は心の中で許してくれと詫びを入れ、駄菓子屋の方に目を向ける。するとちょうど最後の一人が店内から出ていくところだった。
時は来た。僕は急いで駄菓子屋に向かって歩き、店内で適当なお菓子をひとつ手にしてレジへと向かう。
お菓子を購入する理由は、一応こちらはお客だという立場を作り、話を聞きやすくするためだ。
僕は精算を終わらせてから、いかにも無邪気な子供を装っておじいさんに話しかけた。
「ねえ、おじいさん。聞きたいことがあるんだけどいいかな」
「おう? なんじゃ、坊主?」
突然話しかけられたことに驚いたのか、おじいさんは目を丸くする。
僕はおじいさんの表情を鋭く観察しながら、昨日家で考え抜いたセリフを自然な感じで口にした。
「地球の端っこまで行って、落っこちた人って今までどれくらいいるの?」
さあどうだ、と期待を込めた眼差しで僕はおじいさんを見る。おじいさんはというと最初の数秒は時が止まったかのような無反応で、それからすぐに歯茎を見せて、
「ふぉーっふぉっふぉ!」といった。
多分笑ったのだと思う。僕はもうしばらく待って、おじいさんが話し始めるまで、こちらからは動き出さないでおく。
おじいさんは非常にゆっくりとした速度で体を動かし、僕を覗き込んだ。
「誰も落っこちた人などおりゃせん」
その言葉を聞いた時、僕は正直がっかりした。大人の教育が行き届いているのだ、と思った。老いてボケてはいても、秘密を漏らすようなことはしなかった。
おじいさんはゆっくりとした口調でさらに話し続ける。
「そもそも地球の端っこに行くことなんか出来ん。なぜなら地球は丸いからのう。端っこというものがないんじゃ。ふぉっふぉ」
どこかにボロが出ないか注意して聞いたが相手も慎重だった。収穫は無かった。
「ふ~ん、そうなんだ。勉強になったよ。ありがとう」
僕はおじいさんに礼をいい、レジを離れる。駄菓子屋の外に出て家までの道のりをとぼとぼと歩く。
大人たちのガードは思ったより堅い。期待していたけれど正直結果は惨敗だった。敗因はどこにあったのだろうか。僕の質問の仕方が悪かったのだろうか。
もっと口が上手ければ相手から望んだ結果を引き出せたのだろうか。あのおじいさんでも口を割らないとなれば、もはやこの手は通じないのかもしれない。
しかし僕はまだ諦めてはいなかった。大人たちの口から真実を聞き出す作戦が失敗しただけでまだ他に手はあるかもしれない。
僕は何事もすぐに諦めるということが嫌いだった。他人が物事をすぐに諦めている様子を見るのさえ嫌だった。
僕は自分の能力を高く評価していたので、壁にぶつかればいつだって自分には出来ると言い聞かせてきた。
あがいてもがいてそれでもダメなら仕方がないし諦めもつく。
実際僕にも出来なかったことは沢山あるし、今回の件もこのままいけばそうなるのかもしれない。
しかし僕の心が告げている。まだ諦めるのは早いと。自分が納得いくまでやってみる。その精神が大切である。
僕は決意を新たにし、家路を歩きながら、自分自身を励ますため、心の中で僕は出来ると唱える。
家に帰ったら早速作戦会議だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます