世界の果て
さまっち
第1話 ひねくれ少年と地球の形
地球は真っ平らだと思っていた。
小学3年生の僕に、その考えが違うことを告げたのは担任のゆかり先生だった。
授業に小さな地球儀とやらを持ってきて、それを片手に地球が球体であることを話した。
それを聞いたクラスの仲間たちの反応は特に変わったものではなかった。1たす1が2になることを教わった時とさほど違わない。
ふ~ん。そ~なんだ。そんな感じだった。
しかし地球は平らと信じていた僕はそうはいかなかった。与えられた衝撃は大きく、その後、数分間は頭が真っ白で授業内容がすべて抜けた。
気付けば授業が終り、休み時間に入っていた。クラスの仲間たちが親しい者同士でいつものようにお喋りをしている。
平常通りのクラス内を見回して、自分は冷静を取り戻していくのが分かった。
利口な僕は冷静な頭で考えて一つの結論に達した。
ああ、これは嘘だなと。大人たちがたまに使う手口に違いない。きっと子供が知ってはいけない事実のひとつなのだ。
サンタクロースの不在を必死で隠す大人たちの行為と同じ類のものだろう。毎年僕の元に現れるサンタの正体が実は変装した父であることを、僕は既に見破っている。
僕は騙されない。クラスの他の子供たちは騙せても僕には通じない。
地球は球体ではない。間違いない。少し考えれば分かる。
もし球体なら地球の裏側の人たちは大変だ。毎日ぶら下がりながら暮らさねばならない。
そんなわけない。よって地球が球体という大人の主張は真っ赤な嘘だ。デタラメだ。
きっと地球が実は平面という事実を知られてはいけない理由がある。
僕は新たに知ったこの秘密に興奮した。この秘密を暴いてやろうと思った。
☆
僕はその日の授業中、勉強はそっちのけで地球について考えていた。
秘密を暴こうと思い立ちはしたが、その方法がなかなか頭に思い浮かばない。
誰か大人が僕の前で口を滑らせて、地球が平面であることを喋ったらいいのだが。
どこかにそんな都合のいい人がいるだろうか。とりあえず順番に候補となる人物を挙げていく。
まずは先生。言うまでもなくこれはダメだ。子供たちに授業で地球は球体であるなどと平気で嘘をつく連中なのだ。
まるで信用できないし、地球の形に疑問を持つ僕を、大人の話術で徹底的に洗脳されてしまうかもしれない。非常に危険なのでダメだ。
次に思い浮かぶのは両親である。父と母なら真実を話してくれる可能性を感じるが、可能性は低いと感じる。
なぜなら同じ大人の秘密であるサンタの正体を僕は打ち明けてもらっていないからだ。サンタの正体はパパだよね、と指摘してもダメだった。
何を言ってるんだとそそくさと逃げられ正体をばらすことをしなかった。父も母も大人たちの手先であり、完全な僕の味方だとは思わない方がいい。
しかし実際に話を聞く人のリストに入れるのは別に構わないだろう。
次の人物を考えようとして思考が止まる。候補となる人物が思いつかない。自分の身近にいる大人が少ないと感じる。
おじいちゃんとおばあちゃんは近場に住んでいないから話を聞けない。電話で聞く手もあるが普段電話をかけないので軽く聞いてみるということが出来ない。
向こうからしたら重大な相談事としてとられてしまう。それはあまり良くない。
出来ればさりげなく行動を起こし、自分が地球の形に強い疑惑を持っていることを知られたくない。
聞くのはあくまでさりげなく、軽い気持ちを装う。
そこまで考えて、ひとりだけ適任ともいえる人物がいることに思い至った。普段お世話になっている駄菓子屋のおじいさんだ。
このおじいさんは少しボケていることで有名で、うまく誘導すれば口を割るかもしれない。
今の僕の好奇心を満たしてくれる真実を語ってくれるかもしれない。
僕は頭の中で駄菓子屋のおじいさんが最有力という結論をだした。
その後も考えたけれど、結局それ以上話を聞く候補を挙げることは出来なかった。
☆
駄菓子屋のおじいさんは後回しにして、まずは両親に話を聞いてみることにした。僕はメインディッシュは後に取っておくタイプなのだ。
学校が終わると寄り道せずに家に帰り自室に飛び込んで対策を練る。
もちろんどのように話を切り出せばいいかを考えるためだ。基本はさりげなく、何も知らない無邪気な子供が他愛もない疑問を抱く、そんな様子を演出するのだ。
計画は30分ほどで練りあがった。自信はないが元々両親にはそれほど期待していないのでかまわないだろう。
僕は自室を出て母を探す。買い物に出たりしていなければリビングかキッチンにいる可能性が高い。案の定リビングで母の姿を見つけた。
早速計画を実行に移すべく母に声をかける。
「ねえ、ママに聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの、蓮」
蓮とは僕の名前だ。
「今日先生が授業で地球の形は球体ですって話をしてたんだけど、それがよく分からなくって」
「どういう点がわからなかったの」
「下の方にいる人は、一体どうやって暮らしてるのかなって」
「蓮が何を言っているのかいまいち分からないんだけど。下ってどこ」
「球体の下側だよ。そんな所に居たら下に落っこちちゃうよ」
さて母は何と言って言い逃れるだろうか。学校で教えている内容に沿った説明をすると予想されるが、果たしてどんな内容が飛び出すだろう。
僕は母の顔を注意深くうかがい、そこにあるはずの嘘を見つけてやろうと意気込む。
僕が注視しているのを知ってか知らずか母は大笑いした。
「何を言うのかと思えば、そんなこと。学校では教わらなかったの?」
あの時の授業は頭が真っ白だったので、僕の疑問に説明があったかどうかは分からない。
「よく覚えてない」
「そう。蓮の質問についてだけど、地球の下側にいても人は落っこちたりしないの」
「どうして?」
「それは重力があるからよ」
重力、と頭の中で反芻する。
「それは何?」
「詳しい説明はママにも出来ないけど、地球上にあるものは地球の真ん中に向かって落ちていくの」
僕の頭の中で大きなはてなマークが浮かんだ。正直言われたことがちょっと理解できなかった。
真ん中に向かって落ちる? なぜ、どうして、と頭の中を考えが錯綜する。
頭の中でイメージしようとするが、真ん中に落ちていく人というのがうまくイメージできない。
小難しい話をして煙に巻こうとしているのかもしれないと警戒を強める。正直デタラメな内容を聞かされているとしか思えなかった。
それでも一応、母の話に乗っかり、理解できない点を聞いてみる。
「どうして真ん中に落ちるの?」
「それはうまく説明できないわ。ごめんなさいね」
どうやら答えてはくれないようだ。それが本心なのかどうかは表情などからも、うかがい知ることは出来なかった。
ここらが潮時だろう。これ以上話をしても有益な情報を得られるとは思えなかった。
「うん。わかった。ありがとうママ。勉強になったよ」
僕は母と別れて、一度自室へと戻り、机の椅子に座って先ほどの話を再検討してみた。
大人たちの言い分はわかったが、それをそのまま信じるほど僕は愚かではない。
なぜ真ん中に落ちるのかその理由を説明できなかったのは、そこに大きな矛盾を抱えているからではないか。
母の語った理由だけでは僕の心に響くことはなかった。それはやはり何かが根本的に間違っているからだと結論付ける。
地球が平面という自分の考えを取り消すものは何も出てこなかった。
真相を知るため調査を続ける必要がある。
僕は次の作戦を検討するため頭を切り替えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます