第7話 展望台内
エレベーターから降りると周りの壁はほぼガラス張りのフロアだった。
沢山の人々がガラスに張り付いくようにして街を見下ろしている。
僕も早く見たいと思い、空いている場所を探して周囲に目を向ける。
「あそこが空いてるみたい」
裕が良い場所を見つけて指さして僕に告げる。僕らは早速その場所まで歩いていき展望台から街を見下ろした。
眼下に広がる光景に僕らは目を見張る。
「すごい」
思わずこぼれた僕の感嘆の呟きに裕も反応し「予想以上にすごい」と感想を述べた。
まるで蟻のような小ささで、網の目のような道路を走る車や、おもちゃかジオラマかと思うような家々。
多数のビルが立ち並ぶビル群。緑の部分は公園だろうか。また空と地上の境界線にはうっすらと山々が見えていた。
言葉を失うとは今の僕の状態をいうのだろう。僕は当初の目的を忘れ、呆けたように街並みをただ眺める。
そして徐々に冷静になった頭で思考を開始して、最初に思ったのはあの山が邪魔だなということだった。
あの山さえなければもっと遠くまで見通せるんじゃないかと考えたが存在するものは仕方がない。
展望台の真下から上を見上げた時、こんなに高いのなら地球の形が丸わかりなんじゃないかと期待したが、実際に登ってみても期待に応えてくれなかった。
平らにせよ球体にせよもう少し情報が得られると思っていたが、今のところ手掛かりはない。
一番遠くに山が見える事実があるだけだ。あの山さえなければ何かが違ったかもと思うと歯がゆくて仕方ない。
もっと時間をかけて考えれば意味のない情報が有益な情報に変わるかもと思い自分を慰める。
とりあえず目の前の景色を注意して眺めてみよう。時間はたっぷりあるのだから。
そう思い意識を集中しようとしたら裕が話しかけてきた。
「何か地球の形についての情報は得られた?」
僕は首をゆっくり左右に振って否定の意を示す。
「全然だよ。今のところはさっぱりだ」
「そうなんだね。僕の方でも手掛かりを探してみたけど何も見つからなかったよ」
「中々うまくいかないもんだね」
「うん。景色自体は素晴らしい眺めなんだけど」
「そうだね。でも肝心の地球の形についてのヒントが見つからない。僕たちが見逃してるだけかもしれないけど」
「平面の場合と球体の場合で見え方の違いって何だろう」
僕はしばらく考えてから裕の問いに答える。
「やっぱり平面の方が遠くまで見えるんじゃない。なんとなくだけど」
裕は少し考えて「そうかもしれない」と呟く。
僕は話を続ける。
「ふたつのケースを比較できたら違いがわかるかもしれないけど、それは出来ないから困る」
「うん。あと球体の場合はここから見える街並みの端が丸くなると思うけど、よくわからないね」
端が丸くなる……か。正直それは考えていなかった。僕は地球が平らである理由ばかり探していたので、そういった視点を持っていなかった。
やはり裕は地球が球体であるという話を信じ、その証拠を探しているのかもしれない。
今は僕にない視点で物事を考えるという点で役に立つだろう。
色々話し合っているうちに何かを得られたらいいのだけど。
「端がどうなってるかは、あの山が邪魔でたしかによく分からないね」
「うん」
とりあえずその後も、あーだこーだ、言いながら目の前の景色について話し合ったが有益な情報は得られなかった。
「場所を変えてみない」
という裕の進言もあり僕らは景色を眺めながら展望台をぐるりと回ってみることにした。
展望台は360度すべての向きの景色を眺めることが出来るようになっていて、何か違った情報が得られるのではないかと期待した。
最初の場所から反対側の景色が見えるところに来た時、裕が声を上げた。
「あそこ見て、蓮くん」
「どこ」
「山が無いよ」
「本当だ」
僕らが再びガラスに張り付いて景色を眺めると、たしかに山がなかった。
山の代わりに見えるものを僕は口にする。
「海だ」
「海だね」
ここから見える景色の端の方が海になっており、空との海との境界線がはっきり見えている。
山に邪魔されない純粋な最遠方の景色を見ることができ、僕は興奮した。
空と海の境界線を食い入るように見て、あそこが地球の端である可能性を考える。
僕の思う地球の形が正解なら、海の向こうに何かがあればそれが見えてないとおかしい。
それが見えないということは地球の端ということだろうか。
そこまで考えてそうは断言できないなと思い直す。距離が離れすぎて薄っぺらの状態で見えていて知覚できないだけかもしれない。
その時、隣にいた裕がぼそぼそと呟いた。
「父さんが高い所から地平線や水平線を見たら地球の丸みがわかるって言ってたのに、別にわかんないね」
「どういうこと?」
僕は地平線と水平線という言葉を聞いたのが初めてで裕のいったことがよく分からなかった。
だから素直にそれらふたつの言葉の意味を聞いたら、裕が説明してくれた。要するに地上もしくは海と、空との境界線をいうらしい。
言葉の意味が分かったところで、先ほど裕が言ったことを確認する。
「たしかに水平線も別に丸くなっているようには見えないね」
「見えてる水平線が短いから丸みが分からないんじゃないかな。もっと目の前が全部水平線とかじゃないと分からないのかも」
「なら海の近くまで行かないとダメなのかもね」
「そうかも」
僕は海の近くかー、と考えながら水平線を眺める。水平線が実際に丸い様子を見れるのなら見てみたい。
地球が平らでも球体でもその答えがはっきりするのは悪くない。
僕はもう一度、水平線を睨むように凝視し、ふと思ったことを口にする。
「ここからだと海って案外小さく見えるっていうか、海が見え始めてから水平線までの距離が短いっていうか、何というか空が低く見えるよ」
「まあ今いる場所が高いからね」
「そうだね」
「まだ海を見る?」
「いや、とりあえず一周回ろっか」
「うん。他に何か別のヒントになりそうな物があるかもしれない」
そして僕らは一周ぐるっと回って、また海の前に戻って来た。他に怪しい所がなかったからだ。
水平線を前にしてあれこれ議論をしたが、地球が平らである証拠も球体を裏付けるものも得られはしなかった。
結局30分ほど展望台に留まったが、諦めて家に帰ることにした。
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