奏とトレッキングハットと その3
今では、自他共に認める我が家の座敷童と化してしまった奏さん。この妖怪は、出勤する時も当然、今時の女子感ゼロで家を出る。
使い込み過ぎて色褪せた地味目の洋服で全身を固め、不思議なくらいパンパンに膨れ上がった大きくて重たいリュックを背負い、夏でも登山用の暑そうな靴を履いている。
『雨が降っても平気なんだよ』
と自慢気に言うが、連日快晴だバカヤロー。
彼女を知らない方々は、絶対これから登山に行く山ガールだと思い込むんじゃなかろうか。
夏場、電車に揺られて帰ってきた改札を出る奏は、いつも軽い脱水状態。軽く顔を赤らめて『ふぇ~』と言葉を発しながら、迎えに行った僕の前に立ち尽くす。
「今日はどこの山に登ってきたんですか?」
そう言葉をかけるのが、一番しっくりくる。
そしてさらに、これまた登山者が被るような帽子を、好んで被っている座敷童さん。
これがまた似合わなくて、やたらと「おばちゃん臭」を発するその風貌に、僕はいつ何度見ても噴き出してしまう。
いや、斜め上をすでに進んでいて、僕が取り残されているだけなんだろうか・・・
似合ってるんだろうか・・・・・・
分からなくなってくる。
不思議と着こなしているのかもしれないこの帽子を、奏は2つ持っていて、控えの帽子は派手派手な七色で彩られた迷彩柄。
「虫か!お前は!」
そう言いたくなる。
機嫌が良いと、僕を笑わせるただそのためだけに、洗い終わった洗濯物をハンガーに掛けながら七色帽子を被っている。
隠れたいのか目立ちたいのか、もう僕には彼女を助けられない。
キャップを勧めたりするけれど、
『嫌だ、風で飛ぶ』
「飛ばないよ。僕だってキャップで通勤してるもん」
『違うの。これは顎紐があるでしょ? 自転車乗ってると風でブワッてなるけど、ほら、この紐があるから首に引っ掛かって飛んでかないわけさ』
と、まるで自分で発明したかのように説明し出す座敷童。
気が付けば七色から通常帽子にお色直しを済ませ、ニヤニヤしながらパソコン作業を開始している。
僕を笑わせたかったのに、自分が我慢しきれなくなって噴き出した時の写真は、今でも携帯の中に大切に保存してある。
磨けば磨くほど輝き放つ原石なのに、磨いても磨いても山ガール。
かなり磨いたつもりなのに、進化したその先は座敷童だった。
だが、大月奏はこのままでいい。
今夜も『ただいま』と帰ってくる彼女は、口は半開きで、視線は『ぼーっ』と僕を見つめている。頭のてっぺんから『プシュー!』と機械が吐き出すような音が、今にも聞こえてきそうだ。
「今日もお疲れさま」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます