奏とホールケーキと

 4月。

 透き通った青空とぽかぽか陽気。

 電車に乗って隣駅まで行くだけのはずが、目的地を通り越して次の駅へ。

 丁度、桜も満開なこの時季。改札を出た僕たちは、そのまま河川敷へと足を運んだ。


『うぉぉ、綺麗だねぇ!』


 今、僕の隣を歩いている女性。

 大月おおつき かなで

 先日、介護福祉士の国家試験に合格したばかりの26歳。

 身長は僕より5センチほど下。3ヵ月に一度のペースで『ちょっと後ろ向いて』と、体を反転させられる。

 そのまま互いに背中合わせになり、指で大雑把に測ったその長さを『これくらい!』と難しい表情をして見せてくる。だがその長さは、一向に縮む気配はなかった。

 僕より小さいことを何故か気に病む負けず嫌い。スマートよりややぽっちゃり体型で、そのことを少しでも口にしようものなら、鋭いボディーブローが飛んでくる。

 年頃にも関わらず、髪の毛は千円カットしてくれるお店に足を運び、容姿や美容には基本無頓着。

 ぱっと見、かなりぼーっとしているせいか、街を歩いているだけで、変なオヤジに頻繁に声を掛けられる体質の持ち主。

 困ってそうな人と見るや、誰かれ構わず声も掛けるし、掛けられたら丁寧に対応してしまう。

 まぁ、そういうところも好きなんだけど、問題なのは、本人がそれを『楽しいんだよ』と言っている点。

 危険察知レベルはかなり低い。僕はそう判断し、彼女から今までの経験談なんかを聞いてるうちに、いつの間にか放っておけない存在になった。

 職場の介護施設は、週4から週5のシフトで稼働し、奏はほぼ毎日、出勤時間の2時間前には事務所入りして、先ずデスクワークをこなす。

『現場入りしちゃったら時間がないんだよぉ』

 と仕事に対して熱い情熱を持ち、常にストイック。21時半頃に『帰るよー』と連絡をくれる。

 1サイクルの中には必ず夜勤が含まれていて、普段と変わらず11時入りしてそのまま日をまたぎ、翌日の13時頃に解放。酷い時には、16時頃に生気を抜かれた状態で帰ってくる時もある。さらには、次の日も朝から日勤ときたもんだ。

 夜勤と言えば、夕方に出勤して翌朝までじゃないのか。どんな職場なんだよっ! と、その常軌を逸した監禁時間に黙っていられなくなる僕。

 だが、三日に一度は聞かされる、施設の利用者さんとの和やかエピソード。奏が文句一つ言わず長年勤め続けていられる答えがここにある。

 その活き活きとした笑顔が全てを物語っているのだから、僕が憤慨したり余計な口出しをするよりも、表には出さないストレスと確実に蓄積されているであろう疲労を、緩和させて支えてあげるほうが大切だと、僕は悟った。

 良くも悪くもマイペースな奏。

 この河川敷は、僕のジョギングコースで、以前『走るのは得意だよ!』と意気揚々な元バスケ部を連れて走った思い出が、忘れられない。

 威勢のよかった表情が、15分ほどで発汗の激しいマンボウみたいな表情に変わり、

「帰るかい?」

『・・・うん』

 肩を落とした奏の手を握って、そのまま一緒に帰ることになった、そんな場所。

 その日以降、足を細くしたいんだと強く願うマンボウは、就寝前に「寝ながらメディキュット」を履くようになった。

 綺麗に立ち並ぶ桜の木々。堤防下には、整備されたジョギングコースに野球グラウンドとサッカーグラウンドが、数キロ先まで続いている。週末になると一気に賑やかになるここも、平日のこの時間帯は静かで癒される。

 自分の身長より高い所にある枝に手を伸ばす奏の後ろ姿。珍しく後ろ髪をアップしていたので、普段はあまり見ることのないうなじが、綺麗で見惚れてしまっていた。

 そして見返ると、少し大きめのパーカーからこぼれる白い肌。首筋に光る汗。温かい日差しに照らされ健康的に輝いている。

 日本美人とでも言うべきか。あまり奏のことを美人と表現することはないのだが、この時は心からドキッとした。

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