第2話

 正面についている、数字が振られているダイヤルを回してみる。

 おそらく、振られている数字がラジオ局の周波数だろうという予想は付いたのだが、どの番号に合わせれば番組が流れてくるのか分からない。とりあえず回してみなくては。

 ——スゥー、ザザッ、ザーッ、スーッ……

 ——ズズッ、〇△!※?、ギャハハハ!

 白い無機質な機械から突然、笑い声が聞こえた。

 何が面白いんだろう。

 どうやらしゃべっている人たちの学生時代のときの話をしているようだ。

 聞いたことのある声をしているが、宗介はそれが誰だか分からない。声が綺麗なわけでもないし、滑舌がいいわけでもない。だけど、妙に親近感がわく声だ。笑い声も決して聞き苦しくないわけではない。

 ふと気付くと、ラジオの前で頬が綻んでいる自分がいた。


 この日を境に、宗介はラジオを聴くようになった。

 深夜、自分の部屋で防災用ラジオを持ち込み、聴いていることが親にバレた。聴くことは別に咎められなかったが、宗介の笑い声がうるさいと怒られた。母親は笑い声の大きさになんだかんだ文句を言っていたが、どこか安心したような表情だった。心配してくれてたんだなとじんわりと温かい気持ちになった。

 宗介はしばらくして、自分用のラジオを買いに行った。

 宗介のこだわりで、選局はボタン式ではなくダイヤル式にする。ボタン式だと機械が勝手に周波数を合わせてくれるので便利だ。ダイヤル式にすると微妙な調節をしなければうまく電波がラジオに届かないから、神経を使う。

 だけど宗介はその神経を使う瞬間が、たまらなく好きなのだ。

 見たことも行ったこともないビルの一室から全国各地に飛ぶものが、暗くて広い空を通り、自室で拾っている感覚が好きだった。少し非現実的な現実を想像することが、宗介には心地よかった。

 自分の机の上に、買ってきたラジオを置く。勉強以外で、久しぶりに机に向き合うとは思わなかった。

 電源を入れ、チャンネルを合わせる。お気に入りのラジオ局に周波数を合わせる。

 ——スーッ…ズズッ…ザザザッ…スーッ、〇×※!△、ばんわ! 今夜も始まりました!——


 桜が舞い散る、出会いと別れの季節がやってきた。もう数カ月で16歳になる。

 玄関にある鏡で、ネクタイがずれていないか確認する。こういうのは、初日が肝心だ。と、ラジオで言っていた。

 宗介は、高校生になった。

 中学校には、冬休み明けから登校していた。クラスメートは、受験まで一か月を切りピリピリしていたのだろうが、宗介が教室に入ると「久しぶり!」「宗介じゃん!」「宗介が帰ってきた!」と温かく迎えてくれた。

 受験勉強はどうしたかというと、ラジオを聴くために久しぶりに机に向かったあの日、ラジオからパーソナリティの学生時代の話がたまたま流れてきた。

 美術の授業で、提出締め切り日に完成した絵をビリビリに破き、教師に大目玉を喰らった話。通学路の途中にある公園で、友達が告白するのを草陰から見ていた話。友達の一人に声をかけ、お笑いを始め、気付いたら20年も突っ走っていた話。

 きっとこのまま家に引きこもり続けても、世界は広がらない。外に出れば、くだらなくても、愛おしい時間が流れていることを知った。自分もそんな時間を過ごしたいと思った。気持ちに勢いのあるうちに、参考書を開き、勉強を始めた。

 石焼き芋の声が、落ち葉の季節を感じさせる、陽が沈むのが早くなった夕方も、雪がしんしんと降る夜も、凧揚げを楽しげにやる親子の姿を見かける、やっと気温が温かくなったときも。

 ずっと横には、ラジオがあって、寂しい心、焦る気持ちを掬い取ってくれる人がいた。

 身だしなみが整っていることを確認し、学校指定の靴を履く。宗介はいつも元気をくれたあのパーソナリティのように、元気よく声を出した。

 ——行ってきます!

 ドアノブに手をかける。

 きっと玄関の向こうには、世界が広がっている。

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