世界

@isa00

第1話

 コトッ。

 カチャ。

 ——スーッ…ズズッ…ザザザッ…スーッ、〇×※!△、ばんわ! 今夜も始まりました!——


 今日も学校へ行けなかった。

 玄関で靴を履くと、それまで何ともなかった身体が異物に変化する。宗介の意に反して厄介で手に負えないものとなる。

 宗介は怖くなり、自室に逃げ込む。部屋の扉を閉め、鍵をかけ、カーテンを閉める。外からの刺激を遮り、流れてくる空気さえも拒む。

 この生活を続けて、もうすぐ半年になる。

 勉強も人並みにできて、運動も得意ではないがそれなりにできる。友達がたくさんできるほど社交的ではないが、一人で常に行動しているわけでもない。優等生だとか、問題児だとかではなく、特段目立たずに学生生活を過ごしていた。

 中学三年生。

 周りの人たちは変わっていた。いつも通り友達と登下校していたり、くだらないことで笑ったり、部活に打ち込んだり。みんな、去年と変わらない〝風〟に装っている。

 ある人は朝早く来て一人で勉強し、ある人は放課後塾へ行き、夜遅くまで講義を受け、睡眠不足で授業中は机に突っ伏している。みんな変わっていないようで、変わっていた。 

 笑顔で話しているあの子も。調子乗りのあの子も。

 そんな風に同級生たちを見始めると、心は知らず知らずのうち次第に削られ、僕は学校へ行けなくなった。


 勉強する意欲さえも消え、起きて寝るだけの日々を営んでいた。

 日中はベッドの上で過ごし、動くといってもトイレとご飯を食べに行くために歩くだけ。運動不足は否めない生活をしていた。夜、なかなか眠れず、かといって机に向かって単語帳を開くのも億劫になる。

 ベッド横のスタンドライトのスイッチを入れ、天井をただ見つめるだけ。眠れない夜はこうして夜が明けるのを待つ。

 ふと宗介の頭に一つの考えが浮かんだ。起き上がり、静かに自分の部屋を出る。家族が寝静まる夜の家の中を、物音立てないように進む宗介は、冒険家になった気分でワクワクした。

 二階の自室から階段を降り、一階にある防災バッグを取りに行く。押入れの中から、暗闇の中でもそれと分かる光沢感のある触り心地をしたバッグを探し出し、静かに階段を上がる。自室に入ると、重い防災バッグを両親が眠る下の階に響かないよう、慎重に下ろす。バッグの中を探ると——

 あった。

 宗介はついているハンドルを回す。ヴィンヴィンと回すたびに音が出る。微弱な振動が掌から伝わり、身体の深いところまで震えさせている。振動が自分の体に動力を溜め込んでいるようで、いつでもこの部屋から動き出せるような気がした。

 どれくらい回しただろうか。宗介はそろそろいいかなと思い手を止め、ベッドの横、台の上に充電式ラジカセを置いた。

 横4㎝、幅14㎝、高さ8㎝の白色の防災ラジオ。片手で数えられるほどしか目にしたことがないラジオ。小さい頃の記憶を辿るとラジオがもう少し大きいものだと思っていた。多分、自分が大きくなったから、思っていた大きさと違うのだろう。

 もう一つ思い出がある。これが何をするためのもので、どのスイッチがどういう役割を果たすのか知らなかったとき。幼少期は好奇心が溢れる時期だが、宗介も例外なくその一人だった。

 目の前にあるラジオを手に持った途端、

 ——ザァーーーーーッ

 耳障りな音が宗介の鼓膜を大きく震わせた。びっくりしてラジオを放り投げ、母親に泣きながら抱きついた。両親はそんな宗介の姿を見て笑っていた。

 普段触れないものから、思い出が転がりこんでくる。最近生活していて何か思い出すことなんて無かったのに。宗介は自分の心に余裕がなくなっていたことに、今、初めて気づいた。

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