#009.~箱庭入門『サバイバルモード』


 「なはは、よう? 二度の災難お疲れさん」


 意識を取り戻した俺を待っていたのは、『箱の世界』とその住民……というか創造主で悪魔で中年のハコザキだった。


 「しっかしお前さんの幼なじみとかいうあの女、イカれてやがんなー。お前さんの最後のイタチっ屁に怒り狂って暴れてやがったぜ」


 ハコザキはいつもの調子で何も説明する事なく俺に言った。俺もそんな事はお構い無しに質問する。


「……やっぱりお前が言ってた事は本当だったんだな……信じられない」


 死んでもやり直せる。

 ハコザキの言っていた通り、アイテムスロットとインベントリに貯めておいた物は全て無くなっている。

 しかし、そんなリスクを補って余りある価値のあるこの付加能力……神をも冒涜するようなその力に俺は震える。


「なはは、んな大げさな。死んでやり直すなんざ今時珍しくもなんでもねーぜ? 真面目だねぇ異世界人は」

「それはお前の前にいた世界っていう地球基準の話だろ……こっちでは考えられないような力だ……どんな魔法でも死者を蘇らせる事はできないんだから」


 俺は今までで一番の恐ろしい能力に興奮する。そしてハコザキに色々と聞いた。


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        『サバイバルモード』

死亡した時、5分後にその地点から人生をやり直す事ができる。(現在はチュートリアルのため『箱世界』からのやり直しとなる)。その際、所持していた『アイテム』と『経験値』はゼロになってしまう。

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「その『経験値』ってのは何なんだ?」

「なはは、それを知るのはまだ早ぇ。課金してからのお楽しみだな」


 成程、今はまだ使えない力って事か。ならそれは後回しだ。


「じゃあ……あれから、俺が殺されてからまだ5分しか経っていないって事か?」

「そういう事になるな、だが、幼なじみちゃんを追いかけようっつったって無駄だぜ? 丁度今船に乗って出港するところさ」


(……あいつらはもう島を出るのか、だけどそんな事はもうどうでもいい)


 とりあえず俺はまた素材や洞窟の壁を回収しつつ、ネザーの洞窟を後にした。


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〈ネザーの洞窟.入口付近の森林〉


 俺が洞窟を出ると丁度同じタイミングで少女がこちらに走ってきた。良かった、無事だったみたいだ。

 少女は息切れしながらも洞窟の入口にいた俺を見て驚き、その幼い体躯を弾ませた。


「はぁっ……はぁっ…………えっ!? あなたは……っ……無事だったのですかっ!? どうやってこんなに早く洞窟に………?」

「え?……いや、まぁ、はは………」

 

 何とも説明しづらい現象に俺は言葉を詰まらせる。そして話を切り替えた。


「無事だったみたいで良かった、ケガはないか?」

「あ……はい、ありがとうございます。あなたも……お腹を剣で刺されたはずでしたのに……大丈夫なんでしょうか……?」

「俺は大丈夫だ、それよりも……君はあいつらが町を襲った瞬間を見たんだよな?」

「…………………はい…………」


 少女はその光景を思い出したのか顔を曇らせてうつむく。


「……ごめん、辛い事を思い出させて……とにかく俺は町に戻ってみるよ、他にも生存者がいるかもしれない。君はこの洞窟に隠れてて」


 他に生存者がいれば話を聞けるかもしれない。

 そして何より……この島を出るために色々と必要な物が残っているか確認しなければならない。

 食糧、地図、船……それらが無ければこの島から出る事が絶望的になってしまう。


「………私も行きます」


 少女は急にそう言った。


「……辛い思いをするかもしれないぞ?」

「……大丈夫です……行きましょう」


 少女は決意の表情で気丈に振る舞う。

 まだ見たところ成人していないどころか十代そこそこにしか見えないくらいだというのに……きっと自分で町がどうなっているかを確認したいのだろう、自分だけが唯一の生き残りだと薄々と感じながらも。気丈で強い子のようだ。


「……わかった、行こう」


 曇天が空を覆い、ポツポツと雨が降り始める。


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〈ネザーの洞窟〉→→〈ネザーの森林〉


 俺と少女は港町に着くまでの道中、色々と話した。

 

 少女は【マイン】という名で歳は見た目からした予想通りに13才だそうだ。

 この島……ネザーには三年ほど前、まだ10才の時にやって来たらしい。両親とは物心のつかない幼児期に死別し、その後親族の貴族に引き取られたマインはまだ幼子のうちから奴隷のように働かされていたそうだ………そして、9才になった頃、徐々に現れた身体的特徴を理由として名実ともに『奴隷』とされて商人に引き取られた、とマインは悲しげに語った。


 マインが幼い割にしっかりとしているのはそのせいなのかもしれない。


 確かにマインには目立った特徴がある、左右で瞳の色が違う。宝石のように綺麗な真紅と紺碧だ。

 そして気にしていなかったが全体的に色素が薄く見える。肩まで伸びる髪の毛も服から垣間見える肌も……全てが白い。日光を嫌う種族のエルフ族よりも更に。

 

「……商人に都に連れていかれた私に……奴隷として多くの買い手がついたのです。恐らく物珍しさとしての見世物としてでしょう……そして私は買われました……」

「………辛い過去だったらそこまで話さなくても……」

「……いいえ、ソウルさんには私の命を救って頂きました。そんな御方に隠し事をするのは不義というものです」


 マインはそう言って続けた。

 奴隷として売られてからこの島に来るまでの経緯を。俺は町に着くまでの間……静かに話を聞き続けた。


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「……すみません長くなってしまいました……そして私はこの島と町に流れついたのです。この町には孤児院があり私はそこに住まわせて頂きました……町の皆さんは素性の知らない私にも優しくしてくださいました……」


〈ネザーの森林〉→→〈港町ベルガス〉


 俺達は雨足が強くなっていく中、港町に到着する。

 

 町の炎は全てを燃やし尽くし、既に沈静化していた。町の入口からでも建造物に視界を遮られる事なく水平線が見える。人が住めるような建物は……もう何も残ってはいなかったから。


「………」


 雨に濡れた俺達は言葉を発する事なく、炭となった町並みをひたすら歩いた。周囲を隈無く捜しながら。

 しかし、聞こえるのはただただ雨が降り続ける音と波の音、視界に入るのはただただ暗い景色、火種を無くし消えていく炎、誰か判別のつかない死体、そして……晴れる事のなさそうなどこまでも続く曇り空だけだった。


「………」


 マインは俺が町に来た時に立ち尽くしていた大きな建物の前に再び立ち、動かなかった。その表情は濡れた前髪により隠れて計り知れない。涙を流しているかどうかも……雨により隠されていた。

 

 声をかけられなかった俺は一人、その建物の瓦礫を箱化していく。


「………ソウルさん……? 何を……?」

「マインは濡れないように何処かで雨宿りしててくれ」


 それ以上はお互いに何も言わず、俺は黙々と炭の瓦礫をクラフトする。すると瓦礫の下には子供達と思われる遺体とそれを守るように折り重なっていた大人の遺体が出てきた。

 きっとここはマインのいたという孤児院なのだろう。この遺体はおそらくそこに住む子供達とシスターか何かであろうと推察する。

 

(子供達を守ろうとしたのか……本当にここはいい町だったんだな……すまない)


 俺は遺体を運び出す、炭化しているから慎重にゆっくりと。

 マインはそんな俺を黙って見ていた。


「……ソウルさん……?」


 俺は更地となった建造物の下の地面を箱化する。そして、空洞となり出てきた地層部分に遺体を置き手を合わせた。


「きっと大好きだったこの場所で眠らせてあげよう」


 俺にできる贖罪はこれくらいしかなかった。せめて安らかに眠れるように……ただそれだけを祈る。


「………っ……ソウルさんっ……………ぅっ………ぅぁぁああああんっ!」


 マインは強くなる雨の音を掻き消すくらいに大声で泣いていた。

 

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