#008.非常事態
- 港町『ベルガス』 -
港町に着いた俺の視界に飛び込んできた光景は、地獄としかたとえようがなかった。
空や海にまでその色を写し込んでいるかのような紅く燃え盛る炎、炎の中で墨と化し崩れ落ちる建築物、その炎の色を取り込んだかのように大地一面に広がる液体……血だまり。
波の音も掻き消す単一的な轟音……炎獄。そして、機能どころかその姿形、一個人の尊厳すらも無かった事にされたような黒焦げた死体。死体の山。
もうそこには、港町なんてものは存在していなかった。あるのは炎、墨、血、異臭、音……死。それだけだ。
「………な……なんで………何が………何があったんだ………?」
呆けた俺の思考はストップする。
ただ、その光景を視界に映して立ちすくむ事しかできなかった。
昨日までは本当にごく普通の、ありふれた穏やかな港町がそこにあった筈なのに。
(魔獣の襲来?……いや、時間的にあいつら……サクラ達はまだ町に滞在していたはず)
サクラ達がいればどんな魔獣が来たとしてもここまでの被害は出ていないだろう。それにこの島に来た時に町の周囲の目についた魔獣はサクラ達があらかた片付けている。
(じゃあ気候や天候、自然災害によるものか……? いや、死体の数が多すぎる)
ほぼこの町にいる住民全てといっても過言ではないほどに。火山の噴火ならともかくそんな形跡は無い、住民が一人残らず対処も避難もできないほどの自然災害なんて不自然すぎる。
「………あいつらは……? あいつらは無事なのか………?」
俺は炎の合間を進みながらサクラ達を探す。
別に心配をしているわけじゃない、そもそもがあいつらが死ぬ姿なんて想像できない。
一抹の予感めいたものを肌に感じたからだ。
<おい、あそこに誰かいんぜ?南西だ>
「……!! 本当だ……!」
南西の方角を見ると一際大きい建物らしき物……今は燃え盛りそれが本当に建物であったのか確認できる術はないが、その目の前に座り込んでいる少女がいた。
少女はただただ炎を見つめ呆然自失といった様子で動く気配がない。どんどんと炎の勢いを増すその建物はやがて形を保てなくなり今にも燃え盛りながら崩れそうだ。
「………お願い……誰か………助けて……」
微かにそんな声が聞こえた気がした。俺はその少女の元へ走りながら叫ぶ。
「おい! 危ないっ! 離れろ!」
「………えっ……?」
墨と化し、支えを失った燃える建造物の壁がまるで隕石かの如く少女の方向へ崩れ落ちてくる。
俺は少女と炎の間に間一髪、体を滑り込ませるように飛び込む。
そして右手を炎へと突っ込んだ。
「っ! クラフトっ!」
瞬間、燃える壁は『箱』と化した。
『箱』になった【炎の壁】は俺達の真横に落ちる。
少し熱かったけど一瞬で箱化させたので火傷はしていない。少女は驚いた様子でへたり込んでこちらを見ている、ケガはないようだ。
俺は少女に手を伸ばした。
「大丈夫か? 立てるか?」
「………あ……」
少女は未だに呆然としているのか警戒しているのか……手をとろうとはせず、ただ虚ろな眼をしてへたり込んで身をすくませている。
綺麗なその目は赤く腫れていた、きっとこの町の子だろう。自分の町がこんな風になったんだ、今の今まで泣きながら助けを求め右往左往していたに違いない。
「ここにいると危ない、一端町から離れよう」
俺は少女にここから退避するよう促す。
他に生存者はいるのだろうか、探すにせよ少女を安全な場所まで避難させてからにしてからの方がいいだろう。
少女の手を引こうとしたその時、少女の眼が何かを捉えた。
そして、その顔はみるみるうちに強張り……表情を恐怖と絶望の色に染め上げる。
(……! 誰かがこちらに来る……! 他の生存者か……?)
しかし、少女の顔はそう物語ってはいない。
まるで魔獣でも見たかのように恐れ震えている。
俺はこちらに迫る影(シルエット)を見る。
それは俺のよく知る……幼い頃からずっと見てきた、一人の女性だった。
「……あら、まだ生き残りがいたかと思えば……飽きるほど見た顔じゃん……久しぶりー」
「……っ! ……サクラ……!」
手を軽く振って、まるで周囲の光景など気にしていないように……懐かしい旧友にでも出会ったかのように、サクラは悠然と炎の中を歩いてきた。
俺の感じた予感が、より現実に近づいていく。
「いっ……いやっ………いやあああぁぁぁぁっ!!」
「!?」
サクラを見た少女が地べたに座りながら取り乱し叫ぶ。
しかし、サクラはそんな少女を心配するような素振りを見せず、いつも通りの表情で俺を見ている。
「どうやって生き返ったの? あそこまでやられたのに……凄いじゃん……もっと徹底的にやっておけばよかったなー」
少女はサクラのあっけらかんとした態度に不気味なものを感じたのか動こうとしない、いや、恐怖で動けないんだろう。
そして、それは俺も同じだった。
「いやー、町を燃やしたのはいいものの……船に乗ってから忘れ物したのに気づいちゃってさー。取りに戻ってきたのよ、これこれ♪剣ね、物に愛着はないけどこれだけは愛用してるからさ、よかった」
サクラはずっと使用している剣を鞘から抜いた。
俺の予感は的中した、何気なくさらっと言ってのけたその事実を再度俺は言葉にして確認する。
「………お前が……いや、お前らが……町を……こんな風にしたのか……?」
「うん、そだよー♪」
とびっきりの笑顔で、サクラは言った。だから少女はサクラを見て怯えたのだろう。
聞きたい事や言いたい事は山ほどある、しかし、更なる悪い予感を感じた俺はそれらの疑問を全て捨て去って少女にだけ聞こえるような小声で言った。
(……よく聞いてくれ、町の周囲には魔獣はいない。住民ならネザー洞窟の場所は知ってるだろ? そこまで全力で走れ)
(………え?)
(問答している暇はない、こいつは俺達を殺す気だ。このままじゃ二人とも死ぬ……俺が時間を稼ぐからそのうちに隠れて)
(………で……ですが……あなたは……)
(大丈夫、さっき見ただろう? 俺には不思議な術がある、だから死なない)
(…………)
少女は判断に迷っている、俺は少女が動くまで時間を稼ぐ。
「……何故だ? 何で町を燃やしたりした……?」
「んー? あんたが知る必要のない事だよー、まぁ黄泉の手向けに一つだけ教えてあげるかー。私達は初めからこうするつもりでこの島に来たのよ、知らなかったのはあんただけ♪」
「……初めから……?」
「そ、魔獣退治は表向き♪本当はこの島に住む悪魔の住民達を皆殺しにして封じるため」
「…………悪魔の住民……?」
「うん、なんかそーゆー事を唱えてる派閥がお偉いさんにいてさ。まぁ宗教上の事なんか興味ないしどーでもいいんだけどその人達に頼まれたから。それでうちのギルドが動いたわけ」
「………それだけの理由で……?」
「そうよ? 仕方ないじゃん、偉い人間が世界を動かしてんだから。その人達に死んだ方がいいって判断されたんなら死んだ方がいいんじゃない? どうせこんな離島に住んでるやつらなんてろくでもない思考を持った人間なんだから」
「………島についてから……俺達に色々良くしてくれただろ……」
「笑っちゃうよねー、殺されるとも知らずにもてなしてくれてさー。笑いこらえるの必死だったよね。子供なんかゴミみたいな花渡してきたりしてさー。いらないからその子供燃やした時にその花添えてきてあげたよ? 優しいでしょ」
「……………やめろ」
「そんでついでにいい機会だったからあんたも始末しちゃおうって思いついたのよ。……なのに、のこのこ生き残っちゃってさー……あームカつく。本当にあんたは……昔っから出来損ないで恥知らずで役立たずで私をイライラさせてくれるねー……あんたはただ私をよく見せるだけの荷物だっつーのに余計な事ばっかりしやがって手間を増やしてもうウンザリなのよ」
サクラの剣を握る手が一層強くなっていくのを感じる。
(もう限界だ……これ以上は……)
気を引いておくのも、こいつの話をこれ以上聞くのにも限界を感じた俺は少女に向かって叫ぶ。
「行けっ!! はやくっ……………………っ!!」
グサッ
「……………………え?」
少女に向かって叫んだ途端、俺の身体を何かが貫通した。
それが何かを確かめる必要はない、俺が一番良く知っている。
俺の血で染まった剣の形も、柄に刻まれた花の紋様も、こいつのスピードも、鼻先をくすぐる髪の色も、すぐ目の前にいる顔も。
「あんたの事は嫌でも知ってるのよ……お見通しなんだよ……見逃すわけねーだろ……お荷物野郎……いっちょまえに女の子逃がそうなんカッコつけてんじゃねーよ……」
サクラはすぐ目の前でそう言って微笑む。
俺の身体はサクラの剣に貫かれていた、鮮血が地面を濡らす。
サクラは一瞬にして俺まで距離を詰めたのだ。
「がはっ……行……けっ……」
「……っ!!」
判断に迷っていた少女もその光景と吐血した俺を見て町の外に向かって走り出した。
「逃がさないって言ってんでしょ? 次はあんたーー」
「………サ……クラ………」
俺は自分を貫くサクラの剣を握る。
痛い、血に濡れて上手く掴めない、指も千切れそうだ、痛い。怖い。きつい。
色々な感情がごちゃ混ぜに心を支配していたが、それでも俺は剣を掴むその手を離さない。サクラにこの剣は抜かせない。
逃げた少女を守るため? そんな正義の味方を演じるつもりはない。
サクラと話して何とか生かしてもらうため? そんな命乞いなんかこいつにするのは御免だ。第一そんな事したって通用するわけがない。
じゃあ何のために苦しみながらそんな事をしているのか?
「……まだ生きてんの? ほんっとしつこいなー……」
「……がっ………この剣……っ……ずっとお気に入りで使って……たよな……」
勿論、『復讐』のため。
「は? だからなに?」
俺は『右手』で握ったサクラの剣に向かって念じる。
人の身体を貫いた状態の剣に【箱庭】を使ったらその人間はどうなるか、確証はない。
だからこれは実験だ。
俺の命をかけた、実験と復讐。
今はまだ辛酸を舐めてやろう、だが、今に見てろ。
クソ野郎には必ず復讐してやるから。
「……クラフト」
俺の身体の中でサクラの剣は箱と化した。
それ以降の事は全く覚えていない、俺が身体の中で箱を造るような無茶をしたから死んだのか。それとも、サクラに殺されたのかは。
しかし、意識が途切れる寸前……怒りに歪んだサクラの表情が見えた。あいつの事はよく知っている、あれは本気で怒った顔だった。
(はは……ざまぁみろ……ささやかな復讐だ……そして、待ってろ)
俺はこの力を使いこなして、いつかまたお前らの元へ行く。
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