節分

「節分?」

「ああ、去年までは特になにもしていなかったんだが、鏡花や賢治といった年少組も多いからやろうよと乱歩さんが提案してな。賢治などはしたことがなかったらしく社長がそれならばと許可してな。探偵社で豆まきをすることになった。人数分の豆やマスを購入しに行かなければならん。付き合ってくれんか」

「ふーーん。私暇じゃないんだけどな。でもまあいっか。いついくのその買い物」

「明日の夕方に行こうと思っている」

「了解ーー」

 ひらひらと手を振ってさてとと私は頭のなかで呟く。節分か。どうするべきだろう。行事としてあるのは知っていたが何をする日なのかは知らない。豆まきと言っていたが何だろうか? 言葉通りとらえるなら豆をまくと言うことだろうが、何処に? 寮の庭が空き地だしあそこかな? 蒔いたところではえそうにないけど……。それとも賢治君の畑とか? でもあそこもうたくさん植えてるしな。あ、社長のお宅なら丁度良さげなスペースあったな。でもあそこに蒔いたら誰が世話をするんだろう。それに豆を蒔く意味も分からない。豆の種植え期ってこの時期だけ?

 もしかして何か間違えてる?

 まきの意味が違うとかかな。でもそうすると後は何かに豆を包むとか、豆をばらまくとかしかないけど……、そんなことしても、何の意味もないよね?

 んーー、どうしよう。

 調べた方がいいかな。でも調べなくとも当日になれば分かるよね。何なら明日国木田くんに聞き出すこともできるし。……面倒だから止めておこう




「あ、私明日国木田くんの買い出しに付き合うことになったので夕飯はいりません。来るの遅くなってしまうと思いますから明日はそのまま寮に帰ります」

 国木田君と話したその日の夜、私は何時ものようにお邪魔している社長の家で明日の事について話した。それを聞いた社長の目がまばたきをする。ことりと首を傾けた社長は何かを考えるように顎に手を置く。

「買い出しと言うと、節分のか」

 そしてでてくる言葉。私はそれに頷いた。

「はい。手伝ってくれと頼まれまして」

「そうか。だが遅くなっても大丈夫だから明日もこい。一人ではろくなものを食べんだろう」

「そんなことはありませんよ」

「いいから」

「はーーい」

 やはりそろそろ部屋に調理器具を置いた方がいいだろうか。このままだといつまでも世話になることになりそうだ。そのうち私だって料理の一つぐらいできると言う所を見せつけないと。



 翌日。私は国木田君とスーパーに来ていた。社長が行くところとは違う探偵社からは少々離れたところだ。値段を見て何となく納得する。社長が行くところよりこちらの方が安いものが多い。国木田君は節約とかしてそうだし、社の備品として買うなら少しでも安くしたいとも思うだろう。

 国木田くんの後についていきながら何を買うのかとその姿を見守る。最初に彼が手にしたのは鬼のイラストが書かれた豆であった。

「鬼? 何で?」

 可愛らしく描かれているが食べ物に鬼のイラスト等良いのだろうか。あまり良いイメージのあるものではないし……。それになぜ。

「ん、どうかしたか」

「いや、何にもないよ」

 訝しげに国木田君が私を見るが私はとぼけて笑って見せた。国木田君は買い物に意識を向ける。豆の他には枡に柊に鰯と色々買い物かごにいれている。でも何がなにやらだ。これをどう使うと言うのか。鰯なんて食べるためなら人数分買う筈だけど、一匹だけだし。

 んーー、不思議だ。

「さて、後は鬼の面だけだな」

「え? 鬼の面も買うの」 

 あ、やば。つい声に出してしまった。どうしよう。さっきのは聞こえてしまっただろう。

「ん? ああ、乱歩さんがどうせなら幼稚園や小学校みたいに鬼役もいれようよと言い出してな。

 誰がやるから当日くじで決めるそうだ。言っておくがずるはするなよ」

「えーー、しないよーー。私を何だと思っているんだい」

 ほっ。良かった。どうやら普通に使うものではないのかな。不思議がられずにすんだ。でも念のため今日は聞き出すのは止めておこうかな。




「じゃあ、みんな良いね。、くじ引きをするよ」

「はい」

 なぜだか神妙な空気でくじを引く。乱歩さんに国木田くん、与謝野先生に社長、そして私をいれた五人。なぜかは気になるが聞かないまま。鬼を決めるとか行っていたけど、鬼は何をしたら良いんだろうか。、

すっと引いた白いくじ。先が赤い方が鬼と言うごく当たり前のくじだ。

「良かった。……僕じゃないや」

「私も違うね」

「俺もだ」

「……」

 安堵の吐息をみんながもらす。あっと私は声を上げていた。

「私だ」

 引いたくじの先端は見事に赤い。何して良いのか分からないのになっと見つめたらなぜか周りの空気が凍りついていた。えっと何人かが呟いているし、物を落とすような音も聞こえていた。

「だ、太宰さんどうしたんです!?」

「だい、じょえぶですか」

「熱はない」

「おまっ」

 数分してやっと聞こえてくる声はどれもこれも驚きが宿っていた。信じられないと言う表情で私のそばまで来ては声をかけてくる。鏡花ちゃんは額に手を当ててきた。くじを共に引いた国木田君や与謝野先生、社長は自分のくじと周りのくじを確認している。真っ赤な赤くじは私の手元にあるのだけど。

 何だって言うのだ全く。私だって何時もずるするわけではない。ずるしたのは むしろ乱歩さんだし、乱歩さんの方は乱歩さんの方で生ぬるい目をして私を見ている。本当に何だって言うのか。

「ほらその面かして」

 国木田君が用意していた面を事務員からほぼ無理矢理受けとる。こうでもしないと話が進みそうにないのだ。どうしたら良いのかちょっとだけお面を見る。ゴムがついていてかけられるようになっているからそうするのかなと頭につけた。

 ますます変なものを見られるような目で見られてしまう。間違っていただろうか

「太宰さん、本当の本当に大丈夫ですか。」

「具合が悪いなら横になった方がいいよ」

「もしかして何か変なものを食べちゃいました」

「治療が必要なら言いなよ」

 かけられる声にため息をついてしまう

「大丈夫だからみんなは私を何だと思ってるの。それよりさっさとやろうよ」

いえば、エーーとみんなは見てくる心配だとその顔に書かれているのに私はほらほらと促した。それならばとみんなが枡を手にする。その中に豆をいれていたのは見ていた。何で枡の中に豆をと不思議に思っていたのだが、ますます分からない。

 鬼の面に枡にはいった豆を何をしようと言うのだろうか

「太宰さん、本当にいいんですか」

「なにがだい。やろうじゃないか」

 敦君が聞いてくるのに私は答えた。何をするのだろうと見るのにふっと国木田君が細かく震えていることに気づいた。まだ驚いているのかとも思ったが、どうも違う。国木田君がもっている枡がきしんだ音をあげる。

「本当に良いのか」

 低い声が聞こえてきた。何か不味いと思った。妙なスイッチを押してしまったような。だけどそれがどうしてか分からずだから早くと答えていた。わかったと答えた国木田君がやるぞと行っていた。その目は何故か燃えている。

 数人が引きぎみにしているが構えろと国木田君が言うのに、みんな枡の中の大豆を握りしめていた。私には手渡されてはいない。どうするのだろうと見つめる先、豆を握りしめた手が空中に持ち上がって嫌な予感がしてしまった。

 このポーズはあれだ。あれ。投げるやつ。え、何で、しかもなんか私に向いている。そう思ったのに攻撃は一斉に始まっていた。

「鬼はぁそとぉおおおおお」

 いきなり勢い良く投げつけられる豆。ばしばしと当たるのが痛い。国木田君の怒声は五月蝿いし、何が外だったのか良く聞き取れない。何かみんなの声も聞こえてくるが、聞こえないし、一度一斉に投げられた後は当たるの国木田くんからの鬼のような攻撃だけなのだけど。日頃の怒りを投げ付けられている。当たるのは国木田君だけでもみんな投げ付けてくるしなんでか全く分からない。

 これはどういうことなのだよ。ちょ、ま、やめとか変な声がでてしまう。

 取り敢えず考える時間がほしかった。タンマと声を出そうとして止めろと言う声が聞こえた。へっとみんなの動きが止まる。私も一瞬ビックリしてしまったのだけど、声が聞こえた方を見て、あっと小さく口を開けてしまった。その目を丸く見開いて社長がこちらを見ていた。わなわなと震えている口。

 これは、まあ、ばれたな。

 私がそう思っているのに、みんなは驚いたように社長を見てどうしましたと声をかけていた。それが聞こえていないかのように、社長は私を見てお前とらしくなく震えた声を出した。

「まさかとは思うが、節分が何か、知らないのではないだろうな」

 はっとみんなの口が開いて社長を見ている。その首が動きの悪いロボットようにぎぎっと動いて私を見た。私はとりあえずへらりとわらった。

「ほら、こういう行事って以外にする機会なかったりするじゃないですか? 賢治君もはじめてだって話ですし、実は私も初めてで、それで、その……

 ……私は何で豆をぶつけられたんですか?」

 問うべきかどうかは正直迷った。迷ったがどうせばれてしまったのだと私は聞いた。社長の後ろでわくわくとしている乱歩さんの姿もあったし。ばらされるならばらした方がまだましだろう

 はぁあああとみんなの声が探偵社に響く

「しら、しらええええ?」

「節分が初めてなのは分からなくもないけど知らないって」

「はぁ? ええ、太宰さん、本当なんですか、と言うか」

 何で聞かないんだい。聞かないんですか。

 みんなの声が聞こえる。私はまあ笑った顔をそのままにしておくことしかできなかった。へらへらと笑ってみんなを見るのにみんなからは深いため息が聞こえて一気に肩を落とされた。酷いな。何て思いながらもにこにことみんなを見る。社長から深いため息が聞こえた。

「……痛くはなかったか」

「まあ、普通に痛かったですね。まさか投げられるとは予想してなかったので何の心構えもできていませんでしたし。本当に何なんですか?」

「……そうだろうな。すまなかった。こちらも知らないとは想定していなくて……。説明しておくべきだったな。

 節分が季節の分かれ目のことはお前も知っているだろう。今は立春の前日、つまり今日を節分と良い、厄を払い、新しい年が善き年であるように願う行事が行われているのだ。豆まきもその一つで病気や災害などの厄を鬼に見立て、それを追い払うために豆を蒔くのだ。鬼は外と掛け声をいってな。豆には邪気を払う力があるのだとか。福を呼び込むために鬼を払った後は福は内と掛け声をかけ家の中に豆を蒔くようになっている」

「成る程。それで鬼の私は豆を投げられたのですね」

 はぁと頭を抱えた社長が説明してくれる。その前に謝られていたがまあ、そこは仕方ないし社長が謝ることではないだろう。知らないだなんて基本誰も予想しないことだろうし、普通聞く。私は聞かないけれど。

 社長のてがぱらぱらと私の体に引っ掛かっていた豆を払っていく。ほらとあらかた払い終えた社長は私に豆のはいった枡を渡した。なんだとそれを見てしまう。

「今度は福を呼び込む番だ。福は内と言って投げろ」

「はぁ」

 みんなも準備をと社長が言うのに、戸惑いどうすれば良いのかと私を見ていたみんながまだ少し戸惑いながらも構える。福は内と社長の掛け声と共にそれぞれまきだしていて私はそれをぼんやりと見つめた。太宰と社長の声が促すのに仕方なく私も豆を蒔いた。

 こんなので呼び込まれるような福などないだろうに無意味なことをするなと思ったが、みんなが楽しそうなのでそれは言わなかった。


 一通り節分の行事を終えた後、何故か私はみんなに怒られた。そして今度は知らなかったらちゃんと聞くんだぞと約束させられてしまった。まあ、それを聞くかどうかは置いておいて、聞かなければ大変な目に会いそうだと思ったときは聞くことにしようと心に決めた。

 乱歩さんを見ていたら大体分かるだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る