クリスマス

「サンタって何ですか」

 キラキラとした目が見あげてくるのに対して周りの空気は何故か重い。私はそれに首をかしげた。

「サンタ?」

「はい。サンタです。太宰さんなら知ってるかなって思って」

 三対の目が私を見あげる。敦君に鏡花ちゃん、賢治君。どの目も期待を帯びたようにきらきらしているのに私はんーーと考える。期待に応えてあげたいとは思うのだけど……。

「ごめんね。私も知らないや」

 残念なことにそれはできなかった。綺麗に笑って告げると落ち込んだ三人。もう一度ごめんねとだけ言った。ホッとしたような迷うような空気が周りに立ち上る。私はそれを感じながらにこにこと笑う。




「どうする」と国木田君が言ったのはお昼の休憩時間。私にサンタとは何かという問いかけをしてきた三人がいなくなった後だった。

「教えるべきだと思うか」

「どうだろうね。敦と賢治は一度もない上、鏡花もあれだろう。今年一年ぐらいはいい夢見せてやってもいいんじゃないかって気もするけど……」

「そうですよね。一回ぐらいは。太宰さんはどう思います?」

 真剣そうな顔で話すみんなを見ながら私はふむふむと頷いていた。そんな私に集まる視線。私は少し固まってそうだねと口に出す。頭の中ではどうしようかと考える。取り敢えずいいんじゃないかいなんて周りに合わせておこうと思った時、探偵社のドアが開いた。みんなの肩がぴっくりと震える。妙な緊張が走ったが入ってきたのは仕事で出かけていた乱歩さんと社長だった。ふぅと体の力がぬけ、一拍遅れて挨拶をしだす周りに社長はいぶかしげに眉をひそめる。

「どうかしたのか」

 問いかけられるのにいえと国木田君が言いにくそうに口を閉ざした。これは丁度いいと私は国木田君の代わりに話し出す。

「サンタですよ」

「サンタ?」

「ええ、敦君と鏡花ちゃん、賢治君にサンタが何かと聞かれてしまいまして。どうしたらいいのかとみんなで考えていたんです」

 社長の目がちょっと驚いたのか小さく動いて、それから思案するように固まる。そうかと低い声が言う。ならと続くのに私は笑みを深くした。……のだけど

「太宰、お前さ」

 乱歩さんの声が響いたのに笑ってはいられなくなった。言わないでと急いで視線を送るのにそれに気付いたはずの乱歩さんは知らないふりをして続ける。

「よく意味も分からないのに会話しようと思えるよね。聞けばいいのに。サンタって何ですかって」

 最後まで言われてしまったのに私は固まってしまう。でもそれ以上に固まったのは周りだ。私が再び笑顔を張り付けた後も固まっていた。如何やら余程衝撃的なことだったらしい。何となくみんなの様子を見てそうだろうなと思っていたから私も言わないでおこうとしていたのに乱歩さんは酷い。私がじと目で見てもどこ吹く風。してやったり顔で私を見返してきた。

「え?」

「は」

「はい?」

「……」

 四人それぞれの驚きの声が聞こえた。やっと動き出したみんなが私と乱歩さんを交互に見て、最後に私を見て信じられないというような顔をする。

「意味が分からないって……おま、サンタ知らないのか」

「うん。残念ながら初めて聞く言葉だね」

 またみんなが固まってしまった。そんなに有名なのかな。私は初めて聞いたけど……。

「サンタってのはクリスマスイブの夜に良い子の子供の元にプレゼントを持ってきてくれる人物のことだよ」

「へぇ。そんな存在がいるんですか……」

 固まっている周りに代わり乱歩さんが私にサンタとは何かを教えてくれる。なかなか奇特な存在もいるものだね。私の元には一度も来たことないけど。あ、でもあの様子だと三人にも……、ああ、そう言う事か。

「そう云う人物がいるという空想の話で実際には子供の親とかがプレゼントをしているのですね」

「そう言う事」

 ふむふむ。成程成程。

「じゃあ、敦君たちのプレゼントは用意してあげないとね。今年ぐらいは私たちがサンタになってあげようじゃないか」

 にこやかに笑って言う。三人の年齢的にはきっと真実を知っていてもいいぐらいなのだろうとは予想されるけど、まあ体験させてあげられるなら体験させてあげるべきだろう。それに……。プレゼントを貰うなんてことはもうできないけど、サンタになることなら今の私にもできる。ちょっとワクワクするじゃないか。

「社長いいですよね」

「ああ、それで構わないが」

 却下されるはずもないと分かっていて問いかければ予想通りの答え。社員思いの社長のことだ。私が言いださなくてもそう云うだろうとは思っていた。先ほど何か言いかけていたのもそれだろう。だがここはあえて言わせてもらい次の言葉につなげる。

「私は三人が欲しいものを調べるから当日に渡すのはみんなに任せるね。では、調べてくるから」

 誰かが何かを言いだす前に立ちあがりひらひらと手を振る。不自然じゃない程度に素早くドアノブを回すと

「太宰、クリスマスが何か分かってる?」

「それぐらい分かっていますよ」

 何かしらないがその日が近づくと意味が分からないくらいにパーティーが増える最悪の日でしょとは言わずに笑顔を浮かべる。何か言いたげな乱歩さんを見ないふりしてドアを閉めた。


 ……所でクリスマスって何だ?

 イエスキリストとか云う聖人の生誕祭ということ以外は何も知らないのだけど。毎年何故かその日に街の人々が浮かれるのは知っているけどその理由はなに? 周りがいくら浮かれようと私には関係がないから知らないのだけど……。マフィア時代出席しなくちゃいけないパーティーが多くてこの時期は嫌いだったし。三人のほしいものを調べるついでに手早く調べとかないとね。


 




 パーティーは嫌いだ。と云うのもマフィア時代出席するパーティーと云えば私をよく思わない奴らがうじゃうじゃいるようなものばかりで、遠回しの嫌味だけならまだしも飲食物に毒を盛られることも多くあったのだ。そこで間違って毒を飲んでしまえばその後森さんからのお仕置きもある。無駄に神経をすり減らすパーティーは嫌いだった。そしてそんなパーティーが休みなしに開催されるクリスマスと年始年末のこの時期は気が休まる日がなく嫌いだった。


 私はこの時期が嫌いでパーティーが嫌いで、だから……



「メリークリスマス」

 探偵社で毎年二十四日に開催されるパーティーにも参加したことはなかったのだけど何故か今年は強制参加させられた。前日から雲隠れしようと思っていたのにみんなに阻まれ、最後は社長にダメ押しをされて参加。黒幕は乱歩さんだろう。

「太宰さん楽しんでますか」

 みんなが楽しんでいるのを眺めながら一人どうしてこんな事にと思っていると敦君と鏡花ちゃんの二人がやってきた。そう思うと言いたくなるのを抑えて笑顔を作る。

「まあ、楽しんでるかな。二人はどうだい」

「凄く楽しいです。僕クリスマスとかしたことなかったんですけどこんなに楽しいんですね!」

「私も楽しい」

 頬をさせてニコニコ笑顔の敦君。鏡花ちゃんはそんなに表情に変化はないけど瞳はキラキラしていて楽しんでいるのが分かる。よかったねと声をかけて二人の頭を撫でた。嬉しそうにした二人がはいと頷くのにまあ、いいかと言う思いにさせられた。パーティーとは言っている者の探偵社だけのごくごく小規模なものだし、息が詰まるようなものでもない。楽しんでみようかなと思えた。

「太宰、食べろ」

「ほら、太宰」

「へ?」

 何となく離し難くて二人の頭を撫で続けていた私に突如差し出されたのは料理がこんもりとのせられた二枚のお皿。国木田君と与謝野先生からだ。

「これは……」

「お前は普段から食わなさすぎだからな。こういう時ぐらい一杯食べておけ」

「そう云うことだよ。ほら、全部食べるんだよ」

「え、いや……こんなに……食べられませんよ。お腹すいていませんし」

「「太宰」」

 二人の目がぎらんと光った。

 やばいこれは……食べないと解放されない奴だ。あ、ちょっと待って、敦君鏡花ちゃん。僕たちも太宰さんの分取ってきますねって私これだけで十分だからね!



 食べすぎた。なんなのだい、四人してあれも食べろこれも食べろって……。四人の迫力が凄くて逃げ出せなかったし……。これ以上何かあっても嫌だ、その前に、

「太宰さん」

「……はい」

 そろりそろりとドアの方に近づいていたのにかけられた声で中断される。何とか笑顔を張り付けて振り返るとそこにいるのは谷崎君にナオミちゃん。手には何やらケーキを載せたお皿が……。

「あ、ナオミちゃん。そう言えばここの飾りつけはナオミちゃんがしたんだって。凄いね。探偵社の事務所とは思えないほどきらびやかになっている。ナオミちゃんはセンスがいいね」

「ケーキ食べませんか」

 何かを言われる前にとこちらから会話を切り出したというのに見事なかったことにされ、言われたくなかった一言を言われる。これには私も顔を青ざめた。

「いや、私はもう十分……」

「酷いですわ。私と兄様で心を籠めて作ったケーキなのに食べてくださらないなんて」

「太宰さん、一口だけでいいので食べてくれませんか」

 うるうるとした瞳で二人が見あげてくる。そうか美味しそうなケーキだとは思っていたけど二人が作ったものだったのか……。


「「太宰さん」」





 うーー、お腹痛い。食べすぎた。苦しい上吐きそう。私はそんなに胃が大きくはないのだから加減と云うものをしてほしいよ。動くのももう無理。

「大丈夫ですか~~?」

「大丈夫に見える」

「いえ」

 今度声をかけてきたのは賢治君。手には何も持っていない。

「食べすぎですか」

「そうだよ。みんながあれ食べろこれも食べろって押し付けてきてね」

「そうですか。愛されてますね」

 え? いや、なんでそうなるの。もうここまでくると嫌がらせのレベルだよとはニコニコと天真爛漫な笑みを浮かべる賢治君を前にしては言えなかった。

「あ、そうだ

 ポンと手を叩く賢治君。いいことを思いついたとばかりの笑みを浮かべる彼には悪いがちょっと嫌な予感がしてきた。私の勘がいますぐここから逃げろと告げている。

「食べ過ぎによく効くツボがあるんですよ、僕がそこを押してあげますね」

 何の悪意もなく告げられた。悪意があった方がまだましだった。

「いや、いいよ。それよりパーティーの方楽しんで来たら」

「遠慮しないでください」

 食べ過ぎで動けない体でじりじりと後退するのだけど……賢治君の方が早い。目前に迫るのに私はひっと息を飲んだ。



 散々だ散々な目にあった。ただでさえ嫌いなパーティーに出席させられた上、無理矢理いろんなものを食べさせられるし、最後は賢治君だ。異能力無効化の力があるから骨が折れるとかはなかったのだけどそれでも流石は田畑で育った田舎少年。私なぞよりよほど力がある。押された瞬間猛烈な痛みが走って思わず声を上げてしまった。しかもその声でみんなの視線が集まる始末。恥ずかしかった。そんな大きな声じゃなかった筈なのに何でみんな見るんだよ。酷いじゃないか。

 まあ、ツボ押しのお蔭で何とか動けるようにはなったのだけど……。

 今は探偵社の屋上に来ている。まだパーティは続いているのだが、少し一人になりたかったのだ。一人になって考えたかった。……のだけども。

 隣を見あげれば乱歩さんの姿。何でいるのかな……一番騒いでいそうな人なのに。吐きそうになったため息を堪えれば乱歩さんと目があった。壁を背に座り込んだ私と違い立ったままの彼はにんまりと笑って、それからすこし屈んで内緒話をするように私の耳元に口元を寄せた。


「楽しかっただろう。クリスマスもパーティーも」

 ああ、叶わないな、なんて思った。当然のことだけどこの人には何でもお見通しなのだと。口元に笑みが浮かんだ。

「そうですね。とても楽しかったです」





 さてと私は状況を整理する。昨日つまり二十四日。探偵社であったクリスマスパーティーの後、それぞれ一旦帰途についたが、敦君と鏡花ちゃん賢治君の三人が寝静まった頃乱歩さんを除いた大人組は再び社員寮の前に集合していた。もちろん三人にプレゼントを渡すためだ。サンタと云うのは子供が寝静まった頃に枕元にプレゼントを置いていくらしい。

 賢治君の所には国木田君と与謝野先生。敦君と鏡花ちゃんの所には私がプレゼントを置いてきた。任務を成功させそのまま寮の部屋に帰ろうとした時何故か社長に自分の家に来ないかと誘われた。目を瞬いた私。一度は断ったもののいい酒があるからと言われついてきてしまった。一応云っておくと酒につられたわけじゃない。何を言っても断れない雰囲気だったのだ。話を聞いていた国木田君や与謝野先生があっさり帰っていたのもいい証拠。社長が来る意味あるのかなと思っていたがこの為だったのだと気付き仕方なく……。酒は美味しかった。晩酌をした後はもう遅いから社長の家に泊まることに。実は社長の家に泊まるのはこれが初めてではなかった。鍋の日から毎日のように夕飯は社長の家でごちそうになっているのだが、そのまま遅いからと泊めてもらう事もしばしば。その流れで昨日も……。

 寝る前にどうして社長は私を晩酌に誘ったのだろうと考えたのだが、その答えは分からずじまい。まあいいかと思いながら眠り、今さき起きたのだが……。

 にゃーにゃーと猫の鳴き声がしてくる。朝日が部屋の中に入り込み明るくする。私は枕元に置かれた奇妙なものをじっと見つめた。赤い靴下に入れられた包装紙に包まれた何か。薄いそれは大きさからしても何かの券とかだろうか……。持ち上げてみたら軽い。何となく丁寧に包装紙を外していく。

中から出てきたものは……有名なお店の食べ放題券。ここの蟹料理は絶品だと噂で聞いたことがある。

 なるほど実に私の好みど真ん中だ。私は二枚の券を広げた。大抵の券がそう出るようにこれはペアチケット。立ち上がっていい匂いのする炊事場へと急いだ。駆け足になりそうなのを抑える。

「社長。一緒に蟹を食べに行きましょう」

 見えた背中。挨拶も忘れて私はサンタに満面の笑みで告げていた。






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