3.青春、少々スパイス
「時々オレは思うんだ」
今日の開口一番、思ったことを正直に述べる。
「この世界は裏と表があって、それは絶対に相容れることはない。月がオレたちに裏の顔を見せないように、表面上の薄っぺらい浅はかな評価をするのは仕方のないことだってな」
「つまり、君は僕に何が言いたい訳?」
「文化祭の準備ってめんどくさくね?」
はぁ、とため息をつく浅賀に、オレは続ける。
「だって、オレがいなくても成立するだろ?」
「気持ちはわからんでもないけど、皆で力を合わせてやってるんだから少しは負担が軽いでしょ?」
「これを一人でやれってか? そもそもオレにメリットがない」
「相変わらず腐ってるなぁ……君は」
オレたちの学校は今日、文化祭を迎える。午前中は最終準備を整え、午後からスタートというスケジュールになっている。オレは正直、文化祭そのものがいけ好かない。行事そのものがいけ好かない。授業をしったい。授業で昼寝をしたい。
「顔に眠たいって書いてあるぞ」
友人がツッコミを入れる。
「そういう浅賀、お前はどうなんだよ。準備の時間って無駄だと思わねぇか?」
「どうしてそう思うんだい?」
浅賀が首を傾げながら問いかける。その仕草をしていいのは可愛い女子だけだ。殺されたいのか貴様は。
オレは続ける。
「準備なんてものは本番が終わると水の泡、片づけの時なんかは見る影もないじゃねぇか。片づけはある程度その状況が継続される。よってオレは片づけを所望する。準備なんてクソくらえだ」
「なんというか……流石だね、君」
呆れながらも浅賀は黙々と作業を続ける。そういえばこいつはこういう地味な作業が好きだったっけか。就職先の希望もオレの記憶が正しければ工場とか、そのあたりだったはずだ。
「これが終わったら文化祭一緒に回ってやるから、とりあえず準備しようね?」
「オレはペットじゃねぇんだよ」
そう言いながらも浅賀がしている作業をオレも手伝う。文化祭開始のタイムリミットが迫ってきていることから、クラスの雰囲気はピリピリし始めてくる。そう感じながらもオレは気にせず過ごしていた。
***
「結構並んでんなぁ……」
文化祭の開会式が終わり、オレと浅賀はクラスの出し物を回っていた。
「まあ、全校生徒が同時に動いてる訳だし、仕方ないよ」
「くっそ……ウロウロしてる奴の八割ぐらい全員働けばいいのに……」
「腐りすぎだよ、流石に」
浅賀には突っ込まれたが、気にしない方向でいく。
楽しそうに携帯を片手に歩く女子たち、大きな荷物を運ばされている男子たち、食べ物をシェアしてるカップル……は、いいや。見てたら羨ましくなってくる。
「うちってこんなに生徒いたんだなぁ」
オレは思ったことをボソッと呟く。そんな独り言にも返事をしてくれるのが、浅賀のいいところだ。
「まぁ、うちはマンモス校だからね」
「バカの集まりだろ、どうせ。学力を貪ってる暇があったら一般常識身に着けろってんだ」
「ど、どうした? 今日はいつにも増して腐ってない?」
戸惑いながらも、本気で心配をしている訳じゃない。オレが今不機嫌じゃないということがよくわかっている証拠だ。こいつとも何年の付き合いになるだろうか。小学校の頃転校してきた浅賀は、真っ先にオレと仲良くなった。そこから中学生に上がり、現在の高校まで一緒に過ごしている。
オレがそんな回想をしていると、目の前をカップルが横切った。
「……爆発すればいいのに」
浅賀、お前も大概……下手したらオレより腐ってるぞ。なんなら隠してる分オレよりたちが悪い。
「とりあえず、何か食べよう。僕と君で雑談していたら、すぐに漫才に転じちゃう」
「あぁ、同感だわ。揚げだこでも食べようか」
確か、隣のクラスの出し物が揚げだこだったはずだ。人が多いので横にならず縦になって移動する。浅賀は方向音痴なので、オレがパンフレットを見ながら移動する。
「こっちで合ってるの?」
「オレはお前じゃないんだぞ。この前の祭りみたいに、花火会場の逆方向に歩いていくなんてことはない」
「真逆は言い過ぎだって。……六十度くらい逸れてたけど」
「逸れてんだから似たようなもんだろ。お前に先頭は絶対に歩かせない」
「先っぽだけいいから!」
「下ネタ出してくんな」
などといつもの調子でバカなことを話しながら、目的の出店に着く。人気なのか長蛇の列であった。
「うっわ並んでるな……オレ並んどくから、お前別の所行くか? そっちの方が効率いいし」
すると浅賀は首を振って、笑いながら言った。
「いいよ、一緒に並ぼう。そっちの方が面白いし」
「お、おう……そうか?」
オレはたまにこいつのことがわからなくなる。仲が良いからといって似ている訳じゃない。むしろ考えることなんかは逆だ。お菓子の味の好みが合わなくて言い合いになることも珍しくない。
まあ、こいつが一緒に並ぶと言うのならそれでもいいだろう。
「それにしても……」
列の長さで覚悟はしていたが、要するに。
「暇だな。うん」
「あ、じゃああの話しようよ。小学校の卒業文集の話」
「浅賀ぁ……!」
額に血管を浮かせながら振り返る。
「お前本当人を怒らせるのが上手いよなぁ、おい」
「さぁ、なんのことか僕にはさっぱりだ」
小学生の卒業文集、あなたは一体どんなものを書いただろうか。ちなみにオレは未来の自分へのメッセージというテーマで恥ずかしい文章を垂れ流した。タイムマシンがあるのなら、真っ先に小学六年生に戻って自分をぶん殴ってでも止めたい。
そして何を考えてるのか、この浅賀とかいうクソ野郎はそれをことごとく持ち出してはいじり倒してくる。
「僕暗記してるからここで言ってもいいんだよ?」
「いや、流石に覚えてないだろ。そこまで言うのならやってみろよ」
「オレに将来の目標はない。だがまずは」
「わかった、オレが悪かった」
慌てて浅賀の口を両手で塞ぐ。マジで暗記してるなんて誰が予想するんだ?
二人でコントをしているうちに順番が来た。お金を払って、揚げだこを受け取る。オレたちは人のいないところを探して歩いた。校舎の端っこの方に腰掛け、揚げだこを食べ始める。
「そういえば、君は初恋もまだなのかい?」
「おい、もってなんだ。……いや確かにまだだけどさ」
「好きな人とかは?」
「まず、好きの定義からだな。オレの中では……」
「あー、もういいよ。めんどくさい」
うんざりと顔に書いてある浅賀を見て流石のオレも止まった。
「そういうお前はどうなんだよ」
次々に揚げだこを頬張りながら、オレは聞いた。
「うーん、僕は初恋は終わってるよ」
「いやそれはわかってんだよ。オレは今の話をしてるんだ」
「今かぁ……」
浅賀は食べながらも上の空な感じで思考を巡らせる。
「今はいいかなぁ……」
「いやいや、今はってなんだよ」
と言うと、苦笑いをしながらこちらを伺うように見つめてきた。長い付き合いだからわかる。察してよ、という顔だ。
「いやいやわかんねぇよ。説明してくれ」
茶化して浅賀の表情を突っぱねる。苦笑いが少し照れの表情になると、浅賀はぽつりと言い出した。
「今は、君といれるから、いいかなって」
……何を言っているんだコイツは。
「え、ホモですか気持ち悪い」
「違うよ!」
全力で否定する悪友についつい笑ってしまう。はぁ、とため息をつきながらも、浅賀は続ける。
「なんかさ、こうやって文化祭で隅っこの方で、揚げだこを二人で食べて……こういうのも、青春だと思うんだ」
なんだかこっちが照れ臭くなって髪を手で掻く。浅賀の野郎は満足そうな顔をして揚げだこを頬張ってやがる。食うの遅せぇよ早くしろ。
***
「やっぱオレ片付け嫌いだわ」
「それは面倒くさいからかい?」
クラスの出し物の撤収をしながら、やはりオレたちはコントをしていた。
「君、それ僕相手だからいいけど、クラスの子に聞かれてたら殺されるよ?」
「バッカ、お前の前でしか言わねぇよ」
「やだ、愛の告白?」
「死ね」
「ちょっとくらいのってくれてもいいじゃん」
ただ、なんだかんだ楽しかったのは事実だ。こいつの言っていた青春というのも、なんとなくわかったような気がした。
「ねぇ」
浅賀が口を開いた。
「来年も一緒に来ようね」
「浅賀……お前……」
優しい奴だ。いい奴だ。感動したオレは、抗えない事実をこいつにぶつけた。
「来年オレ達は卒業している」
「あっ……」
短編集「白色の鍵」 赤坂岳 @akasakagaku
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