第99話:私が選んだお友達
「それでは行ってきますね!」
席を確保したら、ソフィアとカーラ、アルサが買い物のために教室を出ていった。
紅梅館の一階には東西南北にそれぞれ売店があり、様々な品物が売られている。
全員で行っても良かったけれど、私の顔をみんなに慣らすっていう意味でも、私は教室に残っていたかった。
その意志を告げたら、セシリアとミーシャも残るって言って、自動的に三人ずつに分かれることになったのだ。
「初授業、楽しみだな~。塾とは多分、違うんだよねぇ?」
みんながいなくなると、ミーシャが机に頬杖をつきながら言う。
教室の雰囲気はあれからだいぶ元に戻ってきて、今はみんな私の顔面についてこそこそと話している。
「塾の授業は、試験に合格するためのものでしたからね。この先は実践も交えた、より専門的な授業となるはずですわ……弟子制の授業はどうでしたの?」
セシリアに問われ、私は師匠との日々を思い出す。
「……私の師匠は、実践だけ。試験とかも、なかった」
師匠との旅では、山野で遊んだり、川辺で読書したり、ダンジョンで戦ったりばかりしていた。
「そりゃあすごいね~。羨ましいような、不安なような……」
「ルシアさんのところでは、日常がそのまま試験だった、ということなのでしょうか……お師匠様は、相当な
セシリアの言い方だと、他のところは弟子制でも試験があるようだ。
(まあ確かにその方が、弟子自身も楽なんだろうな……)
試験とは、自分の実力を安全に知る機会である。
私のように実践、というより実戦ばかりだと、いつも命がけだから一つ間違えれば死んでしまう。
師匠はそこのところを上手くやって、その時々の私にできるギリギリのところを見極めていたのだろう。
(変態だけど、優秀だからムカつくんだよね……)
「お師匠様と言えばさ――」
「――ちょっと、よろしいかしら?」
ミーシャが何か言おうとしたところで、ふっと後ろから話しかけられる。
「あら……ごきげんよう」
セシリアがスッと立ち上がり、サルビア式の礼をする。
私も遅れて振り向くと、そこには取り巻きを五人も連れた公爵令嬢のレベッカが立っていた。
相変わらず派手な金髪の巻き髪で、顔には強気な笑みが浮かんでいる。
「ごきげんよう、セシリアさん。三国協議会の晩餐会以来かしら……無事に学友と成れたこと、光栄に思いますわ」
レベッカもまたエルグランド式の礼を返し、いかにも社交辞令っぽい言葉を並べる。
いきなり始まった大国の公爵令嬢同士のやり取りに、やっと元に戻りかけていた教室の空気がまた緊張したものになる。
「わたくしこそ、光栄ですわ。それで、何の御用でしょう?」
完璧な社交辞令の笑みを浮かべ、セシリアが尋ねる。
レベッカもまた、感情の読み取れない笑みを浮かべて頭を下げる。
「大した用ではございませんの。私、同じエルグランド人として興味がありまして……主席のルシアさんとお話してもよろしくて?」
「もちろんですわ。というより、ルシアさんがよろしければ、わたくしの許可など必要ありません」
セシリアはそう言って、「イヤなら断ってもよろしいのですよ」という視線を私に向けてくる。
「……いいよ」
私は立ち上がって、一歩前に出てレベッカと向かい合う。
すると、うっ……という声と共に、取り巻きの内三人が立ったまま失神した。
他二人も胸を抑え、今にも倒れそうになっている。
「ル、ルシアさん……はじめまして。私は、フランツ公爵家のレベッカ・マクシール・フォン・フランツですわ」
レベッカは顔を引きつらせながら、震える声で自己紹介をする。
その目は潤み、膝はガクガクと前後している。
それでも倒れないのは、大貴族の意地なのだろう。
「ルシア。何の用?」
「し、試験の時は、お見事な腕前でしたわ。仮面をつけていたから、気づきませんでしたが……リリスの首席とは、エルグランドの公爵家としても鼻が高いですわ」
「そう」
別に私はエルグランド王国のために主席を取ったわけじゃないし、私の成績を同国民全員の栄誉みたいに言われても困る。
それに、試験の時は私に向かって舌打ちしていたじゃないか。
(まさか、鼻が高いって言っただけで、相殺した気分なのかな?)
レベッカの顔を見れば、褒めてやったんだからもっと喜べ、という風に、あからさまに頬がひくついていた。
エルグランドでは貴族が庶民を褒めることは滅多にないため、レベッカ的には今のが最大限の譲歩だったらしい。
「こ、この後、よろしければ、お昼をご一緒にいかがです? 同じエルグランド国民同士、有意義なお話ができましてよ?」
「いい。みんなと食べるから」
私にとって、話の有意義さに出身国は関係ない。
即断ると、レベッカはセシリアの方をチラリと向いて納得したように頷く。
「みんな? ああ、セシリアさんの派閥に入りましたの」
「入ってない」
というか派閥なんてセシリアは持っていない。
私たちは、ただ友人として一緒にいるのだ。
「でしたら、なおのこと私とご一緒に。外身も中身も、優秀な人材ばかりをお呼びしてありますわ」
「行かない。もういい?」
「ああ、もしかして……」
私が再度断ると、レベッカは口元に手を当て、私に近づいて声をひそめる。
種類は分からないけれど、濃い香水の匂いがして、私は思わずうっとなる。
「出自のことはお気になさらないで。何といってもルシアさんは主席ですもの。卒業後も、私の口利きでいかようにもなりますわ」
レベッカは、私が庶民出身だから遠慮したと思ったようだ。
そんな話一言もしていないのに、勝手に勘違いしてクソみたいなことを耳打ちしてくる。
「ここだけの話、私の父の派閥はやがて勇者を味方につけますの。あの勇者アイザックですわ。ルシアさんも、私といれば宮廷魔女にだってなれるでしょう」
レベッカが暗に言っているのは、アン王女と勇者をくっつける第三王女派の作戦のことだろう。
(おめでたすぎて、笑えてくるよ……宮廷魔女にも、興味なんてないし……)
よりにもよって、私にアン王女やら勇者アイザックやらの話をちらつかせるとは。
空腹の肉食動物に新鮮なサラダを与えても喜ばないのと一緒で、興味もないし、むしろ怒り出すまである。
なにせ、第三王女派のせいで、私は冒険者資格を失い、極刑にまでなりかけた。
"死領域"が私だって知ったら、レベッカはどんな顔をするのだろうか。
「分かってくれたようですわね。実は私、ルシア様を見て心配していたのですよ?」
私の失笑を反対の意味で受け取ったのだろう。
レベッカは顔を離して、にんまりと笑う。
「同じ寮のよしみでお付き合いなされているんでしょうけれど、ルシアさんの周りにいる方たちは貧民に成金、辺境の脳筋貴族に卑しい獣人族ですわ。
レベッカの言葉に、ミーシャの耳がぴくっと動く。
こういうことを言われてきたから、ミーシャはずっと帽子を被っていたに違いない。
「セシリアさんは確かにご立派ですけれど、受験塾時代から独りを好むお方。となれば、ルシアさんから離れて差し上げることが、むしろセシリアさんのためになるのではなくて?」
レベッカはつらつらと述べるけれど、私はセシリアがそんなんじゃないことを知っている。
私以上に、セシリアはみんなと友達になれて嬉しそうにしていた。
ヴァルダザール写真館で撮った写真の笑顔は、心からのものだった。
(セシリアは、すごいな……)
これだけ的外れなことを言われてもセシリアは動じず、微笑みの仮面を貼り付けて、事の成り行きを静かに見守っている。
そもそも、リリスに身分差を持ち込むことは表向き禁止されている。
それでも、セシリアはこの場で発言すれば、それが大貴族の発言となることをよく理解しているのだろう。
(私はもう、我慢できていないのに)
もしもここが教室じゃなかったら、私は問答無用でレベッカを殺していただろう。
激しい殺意は魔力となって、私の体内で嵐の如く渦を巻く。
しかしそれを誰にも悟られていないのは、ぜんぶメランコリアに流し込んでいるからに過ぎない。
(んぉぉおおっぉお! ルシア様の竜巻乱舞で、わらわの領域がぐちゃぐちゃにぃぃぃぃい!)
半分嬌声、半分悲鳴を上げながら、大腿骨の領域内ではメランコリアがぐるぐる吹き飛ばされている。
「ルシアさんは主席の上、絶世の美貌をお持ちです。百年、いえ、千年に一人となれるお方なのですよ……付き合うお相手は、よく考えた方がよろしくてよ」
レベッカは荒れ狂う私の心情を全く理解せず、自信満々という顔で、私に向かって手を差し出してくる。
繊細に手入れされた白い肌、光り輝くピンクの爪、マメや汚れの痕は見当たらない、実に貴族らしい手だ。
「……ご忠告、どうも」
だけど私が尊んでいるのは、剣ダコでちょっと固いソフィアやセシリアの手、拳の外皮が厚くなったミーシャの手、インクで汚れたカーラやアルサの手。
私の人生に必要なのは、地位や名誉なんかじゃない。
「でも、余計なお世話」
私はゆっくりと手を伸ばし、握手の直前でレベッカの手をパシッと払いのける。
「……は?」
レベッカは、何が起こったのか理解できない、という表情で私の手と顔を交互に見比べる。
私は後ろ手でミーシャの手をキュッと握り、レベッカの目を真っ直ぐに見る。
「付き合う相手は、自分で選ぶ」
レベッカは目を見開いてから、頬を引きつらせながら笑顔を浮かべる。
「……そ、そうですか。では、気が変わったらいつでも」
こめかみには青筋が浮かび、身体は怒りに震えながらも、レベッカは大貴族たる態度は崩さない。
優雅に礼をすると、取り巻きたちを引き連れて教室の反対側まで去っていく。
レベッカのほとんどすべてが嫌いだけど、貴族の矜持を守り続けていることだけは称賛に値する。
(だからこそ、これで二度と、話しかけないでくれるとありがたいんだけど……)
私たちの決裂を受けて、教室内にざわめきが広がっていく。
「すみません、ルシアさん。わたくしのせいで、派閥争いに巻き込んでしまったようで……」
レベッカが十分遠のいたところで、セシリアが申し訳なさそうに言う。
「いい。私の顔のせい、とも言えるし」
私は小さく頷いて椅子に座ると、握ったままのミーシャの手をもみもみする。
「ル、ルシアちゃん?」
「ミーシャは、卑しくなんか、ない」
「……ありがとね~」
私の言葉に、ミーシャは目を真ん丸にしてから、照れくさそうに耳を畳んだ。
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