第98話:みんなに助けられている
紅梅館の中は、試験の時とは違ってちゃんと普通の校舎になっていた。
とにかく大きすぎるから、あちこちにある案内図を見て目当ての教室へと進む。
「大教室は一階と二階にまとまっているようですわね。王城だったことを考えても、これらは来賓用の謁見室や食堂だったのではないでしょうか」
無数の絵画やタペストリーが飾られた廊下を行きながら、セシリアが言う。
大貴族だけあってこういう館には慣れているのだろう、その足取りに迷いはない。
「お貴族様って、こんなところで暮らしてるんだねぇ……あたしなら広すぎてイヤになりそうだよ!」
一方、下層階級出身のアルサはうんざりしたような顔をする。
その目線の先は、通常の建物三階分くらいの高さがある天井であり、そこにびっしりと描かれた絵画の数々だ。
「ボクのとこはもっとシンプルだけどねぇ~。さすが、強国に挟まれてる国は違いますなぁ~」
ミーシャもまた天井を見上げ、「そもそもネコミミ族は絵画なんて飾らないしね~」と肩を竦める。
ちなみに、ミーシャの言う強国とは、ラ・ピュセルの周辺三国のことを指している。
「私のところもソレイユ・カレッジと同じくらいの規模でしたから、ここのすごさはちょっと異次元に感じますね。ただ、活気があるので緊張はしませんが……」
「あっ、分かるわそれ! うちの実家もソフィアんとこと同じくらいやからな。これでシーンってなってたら、ガチガチになってたとこやわ!」
二人の言う通り、廊下にはあちこちの教室から漏れ出してくるおしゃべりの声がぼんやりと響いていた。
それは森で聞く木の葉が擦れる音や、町の雑踏、酒屋の食器の音に等しく、この場の雰囲気を王城ではなく女学園たらしめてくれている。
「一○二号室……ここのようですわね」
紅梅館の南側まで来たところで、セシリアが立ち止まる。
元々舞踏場だったようで、壁にはバレリーナやダンサーの姿が描かれている。
巨大な外開きのドアの向こうからは、楽し気な談笑の声が漏れ聞こえ、入りにくい雰囲気は微塵もない。
「時間にも余裕がありますし、先に席を確保しましょうか」
「せやな! その後で、飲みもんとか買うてこようや!」
「……うん」
私は覚悟を決めて、みんなに続いて教室に足を踏み入れた。
(――やっぱりか)
するとまず、私に気付いた入り口付近の生徒たちが固まった。
それから、静寂の波は徐々に伝播し、数秒で教室全体が異様なほどの静けさに包まれてしまった。
さっきまでの和気あいあいとした雰囲気はどこへやら、息をするのも
「あっ、あちらの席が空いていますよ! 教壇にも近く、良い感じではないでしょうか!」
しかし、ソフィアはそんな冷えた空気をまったく気にせず、前から五列目くらいの席を指さす。
長方形の教室には十人掛けの長机が横に四列、縦に十五列置かれており、ほとんどの生徒は前から十列以内に座っていた。
高くなった広い教壇の背後には、上下で分かれている黒板が三セットあり、そのさらに上に壁掛け時計がかかっている。
「おっ、ええやないか! 黒板もよう見えそうや!」
「あそこなら、カーラも居眠りしないねぇ~」
「アホ! 寝るんはミーシャの方やろ!」
カーラとミーシャも漫才を繰り広げつつ、ソフィアの指した席へと向かう。
二人とも周囲の空気はまったく気にせず、いつも通りのマイペースだ。
(私、恵まれてるな……)
通学路でのやり取りといい、みんなには本当に助けられている。
何かお返しがしたいけれど、私にできることなんて、良すぎる顔で見つめるくらいしかないってのが実に歯がゆい。
「……ルシアさん、一人で気張らずともよろしいのですよ」
ふと、セシリアが私の肩に手を置いてそんなことを言う。
顔を上げれば、セシリアは少しだけ頬を赤らめながら、慈悲深い笑みを浮かべる。
「わたくしたちは……お友達、なのですから」
もっと頼ってくれて良いし、お返しなんて求めていない。
細められた金色の瞳から、セシリアの想いが伝わってくる。
(お友達……そっか……)
みんなが私を助けてくれるのは、お友達だから。
利害関係ではなく、相手のことを慕っているからこそ、役に立ちたいと願ってくれている。
辞書的な意味でしか理解していなかった友情ってものが、その瞬間私の中に息づいた気がした。
「……うん。ありがと」
私もみんなに頼られたいし、喜んでもらいたい。
お返しなんて求めていなくて、ただお互いが幸せになれたらそれが嬉しい。
「二人とも、突っ立ってないで行こうって!」
アルサに背中をどんと押されて、私たちは席へと向かう。
(リリスに入って、ホントに良かった)
これから先も、がんばっていけそうだ。
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