第95話:魔女と戦士の縁2/3 流浪の月(side:"大戦斧"サリッサ・ザクセン)
「おう、なんだてめぇ! やんのかコラぁ!」
宙に浮かぶ魔術都市ラ・ピュセルのおひざ元、オルレイアの流浪街の一角で、サリッサは生まれ育った。
冒険者崩れの父親は酒に溺れて飲んだくれており、元踊り子の母親はサリッサが三歳の時に姿を消した。
生き残るため、サリッサは強くなる必要があった。
「あたしを赤髪のサリッサ様だと知って来てんのか? 舐めてっとそっちの禿げ頭カチ割るぞ!」
はじめは父親の剣を盗み、路地裏で同じような境遇の子たちと打ち合った。
それだけでは満足できず、サリッサはその辺で発生する流れ者たちの殺し合いをこっそり観察し、自分の技として吸収していった。
生きるための日銭と父親の酒代はスリで稼ぎ、残る時間はすべて訓練に当てた。
「おい、聞いてんのかよ、ぼんくら冒険者ども!」
やがて、サリッサは賭け試合に出場するようになった。
十代前半にしてすでに、サリッサの身長は百七十センチメルケルを超えていた。
サリッサは身の丈ほどもある大斧で対戦相手をなぎ倒していき、十五歳にしてオルレイアにその名を知らぬ者はいないほどの強者となった。
「あたしの戦斧にビビって声も出ねぇか? それともしょんべんちびっちまったか? あぁ?」
「……もういい。お前のことは、だいたい分かった」
そんなある日、サリッサの前に突然現れたのは、五人組の冒険者たちだった。
リーダーらしき整った顔をした短髪の戦士は常に快活な表情を崩さず、その隣に立つ赤毛の美人な魔女もまた不快な笑みを絶やさない。
彼らの背後にどっしりと控える禿頭の戦士はサリッサの挑発に青筋を立てており、その横では二十代前半と見受けられる綺麗な女性弓手が呆れた顔でリーダーを見ている。
そんな彼らの後ろで小さくなって震えているのは、サリッサよりも幼そうな背の低い金髪の少女だった。
「あたしの何が分かったってぇ?」
サリッサがリーダー格の戦士にガンを飛ばすと、彼は爽やかに笑う。
その身長はサリッサよりも低く、百六十センチメルケル程度しかない。
それなのに、大人でも震え上がるサリッサの眼光に一切怯んだ気配を見せない。
「お前は狭い井戸の中で、世界のすべてを知った気になっているカエルだってことさ。俺程度でも片手で握り潰せるぼんくらだ」
「てめぇは殺す!」
オルレイアでは舐められたらおしまいだ。
サリッサは完全にブチ切れ、背負った戦斧を目にも留まらぬ速さで抜いた。
「ほう、なかなかの速度じゃないか。だが、それじゃあ羽虫くらいしか潰せないな」
「黙って潰れてろぉ!」
サリッサは殺すつもりで、戦斧を全力で男に叩きつけた。
ガゴンッと凄まじい音がして、石畳の地面が派手に砕かれる。
「なっ……!」
しかし、サリッサの手に男を潰した感覚はなかった。
どころか、その姿は跡形もなく消えている。
「……訂正しよう。お前は羽虫さえも潰せない」
「うおぉっ!?」
サリッサのすぐ後ろから、男の声が聞こえてきた。
咄嗟に振り向きつつ裏拳を振るうが、剛腕は空を切る。
「まずは、話を聞け」
フッと身体の力が抜ける感覚。
次の瞬間、気が付けばサリッサは地面に横倒しになっていた。
「っ……なに、が……」
「合気……アイキだよ。極東の武術でね。ちょっとだけ習っていたことがあるんだ」
リーダー格の戦士は手と膝を使って、サリッサを上から押さえつけている。
腕力では確実にサリッサの方が優れてるはずなのに、どういうわけか逃れられない。
むしろ力を入れて跳ねのけようとすればするほど、戦士の重さは増して、サリッサは地面に強く押し付けられる。
「ぐっ……うぅ……っ!」
「今さ、お前を押さえているのは俺の左手と左膝なんだよね。ってことは、俺の右側は自由ってこと。分かるかな……」
ピトッ、とサリッサの首筋に冷たい金属が押し付けられる。
「改めて依頼を言うよ。俺たち"流浪の月"はオルレイアの案内をしてほしい。報酬も出す。断ってくれてもいいが、お前以上の適任は見つかってないんだ。さて、どうする?」
「くそったれが……ぐぅッ」
サリッサが吐き捨てると、ピッと頬がナイフで軽く裂かれた。
「この刃には毒が塗ってある。死にはしないが、やがて全身が麻痺し、かなり苦しい思いをするだろう。依頼を受けるなら解毒薬を渡そう」
「て、めぇ……くそ、が……」
サリッサは何とか首を回して、限界ギリギリの横目で戦士を見上げた。
「無駄なプライドは捨てろ。こんな街で麻痺した女一人、何が起こるかは明白だろ?」
無表情で告げる戦士の黒い目の奥に、一瞬だが狂気にも似た光が走る。
それは痛みを知る者の色であり、サリッサの奥に宿るやり場のない怒りと近い感情に思えた。
「ちっ……分かった、受けるよ! 受けるからまずはどいてくれ!」
サリッサはギリリと唇を噛み、首を何度か縦に振る。
「そうか。じゃあ、証明に片耳を切り取らせてもらうぞ」
「なっ、何を言って……や、やめろぉ!」
「すぐ済むさ。いくぞ……」
「くそぉ!」
サリッサが痛みを覚悟し、目をギュッとつぶった瞬間。
「やりすぎよ、テーベ。いい加減離してあげなさい」
コツン、とリーダー格の戦士……テーベ・マクハーンの頭を、赤毛の魔女がチョップした。
「シ、シスレー! いや、若いのに恐れ知らずの可愛いやつだったから、ついね!」
テーベは早口で言い訳し、あっけなくサリッサの上から身体をどかす。
シスレー・アグル・ヴァージニアは豊かな胸の谷間から、緑色の液体が入った瓶を取り出す。
「ほら、これが解毒薬よ。一息で全部飲みなさい」
サリッサは上体を起こして瓶を受け取ると、少しだけ躊躇った後、ままよと一気に瓶を傾ける。
「んぐっ……ぐっ……うぅ……ぷはっ! ひでぇ味だ!」
「良薬口に苦しって言うでしょう?」
「ふっふっふっ、それは実は猛毒で……へべぶっ!」
物騒なことを言いながら再び近づいてきたテーベを、後ろにいた女性弓手が思い切り横薙ぎに蹴る。
「いい加減にしろや! 話が進まんやろがい!」
「すまんな、嬢ちゃん。うちのリーダーはちょっと人格が破綻してるんだ。怖がらせたお詫びに、飯奢るからよぉ!」
巨体の戦士はそう言ってにこやかに笑うと、「俺たちは先に行ってるぜ!」とリーダーの死骸を回収して、弓手と共にその場を去っていく。
「……なんだこいつら」
「あの……大丈夫ですか?」
一筋縄じゃ行かない変わり者たちだが、根っから悪い奴らでもなさそうだ。
サリッサがそう思いながら立ち上がろうとすると、おそるおそると言った感じで金髪の少女が手を差し伸べてきた。
「ああ、大丈夫……あんたは、他の奴らと何か違うな」
サリッサはその手は取らずに立ち上がると、身体のヨゴレを手で払いつつ少女を観察する。
「私は冒険者じゃないから……あっ、クレアです。クレア・ザクセン」
「あたしはサリッサ。それじゃ、お店に……」
「あっ、待ってください……えっと、先に私たちの宿へ行きましょう」
「ん? なんでそんなこと……」
「だって、あの……」
クレアはものすごくすまなそうな顔で、サリッサの股間の辺りを見つめた。
「えっ……うぉぉぉ!?」
サリッサは自分の下半身を見下ろし、そこがびしょびしょに濡れているのに気が付いて飛び跳ねる。
「お着替え、ありますから」
「……頼むわ」
未知の武術で生殺与奪の権を握られたせいか、あるいは毒の副作用か。
とにかく、しょんべんをちびっていたのは、サリッサの方だった。
気まずい雰囲気でクレアの後に続いて歩き出すサリッサ。
そんな二人の後を、ねっとりとした笑顔を浮かべたシスレーがついていくのだった。
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