私は顔面が良すぎる ~顔が良すぎて勇者パーティーを追放されたコミュ障少女、魔術女学園でがんばって青春を送る~
第94話:魔女と戦士の縁1/3 幸福な朝と妖しい遭遇(side:"大戦斧"サリッサ・ザクセン)
第94話:魔女と戦士の縁1/3 幸福な朝と妖しい遭遇(side:"大戦斧"サリッサ・ザクセン)
「ふっ、あ~あぁ……良く寝たぁ……」
まだ朝日も射し込まない時間に、"大戦斧"サリッサ・ザクセンは目を覚ました。
「……クレアの奴、やけに早起きだな」
ベッドの隣に空いた一人分の空間に触れると、愛しい妻の体温がまだかすかに残っていた。
サリッサは身体を起こしてベッドから下りると、カーテンを開けて、朝日を背に佇む聖城ダルクを望む。
「チビ達はまだ寝てるようだし……今のうちに準備しとくか!」
サリッサは愛用の大戦斧を持って中庭に出ると、寝間着と下着を脱いで洗濯物の籠に入れる。
そして、着替えをベンチに畳んで置いたら、肩を回しながら庭の真ん中にある井戸へと赴く。
「くぅ~、これだよこれぇ!」
サリッサはポンプを操作して新鮮な水を桶に汲み出し、何度も頭からかぶる。
四月とはいえ早朝はまだ寒く、普通の人間であれば凍えてしまうところだが、サリッサは違う。
元A級冒険者として修羅場をくぐってきたその肉体はいまだ健在であり、むしろ冷水の刺激によってより一層
「せいっ! はっ! せいやぁっ!」
水浴びを済ませたサリッサは、全裸のままで大戦斧を振るう。
盾破壊の横薙ぎから、岩砕きの振り下ろし、逆袈裟で切り返し、不意をついた石突での刺突。
成人男性二人分は優にある超巨大な大戦斧を、まるで手斧のように軽々と扱い、サリッサは仮想戦闘を遂行していく。
「……ふぅ。こんなもんか」
そして、三千人の仮想敵を
もう一度、今度は汗を落とすようにやや入念に水を浴び、サリッサは下着を身に着ける。
「クレアの選ぶ下着は、やっぱどれもセンスいいな……」
今日の下着は、サリッサのトレードマークでもある赤い髪色に合わせた紅赤の上下だ。
ゴージャスな薔薇の刺繍が施されており、サリッサの豪快な印象によくマッチしている。
「よしっ、チビ達を起こしに行くか!」
着替えのシャツに袖を通し、スラックスを穿いたら、サリッサは大戦斧と洗濯物を手に家の中へと引き上げる。
邸宅は、上空から見ると「回」の形をしている二階建ての石造りで、通りに面した南側が薬局になっている。
サリッサとクレアの寝室は西側の一階にあり、二階が子どもたちの部屋となっていた。
東側はまるごと薬の材料の保管庫や研究室であり、北側には来賓室や水回りがまとめてあった。
「あっ、サリッサ。ちょうどよかった、運ぶのを手伝ってくれますか?」
二階への階段を上がろうとしていたところで、外から帰ってきたクレアが薬局部分から顔を出してきた。
森に薬草を取りに行っていたのだろう、上下ともに紺色の作業着を着ており、長い金髪はタオルでまとめられている。
「おはよう、クレア。どれ運べばいい?」
クレアを見た瞬間、サリッサの心はぱぁーっと朝日が差してくるような、爽快な気分に満たされた。
クレアの方も、サリッサの表情が一気に明るくなったのを見て、嬉しそうに微笑む。
「そっちの籠を二つ、倉庫に持っていってください。デリケートな花だから、日光には当てないようにしてくださいね」
「分かった、これだな……あっ、そうだクレア」
百八十五センチメルケルという、男性と比べても高い身長を誇るサリッサに対して、クレアは童顔で身長も百五十二センチメルケルしかない。
故に二人が顔を合わせると、自動的にクレアが見上げる形になる。
「なんですか、サリッ――ンンッ!」
サリッサは、クレアが顎を上げたのを見計らい、不意打ち気味に唇を重ねた。
「っは……へへっ、おはようのちゅーだよ」
「サ、サリッサ!」
クレアの唇は、汗をかいた影響もあってか少ししょっぱかった。
しかし、サリッサにとってはその塩気も、クレアのものだと思えば途端に甘く感じる。
「今朝は起きた時、もうクレアはいなかったからな」
「もうっ、不意打ちなんてズルい……でも、今日に関しては不問にしてあげますけど!」
クレアは頬を赤くしながらサリッサから目を逸らす。
サリッサはその様子にピンときて、にやぁ~っと笑ってクレアに顔を近づける。
「さては……あたしが寝てる間にちゅーしたな?」
図星だったのだろう、クレアはビクンと身体を震わせ、目を左右に泳がせた後、上目遣いでサリッサを見る。
「……そ、そうですよ。嫌だった、ですか?」
「いいや、最高だ」
妻の可愛すぎる仕草に、サリッサは今すぐこの場でクレアを抱きたくなってしまう。
クレアの方も、サリッサの顔を見て妻が何を思っているのか察したのだろう。
何か言葉を発しかけ、しかし何も言わないで唇をすぼめる。
「「……」」
二人の間に、何とも言えない甘い空気が漂う。
「お母さ~ん?」
と、そこに聞こえてきたのは、長女のシャルルの寝ぼけた声だった。
そのまま半覚醒でベッドから出たようで、天井がぎしりと音を立てる。
「……あたしはこれ置いて、チビ達を着替えさせるよ」
「……お願いします。コルコル鳥の卵が手に入ったから、今日の朝ご飯は豪華ですよ!」
「やった!」
二人は熱い視線を交わすと、それぞれのやるべき仕事に舞い戻る。
朝はまだ始まったばかり。
家事をこなしながら、三人の子どもたちに幼年塾の支度をさせつつ、薬局の開店準備やギルドの仕事の準備も並行してやらなくてはならない。
「……続きはまた、夜にでも」
背中にかけられたクレアの消え入りそうな声。
サリッサは振り返らず、されど口元に幸せな笑みを浮かべて、倉庫への階段を駆け上がっていった。
「んじゃ、行ってくるわ!」
「行ってらっしゃい!」
子どもたちが乗った幼年塾の馬車を見送った後、サリッサもまた冒険者ギルドへ向かうべく家を出た。
もちろん、行ってらっしゃいのキスを交わすことも忘れなかった。
「クレアの奴、不意打ちがよっぽど悔しかったのかな。なんか唇、いつもより甘かったな……」
サリッサはぺろりと自身の唇を舐め、そこに残るクレアの味を確かめる。
「うん……やっぱりこりゃトーラス苺の甘さだ。朝食にはなかったから……こっそりリップを使ったのか」
思い返せば、開店準備をしている時のクレアの唇は妙に艶っぽかったような気がする。
もっと気の利く人間だったらその場で褒めていたところだろうが、冒険者生活の長かったサリッサには、そんな甲斐性も、発想もなかった。
「帰ったらちゃんと褒めねえとだな……」
身長こそサリッサが三十二センチメルケルも高いが、家内での格付けではクレアが圧倒的上位にいる。
そのくせ、なかなか自分からは「褒めてください」とか「ねぎらってください」とは言い出さない。
クレアのそういう奥ゆかしさは好きだが、粗暴な元冒険者的にはたまにめんどくさいと思うこともある。
それでも結局めんどくさいクレアもまた可愛いと思ってしまうのだから、惚れたサリッサの負けだということだろう。
「あら、サリッサじゃない」
ふと名前を呼ばれ、サリッサは声のした路地の方に顔を向ける。
「んっ、誰かあたしを……って、シス――ロザンヌさんっ!」
そして、そこにいた人物を見て驚きの声を上げる。
「久しぶりね……これから出勤?」
ロザンヌと呼ばれた女性は、艶のある長い黒髪をなびかせ、颯爽とサリッサの元へ歩いてきた。
全身を覆うフード付きのローブは濃い茶色で、下に着た魔女用の緑の戦闘服は、首元までしっかりとボタンが留められている。
ぱっちりと開かれた大きな目に、唇の薄いメイク、ハキハキとしたしゃべり方、ピンと伸びた背筋。
どう見ても、ロザンヌはどこかの国の軍隊所属の魔女に見える。
「は、はい……あたしに何か、ご用でしょうか?」
サリッサは背筋を伸ばして直立不動の姿勢を取る。
周囲を歩く通行人たちが、"大戦斧"の珍しい態度に何事かと驚きつつ通り過ぎていく。
「そんなに固くならないで。私もギルドに呼ばれているの。そこまで一緒に行きましょう」
「分かりました。では、路地ルートで行きましょう」
路地ルートとは、大通りを避けて人気のない路地だけを使うという意味の言葉だ。
これが通じるのは一部の冒険者のみであり、サリッサが口にしたのは念のための確認も兼ねていた。
「いいわ。"風纏"」
ロザンヌはこくんと頷き、二人の周囲に防音効果のある魔術を発動した。
そして、サリッサの腕を取って人気のない路地へと入っていく。
「ちゃんと鍛えているようねぇ。筋肉のバランスが美しいわぁ……」
ロザンヌはサリッサの太い腕に
その口調は先程までの軍人めいたものとはまったく異なり、その声は蜂蜜のように
甘いニオイがどこからか漂ってきて、サリッサの理性を狂わせようと脳髄に染み渡っていく。
「ねぇ、どうかしら。ここから二人で……ねっ?」
このままこの人と宿屋にでもしゃれ込めば、めくるめく快楽が待っている。
若かりし頃のように、すべてを放棄して目の前の女体に溺れるのだって、たまには悪くないだろう。
(悪くない……そう、悪くは……――)
「続きはまた、夜にでも……」
「――ッ!」
理性がぐらりと傾きかけた瞬間、サリッサの脳内に響いて来たのは愛しい妻の声だった。
恥じらいと期待が込められたクレアの言葉が、サリッサを正気に引き戻す。
「――あのっ、ロザ……シスレーさん! お褒めの言葉は嬉しいですが、あたしには妻がいるので! 他の誰とも、寝る気はありません!」
サリッサは大きく腕を振って、ロザンヌ改めシスレーの腕を振り払った。
そして、斜め四十五度に頭を下げて、はっきりと断わりを告げる。
そんなサリッサの誠実な姿を目にして、シスレーは心底嬉しそうににやぁっと笑った。
「そうだったわねぇ……クレアちゃんはお元気かしらぁ?」
シスレーは、しゃべり方はそのままに、姿勢だけ再び軍人風のものに戻す。
「そりゃもう元気です。今日も朝から薬草を取りに森へ行っていたんですよ」
サリッサは顔を上げ、いたって普通な態度で答えを返す。
しかし、その心臓は今にも破れんばかりに鳴っており、背中は大粒の汗によってぐっしょり濡れてしまっていた。
(シスレーさん……相変わらずの手癖だな)
シスレーには昔から、ああして「自分がかつて繋いだ他人たちの愛の存続」を確かめる悪癖がある。
いわく、「揺るがない愛を信じたいの」だそうだが、当事者であるサリッサにとっては大迷惑だ。
とはいえ、サリッサとクレアはシスレーに大きな恩があるため、この程度の代償ならば可愛いものだった。
「あらぁ、今もちゃんと自分の目で見つけているのねぇ。三年前に教えた通り、クレアちゃんえらいわぁ」
シスレーは嬉しそうに笑い、サリッサを伴って歩き出す。
教えた、というのは言葉通りの意味で、薬局を開店する準備の段階で、クレアはシスレーから薬草の取り方などをレクチャーされていたのだ。
ちなみにその際には開店資金の援助や仕入れルートの確保、品ぞろえの面でも有益な助言をたくさん得ていた。
これもサリッサたちがシスレーから受けた大きな恩の一部であった。
「おかげさまで、お店の方も繁盛しています」
「噂は聞いているわよぉ。クレアの魔術薬局店……私としても鼻が高いわぁ」
「三人のチビ達も楽しい盛りのようで……長女のシャルルはもう七歳になるんですよ」
「もう、そんなに? じゃあ、おねしょは治ったかしら」
「はい、今では弟と妹のお風呂も世話してくれてます」
「まあ……出会った時の、あなたとクレアみたいねぇ?」
シスレーがにちゃぁっと厭らしい笑みを浮かべる。
「……勘弁してください」
途端、サリッサの脳裏にシスレーたち一行と出会った二十年前の光景が浮かんでくる。
当時のサリッサは十五歳のクソガキで、シスレーたちは名うての冒険者だった。
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