第93話:勇者の御業(side:イザヤ)

(ちっ……ここに"死領域"がいてくれたらな!)


 荒れ狂う三体の超大型魔術人形が放つ光線を避けながら、イザヤは露骨に舌打ちする。

 眼前ではゼゴラゴスが超大型魔術人形の一体と拳を打ち合わせており、周囲ではオラクルが無限に湧いてくる小型魔術人形と斬り結んでいる。


「ちっ、この技でも通らないか! アン、個別ヒールを頼む!」


 超大型魔術人形一体と、その取り巻きの小型をすべて一人で相手している勇者アイザック。

 普段は決して崩れない精悍な顔つきが、今は焦りによって歪んでいる。


「せ、"聖快復"!」


 アン王女のヒールによって勇者の体表の傷がみるみるうちにふさがっていく。

 しかし、身体の芯に蓄積された疲労ばかりはどうにもならない。


「勇者殿であっても苦戦するか……ぬぅ!」


「人形は爆破してもつまらないですねぇ」


 新人のトーマスとコーラルもまた、超大型魔術人形と小型魔術人形を相手にして突破口を見い出せずにいる。


「数も厄介だが、こいつら、硬すぎんだよ!」


 イザヤはアン王女に向かってくる小型を一体蹴とばしながら、やけくそ気味に叫ぶ。

 人間と蜘蛛を合わせたような姿の超大型魔術人形と、両手が刃となっている人型の小型魔術人形。

 それらの素材は伝説級のガルシアン=ダマスカス鋼で出来ており、勇者の聖剣であっても容易には断ち切れない。

 加えて、超大型魔術人形は六属性の光線を一定時間ごとに足から放つわ、小型魔術人形は倒しても倒しても湧いてくるわで、勇者パーティーはじりじりと押されていた。


「アン、全体に脈動回復だ!」


「やってるわよ!」


 勇者の指示に従って光属性の回復魔術を連発しているアン王女は、今にも気絶しそうなほど魔力の枯渇が激しい。

 S級の戦場は、本来C級のアン王女にとってはあまりに分不相応なのだ。


「やべぇな……」


 アン王女を守りつつ、全体をサポートするのがイザヤの役目だ。

 しかし、魔術人形にはイザヤお得意の毒が効かないため、どうしても苦手な肉弾戦をせざるを得ない。

 それでも何とか小型をアン王女に近づかせないでいられるのは、オラクルとコーラルが隙を見て手助けしてくれているからだ。

 その分、二人とも魔力と体力を多く消耗している。


「守りがあれば……ッ」


 "死領域"がいたならば、イザヤがアン王女を守らずとも結界があった。

 小うるさい小型たちだって、広範囲の領域によるデバフで弱体化させられただろう。

 それならば、アン王女の貧弱な魔術でも、回復は十分回っていたはずだ。

 だが、いくら頼ろうにも"死領域"はもうこの世にいない。


「私が代わろう! イザヤ殿、前を頼んだ!」


 今にも気絶しそうなアン王女を見かね、トーマスが快復役を買って出た。

 特大の一撃で超大型魔術人形をノックバックさせ、後衛のポジションに走ってくる。


「早く戻ってくださいよっ!」


 ターゲッティングがまだ前衛にあるうちに、イザヤは素早く超大型魔術人形の前に滑り込む。


「うわぁ、でっけぇ……っ」


 のけ反っていた巨体が姿勢を取り戻し、頭部にある六つの赤い目がギロリとイザヤを捉えた。

 次の瞬間、刃になった両手と、八本の鋭い脚がイザヤを潰さんと迫りくる。


「避けるっ、だけでっ、精一杯かっ!」


 凄まじい速度と圧力だが、イザヤにとっては大したことない。

 だが、カウンターに短刀の一撃を見舞っても、ガルシアン=ダマスカス鋼には傷一つつかない。

 このまま戦いを続ければ、いつか生身であるイザヤの体力が先に尽きてしまうだろう。


「……あれしかないか」


 じり貧の戦場を見かねて勇者アイザックが小さくつぶやく。

 そして、聖剣の一撃で超大型魔術人形をノックバックさせると大声で叫ぶ。


「コーラル! 一分でいい、こいつらのタゲ取りを頼めるか!」


「承知いたしました! 行きますよ……"連鎖爆裂・フォルティッシモ"!」


 勇者が下がったのに合わせて、コーラルが特級魔術を発動する。

 すると、勇者が相手にしていた小型魔術人形が次々と爆発し、その破片が当たった超大型魔術人形もまた盛大に爆ぜる。


「"聖なる光よ、神のまにまに、祝福の音は朗々と響く……"」


 勇者は戦場のど真ん中で剣を鞘にしまい、粛々と詠唱を始める。

 膨大な魔力が渦を巻き始め、勇者の全身が淡い輝きを放つ。


「"勇者の御業"か……よし、私もそれに賭けようではないか!」


 快復役に徹していたトーマスが剣を抜き、イザヤの支援に向かってくる。

 それまでコーラルが相手にしていた小型魔術人形に斬りかかってそのターゲットを奪い、魔術を放って超大型のターゲットも一人で獲得する。


「イザヤ殿はアン王女を!」


「合点!」


 遠距離型のコーラルと、近距離型のトーマスでは、超大型小型同時には、そう長く相手できないだろう。

 オラクルとゼゴラゴスもまた、自身と勇者アイザックを守るので精いっぱい。

 となれば、コーラルが離れた隙にアン王女に向かった数体の小型魔術人形は、イザヤが相手するしかない。


「ひっ、ひぃ……来ないでぇ!」


 魔力がほぼ切れたアン王女は、情けない声を上げながら尻もちをつく。

 身体に力が入らないのか、腰の剣を抜くことすらできていない。

 小型魔術人形は無感情に刃を振り上げ、アン王女に向かって振り下ろす。


「いやぁぁぁ!」


「……っと、間に合った!」


 間一髪、イザヤが魔術人形の刃を受け止め、その身体を蹴とばした。


「お、遅いわよイザヤ! 死ぬところだったでしょ!」


「すんません」


 ヒステリックに泣き叫ぶアン王女を軽く受け流し、イザヤは魔術人形たちの刃を躱しつつ、その胴体を次々と蹴とばしていく。

 イザヤの攻撃力では魔術人形を一撃では倒せないため、こうして時間を稼ぐしかない。


「アイザックさん、早くしてくれよ……!」


 見ればコーラルの魔術でノックバックしていた超大型が再び暴れ始めており、小型魔術人形もまた湧き始めていた。

 体術には自信なさげのコーラルは、結界を張って何とか猛攻に耐えている。

 相変わらず笑顔のままだが、その額には大粒の汗が浮かんでいた。


「ぬぅ、来るぞ! 全員その場で防御姿勢! "土流絶壁・九重層"!」


 そんな時、ゼゴラゴスの怒号が戦場に響き渡った。

 イザヤたちは一斉に魔力で全身を覆い、身を低くする。


「"……今、御業をここに、剣閃一縷アモン・エルザリグ"!」


 直後、圧倒的な力の奔流が光となって溢れ、戦場は白一色に染め上げられた。




「今回の古代遺跡遠征は大変だったのう」


 ゼゴラゴスが顎髭を撫でながら、地面にドカッと腰を下ろす。

 その周囲に転がっているのは、無数の欠片に寸断された超大型魔術人形の残骸だ。

 切断面はどれも高熱で溶けており、内部の機械回路はすべてショートしている。


「そうですねぇ……しかし、収穫も多かったのでは?」


 コーラルはそう言って、戦場の中心に置かれた焚き火に枯れ木を投げ入れる。

 本来、地中深くに眠るこの古代遺跡に、植物は苔しか生えていない。

 しかし、コーラルの持つ桁違いの容量の収納鞄には、一月分にもなる薪が常備してあった。


「金銭面は大幅な黒字ですぜ。なにせガルシアン=ダマスカス鋼の塊だ」


 イザヤは転がっている素材たちの概算を告げる。

 それは勇者パーティー全体の年間収入の半分を超える膨大な額となっていた。


「久しぶりにひりついたよ。帰ったら剣を打ち直さないとね」


 オラクルは無気力な表情で、焚火の前で双剣の刃を丁寧に研いでいる。


「それにしても、アイザック殿の力はすさまじいものだな。私はエスパスの勇者殿とも面識があるが、その御業はこれほどではなかった。思うに、アイザック殿は他の勇者と比べても別格なのではないか?」


 トーマスはイザヤが計算を終えた残骸を拾いつつ、感心したように言う。

 その瞳に宿る純粋すぎる称賛の光に、イザヤは逆に引っかかりを覚える。


(勇者の御業に心酔してんのか?)


「ぐはははは、そうであろう! アイザックは全勇者の中でも最強格だからのう! あの"天地無双"、ザクセンブルグの前勇者にも匹敵する腕前よ!」


 一方、イザヤと違ってゼゴラゴスは、トーマスの言葉をそのまま受け取り、誇らしげに笑う。

 そして、常備しているビールを取り出して豪快に飲む。 


「あれだけの力があれば、ここのようなS級ダンジョンをいくらでも制覇できそうですねぇ!」


 コーラルもまた満面の笑みを浮かべ、勇者に称賛の視線を向ける。

 こちらはトーマスと違い、打算的な表情を隠そうともしない。


「みんな、慰めの言葉はやめろ」


 しかし、勇者アイザックの一言で勝利ムードは一気に冷え込む。


「俺たち個人の力は機械人形に勝っていた。だが、物量と硬さで追い詰められた。作戦などなくとも攻略できると思っていた、俺の落ち度だ」


 アイザックは見るからに落ち込んでいた。

 勇者パーティーが結成されてから三年、こうしたギリギリの戦いは初めの一年で数度あっただけだった。

 それ以降、勇者パーティーはどんな強敵に対しても安定して勝利を収めてきた。

 故に今回も、各人がいつも通り戦えばいいと思い、事前に作戦などは立てなかったのだ。


「勇者の御業は俺にしか使えないだけで、俺の力ではない……こんなものに頼るのは、魔王戦だけでいいっ!」


 アイザックは悔しそうに唇を噛む。

 勇者の御業、すべての勇者がそれぞれ備えている絶技の固有魔術。

 それは勇者として選ばれた時からその身に宿る、魔を打ち払う神の力だと言われている。


(アイザックの落ち度、ね……)


 イザヤはチラリとアン王女の休むテントを見る。

 勇者アイザックの言葉は半分正しく、半分足りていない。

 作戦などなくとも攻略できると舐めていたのは確かにリーダーである勇者の落ち度だが、アン王女の回復がせめてA級だったなら、もっと楽に勝てていた戦いだった。

 あるいは、"死領域"がいれば。

 

(みんな思ってるけど、口には出さねぇか……)


 新人のトーマスとコーラルはともかく、ゼゴラゴスとオラクルがイザヤと同じことを考えているのは、顔を見れば分かった。

 二人とも心を隠すのは得意ではないので、明らかに表情に出てしまっている。

 そのことにアイザックが気付かないのは、彼の性格があまりにも真っ直ぐすぎるからだ。

 勇者は万能にして最強、故に失敗を他人のせいにしてはならず、そうするという思考さえも許されない。

 それはアイザックが勇者となる際に自身に課した無意識の呪いであり、彼が勇者たる理由でもあった。


「勇者殿、確かに今回は稀に見る接戦であった。だが、内容はどうあれ、私たちは勝ったのだ。今はそれを喜ぼうではないか」


 トーマスが深い懐を感じさせる穏やかな笑みを浮かべ、アイザックの肩に優しく手を置く。


「勇者殿のおかげで、私たちは生きている。たとえ神に与えられた力であっても、それを振るう意思は勇者殿のものなのだ」


「……トーマス」


 元聖職者らしい真摯な言葉に、アイザックの表情が少しだけ和らぐ。

 ゼゴラゴスも、コーラルも、オラクルでさえも、トーマスの言葉に胸を打たれたようで、温かな笑みを浮かべている。


(……どういうわけだ?)


 しかし、イザヤだけはトーマスのことをどうにも信用できないでいた。

 初任務時の振る舞いと言い、今回のアイザックへの言葉といい、トーマスは聖騎士に相応しい人格者だ。

 イザヤが見る限り、その態度に含みはなく、純粋に仲間のことを心配しているように見える。

 だからこそ、教会最大の罰である破門を宣告された理由が分からない。

 異端者としての違和感が全くないということ、それ自体がイザヤにとっては違和感になっていた。


(今のところ害はないが……下調べはしておくか)


 巷で囁かれている「城塞一つを闇魔術の実験場にした」というウワサの審議も含め、イザヤは徹底的にトーマスの過去を洗うことに決めた。

 その上で、トーマスの現状を注視しておくのだ。

 もしもトーマスが過去を反省しているのだと分かれば、それはそれでパーティーにとってプラスに働く。

 何か良からぬたくらみを隠しているのだとしても、過去を把握しておけば事前に対処できるだろう。


「みんな、ありがとう少し楽になったよ。俺もまだまだだな……」


 アイザックは仲間たちを見渡して礼を言う。

 そして、収納鞄から一枚の報告書を取り出した。


「これはクエスト前にギルド長から渡されたものだが……ラ・ピュセルの冒険者ギルドで盗みがあった。国家機密級、あるいはそれ以上の代物が消えたとのことだ」


「国家機密級ですかい?」


「ああ。噂によれば魔王関連らしい」


 魔王関連、と聞いてメンバー全員が顔色を変える。

 イザヤとゼゴラゴスとオラクルは険しい顔つきとなり、トーマスは興味深げにこめかみに手を当て、コーラルは嬉しそうに口元を歪ませる。


「それだけじゃない。その代物が消えてから、オルレイアの流浪街で悪魔を見かけたという報告が相次いでいる」


 悪魔とは魔族の中でも特に強力な魔術を操る種族で、魔王直属の部下たちだった。

 そのほとんどは魔王と共に滅びたはずだが、近年再び姿を現しているとの情報もあった。


「悪魔……それは放ってはおけぬな」


 元聖騎士のサガなのか、トーマスはやや前のめりになって言う。


「ああ、魔王復活のウワサもある今、この手の不穏な動きは潰しておきたい。そこで、俺たちに来てほしいとのことだ」


「ちょっと待ってよ。次のクエストは北方の亜人迷宮って決めただろ? たくさん斬れるって楽しみにしてたんだけど?」


 オラクルが不服そうに頬を膨らませる。

 亜人迷宮とは、オークやゴブリンなど人型の魔獣が巣食うダンジョンの総称だ。

 北方のものは大雪山の地下にあり、近年湧いて出てくる魔獣たちが周辺地域に大きな被害を出している。


「私もいるかどうか不確かな悪魔より、亜人迷宮の方がいいですねぇ……あぁ、逃げ場のない地下の爆破はゾクゾクします!」


 コーラルは自身の身体を抱くようなポーズで、恍惚とした表情を浮かべる。


「わしはどちらでもいいが……どうする、アイザック?」


「どちらも優先度は高い……イザヤはどう思う?」


 こういう時、アイザックは意外とイザヤを頼りにする傾向にある。

 一人だけA級のイザヤだが、その計画性と情報の扱い方については、アイザックも認めるところだった。


「そうですねぇ……」


 イザヤはギルド側の思惑や情報の確度、パーティーメンバーの心情などを考慮して作戦を立てる。


「では、隊を二つに分けるってのはどうでしょう。北方の亜人迷宮は地下だから、ゼゴラゴスさんの土魔術は必須だ。そこに前衛のオラクルさん、後衛のコーラルさんを加えて、道案内とヒール役を現地で雇う……」


 イザヤは名前を上げたメンバーに、「どうですか?」と問うような視線を向けつつ語る。


「オルレイアの悪魔探しには情報が必要でしょうから、俺が同行します。アイザックさんとトーマスさんは戦闘に備えて来ていただき、アン王女にも貴族経由で探りを入れてもらいましょう」


「筋は通っているが……亜人迷宮は三人で大丈夫か?」


 アイザックに問われ、ゼゴラゴスたちは大仰に頷く。


「ぐはははは、地下でドワーフに敵う者はおらんよ!」


「あそこはS級だけど、数の多さ故だからね。むしろボクたち向けさ」


「その通り、許されるなら私一人で向かいたいくらいです!」


 三人の答えを聞いて、アイザックは「俺も異存はない」と頷いて、トーマスに目を向ける。


「私もそれで問題ない。イザヤ殿、見事な采配である」


「いえいえ……そいじゃあ、いったん王都に帰ったら改めて相談しましょう」


 イザヤはへらへらと頭を下げつつ、予定を手帳に書き込んでいく。


(これでじっくりトーマスを観察できるな……それにしても、ラ・ピュセルか。アルサの奴、元気でやってるかな)


 妹がリリス魔術女学園に合格したと聞いた時、イザヤは嬉しさのあまり号泣してしまった。

 この遠征で妹に会えるかは分からないが、もしも会えたなら直接「おめでとう」を言ってやりたい。


(あいつのためにも、がんばらねぇとな……)


 ラ・ピュセルの足下であるオルレイアの流浪街に悪魔が潜んでいるのなら、妹に危害を加える前に片をつけてやる。

 イザヤは珍しく張り切り、さっそく現地での作戦を立てるのだった。

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