第91話:それぞれの四星の儀1/2 寮内探検(side:ソフィア)
ルシアが昼寝している頃、いつもの面々で集まったソフィアたちは寮内探検を開始した。
まず向かうのは、部屋から一番近いエントランスの談話室だ。
対面からの通行人も考慮して、二人ずつ横並びになって活気ある廊下を抜けていく。
「いや~、みんな一緒になれてよかったね~。ご飯も美味しいし、ボク大満足だよ~」
「見事な味付けでしたわね。基本さっぱり目で、健康にも良さそうでした」
「それに、ソレイユ・カレッジは建物も瀟洒で素敵ですよね。先輩方も優しそうですし!」
「だね! 部屋なんかメッチャ綺麗でさ、高級宿屋かって思ったもん!」
「ホンマや! ソレイユにしてくれた妖精はんの声に感謝やな!」
歩き出してさっそく、全員が口々にソレイユ・カレッジを褒めたたえる。
ソフィアが見るに、誰もが喜ぶのと同時に安堵しているようにも見える。
(これから五年間暮らす寮ですもんね……合っていないと、大変でしょうし……)
いくら妖精が個人の性質を見て寮を分けたとはいえ、寮という建物自体との相性や、料理との相性、先輩たちとの相性はまた別の話だ。
ソレイユ・カレッジの気風には馴染めても、この場所自体の空気には馴染めない可能性だってある。
その点、ソフィアをはじめ友人たちは、みなこの向日葵館の空気に馴染めているようだ。
「そう言えば、ルシア様とカーラさんでは四星の儀が違っていたとか……カーラさんは、どのような感じだったのですか?」
ふと、ソフィアは気になっていたことを思い出して尋ねてみる。
四星の儀に影響するといけないからと、ちゃんと聞いていたわけではないが、何となくルシアとカーラが話していたのが耳に入っていたのだ。
「ん、うちはシンプルやったで! 天球儀に入ると『勇気が何か、分かってる?』っていきなり聞かれたんよ!」
ミーシャと並んで先頭を行くカーラは、軽く振り返りつつ答えてくれる。
「んで、『分からん!』って答えたら、そのままソレイユになった感じやな!」
「ボクも最初の五秒で決まったんだよね~。『この子はソレイユ、決定ね!』とか言ってさ~」
「そうなのですか? にしてはやけに長かったですが……」
ソフィアが覚えている限り、ミーシャは五分くらい天球儀の中にいた。
最初の五秒で決まったのなら、どうして出てこなかったのだろうか。
「う~ん、ちょっと話してたんだよぉ~。妖精さんたちに興味持たれちゃってさ~」
ミーシャは尻尾をカーラの方に向けつつ、ソフィアに意味深な目配せをしてくる。
ソフィアはハッとして、何も気づいていない様子で「妖精はんに興味? そりゃえらいことやなぁ!」などと能天気に言うカーラを見つめる。
「すごいでしょ~。ボクってば、モテモテなんだよね~」
「おう、羨ましいこっちゃ!」
カーラの返しに、ミーシャは微妙に不満げな顔になるが、当然カーラは気づかない。
「あたしはけっこう貶されたかなぁ。分かってたことだけど、勇気も忠義も智慧も節制も足りないらしくてさ~」
今度はソフィアの隣を歩くアルサがそう言って、「ルシアも同じだったんじゃね?」と肩を竦める。
「そんなことが……」
「あー、ルシアがぜんぶ足りてないとは思えないけど……いや、あの子って優秀だけど淡白だし、美徳とか持ってない気もするな……」
アルサの言葉は、受け取り方によってはルシアを貶している風に聞こえないこともなかった。
しかし、そんな意図はもちろんないとこの場の誰もが分かっている。
それに、ルシアが「美徳とか持ってない」感じがするというのは、最もルシアを信奉するソフィアでさえも、かなり納得できるところだった。
「確かに、ルシアさんは己の美徳を守るより、目の前の現実に即して行動するタイプな気がいたしますね」
「あ~、それな~。ルシアって現実主義者で、あんまり理想を抱く感じじゃないよね~」
ルシアのまさに目の前で襲われているところを助けられたソフィアは、セシリアやミーシャの言葉にほとんどの面で同意できた。
しかし、ソフィアからするとルシアは、美徳を持ってないというより、これまで美徳を持つ必要がなかっただけのように思えるのだ。
優秀すぎるが故、ルシアは目の前の厳しい現実に対処できてしまう。
だから遠くの理想を追い求める暇もなく、周囲に期待されるままに流されて、ここまで生きて来られてしまったのではないだろうか。
それはルシアが強大な力を持つ元冒険者であり、シスレーの弟子であると知るソフィアだからこそ思い至れる答え。
(もしかしたらルシア様は、リリスでようやく、ご自身の生き方を探れるのではないでしょうか……)
それがどんなものになるのかは不明だが、ルシアが幸せになれるのなら、ソフィアも協力は惜しまないつもりだ。
そのルシアの幸せな生き方の中に、ソフィアの存在が含まれて欲しいと願ってしまうのは、恋する者の傲慢だろうか。
「あたしも現実重視タイプだからさ、ルシアの気持ちけっこう分かるんだよね~。理想じゃ飯は食えないっていうか?」
ミスをしたら死ぬかもしれない環境でスリをして生きてきたアルサが言うと、「現実」という言葉の重みが違う。
本人的には何気ない言葉だったのだろうが、鉛のような一撃がズンッと全員の会話を止めた。
「あっ……あ~、別に理想を持つのがいけないんじゃなくてね?」
「……分かっていますわ。すみません、変な反応になってしまい」
気まずそうに頭をかくアルサに、セシリアが軽く頭を下げる。
「いいってそんな! それに、みんなにはみんななりの現実があったわけだし!」
「そう言っていただけると助かりますわ」
アルサの言う通り、大貴族のセシリアにも、大商人の娘のカーラにも、王族の娘のミーシャにも、冒険者のルシアにも、そして運命に翻弄されてきたソフィアにも、それぞれの現実があった。
ただやはり、アルサの現実が一番過酷で、理想を抱けない環境であったのは間違いなかっただろう。
(私も"あの方たち"には肉体的、精神的にずいぶん苦しめられましたが、殺される心配はありませんでしたからね……)
ソフィアの場合、むしろ理想を抱くことは、過去を思い出すのと同じく、一つの心の救済であった。
現実から目を背ける手段こそが理想への邁進であり、過酷な境遇を生きるための術だったのだ。
現実を見つめ続けてきたアルサとは、だからある意味で正反対だったと言える。
「うん……それでまあ、話逸れちゃったけど、あたしの四星の儀ね。ぜんぶないってことで、『逆にどれが身についたら一番いいか』って話になって、結論が勇気だったってわけよ!」
アルサは明るく言ってニヤリと笑うと、妖精たちそっくりの声で掛け合いを再現してみせる。
「『節制はそもそも身につかないよ、智慧があっても悪に染まるね、忠義があってもすぐに裏切る、勇気があればまだましかもね!』っと、こんな感じで……あれ、みんなどうしたの?」
アルサのモノマネは、本物とまったく聴き分けが付かないほどの完成度を誇っていた。
ソフィアたちは驚愕の表情でアルサを見つめるが、当の本人だけはあっけらかんとしている。
「いえ……アルサさん、その特技はどこで?」
セシリアに問われ、アルサは喉元を軽く押さえる。
「声帯模写? これは裏路地で生きるために自然とね~。ちょっと声真似して誘い込んだり、出し抜いたり、『けっこう便利なんですの!』」
アルサは最後、おかしそうに笑いながらセシリアの声真似をする。
そのクオリティはまさに異能、ソフィアの耳にはセシリアの声とまったく同じに聞こえた。
「はぁ……その完成度は『ちょっと声真似』なんてレベルを超えていますわ!」
セシリアは呆れを通り越してむしろ怒り、その場で立ち止まると、声帯模写の有用さを語って聞かせる。
「完璧に近い声真似ができれば、顔を隠した密会時や、教会での懺悔で他人を騙れるじゃありませんの。貴族や商人の世界でこの手腕を使えば、政敵の悪評を流したり、ありもしない取引をでっちあげたり、秘密の情報を引き出せたりできてしまいます! アルサさん、あなたの特技は危険すぎますわ!」
ソフィアも貴族の端くれとして、セシリアの言わんとすることは大いに理解できた。
大国と小国が入り乱れる複雑な世界においては、情報を制する者こそが勝者となる。
アルサの声帯模写という特技は、貴族や商人にとって喉から手が出るほど欲しいものなのだ。
「あー……そう言われるとけっこうヤバく思えてきたかも。でも、そんなにクオリティ高いかな?」
まだ分かり切っていない様子のアルサは、喉を押さえて首をかしげる。
「高いです、高すぎます。いいですか、わたくしたち以外にはその特技のことは言わないように! それから、声真似をする時はわたくしの許可を取るように!」
「え~、めんどい……」
「いいから、約束してくださいまし!」
セシリアの頑なな説得に、アルサはしぶしぶ「分かったから睨まないでよ~!」と手を差し出す。
二人はガシッと握手を交わし、ソフィアたちもそれを見届けた。
(ルシア様がすごすぎて忘れていましたが、アルサさんも相当に尖ったお方なのですよね……)
下層階級出身、ほぼ独学でリリス合格、スリをはじめ様々な技能。
育ちがいい子ばかりのリリスにおいて、アルサはルシアと同じくらい異端の存在なのだ。
とはいえ、アルサが良い子であることは変わりないため、ソフィアとしてはむしろ変わった友人ができて嬉しいと思う。
「まったく、危ない所でしたわ! 他にも何か危険な特技を隠しては……」
「な、ないってば! もうっ、あたしのことはいいじゃん! セシリアこそ、寮分けはどうだったの?」
これ以上追及されてはたまらないと言った顔で、アルサは先頭に立って談話室に入りつつ、四星の儀に話題を戻す。
「わたくしですか? そうですね……いたってシンプルだったと思いますわ」
セシリアはやや恥ずかしそうな表情で、自分の四星の儀を語り出す。
「例の空間に行って、星々が歌ったのです。『勇気はあるね、節制できるね、智慧も回るね、忠義も強いね』……などと」
その言葉に、全員が「あ~」と納得した顔をする。
セシリア以外の誰かが言えば、それは自慢で、厭味に聞こえていただろうが、セシリアならば何もおかしなことではない。
「……それでわたくし、思ったのです。これは全寮に当てはまらないからこそ、どこの寮にでも入れる状況なのではないかと!」
セシリアはカッと目を見開き、両手を大げさに広げて見せる。
「だからわたくしは願いました。ソレイユに入れてくださいと……わたくしは、みなさんと同じ寮になりたかった! あぁ、こうして告げるのは勇気がいりますが……わたくしはずっと、みなさんのようなお友達がほしかったのです!」
セシリアは心底真剣な表情でソフィアたちを見渡し、「だから今、本当に幸せですのよ」と微笑んだ。
向日葵の大輪が咲いたような笑顔に、四人の心は温かな気持ちで満たされる。
「あたしもみんなと出会えてよかったよ! もちろん、ルシアも含めてね!」
「ボクだって幸せだよ~!」
「うちもやで!」
「私もです! これからも、ずっとお友達でいてくださいね!」
五人は顔を見合わせ、ニコニコしながら談話室に入っていく。
「ここはえらい居心地ええなぁ!」
「ホントだね~。入寮の時はいかにもエントランスって感じだったけど、普段はこんな感じなんだ~」
赤々と燃える暖炉の周囲は二年生たちが占拠しているが、ソフィアたちのいる外縁部には、ちょくちょく一年生たちもやって来て歓談に花を咲かせている。
春先ということもありやや肌寒いが、ソファにはクッションやひざ掛けの毛布が常備されているため問題はない。
「ゲーム盤なども置いてあるんですね。飲み物を持ち寄ればほとんど喫茶室のようです!」
適当に空いているソファにみんなで腰掛け、テーブルの中身などをチェックしていく。
「壁際には蔵書もありますし、ここでほとんどの時間を過ごす方も少なくなさそうですわね。もっとも、夏の暑さがどうかまでは分かりませんが……」
「ここ窓少ないもんね~。玄関開けっぱなしにしても、風が通る先がなさそうだし……」
「そん時は別の涼しい場所探そうや! んで、話は四星の儀に戻るけど……ソフィアはどないやったん?」
「私もセシリアさんと似ています。もっとも、美徳は足りていませんでしたが……」
カーラに問われ、ソフィアは妖精たちとのやり取りを思い出す。
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