第89話:顔が良すぎて学園中から狙われています

「私を、呼んだのは、誰?」


 開け放たれたドアから室内に入ると、中庭との明るさの違いに一瞬視力が奪われた。

 ぱちぱちと何度か瞬きをして、ゆっくりと目を開ける。


「突然すまないわね。ちょっと、つらそうに見えたから」


 そう、優しく話しかけてくるのは、階段を背にして立つ一人の先輩。

 ふんわりとした金髪を側頭部で編み込み、小柄ながら抜群のプロポーションを誇っている人。

 優しそうな微笑を浮かべ、金色の瞳で私を見つめるその顔には見覚えがあり……。


「えっ、シルフィーユ、先輩……?」


 まさかの生徒総代の登場に、私はびっくりして思わずのけ反る。


「はじめまして、ルシアちゃん。驚かせてしまったかしら?」


「い、いえ……はい……」


 素直に答えると、シルフィーユ先輩はニコリと笑って手を差し出してくる。

 私がエルグランド出身とみて、エルグランド式の挨拶をしてくれているのだ。


(さすがは大貴族……)


 細やかな気配りに感心しつつ、私はその手を握り返す。

 すべすべとした肌の感触とは裏腹に、特定の箇所にはしっかりと硬い剣ダコがあった。

 さすがは武闘派、魔術だけでなく剣でも一流なのだろう。

 先輩もまた、握手を通して私の手から戦闘スタイルを読み取っているはずだ。


「……シルフィーユ先輩?」


 観察も済んで、もういいだろうと、私は握られた手を離そうとする。

 しかし、どういうわけかシルフィーユ先輩は動かない。

 握力で敵うはずもない私は、上目遣いで先輩を見る。


「あ、あの、離し……って、え?」


 その表情は笑顔のまま、瞳には私が映っていて、呼吸は……停止していた。


「シルフィーユ先輩!」


「……ッ!」


 ヤバい気絶の仕方をしていると気づいて、私は大声を出しながら、空いている手で先輩の肩を揺すった。


「わ、わた、くし……っ、すぅー……ふぅー……はぁ、はぁ……っ」


 我に返ったシルフィーユ先輩は、まずは必死に呼吸をし、何とか意識を取り戻す。

 それから私の手を両手で握り、「すまなかったわ、ルシアさん」と頭を下げてくる。

 どうも、逆光のせいで私の顔が最初はよく見えず、時間差で直撃してしまったようだ。


「い、いえ、別に……」


 顔が良すぎて申し訳ないってことで、私もぺこりと頭を下げる。

 シルフィーユ先輩は私の手を離すと、こほんと小さく咳払いをして向き直る。

 その顔は、いまだ真っ赤に火照っている。


「改めまして……生徒総代のマリア・ヌボワ・ドナ=シルフィーユよ」


「ルシア、です」


「中庭で……見られているのは、気づいたかしら?」


「はい」


「毎年のことだけど、主席の一年生は特に先輩からの視線にさらされるのよ。私の年もそうでしたから」


 シルフィーユ先輩は「困っちゃいますよね」と苦笑いする。


「先輩も、主席だったんですか?」


「ええ、そうよ。さすがに特記事項までは、満点ではなかったけれど」


 ということは、他は満点だったってことだ。

 っていうか、なぜ私の点数を知っているんだろう。


「あんなに、見られるのは、何でですか?」


 私の顔が良いからって理由じゃ、主席が視線にさらされる理由を説明できない。

 そりゃ、今年の首席はどんな子かなって興味の視線くらいはあるだろうが、中庭で味わった雰囲気はそれどころじゃなかった。


(まるで、獲物を狙う狩人の目……)


「その理由も含めて、あなたにお伝えしたいことがあるの。よろしければ、わたくしと時計塔まで来てくれるかしら」


「……時計塔、ですか?」


 私が入っていいものかと首をかしげると、「寮長の許可があればいいのよ」とシルフィーユ先輩がふんわりとした笑顔を浮かべる。

 それは入学式の挨拶の時にも見せていた、こちらを包み込むような表情だ。

 一部の隙もない慈愛の笑み、実に貴族的な鉄仮面。

 とはいえ、赤くなった頬のせいで、入学式での頼れるお姉さんという印象は薄れ、可愛いお人形さんって感じの雰囲気になっている。


「じゃあ、行きます」


「よかった。ついてきて」


 シルフィーユ先輩は嬉しそうに微笑み、くるりと私に背を向ける。

 時計塔まで行くってことは、他の誰かに聞かれちゃまずい話をするってことだ。


(何を企んでいるんだろう……)


 そもそも、シルフィーユ先輩が私を助ける理由が思い浮かばない。

 ただの首席同士ってだけで、ここまでしてくれるものなんだろうか。

 それとも、私が後輩だから、生徒総代の先輩は気を遣ってくれるのだろうか。


(そもそも、先輩後輩っていうのも、よく分かんないんだよね……)


 今までの人生で、先達は師匠と数多の書籍だけだった。

 コミュニケーション能力が皆無だったから、後輩にあたる冒険者とも絡んだことすらない。


(まあ、なるようになるか……)


 色々と怪しいところはあるけれど、どのみち私一人じゃ視線に対して何も対処できない。

 さすがに部屋に入っていきなり襲われるってこともないだろう。

 それならば、立ち入り禁止の時計塔に入るチャンスって考えて、着いていくのが吉のはずだ。


(どうせ寮内探検してたわけだし……)


 そんなこんなで、私は先輩に続いて一階の廊下を歩いていく。

 みんなまだ荷ほどき中なのか、人の姿は見当たらない。

 角の階段を上って二階についたら、二つある談話室のうち、建物正面向きの部屋に入る。


「下の談話室は主に一、二年生が、こちらは三、四年生、壁向こうは五年生が使うことが多いのですよ」


 初めて入る二階の談話室は、背中合わせの暖炉とは反対側、建物正面側に不自然な出っ張りがあった。

 つまり、この部屋を上空から見たら「凹」という形をしていることになる。


(……また、あの空気か)


 談話室内には、十数人の三、四年生たちが寛いでいた。

 先輩が入ってきたのに気づくと、彼女たちはやや緊張したように背筋を伸ばす。

 そして、その後に入ってきた私を見て、彼女ら全員が驚きに目を見開いて固まった。


「ここが時計塔への螺旋階段です」


 一階でも味わった居心地の悪さ。

 シルフィーユ先輩は、そんな室内の空気を全く無視して出っ張りの前に立つ。

 私もその背中に隠れるようにして、そそくさと出っ張りのところに移動する。


「通常ここは、寮長と二人の副寮長だけが持つ、特別な鍵でしか開きません」


 シルフィーユ先輩は懐から銀色の鍵を取り出し、レンガとレンガの隙間をつぅーっと何度かなぞる。

 すると、ガコッと音がしてレンガに小さな鍵穴が出現した。

 鍵を挿し込んで回すと、ガコッガコッ、ズリッズリッとレンガ同士が擦れる音が続き、人が通れるアーチ状の入り口が現れる。


「さあ、ついてきてください。足元にお気を付けて」


 先輩の後に続いて、私はアーチをくぐる。

 すると、背後でレンガが再び動いて、入り口は元通りの壁となる。


(やっと、視線から逃げられた……)


 胸を撫で下ろしながら、私は螺旋階段を上っていく。

 魔術灯によって照らされてはいるものの、ひんやりとしていて全体的にうす暗い。


「ここが寮長室……通称"太陽の目"です」


 やがて、私たちは『寮長室』というプレートのかけられた、一枚の重厚な木の扉に辿り着いた。

 シルフィーユ先輩はこんこんこんと三回ノックし、ドアノブを回す。


「お邪魔するわ」


「……します」


 室内に入ると、甘い花の香りが私をふんわりと出迎えた。


「やあ、待っていたよ。そこに腰掛けて。今お茶を出すからね」


 階下の談話室と同じ形をした部屋の奥、暖炉を背にテーブルに腰掛けているのは寮長のカルメン先輩だった。

 入って右手側の壁には本棚がいくつか並んでおり、眼鏡をかけた知らない先輩が立っている。

 左手側には給湯設備があり、そっちには兎耳を生やした獣人族の先輩がいた。

 私は言われた通り、テーブル前に二つ並んでいるソファの片方に座る。

 しかし、いつまで経ってもお茶は出てこない。

 

「君たち、何ぼうっとしているんだ?」


「っ……す、すみません! 私としたことが……っ」


「あっちゃ~、私も見とれちゃってたよ! 隙だらけだったでしょう?」


 カルメン先輩の言葉で、眼鏡の先輩が九十度以上腰を折って謝罪する。

 獣人族の先輩も頭をかき、急いで紅茶を淹れてくれる。


「カルメン、責めることありませんよ。わたくしだって、最初に近くで見た時は固まっちゃったもの」


 シルフィーユ先輩はおかしそうに笑い、私の正面にあるソファに腰掛ける。


「ルシアさん、本当にお顔がよろしいから。今も……あぁ、正面から見ているのは、二秒が限度ね」


「うん、確かにね……私も、実はさっきから直視できていないんだよ」


 先輩二人は私の顔をチラチラ見ては、眩しそうに視線を逸らすってのを繰り返す。

 談話室や中庭で感じた盗み見る視線じゃなくて、オープンに見てくれるから不快ではない。


「良すぎるお顔……近くで見ると、納得ですね……」


「うん。まったく想像以上だよね~」


 他の二人の先輩も、私の顔について褒めながら、うんうんと頷く。


「私が提案するのも分かるだろう? ルシアさんの顔は良すぎるんだよ」


「カルメンの心配性ってだけじゃ、片付かないものね」


 先輩たちは四人で何やら共通認識が完成したようだ。

 しかし、私はまったくの置いてきぼり。

 紅茶を飲んでやり取りを見守っていたが、何の話をしているのかさっぱりだ。


「……あの、伝えたいことって?」


 まさか、私の顔の良さをみんなで褒めるために呼んだのではあるまい。

 しびれを切らした私は、テーブルに紅茶を置いてカルメン先輩を見つめる。


「ああ、すまない。当事者の君を差し置いてしまったね」


 カルメン先輩は肩を竦め、シルフィーユ先輩に目配せする。


「ルシアさん、あなたが先輩たちから注目されている理由は、主席だからってだけじゃないの」


「……顔、ですか?」


「それも、理由の一つに過ぎないわ……というより、主席で、顔も良いからこそ、あんなに見られてしまうのよ」


 シルフィーユ先輩が何を言おうとしているのか、私にはいまいち理解できない。

 首を傾げると、シルフィーユ先輩は真面目な表情でずいっと身を乗り出してくる。


「これから言うことはショックかもしれないけれど、よく聞いてね……」


 金色の瞳が私を見つめ、キラリと光る。

 歓待ムードはどこへやら、寮長室の空気がピンと張り詰めていく。


(ショックを受けるようなこと……もしかして、元"死領域"だってバレた?)


 最悪の事態を想像し、私もまたごくりと唾を飲む。

 死領域ってバレたのなら、そりゃ視線を向けられる理由には十分だろう。

 国外追放になった元S級冒険者がまさかの十五歳だった上、主席で、顔が良い。

 どう考えても裏があるから、探るような厭な視線も向けるってもんだ。


(でも、バレるとしたらどこから……)


 死領域=ルシアだと知っているのは、師匠とソフィアだけだ。

 ギルド長はルシアって名前は知らないけれど、顔が良いことは伝えていたから察している可能性はある。

 入国審査官のイバネス氏も、ルシアって名前は知らないけれど、死領域の顔面は一度目にしている。


(この四人だと、一番怪しいのはイバネス氏だけど……あの人は、完全に師匠の虜だったし……)


 するとギルド長だけど、私の正体を言いふらせば、他国にS級を流出させた責任でクビになるのは目に見えている。

 それに、私を裏切れば師匠がキレて殺されるってのも、ギルド長はよく分かっているだろうから、その線も薄い。

 考えれば考えるほど、人づてで私の正体がバレるってのはあり得ない気がする。


(だけど、他に何が……)


 たとえば、グリフォンに乗ってラ・ピュセルにやって来たこと。

 けれども、他にも少数だけどグリフォンは飛んでいたし、この季節は魔女見習いがたくさんやってくるから、私だけが特別目立ってはいなかったはずだ。

 せいぜい、「グリフォンに乗るなんて、随分いいとこのお嬢さんたちだな」程度の関心だろう。

 あるいは、ずっと仮面だった死領域と、私の良すぎる顔から連想したとか。


(いや、ないな……)


 S級冒険者の正体が十五歳の小娘だったなんて、常識的に考えてまずあり得ない。

 当事者である私でもない限り、S級魔女と魔女見習いを結びつけるのは、発想が飛躍しすぎだ。

 私の正体については、ミーシャがかつて探りを入れてきたように「どこかの魔女の秘蔵の弟子」って見方が、もっとも説得力があるはずだ。


「ルシアさん、あなた……」


 ああ、分からない。

 先輩は、一体何を言おうとしているのだろう。

 心臓がドキドキして、無性に喉が渇いていく。


(分からないってのが、一番怖い……)


 私の全神経が、シルフィーユ先輩の薄桃色の唇の動きに集中する。

 死領域。

 そういう音に、どうか動かないで――。


「学園中から、狙われているの」


「――……え?」


 伝えられたのは、まったく意味の分からない言葉。

 学園中から、狙われている。

 予想していたのと違いすぎて、私は思わず聞き返す。


「暗殺……って、ことですか?」


 私は一気に全身に魔力を漲らせる。

 アン王女あたりの密命で、死領域を殺してしまえってことなんだろうか。 

 もしもそうなら、今すぐこの部屋を出なくちゃまずい。

 外界から隔離された見知らぬ部屋で、四人もの手練れの魔女見習いに囲まれているんだから。


「そんなに身構えないで大丈夫よ! 暗殺なんかじゃないから!」


 シルフィーユ先輩は慌てて立ち上がり、手の平を私に向けて何もないって示してくる。

 他の先輩たちも同様に、私をなだめようと手の平をこちらへ向ける。


「……じゃあ、どういう、意味ですか?」


 私は杖に手をかけ、いつでも抜けるようにしたまま、シルフィーユ先輩を見上げる。


「シスター制度の説明は聞いたでしょう?」


「はい」


「有体に言えば、まだ妹がいない上級生たちの多くが、ルシアさんを妹にしようと狙っているのよ」


「妹に……って、え?」


 想定外の言葉の連続に、私はやや間の抜けた表情になる。

 するとなぜか、先輩たちがみんな「うっ」と眩しそうに目を細める。


「だってね、ルシアさんはお顔が良すぎるもの。その上、主席なんですから、上級生の多くが妹にしたいと思うのは自然でしょう?」


 そんなこと言われても、私はリリスに疎すぎて、自然かどうかなんて分からない。


「私を、妹にすると、何かいいこと、あるんですか?」


 そう尋ねると、「あるとも!」とカルメン先輩が答える。


「名目上、姉は妹を導くものだからね。たとえばテスト期間に勉強を教えると言って、ルシアさんの顔を独り占めできるだろう? 他にも、日常生活でルシアさんと接する機会も増える」


「本来、姉は妹を導くため、妹は姉に誇らしく思ってもらうためにがんばるものよ。あくまで、お互いを高め合うのがシスター制度の目的だから。でも、一部の姉妹は『こんなにすごい人が私の姉、妹なんだ!』って、他人にまで誇示しようとするの」


 シルフィーユ先輩は困った顔で、「リリス生としては、恥ずべきことなのだけどね」とため息をつく。

 ようするに、私は多くの先輩たちに最高級の装飾品として見られているってことだろう。

 予想していた事態とは全然違ったけれど、それはそれで……。


「……イヤだな」


「そうでしょう。だから、わたくしたちから事前に注意してねって伝えさせてもらうことにしたの。わたくしたちの方でも気を配っておくけれど、無理やり交換を迫ってきたり、魔術で操ろうとしてきたら教えてちょうだい」


 シルフィーユ先輩はいつものふんわりとした笑みを浮かべるけれど、その表情には生徒総代のすごみがあった。


「私たちも協力するからね! ソレイユ・カレッジの寮長として、君に手出しなんてさせないさ!」


 カルメン先輩に続いて、他二人の先輩もこくんと頷く。


「私、三年のジョリアー・ロウラス・ウルフィオネも協力いたします。休み時間などに何かあったら、大図書館にお越しを。匿うことが可能ですので……」


 眼鏡のウルフィオネ先輩は、また腰を九十度曲げてお辞儀をする。

 大図書館というのは、リリスにある複数の図書館の中でも一番大きなところらしい。

 師匠いわく「知の殿堂って感じだから、ルシアちゃんも気に入るわよ~」とのことだから、是非とも言ってみたい場所だ。


「四年のカルーア・ラビ・ライオネルだよ。休み時間はだいたい大運動場で走ってるから、ヤバかったら呼んで」


 獣人族のカルーア先輩は、兎耳を片方曲げてウィンクする。

 線の細いウルフィオネ先輩に比べて、カルーア先輩は引き締まった戦士然とした身体をしている。

 私を見て固まった時も「隙だらけだったでしょう?」なんて言っていたし、きっと武闘派氏族出身なんだろう。


「……あの、聞いても、いいですか?」


 四人に「守る」と言われたことはありがたいけれど、その前に重要なことを聞いておかなくちゃいけない。


「何かしら?」


「先輩たちは、妹とか、いないんですか?」


 私を守るフリをして、抜け駆けをしないとも限らない。

 獅子身中の虫を抱えるのは面倒だし、ちゃんと頼っても安全かどうか確かめておく必要があるだろう。


「私の妹は三年生にいるね! 演劇部の後輩なんだ!」


「あの、私の妹は二年生です……」


「私のとこは三年生だね」


 私の懸念を察したのだろう、三人は即答するけれど、シルフィーユ先輩だけは答えない。

 何事か考えるようなそぶりを見せてから、胸元に隠したロザリオを取り出す。

 そして、両手でキュッと握りながら、真剣な表情を私に向ける。


「わたくしに妹はいないわ。でも大丈夫。わたくしは妹を作らない。そう、お姉様に誓ったから……」


 金色の瞳は私を映しているけれど、シルフィーユ先輩は私を見てはいなかった。

 どこか遠くにいる、"お姉様"のことを映していた。


(そっか、先輩たちも、妹だった時があるんだ……)


 シルフィーユ先輩の雰囲気から、本心を告げてくれているのは伝わってきた。

 だから私は納得して、「そうなんですね」と小さく頷く。

 すると、三人の先輩たちはなぜかホッとした顔をして、シルフィーユ先輩に目をやった。

 シルフィーユ先輩は「ええ、そうなの」と、ふわんりとした微笑みを浮かべてロザリオをしまう。


「もちろん、ルシアさんが『この人と姉妹になりたい』って心から思う相手がいたら、遠慮せずに契りを交わして構わないからね」


「……はい」


 そんな相手は現れないと思うけれど。


「お話はこれでおしまい。時間を取らせて悪かったわね」


「いえ……じゃあ」


 死領域ってバレたんじゃなくてよかったけど、また面倒な案件が増えてしまった。

 重い足取りで、私は出口へと向かう。


「あなたに良い出会いがあることを願っているわ」


 背中にかけられたシルフィーユ先輩の言葉は切実で、心からの同情が感じられた。


「……失礼、します」


 私は軽く頭を下げて、寮長室を後にした。

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