第82話:四星の儀4/4 各寮の思惑
ソフィアの後、さらに数十人が四星の儀を終え、残っているのも十人ほどになってきた。
私の友達では、セシリアだけが呼ばれていない。
各寮の人数比はどこも同じくらいだから、まだあらゆる寮が門戸を開いている。
「セシリア・ヌボワ・サラ=ボラール」
「はい!」
そのタイミングで、ついにセシリアが呼ばれた。
(……ピリッてしたな、空気)
新入生も、先輩たちも、講師陣たちでさえも、セシリアの名前が呼ばれた瞬間、やたらと緊張し始める。
そして、たちまち大講堂に、呼吸さえも
これまでで、同じような雰囲気になった新入生は三人。
剣の国・ザクセンブルグ帝国の大公家長女、世界三大魔術家にしてエスパス王国魔術師団総長の一人娘、ロマーノ海洋連合国首長の長女。
誰もが伝統と実力に裏打ちされた、超一流魔術名家の娘たちだった。
(それぞれ、ドゥーベ=ポラリス、グラン=シャリオ、リュンヌだったっけ……)
まだソレイユ・カレッジだけが、このクラスの新入生を得られていない。
そのため、ソレイユ・カレッジの先輩たちが座っているところからは、とりわけ背筋がぞくぞくするような強烈なオーラが漂ってきている。
私っていう最強の顔面を持つ主席は得たけれど、家柄的には、私は家名すらない庶民にすぎない。
ミーシャをはじめ、各国の王族も何人かいるけれど、みんな小国だったり次女以下だったりで、実力も先の三人ほど高そうではない。
今後のことを考えるなら、セシリアは絶対にほしい駒なのだろう。
(……すごいな、セシリア)
そんな、各寮の思惑が入り混じったヤバすぎる空気の中を、セシリアは優雅に歩いていく。
ピンッと伸びた背筋に、堂々とした歩み、自身に満ち溢れた表情。
私だったら、絶対背中を丸めて縮こまってしまうだろうに、さすがは音に聞こえた三大魔術家・ボラール公爵家の令嬢だ。
(なんか、私じゃなくて、セシリアが主席みたい……)
会場全体からの怖いくらいの注目度と、それを受け止めるだけの度量。
セシリアに備わる王者の風格を感じて、私は主席挨拶程度で全身全霊を賭していた自分が情けなくなってくる。
(ホント私は、顔が良いだけの、小娘なんだな……)
これからの学園生活で、少しは私も人前に出るための度胸を身に着けたい。
そのためにも、セシリアには色々とコツなんかを聞いてみようと思う。
(さあ、どうなるか……)
私が尊敬の視線を送る先で、セシリアがカル=ペテロの天球儀に触れる。
青い球体の幻影が現れ、四つの星々が巡る。
見慣れた光景の中心で、セシリアは微動だにせず立っている。
(……ここまで来ると、奇跡も起こるような、そんな気がする)
外からでは、カル=ペテロの天球儀内で行われている寮分けの過程は一切分からない。
でも、予感めいたものが、私の胸には確かに灯っていた。
根拠はまったくないけれど、セシリアもソレイユ・カレッジになる気がするのだ。
「ルシア様……」
隣のソフィアが、ドキドキした顔で胸元に向日葵を抱き寄せる。
私も同じく向日葵を抱きながら、「大丈夫」とソフィアに向かって小さく頷く。
「理想の結果に、きっとなるから」
私の言葉に、こちらを向いたソフィアが「それは、どういう……」と言いかけた時。
「おぉぉおぉ!」
会場に、雷雨のような歓声が轟いた。
同時に、割れんばかりの拍手が背後からステージへと飛んでいく。
「……やっぱりね」
壇上に目を向ければ、向日葵を持って満面の笑みで手を振るセシリアの姿があった。
向日葵の花吹雪に金髪が揺れ、まるで全身から輝きを放っているみたいに見える。
ソレイユ・カレッジの先輩たちも大盛り上がりで、中には露骨に「やりましたわ!」と叫んでいる先輩までいた。
「すごいです、ルシア様、大当たり! あぁ、これで六人が同じカレッジに……ルシア様、私、合格した時よりも嬉しいかもしれません!」
「うん……そうだね」
私だって嬉しすぎて、口元が勝手に緩んでしまう。
そのことが妙に恥ずかしくて、私は思い切り拍手して誤魔化そうと試みる。
六人一緒の寮になれたこと。
これは、間違いなく私にとって、ここ数年で一番嬉しい出来事だ。
いや、人生で一番かもしれない。
(リリス合格とかは、当たり前だったし……あぁ、よかった……)
もう今日が終わったってくらい、肩の力が一気に抜ける。
身体が椅子に沈み込み、スライムみたいにトロンと溶ける。
「ルシアさん、姿勢を正しませんと!」
そんなところに帰ってきたセシリアが、笑顔で小言を投げかけてくる。
私は最初貴族式に祝おうと胸に手を当てるけれど、思い直して手を軽く顔の横辺りに掲げる。
そして、拳を作ってセシリアに真っ直ぐ向ける。
「おめでと」
「ありがとうございます。これからも、ご一緒させていただきますわね!」
セシリアはものすごく嬉しそうに微笑み、拳を作って控えめにグータッチを返してくれた。
冒険者がよくやる、信頼の動作。
セシリアだったら知っていると思っていたけど、さすがの知識量だ。
「ふふっ、こういうの、やってみたかったんですの」
「なら、良かった」
貴族らしいけど、貴族らしくない。
そんなセシリアのことが、この一連の動作で、ちょっとだけだけど分かった気がした。
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