第83話:ソレイユ・カレッジへ!

 四星の儀が終わり、そのまま祈りを捧げて入学式典自体も閉会となった。


「ソレイユ・カレッジのみんな、こちらへ!」


「リュンヌ・カレッジはこっちですよ~」


「グラン=シャリオ! こっちだ!」


「ドゥーベ=ポラリスの皆様、こちらへお集りください」


 寮長らしき人たちが、大講堂の一角に立ってそれぞれの新入生たちを呼ぶ。

 新入生たちはみな、手に各寮の花を持って、誇らしげな面持ちで寮長の元へと集まっていく。

 私もソフィアたちと一緒に、ソレイユ・カレッジの場所へと移動する。


「ごきげんよう、ソレイユ・カレッジのみんな。私は寮長のカルメン・デル=メリメビゼー。気軽にカルメンと呼んでくれ」


 カルメン先輩はスラッと背が高く、短い髪を左側に流した快活そうな女性だった。

 褐色の肌と名前からして、ロマーノ海洋連合国の出身だろう。

 力強い目元、筋の通った鼻、艶のある唇、まるでどこぞの舞台女優のような整った外見をしている。


「今からみんなをカレッジへ案内するけど、遅れないでついて来るように。迷宮区は通らないけれど、それでもリリスは広いから」


 カルメン先輩は新入生たち一人一人を見渡し、「迷子になったら、空に照明を打ち上げるように。分かった?」とおどけたように首を傾げる。

 何気ない動作だけど、どこか芝居じみていて大げさで、何て言うかすごく絵になっている。

 案の定、何人かの新入生は「きゃっ」とか「はいっ」とか、黄色い声で返事をして、カルメン先輩をぽーっと見つめる。


「それじゃ、行こうか」


 カルメン先輩はにこりと笑って、私たちに背を向けて歩き出す。

 その際、私をチラリと見て、意味深に目を細めてきた。


「ねぇ、セシリア」


「なんですか、ルシアさん?」


 歩き出しつつ、私は小声でセシリアに尋ねる。


「カルメン先輩って、舞台とか、やってる?」


「ええ。リリス演劇部の主演女優ですわ……あぁ、さっきの流し目」


 さすが、セシリアもやっぱり気づいていたんだ。


「あれって、獲物を見つけた眼」


「ですわね。演劇部へ誘いたいのでしょう。とはいえ、明日の放課後まで部活勧誘は禁止ですから。今日のところは大丈夫ですわ」


「……私、演技、超下手」


 仮面をつけた役でもない限り、表情に内心がすべて出てしまうから、演技なんてとても無理だ。

 無口だからセリフだってきっと棒読みだし、何より人前で舞台になんて立ちたくない。


「ご安心を。リリスでは強制勧誘は禁止ですから。部活には、五月いっぱいまでに入らなければなりませんが」


「そうなんだ」


「はい。時間はありますから、落ち着いてご自分に合った部活動を探すとよろしいですわ」


 それならなんとかなりそうだ。

 パーティー追放みたいな強制的な力で演劇なんてやらされた日には、私は発狂してしまうかもしれないし。


「自分に合った部活、か……」


 そういうのに無縁だったから、そもそも部活ってのがどんなものかもよく分からない。

 まあ、演劇部があるってことは、同好の士で何かをやるって感じの集まりなんだろうとは思うけど。


(魔術研究部とか、読書部とかあるのかな……話さなくていい部活……)


「ルシア様、見てくださいあのお屋敷!」


 部活について考えていたら、いつの間にか私たちは大講堂の外に出ていた。

 ソフィアが指さしたのは、大講堂に向かって左側にあるレンガ造りの建物だ。


「箒とツバメのマギカ・フラッグ……箒練習場か……」


 建物自体は小規模な貴族の邸宅って感じだけど、その背後には広大な芝生のグラウンドが広がっている。


「私、箒の授業が一番楽しみなんです。身体を動かすのも大好きですし!」


「ソフィアなら、すぐ乗れるよ」


 箒乗りに一番必要な優れた体幹を、ソフィアはすでに持っていると思う。

 剣のセンスも良かったから、すぐに優れた箒乗りになれそうだ。


「そうでしょうか……でしたら、時を見て、一緒に空中デートしましょうね」


「……遠乗りくらいなら、いいけど」


「やった! よろしくお願いしますね! ルシア様とデート!」


「デートじゃなく、遠乗りね!」


 私はデートじゃないって強調するけれど、ソフィアは聞く耳を持たない様子だ。

 デートデートと鼻歌を歌い、私の訴えを風に流す。


(むぅ……でも、箒でお出かけはしたいんだよね……)


 デートとかではなく、普通に箒でソフィアとラ・ピュセルを巡るのは楽しそうだ。

 単純にこの島のことをもっと知りたいし、浮島のダンジョンにも行ってみたい。

 あくまで、デートとかではなく!


「みんな、ちょっと聞いてくれるかな?」


 ふと、箒練習場の建物『楓雅館ふうがかん』を過ぎた辺りで、カルメン先輩が立ち止まる。

 位置関係としては、右斜め後ろに大講堂、右に『楓雅館』とグラウンド、左手に巨大な『紅梅館』といった感じだ。


「今この道はリリスのメインの通り『白泉道はくせんどう』だ。左右に並木があるし、石畳が真っ白だから分かりやすいよね」


 カルメン先輩は足をトントンとしてウィンクする。


「リリスを上空から見ると、真ん中に紅梅館があって、その周囲をこの白泉道が取り巻いている」


 つまり「回」という形になっているわけだ。


「左側、つまり紅梅館の西側は、研究者や講師陣の領域だ。みんなが主に過ごすのは右側、つまり東側の領域と、紅梅館の奥、つまり北側だ」


 リリスの敷地を縦に半分にした時、私たちは右側で生活する。

 うんうん、と頷くと、カルメン先輩は話を進める。


「白泉道は紅梅館から四方に伸びて、各魔術の専門教室に繋がっている。一方、部活棟や各カレッジ、こまごました建物なんかへは灰沼道はいしょうどうが敷かれている。道を間違えると迷宮区や惑いの森に行ってしまうから、注意するようにね。では、行こう!」


 カルメン先輩は、そして再び歩き出す。


「……間違えることなんて、あるのかな?」


 私は首をかしげて周囲を見渡す。

 確かに紅梅館は巨大だが、右手側はグラウンドなどもあって見晴らしがいい。

 並木が多少邪魔だけど、白泉道は十分に広いし、迷うわけないと思うのだけれど。

 そう思って、しばらく歩いていくと、ついに紅梅館の北端が見えてきた。


「まっすぐ行った先にあるのが魔術工学関連の『睡蓮館すいれんかん』。そこから、白泉道が左右に分かれているね。私たちは、まず右に行ってから、最初の灰沼道を左に折れ、さらに進むよ」


 レンガと金属が入り混じった『睡蓮館』は、三階建ての奇抜な建物だった。

 けれど、それどころじゃない威容が私たちの行く手に現れていた。


「これは、迷うわ……」


 分かれ道を右に曲がったところで、私も含めて何人かがため息をつく。 

 紅梅館が大きすぎたのと、単純に距離があったから並木で隠れていた、リリスの東側と北側の領域。

 そこには、大小様々な建物が軒を連ね、学園内なのに小都市みたいになっていた。

 建物は基本はレンガ造りだが、中には木造のものや土壁のものもあり、それぞれの軒先には異なるマギカ・フラッグがはためいている。


「みんなはまだ紅梅館での講義が多いけれど、二年生からはこの辺りもよく使うから慣れておいて。迷ったら、遠慮なく先輩たちに尋ねるといい!」


 カルメン先輩は驚いている私たちを見て楽しそうに笑うと、颯爽と灰沼道に足を踏み入れた。

 これまでの開放的な白泉道と違って、灰沼道の道は基本的に狭い。

 しかも、人がすれ違うのがやっとというところから、いきなり六人で横並び可能な広さになったりと、統一感がまるでない。

 建物はほとんどが三階建て以上だから空も狭く、気を付けていないとすぐに方向感覚を失ってしまいそうだ。


「なんで、こんな狭く……」


 ボソッと呟くと、ソフィアが「リリスは元々、お城でしたから」と解説してくれる。


「紅梅館は王城、聖桜館は礼拝堂、グラウンドは練兵場、この辺りは城壁内の街だったそうです。ただ、当時より建物の数は数倍になっているのですが……」


「へぇ……」


「今じゃ"混沌街"って呼ばれているんだよ~」


「"惑いの森"も、本来は狩りのための森やったって聞いたで!」


「お城だったのは、ラ・ピュセルに聖城ダルクができる以前の、ずっと昔のお話ですわね。ちなみに、西側の研究者たちの領域は圧倒的に新しく、こちらよりも整然としておりますのよ」


 みんなの解説でこのカオスの由来は分かったけれど、イメージしていたリリスの景色とあまりにも違っていてビックリする。

 世界中の魔女見習いの憧れの場であるリリス魔術女学園。

 そこはもっと整然として美しい場所だと思っていた。


「動きは優雅でも、魔女は魔女なんだな……」


 きっと、先人たちはみなぎるエゴに従って、この混沌街を作り出したんだろう。

 見栄えの美しさよりも魔女としての探求心を優先する、それは実に魔女らしい行いだ。


「さあ、あれが君たちの家となる、ソレイユ・カレッジの向日葵館ひまわりやかただ!」


 そんな混沌街をくねくねと歩くこと五分、いよいよ私たちは寮に辿り着く。


「うわぁ、素敵なおうちですね!」


 路地を出て向日葵館と対面した瞬間、ソフィアをはじめ、みんなが歓声を上げる。


「うん、すごい……」


 私もまた、眼前に現れた瀟洒しょうしゃな寮をじっくりと眺める。

 向日葵館は木とレンガを合わせた二階建てで、正面中央の時計塔だけ三階となっていた。

 ところどころにある木の柱には上品な向日葵色が塗られ、廊下と思しき回廊の窓には様々な夏の意匠がステンドグラスで表現されている。

 周囲の建物が縦長でのっぽなのに対して、向日葵館は横長でどっしりとしており、安心感があった。


「正面の扉はいつも閉まっているからね。通用口から出入りするんだ」


 カルメン先輩に続いて、私たちは向日葵館へ近づいていく。

 向日葵館のある場所は混沌街のはずれに位置するらしく、建物の背後にはうっそうと茂る森が広がっていた。

 館を覆う半分レンガの鉄柵は強固で、見た感じいくつもの魔術が付与されている。


「それじゃあ、向日葵を手に持って……"花よ、転じよ、転姿明々てんしめいめい"」


 がっちり閉じられた鉄門の前で、カルメン先輩は光属性魔術を発動する。

 すると、私たちの持つ向日葵が光を放ち、黄金色に輝く小さな鍵に姿を変えた。


「すごっ、花が鍵になっちゃった! しかも黄金塗装!」


 アルサが「ひと儲けできるじゃん」って目を輝かせて、手の内の鍵を見つめる。


「アルサさん、逆ですよ、逆。元々鍵だったのを、向日葵に見せていたのです」


「うぇぇ、マジ? あたし全然気づかなかったよ!」


 セシリアに言われて、アルサはあからさまにがっかりした態度を見せる。

 そんなやり取りを、同寮となった生徒たちは何とも言えない表情で眺めている。


(下世話な庶民と、大貴族が、なんで親しいのかって顔……) 


 普通に考えて、セシリアはソレイユ・カレッジの新入生で一番優秀かつ有名な生徒だろう。

 私とかいう無から突然現れた顔面の良すぎる主席は、例外すぎるからここでは除外しておく。

 そんなすごいセシリアと、見るからに庶民のアルサが、入学直後でこんなに親しいのは、不思議がられて当然だ。


(もしかしたら、セシリアも分かってアルサと話しているのかも……)


 大貴族のセシリアは、己の立ち居振る舞い一つが他人に与える影響をよく理解している。

 だからこそ、あえて目立つ場でアルサと話すことで、お互いの印象をコントロールしているんじゃないだろうか。

 自分のことは「庶民とも普通に接する大貴族」として親しみやすくし、アルサのことは「大貴族と親しげに会話できる人脈を持った庶民」だと格を上げた。

 こういう印象を付けることで、今後寮生たちも二人に話しかけやすくなるってわけだ。

 これから五年間も一緒に過ごす二十五人なんだから、早めに知り合っておくに越したことはない。


(アルサより、私の方が、馴染むの、大変そうだな……)


 ここまでの道中、そして今も、誰も私の顔をちゃんと見ようとしていなかった。

 チラリとでも目に入った瞬間、太陽を見てしまったみたいにすぐ目を逸らす。

 仕方ないけれど、早く私の顔の良さに慣れてもらわないと、日常生活が大変そうだ。

 私だって、腫物に触るような反応をされるのは、決して気持ちのいいものじゃない。


(私の顔に、慣れさせる作戦、考えなきゃ……)


 快適な生活を得るために、私もちょっとがんばってみよう。

 そう決意し、みんながやっているように、鉄門に彫られた錠前型の魔道具に鍵をかざす。

 すると、強固に見える鉄門に、にゅっと一人分のアーチ状の通用門が現れた。

 わざわざ鍵を挿し込まなくても、かざすだけでこうやって出入りできるのだ。


「みんな、ソレイユ・カレッジへようこそ!」


 全員が通用門をくぐったのを見届けてから、カルメン先輩が芝居じみた動きで手を広げる。

 すると何かの魔術が発動し、前庭に咲く魔木たちが黄色い花を次々に咲かせた。

 花壇の向日葵は夏でもないのに咲き誇り、灰色の芝生は緑に染まる。

 時計塔の鐘が高らかに鳴り響き、寮全体が明るい雰囲気に包まれていく。


「うぉぉぉ! テンション上がるわ!」


「すっご! 超綺麗じゃん!」


 カーラとアルサが大げさに騒ぎ、他の新入生たちも口々に歓声を上げる。


「さあ、着いて来て!」


 黄色い花びらの舞う石畳の道を、私たちは正面玄関に向かって歩いていく。

 樫の木の玄関扉は外に向かって開かれており、広いエントランスホールが見えている。

 床は落ち着いたベージュの板張りで、随所に立つ柱は温かみのあるレンガ造りだ。

 壁には寮の象徴であるライオンと向日葵が描かれたタペストリーがいくつも下げられており、額縁に入れられた絵画や高そうな花瓶に生けられた花々なども目に入ってくる。


「なんか、貴族の家っぽいね~」


「そうですわね。何ヵ国かの様式が混ざっているように見受けられますわ」


 エントランスに入ると、生徒たちはゆったりと横に広がった。

 ホールの中にはいくつかのソファとテーブルが置かれており、正面奥の壁には赤々と火を灯す大きな暖炉が備わっている。

 左右の壁には扉があり、暖炉の左右にも扉があった。


「見ての通り、ここは誰でもくつろげる部屋だ。ここの二階にも、このような談話室が二つ、設けられている」


 カルメン先輩は天井を指さしてから、暖炉の隣の扉を開ける。


「こっちは食堂。食事はすべてここで取る。地下には厨房があって、専属の料理人たちが働いている。ただし、厨房に入るには料理人たちの許可がいるから気を付けて」


 食堂はエントランスホールと同じ広さの空間で、両サイドから腰かけるタイプの長机が五つ並んでいた。

 おそらくそれは学年別に分かれているのだろう。

 奥の壁にはエントランスとは別の暖炉があり、そこにも火が灯っていた。

 エントランスの暖炉の壁裏も、火こそないけれど暖炉の熱を反射してくるから、食堂内はかなり温かい。


「料理人……?」


「ええ、各寮にはそれぞれ契約した料理人がいるそうです。ソレイユ・カレッジの料理人が何者かは存じませんが……」


 私の疑問にソフィアが答えつつ、知っていそうなセシリアに目を向ける。


「……わたくしにも、知らないことはありますわ」


「セシリアが知らないんじゃ誰も知らないじゃん~。ボク、料理が一番楽しみなんだけどなぁ~」


「まあまあ、未知の料理やって、逆に楽しみやろ? とんでもなく美味しいかもしれんで!」


 カーラにポンと肩を叩かれ、ミーシャは「それはそうだけど~」とやや不満げにネコミミを曲げた。


「君たちを部屋に送る前に、まずは寮全体の話をしておこう!」


 食堂を大体見て回ったところで、カルメン先輩が再び談話室に私たちを呼び集める。

 そして、壁に貼ってある大きな見取り図の前に立つ。


「見ての通り、この南館には談話室と食堂がある。三階の時計塔には寮長と副寮長しか入れないから、ひとまず君たちには関係ない」


 見取り図によると、ソレイユ・カレッジは中庭を囲むようにして「口」の形をしており、森側に二つの離れがあった。

 私たちがいる正面の南館は大きな部屋が集まっている、いわば共有スペースとなっていた。


「今年は東館の一階が一年生、二階が二年生の部屋だ。同様に、西館一階が三年生、二階が四年生となっている。五年生は奥の北館の二階で、一階には芸術室と実験室がある。階段と水回りは、各館の四隅にあるよ!」


 今年は、というのは、つまり来年は今の五年生の部屋に一年生が入ってくるという意味だ。


「北西の離れが大浴場で、北東のは魔術練習場だ。惑いの森との境界には、美しいひまわり畑が広がっているよ。夏は素晴らしい景色になるから、楽しみにしていてくれ!」


 カルメン先輩はニッコリ笑うと、胸元から折りたたまれた紙片を取り出した。


「それじゃあ今から、ルームメイトを発表するよ!」

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