第81話:四星の儀3/4 素直な気持ち

 席に戻ると、さっそくソフィアが「おめでとうございます!」と声をかけてきた。


「ありがと……カル=ペテロの天球儀、かなり不快だった……」


「えっ、そうなのですか? 具体的にはどのように……」


「それは……やってみての、お楽しみ」


 妖精たちについて教えようとして、私は思いとどまる。

 ここでネタバレしたら、ソフィアの寮分けに何か影響があるかもしれない。


「では、気を付けてだけおきますね……」


 不快だったと感想を述べただけのつもりが、何やら不安にさせてしまったようだ。

 私は「ソフィアなら、大丈夫」とフォローして、ステージに視線を戻す。


「カーラ・ソヴリン」


「はい!」


 何と、次に呼ばれたのはカーラだった。

 緊張しているのか、右手と左手を同時に出しながら壇上へと上がる。


(カーラは商人だし、リュンヌかな……でも、ソレイユに来てくれたら、嬉しけど……)


 そんなことを思いつつ、カル=ペテロの天球儀に手をかざすカーラを見守る。


「おわっ!」


 魔力を吸われたのに驚いたのか、カーラは大きめの声を発した。

 その頭上に、青い球体の幻影が現れ、四つの星が巡り出す。


「……っ!」


 三十秒くらいして、ステージに向日葵の花弁が降り注いだ。

 振り返ったカーラは、満面の笑みでステージ上からブンブンと手を振る。

 その姿はフィナーレを迎えた役者のようにステージ映えしていて、ちょっとカッコよくすらあった。


「カーラさんもソレイユになりましたね!」


「だね……ぼっち回避」


 そこから数十人が呼ばれ、四星の儀を終えていく。

 やがてミーシャも呼ばれて、のんびりした足取りでステージへと上がっていった。


「ミーシャの奴、緊張してるわ。珍しっ」


 後ろの席で、カーラがちょっと驚いたように言う。

 私の目には普段通りにしか見えないけれど、幼馴染だと分かるんだろう。


「……長いな」


 そうして、ミーシャがカル=ペテロの天球儀に手をかざしてから、五分が経った。

 これまででも最長の儀式に、会場の空気がざわざわと揺れる。


「あいつ、何を悩んでんのや。妖精はんに聞かれたこと、答えるだけやないか」


 カーラがそんなことを言うので、私は思わず振り返る。


「えっ、妖精たち、質問なんかした?」


「されたやろ? 美徳についてどう思うかって……ありゃ?」


 どうも、私とカーラの場合では対応が違っているようだ。

 すると、ミーシャも別の何かをされている可能性がある。

 そんなことを思いつつ、ステージに目を戻した瞬間、突如黄色い花弁が壇上にドサドサ落ちてきた。


「おぉぉ! ミーシャもソレイユや! ってか、なんか花弁多ない?」


「うん……多い……」


 対話時間が長かったからだろうか、降っている花弁の量は、通常の三倍くらいあるのだった。

 ミーシャの掲げる向日葵も、私たちのより二回りは大きい。


「あいつ、向日葵似合うな~」


「本当ですね。すごくいい笑顔で、素敵です!」


 ミーシャは、ただ寮が決まっただけでは考えられないような、心底嬉しそうな笑顔を浮かべながらステージから帰ってきた。


「いやぁ~、うちらの縁もまだまだ続くな!」


「だね~。またよろしく~」


 カーラとミーシャはガシッと握手をし、腕を縦に上げてブンッと振ってから、拳をトントンと叩き合わせる。

 それは商人風の挨拶と、おそらく獣人族風の挨拶を合わせたものなのだろう。

 二人の動きに迷いがないことから、これまでもやってきた共通の仕草に違いない。


「おめでとうございます、ミーシャさん!」


「ありがとう、ソフィアちゃん~。ルシアちゃんも、これからもよろしく~」


「よろしく」


 声をかけ合い、私たちはまた前を向く。

 六人中三人が同じ寮。

 確率的にもかなり奇跡だし、ぼっちも回避できたので最高だ。


(あとの三人も一緒……なんて、出来すぎかな……)


 そう思いつつ、また数十人の四星の儀を見て、今度はアルサの名前が呼ばれた。


「あぁ~、ドキドキするぅ!」


 期待と不安の入り混じった笑みを浮かべながら、アルサは壇上へと登っていく。

 本人は浮足立っているけれど、会場の空気はこれまでで一番興味なさげだ。


(アルサは下層庶民だからな……)


 ここまでの組み分けは、王族や大貴族、カーラのような著名な大商人の娘が実に五割を占めていた。

 また、残り四割は中級~下級の貴族で、一割は育ちが良さそうな庶民だった。

 アルサのような、明らかに下層階級の出っぽい動きをする子は、私を除けばまだ誰もいない。


(学園内では、みんな平等ってことだけど……建前、だよね……)


 もし私たちと出会っていなかったら、アルサは相当肩身の狭い思いをしていたかもしれない。

 そりゃ、アルサのコミュ力や胆力はすごいけど、それだけじゃどうにもならないのが身分差ってものだ。

 私だって、ソフィアがいなかったら相席をしなかっただろうから、ミーシャたちとも知り合えなかった。

 アルサに狙われることもなく、故にセシリアとも交わることはなかったはずだ。


(ソフィアを助けて、よかった……)


 人との出会いや縁っていうのは、玉突きのようなものだって実感する。

 一つの出会いがきっかけとなって、一人じゃあり得なかった景色が見えてくる。


「……」


 アルサがカル=ペテロの天球儀と対話している間、私はソフィアの横顔をそっと眺める。

 太陽みたいなこの子の近くで、これからの学園生活を送りたい。

 口に出すのは恥ずかしいけれど、はっきりと強くそう思う。


(どうか、ソフィアが、ソレイユになりますように……)


 そう願ってステージに視線を戻すと、綺麗な向日葵が咲いていた。


「わぁ! アルサさんもソレイユですよ!」


 隣でソフィアが嬉しそうに拍手する。

 一方、会場は全然盛り上がっていなくて、背後でソレイユの先輩たちが義務的な拍手を送っているだけ。


「うん、ソレイユだ」


 私は会場の誰よりも大きい音で、小さな両手を打ち合わせる。


「やっほー! 同じだよルシア!」


 戻ってきたアルサは、「お弁当仲間いぇ~い!」と私の手をバチンと強烈に引っぱたいた。


「いたっ! 加減、して」


「ごめんごめん、嬉しくてつい、ね!」


 アルサはペロッと舌を出し、ミーシャとカーラともハイタッチをした。

 そこから三人ほど挟んで、いよいよソフィアの名前が呼ばれた。


「行ってきますね、ルシア様」


「行ってらっしゃい」


 こくんと小さく頷いて、ソフィアはステージへと上がっていく。

 目元を隠していることから、魔眼持ちだと予想されたのだろう。

 会場の空気がレベッカの時くらいに前のめりになる。


(お願い……)


 カル=ペテロの天球儀に触れるソフィアを見守りながら、私は両手をギュッと合わせて握る。

 これまでの人生で、真面目に神様に祈ったことはない。

 すべての苦境は自分の力で乗り越えるべきものだったから。

 でも、こればっかりはリリス・ムーン様に祈るしかない。


(どうかソフィアを、ソレイユに……)


 十秒、二十秒、三十秒と何事もなく過ぎていき、そろそろ一分経つかというところ。

 ステージに、黄色い花弁が降り注いだ。


「ッ……やったっ!」


 私はグッと手を握り、思わず席から立ち上がりかける。

 しかし、すんでのところで我に返って腰を下ろし、とにかく大きな拍手を贈る。


「ルシア様! やりました!」


 弾むような足取りで帰ってきたソフィアが、抱きつかんばかりの勢いで私の手を取ってブンブンと上下に振る。


「おっ、おめっ、でとっ」


 ガクガクと揺さぶられる私の背後から、ミーシャたちも「おめでとう~」って声をかけてくる。

 ソフィアはみんなに「ありがとうございます!」と笑顔を返し、ようやく私の手を離して席へと座った。


「ねぇ、ソフィア」


「何ですか?」


「同じ寮に、なれて、嬉しい」


 私の言葉に、ソフィアは心底驚いたような顔で、口をぽかんと開けて固まってしまう。

 目が見えていたら、多分大きく見開かれていただろう。

 素直すぎる言葉は、私らしくないって、自分でも思う。 

 だけど、今言わなかったら、多分二度と言うことはできない。


「これからも、よろしく」


 そう言って手を差し出すと、ソフィアはその手と私の顔を見比べてから、こくんと大きく頷いた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします……!」


 ギュッと握ったソフィアの手は小刻みに震えていて、ひだまりみたいに温かかった。

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