第80話:四星の儀2/4 ムカつく妖精たちの歌 

 全身に痛いくらいの視線を浴びながら、私は壇上へと早足で向かう。

 あちこちから、ひそひそと話し合う声が聞こえてくる。

 魔女見習いたちだけでなく、講師陣までも話しているんだからたまらない。


(注目、されすぎでしょ……)

 

 今までの私だったら、すでに嘔吐しているレベルの圧力が、会場中から発せられている。

 それでも何とか歩けているのは、「私は一人じゃない」っていう心のバフと、手をかざすだけでいいっていう儀式の楽さゆえだ。


(私や、他の子たちを、取り合ってる感じ……イヤだな)


 大規模クエストの人員募集会場よりも、今の大講堂はピリピリしていて雰囲気が悪い。

 これから五年間暮らしていく寮は、いわばリリスでの家みたいなものだ。

 新入生が緊張でドキドキするのは当たり前なんだから、先輩たちはもっと優しい空気を作ってしかるべきなのに。

 こんなんじゃ、先輩たちにとって、私たち新入生はただの駒としてしか見られていないんじゃないかって思っちゃう。


(リリスでも、人間の意地汚いところは、一緒か……っていうか、エゴの塊の魔女集団だからこそ、なのかな)


 こういう不快な雰囲気も、もしかしたら世間知らずな魔女見習いに対する、一種の洗礼なのかもしれない。

 なにせ、この場にいるのは、淑女の皮を被った歴戦の魔女たちなのだ。

 後輩を、一人の人間として歓迎する心と、駒として歓迎する心。

 その両方が入り混じった打算的で、狡猾な注目。

 私が面倒だからとずっと避けてきた、政治的な本音と建前の世界がすぐそこに広がっていた。


(早く終われ……)


 ステージに上がる頃には、私はもうすっかりうんざりしていた。

 こういう時は、無心になって早くやることを終わらせるに限る。


「……ふぅ」


 ため息をつきつつカル=ペテロの天球儀に手をかざすと、魔力がグッと吸い出される感覚があった。


「――えっ?」


 そして次の瞬間、私はステージではなく満天の星空の下に立っていた。

 周囲には地平線まで何もなく、足下には柔らかな芝生が広がっている。

 大講堂の景色も、会場の不快なざわめきも、今ではすべてが遠くへと消えていた。


「ここは……」


『ようこそリリスへ!』


『可愛い旅人さん!』


『顔が良い子!』


『っていうか良すぎ!』


「うわっ!」


 いきなり、頭の中に複数の少女の声が響いて来た。

 私は驚いて、その場で小さくジャンプしてしまう。


『飛び跳ねたよ!』


『すごく元気!』


『顔が良いね!』


『うん、顔が良すぎる!』


「あなたたち、どこにいるの?」


 キョロキョロと辺りを見渡すけれど、少女の姿はおろか、草原と星空以外何も見当たらない。


『私たちは魔力の中!』


『今はこの世界すべて!』


『あなたの良い顔も見えてるよ!』 


『良すぎる顔!』


「……なるほど」


 この子たちは「魔力の中」にいて、「世界のすべて」になっている。

 それを素直に解釈すれば、ここは少女たちの魔力で作られた領域魔術の内部ということができるんじゃないだろうか。

 すると、脳内に声が響く原理も、何となく察しがつく。

 おそらく、少女たちは最初に吸った私の魔力に呼応した魔力を流し、私の脳内に直接会話のチャンネルを作っているのだろう。


(そんな魔術聞いたことないけど……よっぽど古い魔術なのかな)


『今ので分かったの?』


『頭いいんだ!』


『顔も良いよね!』


『良すぎる顔だね!』


 少女たちはきゃーって感じで盛り上がる。

 どうやら四人いるようで、話す順番もずっと同じだ。


『それより、寮分け!』


『そうそう、どうする?』


『調べた感じ、どこでも良さそう!』


『顔もすごく良いもんね!』


 少女たちは、いよいよ本題に入る。

 調べた感じ、というのは、領域の効果なのだろうか。

 それとも、最初に吸った魔力を、特殊な方法で分析したのか。

 一体何が起こっているのか聞きたいけれど、少女たちの会話はテンポが良すぎて、私のコミュ力じゃ入れそうにない。

 まるで歌を歌っているかのように、少女たちは会話を交わす。


『リュンヌのところは?』


『うちよりシャリオのところじゃない?』


『いいえ、ポラリスの方があってそう!』


『いやいや、やっぱりソレイユでしょう!』


 四人はそれぞれの名前を呼ぶ感覚で、カレッジの名前を口にした。

 というか、一人目がソレイユ、次がリュンヌ、三人目がグラン=シャリオ、最後がドゥーベ=ポラリスという名前なんだろう。


『勇気って何か知らないみたい!』


『節制する気は全然ないよ!』


『知識はあっても智慧は浅いね!』


『忠義の欠片も見当たらないや!』


 四人は口々に私に足りないものを並べる。

 事前に分かってはいたけれど、改めて口にされると普通にムカつく。

 だけど、ぶっ飛ばそうにも相手の姿がどこにも見えない。

 まさか、"風葬・領域併呑"で喰うわけにもいかないし。


「……対話するんじゃないのか」


『えっ、私たちとお話したいの?』


『普通はみんな、はっきり足りない!』


『あなたはぜんぶ、足りてない!』


『顔が良いだけ、他はダメ!』


「……さいですか」


 つまり、対話以前の問題だってことだろう。

 もうどこにでもしてくれという気持ちで、私は大の字に寝転がる。

 緊張の連続で疲れているし、どうせここは領域の中なんだから、寝たって跳ねたって会場にはバレないだろう。


『あらあら拗ねてしまったみたい』


『お子様、おこちゃま、顔が良いだけ』


『ある意味大胆、だけど向こう見ず』


『顔は良いのに中身は残念』


 四人はからかうようにくすくす笑う。

 各寮の美徳には随分皮肉が効いていると思ったものだけど、こんな奴らが寮を分けているんだから、そりゃアイロニックにもなるだろう。


(クソみたいな性格してるな……っていうか、これ、もしかして妖精?)


 人間にいたずらするのが生きがいの、小さくてやかましい魔族が妖精だ。


(皮肉好き、いたずら好き、歌うようにしゃべる、魔力の扱いに長ける……)


 大昔の学者が書いた妖精の特徴に、この子たちはピッタリはまる。

 現在、妖精は絶滅したって言われているけれど、カル=ペテロの天球儀は何かしらの方法で妖精と繋がっているようだ。

 あるいは、天球儀は妖精を閉じ込めているのかもしれない。


(伝説級の魔道具じゃん……やっぱすごいな、リリス……)


『黙った、黙った、黙っちゃったね』


『図星つかれて落ち込んじゃった?』


『だけどおかげでちょっと分かった!』


『あなたの性質、向いてる寮が!』


(ようやくか……)


 このままずっとからかわれ続けるんじゃないかって思ってたから、ようやく本題に戻ってくれてホッとする。

 私はゆっくり起き上がり、妖精らしき者たちの歌に耳を傾ける。


『もしも美徳を覚えたら?』


『節制があっても、ただの無口な魔女になるだけ』


『智慧があっても、ただの狡猾な魔女になるだけ』


『忠義があっても、ただの乱暴な魔女になるだけ』


 四人はこれまで以上にリズムをつけて、私の脳内に声を響かせる。


「……うわっ」


 それと同時に、夜空の星が急速に回転し始めた。

 ぐるぐる、ぐるぐる、すごい勢いで、星座たちが回っていく。

 さらに、地面からは何かの芽が吹き出して、にゅるにゅると天へ伸びていく。


『勇気があれば、少しは良い子になるかもね』 


『ただし間違えさえしなければ』


『誰かのために奮い立てれば』


『あなたは運命に抗える』


 現実離れした後景に圧倒され、私はその場で立ち尽くす。

 もはや夜空は光の渦で、平らな芝生は茎の檻。


『顔が良すぎる魔女の子よ』


『何もかも足りない魔女の子よ』


『勇気が何かを知りたくば』


他人ひとの心を考えよ』


 ふと、夜空に現れる、四つのひときわ輝く星々。

 中でも一番眩い星が、私に向かって落ちてくる。

 危険な感じは一切しないから、私は両手を柄杓のようにして、煌めく星を受け止める。


『護りし美徳は勇気なり』


 私の手元に収まった星は、穏やかな光を放ちながら、日輪をかたどった花へと変わる。


『護りし美徳は勇気なり』


 周囲で芽吹いた植物もまた、太陽に似た花を咲かせる。


『護りし美徳は勇気なり』


 夜の世界が明るくなって、黄色い花弁が舞い満ちる。


『護りし美徳は勇気なり』


 世界に夏が満ちていく。

 むせ返るような青草の匂い、生き物たちの大合唱、身体を貫く真っ直ぐな陽射し。

 私は小さく息を吸い、「護りし美徳は、勇気なり」とつぶやく。


『ソレイユ・カレッジは、あなたの訪れを歓迎します』


 そんな誰かの穏やかな声と共に、夏の世界が一気に弾ける。


「……あぁ」


 気が付けば私は、向日葵の花弁が降り注ぐ、大講堂の壇上に立っていた。

 妖精の輪唱は痕跡すらもなくなっていて、代わりに悲鳴のような歓声が背後から私を包み込む。

 夢を見ていたみたいな気分で、私はフッと顔を上げた。

 静かに見下ろすリリス・ムーン像が、光の加減か何なのか、優し気な微笑を浮かべた気がした。


「……ソレイユ・カレッジ、か」


 私はゆっくり振り返り、手にした向日葵を高く掲げる。

 割れんばかりの拍手と共に、右奥の先輩たちが立ち上がる。

 みんな涙を流しながら、私の寮分けを祝福してくれている。


「……っ」


 すぐに私は恥ずかしくなって、そそくさと壇上を後にする。

 ソレイユ・カレッジ、勇気を欲する者たちの家。

 憶病な私には、ピッタリな寮なのかもしれない。

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