第79話:四星の儀1/4 皮肉

「六、四星の儀……名前を呼ばれた者から前に出て、カル=ペテロの天球儀に触れるように。寮が決まったら席へ戻り、閉会後は寮長の指示に従ってください」


 説明を受け、新入生の空気が一気に引き締まる。

 同時に、背後の先輩たちからピリッとしたオーラが吹きつけ、講師陣からは好奇の視線がステージへと注がれる。

 司会の老魔女はそんな会場を一度眺め回すと、手元の台帳に向かって何かしらの魔術を行使する。


「……レベッカ・マクシール・フォン・フランツ」


「はい!」


 最初に呼ばれたのは、何かと私と因縁のある公爵令嬢レベッカだった。

 縦巻きの金髪を優雅に揺らしながら、彼女は壇上へと上がっていく。


(……アルファベット始まりでも、成績始まりでも、家柄始まりでもなさそうだな)


 レベッカが最初だったことから、老魔女が行ったのは、ランダムに生徒の名前を浮かび上がらせる魔術のようだと察しがついた。

 セストラル・アルファベットなら「A」か「Z」の者からだろうし、成績なら私、家柄なら王族から呼ばれるはずだ。


(さすがに、レベッカが成績最下位ってのは、あり得ないしね)


 寮の定員が二十五名である以上、最後の方の数人は自分の寮が大体分かってしまう。

 そこを公平にする意味でも、こういうやり方で寮分けを行っているのだろう。


「いよいよですね……」


 隣のソフィアが小声で囁き、ステージと周囲を交互に見る。


「ルシア様、先輩方の圧力、増していますよね……?」


「そうだね……エルグランドの公爵令嬢だから、欲しいんだろうね」


 私たち以外にも、あちこちで小声の会話が交わされている。

 司会が咎めないことから、この独特の雰囲気も四星の儀の一環なのだろう。


(それにしても、主席挨拶とは違った意味で、イヤだな……)


 こういう雰囲気には覚えがある。

 冒険者時代、大規模クエストの人員募集会場がまさにこんな感じだったのだ。


(S級パーティーだと、みんな自分の班に割り当ててほしいって、うるさかったっけ……)


 私はゼゴラゴスの巨体に隠れて、できるだけ無になって視線の圧に耐えていた。

 今回は隠れる場所も、仮面もないから、できるだけ迅速に終わらせたい。


「……おぉ」


 突然、ステージから青い光が放たれて、私は何事かと目を見張る。

 どうやら、レベッカがカル=ペテロの天球儀に手をかざした際に発光したようだ。


「すごく、神秘的ですね……」


「うん……」


 魔力を吸った天球儀は、ステージ上に巨大な青い球体の幻影を浮かび上がらせた。

 幻影の中には、おそらく各寮を示す四つの光が巡っており、レベッカを品定めするようにぐるぐると回っている。


(対話中、なのかな……さすがに本人にしか、聞こえないようだけど……)


 やがて一つの光が円環から零れ落ち、レベッカの元へと降ってきた。

 それはレベッカの手中に収まり、温かな白い光を放つ。


「……あっ」


 次の瞬間、青い球体の幻影が赤い閃光を放ちながらパッとはじけ、ステージに薔薇の花弁が降り注いだ。

 レベッカは壇上から振り返り、その手に薔薇の一輪を高々と掲げる。

 すると背後で先輩たちの一群がザっと立ち上がり、割れんばかりの拍手をレベッカへと送った。


「ドゥーベ=ポラリス・カレッジか……」


「そのようですね。これは俗説に過ぎませんが、ドゥーベ=ポラリス・カレッジには貴族や役人の息女が多いのだとか……忠義を欲する故、なのでしょうか」 


「……さもありなん、だね」


 寮分けが足りていない美徳で決まるのなら、貴族の息女に忠義が足りていないってのは実に皮肉だ。

 貴族こそは、国と領地に忠を尽くし、また忠を受ける身であるのだから。


(ある意味、寮生活で忠義を身に着けろっていう、リリス・ムーン様のお導きなのかもしれないな……)


 レベッカが席に着くと、先輩たちも座り、また次の名前が呼ばれる。


「ミケーレ・ドゥネ・ソフラボン」


「はい」


 栗色の巻き毛の少女が立ち上がり、レベッカと同じように壇上へと上がっていく。

 名前的に、交易と岩の神殿で知られるカイネシア哲人共和国の貴族の娘のようだ。


「……はやっ」


 ミケーレがカル=ペテロの天球儀に触れ、青い球体の幻影が現れるところまではさっきと一緒だった。

 しかし、今回は星が一巡巡っただけですぐに球体がはじけ、月桂樹の黄色い花が降り注いできた。

 ちなみに花弁もまた幻影で地面に落ちればすぐに消えるが、手にする一輪の方にはどうも実体があるらしい。


「リュンヌ・カレッジか」


「ですね。俗説では、商人や学者を多く輩出するカレッジとのこと……ちなみにですが、学園長のデル=フィオーレ先生もリュンヌ・カレッジの出身だそうです」


 商人を志すような者が寮生活で節制と学ぶというのは、これまた痛烈な皮肉だ。

 どうにもこの寮分けは、楽しいだけの行事ではなさそうな気配がする。


「ミランダ・カーマン」


「はい!」


 次に呼ばれたのは、縮れた茶髪の溌溂とした娘だった。

 名前と家名の間に「フォン」などの貴族冠詞や、「ネル」などの氏族名がないため、おそらく庶民の出身だろう。

 とはいえ、所作は洗練されているから、大商人とか事業家の娘の可能性が高い。


(ホントに金持ち率高いな……貧乏なの、私とアルサ以外にほとんどいないんじゃないかな?)


 壇上に上がったミランダは、カル=ペテロの天球儀に手をかざす。

 すると、青い球体の幻影が現れ、四つの星が巡る。

 ここまでは見慣れた光景。


「……長いな」


 しかし、さっきまでの二人とは違い、ミランダは一分以上対話を続けていた。

 そして結局、緑の閃光と共に胡蝶蘭を高く掲げた。


「グラン=シャリオ・カレッジ……」


「はい。騎士や職人になる卒業生が多いとウワサされているカレッジです。寮対抗戦では、総合優勝回数が一番多いカレッジだそうです」


 俗説とはいえ、ソフィアの情報通りなら肉体派なカレッジなのかもしれない。

 そこに割り振られる新入生は「智慧が足りない」わけだから、またまた皮肉が効いている。


「じゃあ、あと一つのソレイユ・カレッジは?」


「冒険者や狩猟者が多いと言われていますね」


「なるほど……」


 これもまた、大いに皮肉が効いている。

 冒険者ってのは大抵、自分は強くて勇敢なんだって勘違いしている。

 勇気を示そうと身の丈に合わないクエストを受け、蛮勇に従って行動し、あっけなく命を落とすのだ。

 実際、新人冒険者の初年度死亡率は三割に上り、二年目以降も年に一割の冒険者が命を落としている。


(勇気って、難しいんだよね……)


 それじゃあ憶病であればいいのかと言えば、それもまた違うのだ。

 結局、勇気というのは、発揮すべきところで、発揮すべき人が発揮できなければ意味のない類のものなんだろう。

 私に言えるのはその程度。

 ソレイユ・カレッジに入れば、もっと勇気について理解できたりするのだろうか。


「あっ、ですが、あくまでこれらは俗説ですよ。たとえば生徒総代のシルフィーユ先輩もソレイユ・カレッジですから!」


 私が勇気について考え込んだのを、ソフィアは何か勘違いしたらしい。

 慌ててそんな言葉を付け足してきた。


「マリ……シルフィーユ先輩が……ふぅん……」


 あのいかにも貴族めいた先輩がドゥーベ=ポラリス・カレッジじゃないのなら、しょせん俗説は俗説に過ぎないというわけだ。

 ちなみに、ソフィアは育ちがいいからちゃんと家名で先輩の名前を呼んでいる。

 冒険者時代のくせでマリア先輩って心の中では呼んでたけれど、話す時は私もシルフィーユ先輩って言わなくちゃだ。


「っ……ルシア」


 と、そこで私の名前が呼ばれた。

 会場の空気がブルリと震える。

 司会の声が一度詰まったのは、主席挨拶を思い出したからだろうか。


「……はい」


 私はソフィアに「行ってくる」と目で合図し、短く息を吸って立ち上がった。

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