第76話:第千〇〇一期リリス高等魔術女学園入学式典


「一、祝祷」


 司会の言葉に合わせて、みなが一斉にロザリオを取り出して目を閉じる。

 よく分からないけれど、私も周りに合わせて同じことをする。


「今日のこの良き日に、百合の種は蒔かれます。魔術の高みを志す子羊たちに、暦の守護者の祝福があらんことを」


 司会の唱えた祈りの言葉を全校生徒、講師が復唱し、ロザリオに自らの魔力を込める。

 すると、ぽわぁっと温かな光が大講堂内に満ち、ゆっくりと天へ昇っていった。


「全員着席……二、学園長挨拶」


 私たちが腰かけると、司会の呼びかけに応じて、講師陣の中で最もステージに近い場所に立っていた恰幅の良い老魔女がそっと前に出る。

 そして、鷹揚おうような足取りで壇上へと登ると、柔和な笑顔を浮かべて優雅に礼をする。


「みなさま、ごきげんよう。リリス高等魔術女学園、第百二十二代学園長のヘレナドーラ・リリフェルス・フォン・デル=フィオーレです」


 身にまとう豪奢ごうしゃな白いローブ、白い長髪に編み込まれた色とりどりの組紐、胸から下げられたいくつもの勲章、優し気で穏やかな笑み。

 教育者というより聖職者のような雰囲気をまとったデル=フィオーレ学園長は、新入生たちをじっくりと見渡して小さく頷く。


「本日はご入学、誠におめでとうございます。今年もまた、リリス魔術女学園に相応しい蕾たちと出会えたことを、学園長として大変うれしく思います」


 ゆったりとした学園長の声は、何だかとても眠気を誘う。


「ご存じの通り、我がリリス魔術女学園は千年の長きに渡り、魔術の研究に力を尽くして参りました。初めはたった二人の魔女が起こしたこの学園が、今日のように発展しておりますのは、先人たちの積み重ねあってのことでありましょう。故に、過去への敬意を忘れないこと。その上で、あなたたちには臆することなく、革新への道を切り開いていってほしいと願っております。伝統を尊び、未来を創る。リリス魔術女学園は、常にそのようにして明日の魔女を育ててまいりました」


 学園長はリリスの発展の歴史と、生徒に求める学生像について滔々とうとうと語り続ける。


「我がリリス魔術女学園の理念として……そもそもラ・ピュセルのこの地にリリス魔術女学園を構えるに至ったのは……」


 はじめは緊張もあってちゃんと話を聞いていたけれど、五分を過ぎた辺りからもうそろそろ終わりにしてくれって空気が新入生の間に漂い始めた。

 なにせ、声や語り口が穏やかな上に、話の内容が抽象的すぎてイマイチ頭に入ってこないのだ。

 さすがに寝るわけにはいかないけれど、聞いていると眠くなるという、シンプルな拷問。


「……ですからして、このような姿こそ、リリス生に求められているのであります。伝統を尊び、未来を創るという……」


 そんな学園長の話は長々と十五分も続き、新入生だけじゃなく大講堂全体にうんざりした空気が蔓延したところで「……祝福の言葉とかえさせていただきます。本日は誠に、おめでとうございます」と結ばれた。

 学園長はやり切ったという表情で、祝辞を包んで礼をする。

 私たちは心の底から「助かった」という気持ちで、学園長に拍手を送った。


「三、来賓挨拶」


 その後、リリス魔術女学園名誉教授、魔術ギルド総会の理事長代理、聖城ダルクの王族代表・第二王女殿下と、立て続けに三人の魔女が来賓として挨拶を行った。

 学園長ほど長くはないが、みんな形式ばった内容の似たり寄ったりな言葉だったせいで、眠たい空気が大講堂をすっかり支配してしまう。


「四、在校生代表挨拶」


「はい」


 そんな眠気を吹き飛ばすような、凛とした返事が大講堂に響いた。

 最上級生のタイをつけた一人の魔女見習いがスッと立ち上がり、学生たちの列を抜けて歩いてくる。

 彼女は来賓や学園長の前で優雅に一礼し、そのまま壇上へと登る。

 そして、左胸に右こぶしをとんと当て、長いスカートを左手で抓み、サルビア連合共和国式の礼をする。


「みなさま、ごきげんよう。リリス高等魔術女学園、生徒総代を務めるマリア・ヌボワ・ドナ=シルフィーユです」


挨拶と同時に、薄桃色の豊かな金髪がふんわりと揺れ、陽光を受けて誇らしげに輝く。

 編み込まれた側頭部には野菊を模した花飾りが挿してあり、胸元にも野菊の意匠が刺繍されていた。

 背はそれほど高くないが、出るところは出て、締まるところは締まった抜群のプロポーションをしているマリア先輩からは、柔和な笑みも相まってとても可愛らしい印象を受ける。

 とはいえ、シルフィーユ家はバリバリの武闘派魔術家だから、マリア先輩も外見に反してかなりの使い手であることは間違いない。


(シルフィーユ家か……セシリアと同じ、サルビアの公爵家で大貴族……懐かしいな)


 私は冒険者時代に、シルフィーユ公爵家からも何度か依頼を受けたことがあった。

 セシリアのところのボラール家とは違い、下調べなどはあまりしてくれず、良くも悪くも冒険者にすべてを任せるといった感じの家だった記憶がある。


「新入生のみなさま。ご入学、おめでとうございます。在校生一同は、あなた方を心より歓迎いたしますわ。どうかわたくしたちのことは姉と思い、気軽に頼ってくださいね」


 壇上から新入生に向けて穏やかに微笑むマリア先輩の姿は、いかにもリリス生の理想という感じがする。

 それでいて、高嶺の花というほど遠い存在には思えない親しみやすさが、言葉遣いや優し気な笑顔から醸し出されている。


「リリス生の心構えは、学園長が丁寧にお話してくださいましたから、わたくしからは手短に、リリスでの学園生活において注意すべき点をお伝え致しますわ」


 さらにマリア先輩は新入生、というか学生全員の気持ちを代弁するようなことを口にする。

 学園長を立てつつ、みんな内心思っているであろう「話長すぎ!」という不満を上手く解消する言い方はいかにも巧みだ。

 新入生の心は、これでグッとマリア先輩に掴まれたと言っていい。

 みんな意識を取り戻して、キラキラした目でマリア先輩を見つめている。


(さすがリリスの生徒代表にして大貴族の娘……政治家だ……)


「まず、夜の十時以降には寮を出ないこと。西のはずれの地下迷宮と空中庭園に入る際は、必ず生徒会に届け出をすること。生徒手帳にある校則をきちんと守ること。そして、どこにいても常にリリス生の自覚をもって、節度ある行動を心がけること。困ったことがあったら、いつでもわたくしたちに相談してくださいね。先輩として、また一人の魔女見習いとして、わたくしたちは真摯しんしにお答えすることを約束いたします」


 地下迷宮と空中庭園は、リリス内に存在する有名なダンジョンだ。

 冒険者時代にウワサだけは聞いたことがあったけれど、リリスになんて縁がないから探索は諦めていた。


(思わぬ収穫ってやつだな……暇を見て潜ろう……)


 生徒会に届け出するのは面倒だけど、そういう細かい手続きは今後生きていく上で必要になってくる。

 冒険者時代のように、ギルド側が勝手に忖度したりなんか、生徒会はしてくれないだろう。

 これも社会勉強だ。


「それでは、みなさまの未来にリリス・ムーン様の祝福があらんことを。改めて、ご入学おめでとうございます。これから一緒に、素晴らしい学園生活を送っていきましょうね」


 そうして、マリア先輩は祝辞を終えて礼をする。

 言葉通り簡潔で、しかも新入生への優しさが伝わってくる内容とあって、自然と会場中から称賛の拍手が起こった。


(学園長たちとはえらい違いだ……)


 ぱらぱらと義務的だった拍手を思い出しつつ、私もまたちょっと大きめに手を叩く。

 すると、壇上から自分の席へと戻っていくマリア先輩とフッと目が合う。

 マリア先輩は穏やかな笑みを浮かべつつ、「がんばってね」といった具合にスッと目を細めた。


(……あっ、次私か!)


 そこで私は、全然心構えをしていなかったことに気が付く。


「五、新入生代表挨拶」


 しかし、時間が止まるわけもなく、司会の言葉が大講堂に厳かに響く。


「本年度主席、ルシア」

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