第75話:わちゃわちゃな待機と華やかな入場

 並木道を抜けると、私たち新入生は右手に折れて『大講堂・聖桜館せいおうかん』に向かった。


「すごい大きさですね……紅梅館も大きかったですが、これはそれ以上の迫力です……」


 近づくにつれ、ソフィアの首がどんどん上を向いていく。

 聖桜館は真砂石まさごいしという真っ白い魔石を積み上げた巨大建造物であり、正面から見ると「凸」の形をしている。

 入り口のファサードには聖なる桜と魔女にまつわる物語の見事なレリーフが彫刻され、閉じられた重厚な黒い扉を見事に縁取っていた。

 また、上空から見ると大講堂は「十」の形をしており、縦横が交差する中央部分には、巨大なドーム状の屋根が乗せられている。

 屋根の頂上にはリリス・ムーンの黄金の像が立ち、天に向かって高らかに杖を掲げていた。


「新入生はこっち、だって」


 私は前ばかり見ているソフィアの袖を引き、右手側の建物へと誘導する。

 圧倒的な威容を誇る大講堂のやや手前、二階建てレンガ造りの『サリエル理化学館』が新入生の控室になっているようだった。


「ごきげんよう。合格証書はございますか?」


 入ってすぐの受付で、私たちは入学式のプログラムを受け取る。

 そして、案内に従って、舞踏会なんかが行われるような広いホールの待機場へと入る。


「あっ、ルシアにソフィアやん!」


「カーラさん! それに、ミーシャさんとセシリアさん、アルサさんも!」


 入ってすぐ、私たちは部屋の左隅に陣取っている買い出しの時のメンバーに声をかけられる。

 さっそく合流し、学園側が用意してくれたジュースなんかを手に談笑を始める。


「あたし、今日が楽しみで全然眠れなかったんだよね!」


「ボクも八時間しか眠れなかったよ~」


「いや普通に寝とるやないか!」


「このジュースはエスパスのものでしょうか? 粒が大きめで美味しいですね」


「最近の社交界で流行りの品だそうですわ。なんでも、エスパス王国の辺境伯家が開発したとか……」


 わちゃわちゃと漫才したり、貴族っぽいことを話している五人をしり目に、私はホール内の同級生たちを観察する。

 さすがリリスだけあって、みんな育ちが良さそうで、立ち振る舞いもどことなく優雅だ。

 私たちと同じように数人で固まって談笑している子たちもいれば、入学式の緊張をほぐそうと一人で祈っている子もいる。

 窓際で読書をする子や、入学式のプログラムを食い入るように見つめる子、ジュースをがぶ飲みしている子、貴族らしい子とその取り巻き。

 私やアルサと同じ下層階級の出っぽい子も二、三人見つかるけれど、みんな話し相手がおらず心細そうにしている。


(ぼっち回避できてよかった……)


 良くも悪くも、ホールの中には入学式への高揚と緊張が満ち満ちていた。

 もしもこの空間に一人だったら、主席挨拶のことばかり考えて不安になってしまったに違いない。

 それに、周りのリリスっぽい上品な空気に気おされ、どこか責められているような、孤独な気分に陥っていただろう。

 こうやって気楽にホール内を観察できるのは、ある程度気を許せる五人のおかげだ。


「そういえばルシアちゃん、まだ仮面なんだね~」


 ミーシャに唐突に話題を振られ、私は意識を会話に戻す。


「そのうち取る」


「まっ、たしかにここでルシアの顔面見ちゃったら、みんな入学式どころじゃないもんね~。試験の時だって、ルシアが素顔だったら、あたしら問題解くどころじゃなかっただろうし!」


「せやな、ルシアの顔は目立つからなぁ~! まっ、今も逆に目立っとるようやけど?」


 カーラに言われて、私は仮面のせいで同級生たちから遠巻きに観察されていることに気が付いた。

 ソフィアに向けられる視線は上品な刺繍や本人のオーラもあって「魔眼持ちなんだ」程度で済んでいるっぽいけれど、私ののっぺりとした仮面はかなり異質だから仕方ないといえば仕方ない。

 だけど、この私が観察されている視線に気づかないなんて、予想以上に緊張しているらしい。


(ホントにぼっちじゃなくてよかった……)


 冒険者時代だったらいくら目立ってても気にならなかったけど、ここは右も左も分からないリリス魔術女学園だ。

 一人だったら、ただでさえ主席挨拶で不安なのに、仮面で目立ってもう最悪な精神状態になっていたことだろう。


「さすがルシア様。入学前からもうみなさんの視線を集めているなんてすごいです!」


「いや、ポジティブすぎでしょ……」


 私が呆れ半分のツッコミを入れると、ミーシャがソフィアの肩辺りからひょこっと顔を出す。


「ルシアちゃんって目立つの苦手なの~?」


「得意じゃないだけ」


 苦手と言うと弱点を晒しているみたいなので、私はあえて言葉を変える。


「意外ですわ。ルシアさんの胆力ならば、そういった視線すら気にしないものと思っていましたが……」


「あ~、それ分かるぅ! ルシアって、大勢の前に立ってても平気な顔で居眠りとかしそうだし!」


 アルサのやや失礼な言葉に、私は身に覚えがありすぎてドキッとする。

 勇者パーティーで凱旋パレードに出席した時は引き車の上で寝てて、王宮から国民広場に向かって勇者が演説している時も、後ろで立ったまま寝ていたのだから。


「なんや、かわええとこあるやん! 顔は人外の良さやけど、中身はちゃんと十五歳なんやね~!」


「私は、顔も人間」


「そうだね~、ルシアちゃんは人間だね~。可愛い可愛い~」


 カーラとミーシャがニヤニヤと笑いながら、師匠みたいにうざ絡みしてくる。

 入学式前じゃなかったら、絶対頭も撫でられてた。


「子ども扱い、しないで」


「え~、してないよ~」


「せやせや、してへんで~」


 うそぶく二人に抗議の視線を向けると、なぜかソフィアが「ルシア様、私の前では子どもになっても構いませんよ!」とか意味不明なことを言ってくる。

 さらにセシリアが「わ、わたくしの前でも、構いませんわ!」とか立候補したせいで、アルサまで調子に乗って「じゃああたしの前でもいいよ!」などと手を挙げる。


「……ぼっちのが、よかったかも」


 私は呆れてため息をつきつつ、くだらない談笑に付き合ってやるのだった。




「みなさん、静粛に!」


 そんな感じでわちゃわちゃと雑談すること三十分、ホールのドアがバタンと大きく音を立てて開かれた。

 入ってきたのは、式典用の正装をした三人の魔女だ。


「こちらに集まってください。ご用のある方は急いで今のうちに」


 真ん中に立っている、とんがり帽子を被って丸い眼鏡をかけた、いかにも厳粛そうな老魔女が新入生たちを呼び集める。

 ご用というのが何か、私には分からないのだけれど、駆けていく生徒を見るにトイレの上品な言い方らしい。


「い、今から入場ですので、二人ずつ、並んでください」


「ペアができたら五列まで後ろについてねぇ~。はい、君たちはこっちの新しい列~」


 そう言って新入生たちに縦五人横二十人の列を作らせていくのは、気弱そうな四十代くらいの魔女と、若い狐耳の獣人族の魔女だ。


(あの狐耳、見覚えあるな……たしか、私の面接の時にいた人……)


 ソフィアと並びつつ、狐耳の魔女を眺めていると、彼女も私に気付いて「おや?」という顔で寄ってくる。


「君、仮面のことは分かっているよね?」


「……はい」


「ならよし。大講堂に入ったら、そのつもりでね」


 獣人族の魔女はポンと私の肩を叩き、去り際に私にしか聞こえない声で「合格おめでとう」とつぶやいていった。


「……ルシアちゃん、エルールリー先生と知り合いなの~?」


 後ろに並んだミーシャが、ぱっちりと目を開いて質問してくる。


「面接官だった。っていうか、今のがルール・カラー・エルールリーなんだ」


 一線で活躍する魔術使いの中に、天才魔術基礎学者ルール・カラー・エルールリーのことを知らぬ者はいないだろう。

 八年前、彼女がリリス在学中に発表した論文『"力ある詞"の詠唱省略と魔術構成について』は、実戦での詠唱省略に大変革をもたらした。

 簡単に言えば、詠唱を極力省略しても魔術の威力を九割六分保てる方法が確立されたのである。

 それまではどんな達人でも九割二分が限界だったといえば、この理論の有用さが伝わるだろう。

 また、彼女は魔力変換効率についても有用な論文をいくつも発表しており、有望な若手研究者に贈られる『シュラウェア特別魔術勲章』をここ五年連続で受賞している。


「新入生の引率にエルールリー先生が出てくるなんて……本当にリリスに入ったという実感が湧きますわね」


 感慨深げなセシリアの言葉に、私たちだけでなく周りにいた同級生たちもしみじみと頷いた。


「さあみなさん、準備はいいですね? 今から入場です。リリス生の名に恥じぬよう、背筋を伸ばして、しっかりと前を見て歩くように! 席についても、許可があるまで座らないこと。いいですね!」


 列の形成が終わると、とんがり帽子の魔女が良く通る声で注意を促す。

 その目はギラリと鋭く輝いており、生徒一人一人をしっかりと見据えてくる。


(誰だか知らないけど、この人も大魔女だな……リリス、すごいところだ……)


 元S級冒険者として、相手の力量を図る目には自信があった。

 三人の魔女の内、気弱そうな魔女は根っからの理論派っぽいが、他二人は実戦の方でもだいぶ腕が立ちそうな気配がしている。

 このレベルの大魔女がゴロゴロいるとすれば、下手な国家よりもこの女学園の方が戦力的に強いまである。

 

「では、参りましょう!」


 とんがり帽子の魔女について、私たちは『サリエル理化学館』を出る。


「うわぁ……」


 そして、さっそく誰もが息を呑む。

 大講堂までの道には朝にはなかった赤い絨毯が敷かれており、魔木の花びらが陽光に照らされながらハラハラと舞っていた。

 行く先のファサードの重厚な黒扉は外に向かって開け放たれており、楽隊が奏でる見事な演奏が私たちを祝福している。


「っ……」


 そんな華やかな道を歩いて大講堂の中に入ると、豪雨のような拍手が私たちに降り注いでくる。

 大木と見まごうほどの石の柱が整然と建ち並ぶ講堂内は、ひたすらに大きくて広い。

 遥か高い天井から射し込む荘厳な陽の光は魔術によって拡散され、講堂内を隅々まで明るく照らす。

 先輩たちが整然と並んでいるその真ん中の道を、新入生たちは背筋を伸ばして歩いていく。

 講師陣たちは壁際に控え、先輩たちと同じように拍手している。


(ここで挨拶するの……無理でしょ……)


 背筋だけはしゃんと伸ばしながら、私は仮面の下で顔面を歪ませる。

 大講堂は私の想像の何十倍も広くて、先輩や講師の数もまた途方もなく多く感じる。

 馬鹿みたいに高い天井や美しい壁画、美麗な彫刻も、私を無言で圧迫してくるかのようでうざったい。


(あぁ、逃げ出したい……)


 そう思っても、もはや賽は投げられてしまった。

 丸屋根のホール下あたりに差し掛かると、置かれた椅子の形に添って、私たちはまた縦五人横二十人の列になる。

 正面には教会の祭壇みたいなステージがあり、真ん中には拡声魔術具の置かれた演説台が設置されていた。

 ステージの背後には大理石のリリス・ムーン像が鎮座し、ステンドグラスから注がれる神々しい光を背負って私たちを見守っている。


「みなさま、ご静粛に」


 やがて新入生の入場が終わって正面扉が閉められると、拍手と演奏もまた止んだ。

 私たちを先導してきたとんがり帽子の老魔女はどうやら司会も兼ねているようで、ステージ脇に立って拡声魔術具で呼びかける。

 ざわついていた大講堂内が静かになっていくにつれ、よけいにその広さが強調されてくるようで、私の背筋がブルリと震える。

 チラリと横を見ると、ソフィアをはじめ同級生たちも緊張しているようで、みな一様に唇を引き結んでリリス・ムーン像の方を所在なさげに見つめていた。

 私だけじゃないと分かって安心する一方、主席挨拶への不安がさらに大きくなっていく。


「これより、第千○○一期リリス高等魔術女学園入学式典を執り行います」 

 

 そんな私の心も知らずに、ついに入学式は始まってしまった。

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