第72話:"廻葬廻忌"トーマス・エルドリッジ・エメラルド三世(side:イザヤ)


「なんだこりゃ……っ!」


 五分ほどで次の村に辿り着いたイザヤは、辺りに散らばるゴブリンの死体を見て驚愕の声を上げた。

 ゴブリンたちはみな首を落とされるか、心臓を一突きされて絶命していた。

 それも、数体ではなく数百体のゴブリンが全員、同じ死に方をしていたのである。

 イザヤは近くにあった死体の傍にしゃがみ、その切り口を検分する。


「刃物か。それも一撃ですっぱりといってやがる……魔術師のくせに、そっちも尋常じゃねえ腕前なのか?」


 イザヤはメモに記すと、村の大通りを駆けて中央広場を目指す。

 道中にはやはりゴブリンの死体が転がっており、どれも同じ死に方をしていた。

 コーラルの村と違うのは、建ち並ぶ家に損傷が見当たらず、人間の死体もないという点である。

 それなのに、魔力感知で探った限り、室内のゴブリンたちもみな同様に死んでいた。


「一体どんな手を使えばこうなるってんだ……」


 得体の知れなさに戦々恐々としつつ、イザヤは中央広場に到着した。

 そこには前の村と同じく教会が建っており、やはり大通りに向かってバリケードが築かれている。

 とはいっても、すでにゴブリンたちは討伐されており、ちょうど生き残った全裸の女性たちが教会の方へ駆けていくところだった。


「イザヤ殿か。他の村はもう終わったのか?」


 戦場の真ん中に静かに佇むトーマスが、イザヤに気付いて振り返る。

 灰色の髪をオールバックになでつけた長身のトーマスは、立派な純白の鎧と白いマントに身を包んでいた。

 それは一見、創世教を国教とする神聖ルミナリエ皇国の聖騎士の格好だが、聖なる逆十字の紋章がすべて消されていることから破門者と分かる。

 なお、これだけゴブリンを斬ったにも関わらず、彼の身を包む白には一点の返り血も付着していない。


「コーラルさんはもう少しかかるかな……ゼゴラゴスとオラクルの方はまだ行ってないよ」


「ふむ。ここに悪魔はいなかった。その様子だとコーラル殿の方も外れらしいな」


「色んな意味でね……んで、トーマスさんのとこはもう終わりかい?」


「いいや。あと一つ、残っている」


 トーマスは身の丈ほどもある両手剣を鞘に納めると、マントを翻して教会の方へと歩いていく。

 正面扉は人質女性たちを迎えるために開かれているが、中に隠れている女子どもたちはまだ外に出ていいのか確信が持てていないようだ。


「……まさか」


 イザヤの脳裏に、コーラルが村人を虐殺した風景がよぎる。

 ここまで村人たちの死体が見当たらなかったのは、一か所に集めて殺すためなのではないか。


「今から私が指名した者だけ広場に出よ。悪いようにはせぬ」


 イザヤの懸念をよそに、トーマスは教会の入り口に立つと大声で村人たちに呼びかける。

 威厳溢れるその佇まいに、「聖騎士様が来てくれた!」と村人たちが安堵のため息をつく。


「あなたとあなた、それからあなたも。後は、そちらのお二人。奥のあなた。手前のあなた方も、さあこちらへ」


 トーマスに呼び出された八名はいずれもみすぼらしい服を着た若い女性だった。

 誰も抵抗することなく、よろよろとおぼつかない足取りで教会から出てくる。


「トーマスさん、何をするおつもりで?」


「邪を払うのだ」


 女たちを横一列に並ばせると、トーマスは腰の長剣を抜き放つ。


「……刀身が、ない?」


 トーマスの剣は、手で握るグリップの方を長辺とした十字架の形をしていた。

 ガードと呼ばれる鍔部分は左右に鋼鉄の棒が伸びる形状で、中心部にはリングが備えられている。

 刀身のあるべき方向には、グリップの半分ほどの長さの、刃のない刀身が伸びているばかりだった。


「左様。このわずかに伸びた部分をリカッソというのだが、この剣の場合、これもまた鞘にハメるためだけに存在しておる」


「ってこたぁ、儀式用の剣なんですかい?」


「いいや、違う。"母なる大地よ、夜に銀の星は満ち、朝に黒の霜下りる時、死灰こぞりて戒めとなせ、銀天星剣"!」


 トーマスの"力ある詞"と共に膨大な魔力が渦巻き、長剣の鞘から無数の粒子がざらざらと湧き出してきた。

 それらはリカッソの先端に集まっていき、みるみるうちに白銀に煌めく刀身が形成される。


「砂の、剣……?」


「正確には銀灰の剣だ。折れず、錆びず、曲がらない。これぞ最強の武器よ」


 それは情報通のイザヤでも、初めて目にする魔術具だった。 

 刀身の強度は不明だが、通常の剣よりもかなり軽いであろうことは見た目から容易に想像できる。


「しかし、なんたって剣を?」


「むろん、斬るためよ」


 トーマスはそう言って長剣を身体の前にかざすと、肩に背負うようにして振りかぶる。


「ちょっ、トーマスさん、やめっ——」


「——邪教征伐ッ!」


 イザヤが止める間もなく、裂ぱくの気合いと共に長剣が横一文字に振り抜かれた。

 白銀の剣閃が女性たちの腹部を通過し、一瞬世界が静まり返る。


「……斬れて、ない?」


 一秒、二秒、三秒経っても、女性たちが二つに分かたれる、なんてことはなかった。

 イザヤは己の目を疑い、並んだ女性たちに駆け寄ってその腹を触る。


「やっぱり斬れてない……あれだけの一撃なのに、どうして?」


 取り乱した様子のイザヤを見て、女性たちも我に返る。

 ある者は無事を確かめるように何度も腹を触り、ある者は小さく飛び跳ね、ある者はその場にくずおれて泣き始める。


「邪悪な仔らの命は絶った。じきに流れてくるだろう」


 トーマスは何の感情も籠っていない淡々とした口調でそう言うと、再び剣を身体の前にかざし、腰の鞘にスッと納めた。


「トーマスさん、邪悪な仔らってもしかして小鬼ゴブリンの?」


 教会からようやく出てきた村人たちに女性たちの世話を任せ、イザヤはトーマスの元に駆け寄る。


「そうだ。私は残った者の治癒をしていく。イザヤ殿は最後の村に行くがよい」


「へ、へぇ……そいじゃあ、お先に失礼します」


 感涙する村人たちに向かって歩み出すトーマスを背に、イザヤは最後の村に向かって走り出す。


「なんでぇ、ウワサと違って善さそうな奴じゃねぇか。やり方は事務的だし説明も何もねぇが、犠牲者を出さずにゴブリンどもを制圧する腕前、さらに村人も治癒するたぁ、まさに聖騎士様ってわけだ……なんで破門なんてされたんだかねぇ」


 コーラルとはえらい違いだと思いつつ、イザヤはメモにトーマスの活躍ぶりを記した。


「んで、ここが最後の村、と……」


 そして、五分ほど山野を走り、イザヤはもっとも大きな村に辿り着く。


「もう終わってんな、こりゃ」


 村の入り口に立って、イザヤはやれやれとため息をつく。

 村全体を土塁で囲み、中央には石造りの城を設けた要塞のような村。

 それが最初に聞いていた最後の村の形だったのだが、今は土塁など見当たらず、ただ山の中に平らな土地がぽかんと口を開けているだけである。


「来たかイザヤ。遅かったな」


「他の二人も上手くやったんだろうね?」


 おそらく村の中央広場だったところに、ゼゴラゴスとオラクルは座っていた。

 眼前にはゴブリンの死体が山と積まれて燃やされており、その近くにボロボロの女子どもたちが集められている。


「ちょうどあっちも終わったところですよ。んで、ここには魔族がいましたか?」


「おらなかったと思うが……あるいは土で呑み込んでしまったかもしれぬ」


「ボクも斬ってないね。それよりも、村人たちはどうするのさ」


 オラクルは双剣を研ぎながら顎で村人たちを指す。


「任務には、村人のことは書かれていないっすからね。このまま引き上げるのが丸いかと」


「ちぇっ。まだ斬り足りないんだけどなぁ……」


 オラクルは不満げに剣を鞘に納めると、さっさと外の方に歩き出す。


「ぐははははっ、相変わらずの斬撃狂いよな。さて、わしらも帰るとするか」


「ええ、ラム肉の美味しい店を予約しておきやしたから」


「そいつはいいな! ぐははははっ!」


 豪快に笑って歩き出すゼゴラゴスをしり目に、イザヤは生き残った村人たちの元に駆け寄る。

 そして、中でもまだ目に光の灯った者に金貨の入った袋を手渡した。


「隣村にもまだ人がいる。この金で再建するなり、街に出るなりしな。ただし、隣のそのまた隣村は全滅だから、行かなくていいぜ」


「あ、ありがとう、ございます……あの、あなたたちは?」


「俺たちはエルグランド王国の勇者パーティー"エルドラド"。困ったことがあったら、王都の冒険者ギルドを訪ねな」


 そうしてイザヤも、山村を去った。 

 コーラルの暴走はあったものの、表向き任務は完了。

 国境の村は解放され、魔物の脅威は消え去った。


 それからしばらくして、イザヤは"トライアングル・ヴィレッジ"のその後について一つの情報を手にした。

 生き残った村人たちは派遣されてきた南方開拓軍と合流し、第二の村を中心に一つの大きな砦を築き始めた。

 しかし、イザヤたちが去ってから一週間後、原因不明の疫病が流行、開拓軍も含めた村人全員がたった三日で全滅してしまった。

 南方軍司令部は魔術師を派遣、村はまるごと焼き払われ、新たな砦が山の麓に築かれる運びとなった。


 イザヤがこの報告を勇者パーティーの面々にした時、ほとんどの者は興味なさそうな顔で聞いていた。

 そんな中、トーマスだけが神妙な面持ちで「三日もかかったか」と呟いたことが、イザヤの心に妙に残った。

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