第71話:"人工災害"コーラル・イージー(side:イザヤ)

 山麓さんろくの村は炎に包まれて、夜の闇の中で煌々こうこうと光り輝いていた。


「ああっ! なんと美しい光景なのでしょう!」


 崩壊しかけた村の大通りを、両手を広げて優雅に歩く一人の男がいる。

 艶のある黒い長髪、すらりと伸びた手足、やや骨ばっているが端正な顔つき、外見だけ見ればどこぞの貴族のような男である。


「そこも、かしこも、こんなにも、救いを求める声が聞こえてくるなんてぇ!」


 彼は満面の笑みを浮かべながら、その両手をタクトのように振る。

 するとどういうわけか、村のあちこちで派手な爆発が起こる。


「さあ、逃げ惑いなさい! 叫びなさい! 己の不幸を噛み締めて爆ぜるのです!」


 男の前方、崩れていく家畜小屋から、背中に火を点けた水牛の群れが狂騒状態で逃走を始めた。

 その行く先には子どもを庇う、傷を負った母親。

 助ける者など現れず、二人は水牛に踏み潰され、見るも無残な姿に変わる。


「んんんっ! たまりません! たまりませんよぉ!」


 男はその光景に嬌声きょうせいを上げて歓喜し、身もだえしながら爆破を続ける。

 家が、木が、家畜が、人が、ゴブリンが、男の目に映るすべての景色が次々に破壊されていく。

 地面には肉片が散らばり、石壁にはどす黒い鮮血が無残にこびりついている。

 あちこちで悲鳴が上がり、助けを求める声が四方八方から湧いてくる。

 しかし、それらの声によって呼び寄せられるのは、救いをもたらす神などではない。

 やって来るのは狂った死神。

 たった一人でこの地獄を作り出した男……"人工災害"コーラル・イージーなのだった。


「ひっでぇあり様だ……」


 高台から地獄と化した村を見渡すのは"速贄"のイザヤ。


「そりゃあ、任務に生存者の保護は含まれねぇが……アイザックや"死領域"なら保護したに決まってる」


 今回のクエストは『ゴブリンに支配された三つの山村の同時壊滅』だった。

 南方諸国との国境付近に位置する三つの山村"トライアングル・ヴィレッジ"は、これまで南方諸国への前線拠点として機能していた。

 それぞれの村が三角形に位置しており、一か所を攻めれば他の山村から増援が来るという仕組みで、敵国や魔獣の襲来を乗り越えてきたのだ。


 それが一か月前、見慣れぬ魔族に率いられた大量のゴブリンに同時襲撃され、あっけなく村は魔族の手に落ちた。

 男は殺され、子どもは労働力となり、女は子産み奴隷にされたのだ。

 新人の腕試しということで、"人工災害"と"廻葬廻忌"はそれぞれ一人で一つの山村を担当することになっていた。

 最も大きい山村は"翠山獣"ゼゴラゴス・ゴンドリルと"殺嵐"オラクル・レインズバーグが引き受ける。

 勇者アイザックはアン王女と別件で王都にいるため、各チームの支援や伝令役、任務の報告係をイザヤが引き受けていた。


「さあさあ、出ておいでなさい小鬼ども!」


 コーラルは村の真ん中にある、石造りの重厚な教会前にやって来る。

 普段は市が開かれているその広場は、今はゴブリンたちの最後の砦となっていた。

 彼らは荷馬車や石でバリケードを築き、全裸の女たちをその前に立たせて肉壁としてコーラルを待ち構えている。

 同族を襲うのに抵抗があるという人間の倫理観をついた、ゴブリンの常套戦術だ。


「た、助けてぇ!」


「お願いよぉ!」


「神様ぁ!」


 女たちはゴブリンの槍や剣で小突かれ、コーラルに向かって必死に叫ぶ。

 コーラルは広場の入り口で立ち止まると、眼前の景色を眺めてにっこりと笑う。


「みなさん、もう心配いりませんよぉ! 勇者パーティーの魔術師が来てあげましたから!」


 彼は腕をバッと大きく広げる。

 両手の指の間には、その辺に落ちている何の変哲もない石ころが計八個挟まれている。


「がギッ、動グなァ! ゴいヅらを殺ズゾォ!」


 首領らしき巨躯のゴブリンが、すかさず一人の女の首元に大刀を突き付ける。


「そうはさせませんよぉ! その方たちを救うのは、あなたではなく私なのですからぁ!」


「弓隊ッ、今ダァ!」


 コーラルが動きを止めた瞬間を、首領は見逃さなかった。

 号令と共に広場中の家屋の屋根や室内から、無数の矢がコーラルに降り注ぐ。


「いいっ! いいですよぉ!」


 しかし、矢はすべてコーラルの周囲半径五メルケルで不自然に弾かれる。


(魔術で防壁を張ってるか……矢程度じゃ突破不可能、と……)


 イザヤは冷静にコーラルの能力を観察し、アイザックに報告するためのメモを取る。


「次は私の番ですね! 綺麗に爆ぜてくださいよぉ!」


「待デっ、ゴいヅを殺——」


 コーラルは首領を無視し、八個の小石を全方位に向かって同時にばらまく。


「——救いあれ」


 次の瞬間、大地を震わすほどの轟音と共に、すべての小石が猛烈な勢いで爆発した。

 広場は一瞬で爆炎に包まれ、何もかもが吹き飛ばされる。


「うおっ! 無茶苦茶しやがる!」


 遠く離れているはずのイザヤのところまで、爆風の余波は伝わってきた。

 イザヤは腕で風を遮りつつ、"遠見"に加えて"透視"の魔術を使って煙に包まれた広場を眺める。


「……なんてこった」


 そこに広がっていたのは、これまでの地獄が生ぬるく感じられるほどの凄惨な光景だった。

 爆風を受けた家々は崩壊し、ゴブリンたちはその下敷きとなって潰れている。

 バリケードは粉々に吹き飛び、無数の破片がゴブリンの身体を肉片にしていた。

 人質の女たちも当然バラバラになっており、広場にはかろうじて教会だけがその形を残して建っている。

 あちこちで火の手が上がり、糞尿と人肉の焼ける厭なニオイが風に乗ってイザヤのところまで漂ってくる。


「さあ、あとはここだけですね! みなさん、私がお救いして差し上げますよぉ!」


 自身はまったく無傷のコーラルが教会へと歩みより、その石壁に手を添える。

 イザヤの目には"透視"によって教会の内部が映っているが、そこには子どもたちと身を寄せ合う女たちの他には何もいない。

 腹にゴブリンの仔を宿した者はいるだろうが、ゴブリン自体はすでに全滅しているのだ。


「あいつ、まさか……っ」


 イザヤはこれから起こることを察して唇を噛む。

 止めに行こうにも、高台から教会までは遠すぎる。

 それに、仮に隣にいたところで、A級のイザヤにS級のコーラルを止められるはずはない。


「くっそ、やめろ……やめろぉ!」


 せめてもの抵抗に、イザヤは叫んだ。

 聞こえるはずもない距離だったが、風の流れで偶然耳に届いたのか、コーラルがニヤリと笑う。


「"母なる大地よ、深き不浄の仔を孕み、昏き掌の狭間より堕ろせ、感染爆発"!」


 ズンッと重い音が響き、続いて布を裂くような悲鳴が教会の中にこだまする。


「あぁ……そんな……」


 イザヤはその場にひざをつき、最悪の光景に涙する。

 コーラルの魔術によって、まず最初に教会の壁が内側に向かって爆発した。

 付近にいた者たちは当然、無数のつぶてを浴びてズタボロになる。

 母が子に、子が母に、無事だった者が傷ついた者たちに急いで駆け寄ると、今度は傷ついた者たちが爆発した。

 飛び散った肉片はさらに連鎖的に爆発し、やがて教会の中は真っ赤に染まった。


「ひどすぎる……こんな魔術……」


 感染爆発、それこそはコーラルを"人工災害"たらしめる固有魔術にして、史上最悪の広範囲爆撃魔術。

 最初に爆発した物体に触れると、五秒で次に触れた物体が爆発する。

 その次は四秒、三秒、二秒、一秒という風に間隔が縮まりながら、合計六回の連鎖爆発が起こるのだ。


「素晴らしい音楽でしたよぉ、みなさん! んんっ、人体の焼ける香りはたまりませんっ!」


 コーラルは教会の扉を開けて中に入ると、たまらないと言った表情で深呼吸をする。

 そして、いくつかの死体を舐め回すように観察した後、ポンと手を叩いてきびすを返す。


「さっ、生き残りをお救いしなくては!」


 嬉々とした足取りで教会を出るコーラルから、イザヤはそっと目を逸らす。


「……こいつは完全にイカレてる。勇者パーティーどころか、この世にいちゃいけない奴だ」


 吐き気をこらえながら、イザヤはメモにコーラルのやったことを書き記す。

 そして、高台を後にして、もう一人の新人であるS級魔術師、"廻葬廻忌"トーマス・エルドリッジ・エメラルド三世の派遣された村へと走った。

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