第68話:頼りになるけどキモい師匠

「今夜も、食べすぎた……」


 食後、私はソファに深く座り、師匠が入れてくれた消化を助けるハーブティーを飲んでいた。

 ソフィアは先にお風呂に行っている。


「いい食べっぷりだったわね。買い出しでお腹空いてたのかしら?」


 師匠も同じくハーブティーを飲みながら、向かいのソファに腰掛ける。


「……さっき、ソフィアを困らせてたでしょ」


 私が責めるように言うと、師匠は肩を落として額に手を当てる。


「杖のことね……ええ、悪かったわ。どう見ても運命の姉妹杖だったから、ついね」


「やっぱり、師匠から見てもあれは本物のスクルドなんだ」


「間違いなくそうでしょう……"眼"のことと言い、ソフィアちゃんは相当な運命を背負っているわよ」


 二人して、私たちはハーブティーをすする。


「……だから、ソフィアは強くなりたいって、言った」


「分かってる。私も協力するわ……だって……」


 師匠は一度言葉を切り、戦いに挑む前のように真剣な目つきで、ここではない遥か過去を見つめる。


「……私自身の運命も、あの杖には複雑に絡まっているんだもの」


 普段は深緑色の師匠の瞳が、魔力の集中によって黄金の光を帯びる。

 魔力を流すことで目の色が変わるのは、エルフの血を引く者の証。


(さすがの魔力……本気だな、師匠……)


 私が師匠の過去について知っているのは、私を拾う前は冒険者をしていたってことと、すごく昔にリリス魔術女学園を卒業したってことだけ。

 この人がハーフエルフなのか、はたまた先祖返りなのかも知らないし、何年生きているのかさえも分からない。


「じゃあ、よろしく」


 それでもやっぱり、師匠は師匠だ。

 過去にどんなしがらみがあろうと、シスレー・アグル・ヴァージニアが弟子の私に「協力する」と言ったのなら、それが違えられることはない。


(関わりたい、というより、関わらざるを得ないって感じだけど……何にせよ、手伝ってくれるのはありがたい)


 私は人にものを教える経験に乏しいから、ソフィアのパワーアップに師匠の手助けが得られるのは大変助かる。


「……ふぅ」


 私はそれ以上師匠の運命とやらについては詮索せず、話は終わったとばかりにソファにグッともたれかかる。

 師匠もまた魔力を抑え、何事もなかったかのように「あっ、そういえばルシアちゃん!」と胸の谷間から紙片を出してくる。


「……なんでそんなとこに?」


「なくさないようによ……でね、これなんだけど、ラ・ピュセルの冒険者ギルド長からなの」


 師匠は手渡そうとしてくるが、絶対谷間で汗をかいているだろうから私は受け取らない。

 師匠は頬を膨らませて「魔術でコーティングしてあるから綺麗なのにぃ!」と文句を言いつつ、紙片を読み上げてくれる。


「薔薇殿。無礼を承知でお願いする。朝日殿との約束の品について。明日午前十時、責任者を『ラ・コンティ個別喫茶』七番によこしていただきたい。正午より」


「薔薇殿は師匠のことって分かるけど、朝日殿って?」


「王都ギルド長のオリヴァーのことよ。冒険者時代、朝日で頭がやたら輝いていたから仲間内でそう呼ばれるようになったの。正午っていうのは、オリヴァーの甥っ子で現ラ・ピュセル冒険者ギルド長ティンバス・ドボルザークくんね」


「ギルド長って昔から禿頭とくとうだったんだ……にしても、約束の品ね……」


 私は王都を出る時にオリヴァー・"ザ・ボム"・ドボルザークから渡された木箱のことを思い出す。

 あれはすでに"ストレンジャー"に渡したはずだけれど、何か問題があったのだろうか。


「その様子じゃ、心当たりがあるようね……『ラ・コンティ個別喫茶』はギルド会館の隣よ。私としては、ルシアちゃんにはもう冒険者とかエルグランドのことには関わってほしくないのだけれど……」


「うん、私も関わりたくない……だから、一応行って、ヤバそうだったら断ってくる」


「そうしてちょうだい。入学式はもう明々後日なんだから、もめ事は起こさないようにね」


 師匠はそれ以上何も言わなかった。

 後は私の判断に任せるということだろう。

 私は今はただのリリス合格者の小娘だけど、元はS級冒険者。

 人間的には未熟かもだけど、冒険者としては超一流だってこと、師匠もちゃんと分かっているのだ。


「それじゃあ用事も済んだし、ソフィアちゃんが来るまで今日のこと、たっぷり聞かせてもらおうかしら」


「さっき話した」


「主にソフィアちゃんがね。ルシアちゃんがどう思ったのか、私はそれが聞きたいのよ。特に新しく知り合った四人のお友達のこと!」


「……まあ、いいけど」


 師匠には色々とお世話になっているし、それくらいの願いは聞いてやるべきだろう。

 そう思って頷くと、師匠はなぜかいきなり号泣し出す。


「あぁ! 私、超感動っ!」


「まだ何も話してない」


「だって、四人のお友達って言葉を否定しなかったじゃない! あのルシアちゃんに! お友達が! できるなんてぇ!」


 師匠は中々失礼なことを口にしながらソファに顔をうずめて泣く。

 何歳か知らないけれど、いい齢しているであろう大人がみっともない。


「ソフィアだって、いたじゃん」


「ソフィアちゃんは友達ってだけじゃ何か違うもん! でも四人はお友達なんでしょ! あぁ~!」


 師匠は頭を抱えてぐりぐりとソファに顔をこすりつける。

 やめろって言いたいけれど、その前に「ソフィアちゃんは友達ってだけじゃ何か違うもん!」って言葉が引っかかって、ツッコミができなくなってしまう。


(確かに、ソフィアは単に友達ってわけじゃない気がする……)


 ラ・ピュセルに来る前に出会ったからなのか、それとも"眼"や運命についてある程度知っているからなのか、ソフィアに対しては「友達」って言葉だけじゃしっくりこない。

 私が友達って概念に詳しくないせいかとも一瞬思ったけれど、師匠も「何か違う」って言うのなら、友達プラスその他で何か関係性が重なっているだろう。

 もっとも、私は友達以外の関係性にも詳しくないから、自分とソフィアの関係性が何なのか全然見当がつかないんだけど。


「ルシアちゃん、まずは四人との出会いから教えて! 最初に出会ったのは誰なのよ!」


 師匠は感極まった表情で、メモ帳を取り出しつつ尋ねてくる。


「最初は……アルサ。道でぶつかった」


 スリのことは隠しつつアルサとの出会いから始め、私は今日までのことを師匠に語って聞かせた。

 なお、『フルードリス』でちゃんとした下着を選んだって話をしたら、師匠は身をよじりながら「最初に言ってくれれば、私がルシアちゃんの初めてをもらえたのにぃ~!」と気持ち悪すぎることを言ったので、風魔術でぶっ飛ばしておいた。

 その後も、「師匠としてどんな下着かチェックしないと!」などと手をワキワキ動かしてにじり寄ってきたので、念入りに踏み潰してけちょんけちょんにした。


「……師弟喧嘩ですか?」


 お風呂から上がって来たソフィアは、息荒く杖を突きつける私と、ズタボロになりながらも恍惚の表情を浮かべる師匠を見て、若干引いた顔でそう言った。

 師匠はゆっくり首を横に振り、「いいえ、愛のスキンシップよ!」と言ったと同時に、「スキありぃぃぃい!」とすごい勢いで私に向かって飛び掛かってくる。


「死ね」


「ふぎゃっ!」


 しかしこの場は、すでに私の領域内。

 私が杖でなく拳を振り抜くと、クロスカウンターを受けた師匠はずぶずぶとソファのクッションに沈んでいった。

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