第67話:合格祝いのささやかなパーティー

「ルシアちゃん、ソフィアちゃん、合格おめでとう~!」


 師匠の家に帰ると、案の定リビングにすごい量の食事が用意されていた。


「……落ちてたら、どうするつもりだったの?」


「そりゃ、残念会をするだけよ! まあ、落ちるわけないって分かってたけどね!  それよりも、お祝いのハグさせてぇ~!」


 いつもだったら断るけれど、こんな時くらいは許してやるかってことで、私は師匠にぎゅ~っと抱きしめられる。


「はぅ~、やっぱりルシアちゃんって抱きやすいわ~! ソフィアちゃんも、ぎゅ~!」


「ありがとうございます……な、何だか恥ずかしいですね……」


 師匠はソフィアもぎゅ~ってすると、「二人とも、制服、とっても似合ってるわよ」と笑い、私たちをテーブルへと促す。

 もっと変にちょっかい出してくるかと思ったのに、意外と普通にハグしただけだったので拍子抜けだ。

 何か仕掛けてきたら、思いっきり魔術で殴ってやろうと思ってたのに。


「あ~、ルシアちゃん、顔にがっかりしたって書いてあるわよ~! いくら私だって、真面目な時とそうじゃない時くらいありますぅ~!」


「ちっ……いつも真面目でいればいいのに」


「そんなのつまらないでしょ! それよりも、買い出しのことちゃんと聞かせてよね!」


「それ目当てか……」


 ようするに、私の機嫌を損ねて話を聞けなくなるのが嫌だったのだろう。


(どこまでも自分勝手な人……)


 呆れつつ私が椅子に腰を下ろすと、師匠は檸檬水の入ったグラスを持って来てくれる。

 ソフィアもそれを受け取って席につき、三人そろってテーブルを囲む。


「さあ、いただきましょうか! 豊穣の神アナトミアよ、今日の糧を感謝いたします」


「豊穣の神アナトミアよ、今日の糧を感謝いたします」


「……」


 そして、師匠とソフィアが食前の祈りを唱えたのを合図に、ささやかな祝賀パーティーが始まった。


「はむっ……ステーキ、美味い……」


「でしょ~? ルシアちゃん好みのミディアムレアにしたのよ!」


「こちらのグラタンも絶品ですね! チーズとマカロニがホワイトソースに絡んで、柔らかな感触と香ばしい風味が口の中を幸せにします!」


「でしょでしょ~! 具材のアスパラとベーコンは、エスパス王国の最高級品よ!」


 珍しく、師匠は食べるよりも、私たちが食べるのを眺めることを優先している。


「もぐもぐ……んっ……この揚げ物、すごい」


「それはカツレツっていう東方発祥の料理よ! 船乗りに教わったのだけれど、口にあって良かったわ!」


 カツレツなる料理は、厚切りの豚肉に粒の大きなパン粉をまぶして油で揚げた肉料理だった。

 衣がたっぷりついているおかげで肉汁が中に閉じ込められており、噛むと口の中に大量に溢れてくる。

 また、パン粉が大きいせいか噛み応えもサクッとしていて気持ちがいい。

 似たような料理でコートレットというのがエルグランド王国にもあったが、もっとパン粉が細かくて肉も薄かった記憶がある。

 豚のステーキに近かったそれとカツレツは、まったくの別料理と言っていいだろう。


「私も……はむっ、ん~! もぐ、もぐ……っ、衣がすごいですね! 添え物のキャベツとも味が調和しています!」


 ソフィアもカツレツを気に入ったようで、大皿にあった四枚はすぐに食べ終わってしまった。


「そろそろ、今日の話を聞かせてもらえるかしら?」


 やがて食事の勢いも落ち着いてきたところで、師匠はついにナイフとフォークを手に取った。

 山盛りのパスタ・ボロネーゼに、ボールいっぱいのサラダ、三人前はありそうなゲール海老のパエリア、鍋に入ったままのブイヤベースを並べ、片っ端から丁寧に口に運んでいく。


「はい……まず合格発表の現場で、『魔女の海百合亭』で合ったミーシャさんとカーラさんに再会いたしました」


「うんうん、獣人族の子と、ソヴリン商会の娘さんね」


 師匠は大食いしながら話を聞いているのに、なぜか汚い印象がない。

 むしろ、食べっぷりが見ていて気持ちいいので、こっちも気分が上がって話したくなってしまう。


(昔から、そうだったな……行く先々で歓迎されたっけ……)


 私は牛のテールスープを飲みながら、旅で行った村や町を思い出す。

 師匠はどんな相手ともすぐに打ち解けて、一緒に食事を楽しんでいた。

 私はいつもその隣で、小さな口に黙々とご飯を運んでいたっけ。


「……それで、『フルードリス』ではボラール家の長女・セシリアさんと、北方の庶民の出だというアルサさんに出会い……」


「ボラールの……そう、もうそんな年になったのね」


 やはり"七賢者"として三大魔術家の長女のことは気になるのだろうか。

 師匠の目が一瞬だけ鋭い光を帯びる。


「……その後、制服を着たルシア様があまりにもお美しく……はぁ……みなさんで愛でさせていただきました!」


「なにその光景! リリス生五人がルシアちゃんをもみもみするだなんて! あぁ! 女神様! どうして私はそんな時に、仕事などという苦行をぉ!」


 師匠はこの世の終わりだって顔で叫び、やけになったように白パンをかじる。


「師匠がいたら、やらせなかったよ」


 というか、自分でもなんでやらせたのか謎なので、師匠がいようがいまいが、もうやらせる気はないのだけれど。


「またそんな酷いこと言う! ルシアちゃんの意地悪ぅ!」


「そ、それでですね、次は杖探しということで、みなさん個別に探しに行かれました」


 師匠があまりにも本気で悔しがっているので、早々に切り上げた方がいいと判断したのだろう。

 ソフィアはささっと話題を進める。


「私もエルフのドクター・フーが経営する『ヴァンダースナッチ魔術具専門店』へ行きまして。そこで出会ったのがこの子、スクルドです」


 ソフィアがホルスターから白杖を抜くと、悲しみと怒りに包まれていた師匠の表情が急にスッと真面目なものになる。


「……ドクター・フーね。それにスクルド……そう……」


 師匠は何か知っている様子だけど、それをこの場で口にすることはない。


「杖とは、ちゃんと仲が良いのね?」


「それは、はい……あの、何か?」


「いえ、気にしなくていいわ。いい杖が見つかって良かったわね」


 師匠はニコリと笑うけれど、明らかに脳みそを高速回転させて何かを考えている顔をしている。

 ソフィアもさすがにそれは察したようで、やや不安そうな顔をする。


「師匠、私のはこれ。メランコリア」


 このままじゃ気まずい沈黙に陥りそうだったので、私は黒杖を抜いて光にかざす。


「綺麗な艶消しの黒だけど……ふ~ん、随分と古い芯材の杖のようね」


「"六方秩序"の店で買った。反抗的だったから、大変だったよ」


「キューブリック氏の? あそこの杖はどれも大人しいって聞いたけれど……じゃあ、ルシアちゃんと同じくへそ曲がりさんなんだ」


「は? 私ほど素直な弟子、いないでしょ」


「えっ、本気で言ってるの?」


 私たちは視線をぶつけてにらみ合う。

 ソフィアがあわあわとしながら私たちの顔を交互に見つめ、「ご飯! まだ残っていますよ!」と叫ぶ。


「……冷めたら、ダメだよね」


「……そうね。味が落ちちゃうわね」


 私たちはバチバチだった視線を外し、スープや焼き肉類の皿に手を伸ばす。

 こうなることは私が杖を見せた時から予想していたし、師匠もちゃんと乗っかってくれた。

 ソフィアだけが、いきなり子弟喧嘩が始まったとびっくりしてしまったようだ。


「ふぅ……」


 ソフィアはほっとしたようにため息をつき、喫茶ヴァルダザールで飲んだ紅茶や写真のことなどを、努めて明るく語り出す。

 師匠は六人での写真を見て「きゃ~! 私もほしい~!」なんて奇声を上げ、すっかり元に戻ってくれた。




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