第65話:買い出し7/7 教科書

 写真をそれぞれ大切にしまってヴァルダザールを後にした私たちは、再び"魔女の散歩道"の喧騒の中に舞い戻った。

 行く手には旧市街地へと入るための巨大な城門が姿を現し、人通りもいよいよ激しくなってくる。


「"魔女の散歩道"っていう割には、"杖の森"抜けてから魔術師も多くなってね?」


 アルサがキョロキョロと周囲を見渡しながら疑問を口にする。


「旧市街地にはリッツバース魔術学園をはじめ共学校がたくさんありますから。この辺りまで来ると魔女向けだけでなく、魔術使い全般に向けたお店も増えてきますの」


「リッツバースはマンモス校やからな。うちらリリスが一学年百人なんに対して、なんと向こうは一学年で五百人もおんねん!」


「同じ三大魔術学園でも、男子校のリンド・ゴルデバルグ魔術専門学園は一学年二百人だしね~。リリスの倍率の高さってやっぱり異常だよ~」


 三人の話を聞きつつ、私は地図に目を落す。

 ラ・ピュセルの入り口である大港"巨人の口"はほぼ真西を向いている。

 そこから真っ直ぐ東に伸びた大通り"愚か者の坂"の先に、"象牙の塔"に囲まれた"聖城ダルク"が聳えている。

 この東西通りを縦軸とした時、ラ・ピュセルを北と南に半分に分ける横軸の中心は、だいたい旧市街地の城門あたりだ。

 リッツバース魔術学園は旧市街地に入ってすぐの北側にあり、リンド・ゴルデバルグ魔術専門学園は中心点から見て北北西方向の新市街地に、リリスは中心点から見て南東にある。

 三校の周辺には同じく共学、専門学園、女学園が集まっているため、何となくだけど勢力図が描ける感じがする。


「それ聞いてると、あたしがリリス受かったのって奇跡に思えてくるわ!」


「ちゃんと実力ですよ、アルサさん!」


 ソフィアに言われて、アルサは「そうかな? うわ~、そうかなそうかな~!」と調子に乗る。

 ソフィアもソフィアで「そうですよ! そうですそうです!」と一緒にテンションを上げていく。

 そこにカーラが「せやで! せやせやせや!」と加わって、三人でお祭りの掛け声みたいに騒いで、頂点に達したところでスンッ……と急に静かになる。

 そして、顔を見合わせてけらけらと笑う。


「みんな元気ですな~」


 ミーシャがそんな三人を眺めながら嬉しそうにつぶやき、セシリアは「あ~……お友達ですわぁ……」とうっとりとした顔をする。

 私はといえば、はしゃぐソフィアを見てシンプルに「よかったなぁ」って思う。

 助けた時は、この子は今後どうなるんだろうって不安だったけど、すっかりリリス生を楽しんでいるみたいだ。

 それもこれも、ソフィアの前向きで明るい性格の賜物だろう。

 もしもソフィアが私と同じような性格をしていたら、絶対こんなに馴染めなかったと思う。


「あそこにある書店に入りましょうか」


 姦しく五分ほど歩いて、私たちは旧市街地への城門のすぐ傍までやって来た。

 セシリアが指さしたのは、城壁に寄りかかるようにして建っている、二階建てのどっしりとした木造建築のお店だ。

 横幅がかなり広く、外から見ただけでも大型書店だと一目で分かる。


「『マインフェルト書店・城壁支店』……なんや、こんなとこにも進出してたんか!」


 カーラによれば、『マインフェルト書店』とはザクセンブルグ帝国に本拠を構える書店群らしい。

 私は魔術書専門店にしか入らなかったから、普通の書店のことはあまり知らなかった。


「世界各国に支店があって、本の流通を回してんねん。業界最大手のお店やね!」


「あれだけ広ければ、教科書コーナーの待ち時間もそれほどじゃないかもしれませんね」


「待ち時間が一番退屈だからねぇ~。ボク、いつも立ったまま眠っちゃうし!」


「ミーシャは合格発表前も寝とったからな! まったく、どこでも寝れる奴っちゃ!」


 カーラに小突かれ、ミーシャは「だって眠かったんだもん~」と目を細める。

 どこでも眠れる、というのは実はすごい特技だって私は思う。

 冒険者時代は野宿がデフォルト、時にはドラゴンの巣穴の中や、小島でワニに囲まれながら眠らなければならないこともあった。

 私も割とどこでも眠れるタイプだけど、さすがに立ったまま眠るのは無理だった。


(ミーシャは冒険者に向いてる……さすがは戦士の国の王族……)


「いらっしゃいませぇ! リリスの教科書をお探しですか?」


 わちゃわちゃしながらお店に入ると、エプロンをつけた店員さんが声をかけてきた。

 魔女見習いや魔術師見習いと見るやすぐさま店員が声をかけているようで、入り口には何人もの店員さんが控えている。

 多分、教科書販売期間の混雑緩和のためだろう。


「そうですわ。六人なのですけれど、窓口はどちらに?」


「ご案内します!」


 私たちは店員さんについて店の右奥へと案内される。

 店内には背の高い本棚が無数に立ち並んでおり、入り口の左手側とお店の奥に二階への階段があるようだ。


「ここでご自分の学園の用紙に学年、送り先をご記入いただき、裏口を出た先の女学園の窓口へ提出してください」


 私たちが案内されたのは、店舗の裏口付近のスペースだった。

 そこには立って利用できる筆記台が並んでおり、数十種類の用紙と紙とペンが用意されていた。


「リリス用は……これか」


 用紙には、たくさんの教科書が裏表にびっしりと記載されている。

 しかし、私たちの場合は「一年生」という欄にチェックを入れるだけでいい。

 リリス魔術女学園は単位制なのだけれど、一年生はほとんどの授業が必修単位のため、買う教科書はみんな同じなのだ。

 選択制の科目は芸術系と技術系の科目のみで、こちらは教科書が必要ない。


(単位……履修……来年は、こんな面倒なことを……)


 ちょっと重い気分になりつつ、記載を済ませて裏口から中庭に出る。

 女学園用窓口には受付が三か所あり、どこも並んでいる人はいない。

 受付の背後には巨大な倉庫が建っており、中には無数の教科書が種類ごとに積み上げられていた。


「リリス、一年、六名!」


 私たちが受付の女性に紙を渡すと、線の細い見た目からは想像もできない大声が倉庫に飛んだ。


「へいっ! お待ち!」


 すぐさま、倉庫から二人の店員が六人分の小分けになった教科書を持ってきて、受付横の受け渡し口にドサッと置いていく。

 私たちは内容チェックをした後、そのまま渡り廊下を通って会計所へ向かう。


「発送とお持ち帰りのどちらにいたしますか?」


「発送で」


 窓口で代金の小金貨五枚を払ったら、会計所を後にして『マインフェルト書店』横のこじんまりとした通りに出る。

 このように教科書の受け取りは完全に流れ作業であり、私たちは十分ほどで一連の行為を終えることができた。

 なお、お持ち帰りと答えたのはアルサのみだった。


「そんな重いの、どうするの?」


「みんなと違って成績ヤバいからね~。入学式まで二日あるし、勉強しとかないと!」


 アルサは笑顔でバックパックに教科書を詰める。


「アルサさんはご立派ですね! 私ももっとがんばらないと!」


 ソフィアが謎にチラリと私を見ながら意気込む。


「はぇ~、アルサもソフィアもえらいなぁ。せっかく解放されたんやから、もっと気ぃ抜いてもええのに」


「カーラは気ぃ抜きすぎ~。受験終わった日からサボってたでしょ~? 帰ったら勉強ね~」


「ぐわぁ! 失言やった~!」


 ミーシャとカーラの漫才に、ソフィアやアルサが声を出して笑う。


「帰ったら、と言えば、お二人は同じ場所に宿泊を?」


「カーラの商会の支店を使わせてもらってるんだ~。ネル=ネコミミ族はラ・ピュセルに館を持っていないからね~」


「ソフィアはどうなん?」


 質問を返されたソフィアは私に「どうしましょう」って感じの表情を向けてくる。


「……私とソフィアは、私の師匠の家に、泊まってる」


 私が当たり障りなく答えると、ミーシャが「やっぱり~」と納得した顔をする。


「同じ薔薇の匂いがしてたから、そうじゃないかって思ってたんだよね~。いい香りだけど、二人の趣味~?」


「師匠が薔薇好き。私は、花は、分からない」


「ルシアさんのお師匠様……一体、どなたなんですの?」


 すると、なぜかセシリアが色めき立って尋ねてくる。


「言えない」


「そこをなんとか!」


「無理」


「そうですか……ちなみにわたくしは実家の館を借りていますわ」


 セシリアはとりあえず引き下がる。

 しかし、私は続く言葉にやや違和感を覚えた。

 私の師匠を知りたがるのは、人脈が重要な貴族であることを考えれば妥当だ。

 けれども、「実家の館を借りてい」るというのは、表現として違和感がある。

 実家の館なのだから、借りるなどと言わなくても使っているとか、泊まっているとか、もっと言いようがあるだろうに。


(まるでお金でも払って泊っているような……でも、セシリアは長女だし、極めて優秀。親にうとまれそうには思えないけど……)


「あたしは旧市街地に宿を借りてるよ! お金も入ったし、入学式まで何とか生きられそうだわ~!」


 アルサがそう言ってケラケラ笑った時、頭上にゴーンと鐘の音が響き渡った。


「な、なんですか、この音は?」


 大砲の音とでも思ったのだろうか、ソフィアがビックリして小さく飛び跳ねる。


「サンタカレア・デル=ラ・ピュセル大聖堂の鐘ですわ。朝の九時と、夕方の五時に鳴りますの」


 セシリアによれば、この鐘の音はラ・ピュセルではそれぞれ就業、終業の合図となっているらしい。

 もっとも、飲食店などはこれからがむしろ就業なので、すべての職業に当てはまるわけではないのだという。


「皆様、ディナーの時間になってきますが……この後はいかがいたしますか?」


 セシリアの質問に、カーラが軽く手を挙げる。


「うちとミーシャは家族合同でお祝いの予定やね! 六時から、あの『森の石窯亭』を予約してあんねん!」


「家族って言っても、ボクのうちからはお母様しか来られなかったんだけどねぇ~」


「『森の石窯亭』というと、ロマーノ海洋連合国の料理を出すお店でしたかしら。確かピッツァという焼きパンが有名なのだとか……」


「さすがセシリア、情報通だねぇ~。ピッツァは小麦の生地にチーズとかベーコン、トマトなんかを乗せてじっくり窯で焼いた料理なんだよ~。すっごく美味しいから、今度みんなで食べようね~」


 私もピッツァという料理については風のウワサで聞いたことがある程度だったけれど、ミーシャの表情からしてかなり美味しそうだ。


「ルシア様、私たちも帰った方が?」


「……そうだね。早く結果報告しないと、師匠が拗ねるし」


 多分だけど、師匠は合格祝いの料理を大量に用意しているだろう。

 私たちが夕食を済ませてから帰ったら、号泣してめんどくさすぎるムーブをするに決まっている。


「わたくしも、これから両親に報告をしなければいけませんので……名残惜しいですが、ここで解散といたしましょうか」


 私とソフィアのやり取りを受けて、セシリアが心底残念そうな表情で言う。


(両親に報告"しなければいけません"……やっぱり、何か含みのある言い方だな……)


 みんなを見ていると、普通リリス合格というのは、両親に喜んでもらえる一大快挙のようだ。

 それが、セシリアの場合はどうもそうじゃないらしく、むしろ報告したくなさそうにさえ見える。


(貴族も貴族で、大変なんだな……)

 

 私のような冒険者育ちには分からないけれど、世界三大魔術家の長女ともなれば、家との間に色々面倒なことがあるんだろう。

 取り巻きがいないのや、スリのアルサに道案内を頼んだこと、友達ができたとやたら嬉しそうだったことも、もしかしたらその辺りに原因があるのかもしれない。


「あ~、今日はここでお別れかぁ~……ねっ、入学式の後でいいから、絶対みんなでご飯食べに来ようね!」


 唯一予定がないらしいアルサがそう言って、目を輝かせてみんなを見る。

 

「もちろんですわ!」


「そん時はみんなでピッツァパーティーしようや!」


「可愛い服も見に行きたいね~」


「楽しみにさせていただきますね!」


 四人は口々に答え、最後に全員が私を見つめる。

 本音を言えば、リリスに入ったら暇な時間は研究していたいし、こんな人ごみの中にまた来るなんて気が進まない。

 だけど、今日は一日、何だかんだでつらいよりも楽しいと思える瞬間の方が多かったのもまた事実。


「……別に、いいけど」


 だからまあ、たまには付き合ってあげてもいい。


「照れてるルシア様、可愛いです!」


 私が答えた瞬間、ソフィアが意味不明なことを言いながら抱きついて来る。


「照れてないし……っ!」


 その身体を押しのけようとするも、「あたしも!」「うちも!」「ボクも~!」とアルサとミーシャとカーラがさらに抱きついて来る。


「うぐっ、ぐぅ、うぅ!」


「そ、それではわたくしも……えいっ!」


 最後にセシリアがおそるおそるという感じで抱きついて来て、私は完全に同期たちの身体に埋まってしまった。


「ご、ご飯、行く前に、死ぬ……っ」


 背がとりわけ低いせいで、みんなの胸がちょうど私の顔の辺りに押し付けられる。

 前から横から後ろから、私を襲う柔らかい球体。

 おろしたての制服に沁みた花のように爽やかな香りと、謎の甘ったるい香りに包まれて、私は窒息寸前まで苦しめられるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る