第64話:記念写真

「わたくしから提案があるのですけれど……みなさんで写真を撮りませんか?」


 杖の話も一段落して、そろそろお店を出ようかという空気になった頃。

 セシリアがやや高揚した表情でそう言った。


「写真って、あれだよね? なんかメッチャリアルな絵画的な!」


「おおむねアルサさんの認識で正しいですが、正確には感光紙に現実の像を焼き付けたものですわ。二年前に発表されたばかりの新技術ですが、このヴァルダザールの奥には写真館が併設されていますの!」


「写真……ウワサには聞いていますが、実際に撮るのは初めてです!」


「うちは商会で何度か見たことあるけど、自分が写るのは初めてや!」


「いいねぇ~、せっかくボクら新品の制服着てるんだし、残しちゃおっか~」


 私以外のみんなが賛成して、一斉に私に視線を向けてくる。


「……撮ってもいいけど、誰かにその写真、売ったりしないでよ」


 実は私は勇者パーティーにいた頃、写真に写った経験があった。

 冒険者は基本的に新しい技術が好きだし、勇者パーティーは知名度が高かったから、写真を撮って各地のギルドに飾るのは半分仕事に含まれていた。

 その時は仮面姿だったけど、本物そっくりの画像ができあがって驚いた思い出がある。

 素顔の私の写真を撮ってしまったら、一体いくらの値が付くのか想像もできない。


「売るわけないじゃありませんの! 思い出のために撮るのですから!」


「せやで! 確かにルシアの素顔の写真やったらごっつい値が付くやろうけど、思い出はお金じゃ買われへんもんやもん!」


「ボクも売らないよ~。むしろ枕元に飾るレベル~」


 セシリアとカーラとミーシャはそう言うが、私が一番心配しているのはアルサだ。

 生活に窮すれば、私の写真くらい平気で売りそうなものだけど。


「いくらなんでも、あたしだって売らないよぉ! それに売るんなら、六人じゃなくてルシア単体で撮ってさばくし!」


「単体でも、売らないで」


「分かったからそんな目で睨まないでって~!」


 アルサのノリは軽いけれど、その目はちゃんと真剣だから、どうやら嘘はついてなさそうだ。

 お金に少し余裕ができたって言ってたし、さすがに疑いすぎたかもしれない。


「なら、いいけど……」


 私が承諾して立ち上がると、隣でソフィアが「私も絶対、売ったりなんてしませんからね!」とドヤ顔をする。


「……ソフィアはむしろ、売ってもいいよ」


 なんか宗教画のイコンみたいに黄金の額縁に入れられて、ヤバい感じで崇拝されそうだし。


「ひどいですルシア様~!」


 ソフィアに肩を掴まれすごい勢いで揺さぶられ、私の視界はぐにゃぐにゃになった。


「さっ、お戯れはそれくらいにして、写真館に参りますわよ」


 セシリアについて、私たちは二階の渡り廊下を渡って離れのような建物に入る。

 そして、室内の廊下を通って階段を下りる。


「こちらが『ヴァルダザール写真館』ですわ!」


 到着したのは、喫茶店の店舗をちょうど半分の広さにした空間だった。

 周囲の壁には額縁に入れられた白黒の写真がいくつも飾られており、中には大国の王族が映っているものもある。

 階段から見て右手側のカウンターには、喫茶支配人兼写真館オーナーの名札を付けた老紳士が立っていた。


「ようこそ、リリスのお嬢様方。私はオーナーのフェルム・ダゲレオスでございます」


 豊かな白髪を撫でつけたスーツ姿のダゲレオス氏は丁寧に礼をし、人の背丈ほどもある写真機をカウンターから出してくる。

 それは木でできた長方形の武骨な箱で、前面にはガラス製の丸いレンズがはめ込まれていた。


「この箱がダゲレオスタイプと言いまして、私の光魔術と併用することで五分ほどで写真が完成いたします。また、枚数は十枚まで制作できますが、何枚がよろしいでしょうか?」


「六枚でよろしくお願いいたしますわ」


「かしこまりました。では、そちらの壁にお並びください」


 私たちカウンターとは反対側の、白い布が一面に垂らされている壁側に移動する。

 そこには椅子が二つ用意されており、頭上には魔導灯のライトが取り付けられていた。


「一番小さいルシアちゃんは椅子確定として~、ボクとアルサってどっちのが小さいかなぁ?」


「ネコミミ分だけアルサやないか? ソフィアとセシリアは背ぇ高いから両サイドで、うちとミーシャが真ん中でええんちゃう?」


 特に異論はないので、私は向かって左側の椅子に腰かける。

 背後は左端からソフィア、カーラ、ミーシャ、セシリアという並びだ。


「あの、注意して、ください」


 私は手を挙げてダゲレオス氏に一言告げ、仮面を外す。


「注意とは、一体何を……えっ……あっ……顔……顔が……」


 ダゲレオス氏は私の素顔を目にするや茫然自失となり、驚きの表情のままで静止してしまう。


「相変わらずえげつない顔の良さやな~……って、ミーシャも気絶しとる!」


「アルサさんもですわ! ソフィアさん、ダゲレオスさんの体調を見てきてくださる?」


「はい!」


 予想以上にドタバタした事態にはなったけれど、三人はすぐに意識を取り戻し、改めて私たちはダゲレオスタイプの前で集合する。


「そ、それでは撮影させていただきます……! 今から一分間、このレンズを見て、できるだけ動かないようにしてください! いきますよ……はい!」


 まだ声から動揺が抜けきっていないダゲレオス氏が合図すると、頭上の魔導灯がカッと大きな光を放った。

 眩しいけれど、目を閉じてしまうほどじゃないから、私は真顔でレンズを見続ける。

 緊張しているのか、あるいは興奮しているのか、肩に置かれたソフィアとカーラの手が小刻みに揺れている。

 気配からしか分からないけれど、ミーシャも、セシリアも、アルサも、同様に震えているらしい。


(慣れてるのは私だけか……それにしても、目が乾くな……)


 聞いた話では、少し瞬きするくらいなら別に問題はないらしい。

 だけど、ダゲレオスタイプの前に並ぶと、瞬きはおろか身体を少しでも動かすことでさえダメな気がするから不思議だ。

 特に事前注意されたわけでもないのに、他の五人も私と同じ心境にあるんだろうなって思うと、ちょっと面白い。


「……はい、大丈夫です!」


 やがて一分が経ち、私たちは一斉に「はぁ~」とため息を零して弛緩する。

 普段から動きが派手なアルサとカーラなんて「あ~!」とか叫びながら腕をぐるぐる回している。

 私は仮面を被り、ダゲレオス氏のところに行って現像作業を見守る。


(こっそり七枚目なんて作られたら、たまったもんじゃないし……)


「お~、液体に浸すんだ~。実験みたいで面白い~」


 ミーシャもやって来て、私と並んでダゲレオスタイプの下部を覗き込む。

 そこには特殊加工したガラスの箱が埋め込まれており、内部には現像液という特殊な液体が詰まっていた。

 ダゲレオス氏の魔術によって、ダゲレオスタイプ上部から下りてきた感光紙が現像液に浸される。

 その後、感光紙はさらに下部に送られ、またも魔術で乾かされる。

 その過程で、じんわりと像が浮かび上がって写真となるのだ。


「さあできました! こちら、六枚で大銀貨六枚となります」


 私たちは縦十五センチメルケル、横十センチメルケルの写真を、それぞれ紙袋に入れて渡される。


「こんなに細部までくっきりと……すごいですね、ルシア様!」


「うん。仕事が早いし、丁寧」


「ボクってこんなに美少女だったんだな~。ネコミミのふわふわ感まですごいや!」


「白黒なのにうちの髪が赤やって分かるもんなんやな! おもろいな~、今度うちの商会でも買うたろかな……」


「すっげぇ~! 写真マジヤバくね? 制服着ると、あたしもガチでリリス生に見えてるんだけど!」


「アルサさんは立派にリリス生ですわ……それにしても、思った以上の出来ですわね。サルビア連合共和国にも、ここまでの腕の写真師はおりませんわ!」


 大喜びする私たちを、ダゲレオス氏は目を細めて見つめ、「お褒めに預かり光栄です」と頭を下げた。

 揺るぎないその姿には職人としての矜持が現れており、私は七枚目を作るんじゃないかって疑ったことを心の中で謝罪した。


「もし、いつか、写真撮るなら……また、ここで撮る」


 私はそう言って、ダゲレオス氏に代金を手渡すのだった。

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