第62話:それぞれの出会い セシリア編2/2 可愛いにゃん

「さて……わたくしも運命を探しましょう」


 セシリアは指に火を灯して気持ちを切り替えると、オーシック通りを悠々と歩き始める。

 魔術具探しは初めてではないが、杖探しは初めてのため、魔力の揺れには細心の注意を払う。

 そうして、通りの半ばまで歩いて来た時、セシリアの火が大いに揺らいだ。


「ここ、ですわね」


 セシリアが立ち止まったのは『キャットウォーク杖&猫専門店』という小さなお店の前だった。

 外観はいたって普通の木造二階建てで、通りに面したガラスのウィンドウには何本か良さそうな杖が並べられている。


「杖と猫……はて?」


 よく分からない組み合わせに疑問を抱きつつ、セシリアは猫のシルエットが描かれた扉を開ける。


「お邪魔致しますわ」


「いらっしゃいませぇ~! えっ、あっ、リリスの学生さん!」


 出迎えてくれたのは、黒縁メガネをかけた獣人族の若い女性店員だった。

 ボリュームのあるぼさぼさ髪の頭部からはヒョウ耳が生えており、エプロンやシャツには大量に猫の毛がくっついている。

 名札には『キャシー・キャリー・キャットウォーク 店長』とあるため、彼女がここの主なのだろう。


「杖を探しに来たのですけれど……」


 セシリアは要件を告げつつ店内を観察する。

 二階までの吹き抜けになっているエントランスには大量のラグが敷かれ、あちこちで猫がくつろいでいる。

 壁には杖がしまわれた棚と猫用の階段があり、天井付近には縦横無尽にキャットウォークが走っていた。

 入って突き当りのカウンターの左右には巨大なキャットタワーが樹木のようにそびえ、目隠しのカーテン越しに見える奥の工房にもまた猫たちの姿があった。


(あ~、可愛いがたくさん……触ってみたいですけれど、ダメですわ! ここには杖探しにきたのですから!)


 セシリアは心を鬼にして可愛いの暴力から目を背ける。


「驚かせてしまったようですみません!」


 セシリアの動きを何か勘違いしたようで、キャシーは謝りながら近づいてくる。


「杖のお店なんですけどね、実はうち、猫ちゃんの販売店も兼ねていまして……って、こらっ、ぶーちゃん!」


 突然、ぶくぶくと太ったトラ柄の猫が、天井からキャシーに向かってダイブしてきた。

 潰される、と思ったセシリアだったが、キャシーは両手で軽く受け止めて"ぶーちゃん"を床に下ろす。

 ぶーちゃんはふんっと言った感じでキャシーから顔を逸らし、近くの木箱にぬるんと収まった。


「はははっ、やんちゃで困っちゃいます……あっ、杖ですよね! 今お持ちしますね!」


「え、ええ……お願いしますわ」


 セシリアは頭を下げつつ、キャシーのすごさに内心おののく。


(獣人族が身体能力に優れているというのは本当ですわね。ぶーちゃんという子はどう見ても五キロ以上ありますし……その不意打ちをああも簡単に受け止めるとは……)


 これまで獣人族と会う機会がほとんどなかったセシリアは、また一つ世界の広さを知った気分になった。


「ミーシャさんも力持ちなのかしら……」


 ネル=ネコミミ族の王族だという同期は、一見すると穏やかでのんびりした可愛い子にしか見えない。

 しかし、獣人族である以上、人間族の常識では考えられない身体能力を持っていてもおかしくはないのだ。


「お待たせしました~! こちらなどいかがでしょう?」


 キャシーが持ってきたのは、柄が猫の手に加工されている二十八センチメルケルの深緑色の杖だった。


「どれ……ああ、これは違いますわね」


 手に取ってすぐ、杖からピリッとした電流のようなものが走った。

 魔力を流すまでもなく求めているものではないと分かり、キャシーに杖を返す。


「こちらはどうでしょう?」


 次に手渡されたのは武骨な三十センチメルケルの黄みがかった茶色い杖だった。

 先程の杖と同じく柄が猫の手になっており、持ち手には布が巻き付けてある。


「これは……惜しいけれど、違いますわね」


 握り心地は悪くなかったが、魔力を通そうとすると強く抵抗されてしまった。


「そちらもですか……う~ん、となると……」


 キャシーは眉をへの字にし、こめかみをぐりぐりする。


「にゃ~!」


 すると、突然太った猫のぶーちゃんが鳴き声を上げて木箱から立ち上がった。

 何事かと眺めるセシリアとキャシーをしり目に、ぶーちゃんは杖の棚の前に歩いていく。

 そして、その巨体からは信じられないほど高いジャンプを繰り出し、杖の箱を一つ肉球でポンッと叩いた。


「ぶーちゃん! 何やってるの!」


 我に返ったキャシーが慌ててぶーちゃんをとっちめに行くが、ぶーちゃんは巨体をひらりと翻し、すぐさま手の届かないキャットウォークの上まで行ってしまう。

 見た目に反して、ぶーちゃんはかなり運動能力に優れているようだ。


「すみませんお客様!」


「いえ……それよりも、ぶーちゃんさんが落としたその杖……ちょっと触ってみてもよろしくて?」


「えっ、これですか? いいですけど……」


 キャシーは箱を拾ってほこりを払ってから開けると、中にあった杖をセシリアに手渡してくれる。


「これは……うん……うん……」


 それは、二十五センチメルケルとやや小ぶりな杖だった。

 全体が炎のように赤く、やはり柄は猫の手の形になっている。

 握り部分には滑り止め用の溝として、猫の肉球が足跡のように彫られていた。


「いい……いい、ですわね!」


 握ってみるとしっくり来て、魔力を流すと気持ちよく通った。

 杖から返ってくる魔力も程よく熱い良好なもので、セシリアの魔力を邪魔しない品の良さがある。


「"火球"……なっ、なんとっ!」


 試しに"火球"を発動してみると、燃え上がった火はセシリアのイメージとは関係なく猫の形を取った。


「わ~、お客様のことが気に入ったみたいですよぉ!」


 キャシーが尻尾を振り振りしながら目を輝かせる。


「うちの猫ちゃんシリーズは、主と出会うと魔術が猫ちゃんになるんです! あっ、もちろん普通の魔術もできるのでご安心を!」


「そ、そうでしたのね……」


(てっきり、猫ちゃん可愛いって気持ちが魔術に出てしまったのかと焦りましたわ!)


「その杖は猫ちゃんシリーズの中でも比較的新しいものになりますね。基本材にはニレ、コーティングにはマグナ鉱石粒子とジュージュー漆、芯材には火焔猫ジャルグルの髭を使っています!」


「ニレは魔術の失敗が少なく、優雅な発動を助けると記憶していますわ。コーティングは二種とも火属性系で合っていまして?」


「そそそ、そうなんですよ! さすがはリリスのお嬢様、お詳しいですね!」


 キャシーは尻尾をぶんぶんさせ、カウンターへとセシリアを誘導する。

 そして、ふんぞり返っている三毛猫を床に下ろすと、杖の詳細について書かれた図を広げた。


「芯材に使われている火焔猫ジャルグルというのは北方の雪山に棲んでいる幻獣種でして。別名"溶岩を飲む猫"……その髭は常に高温なので、マグナ鉱石やジュージュー漆でコーティングしないと、ニレがすぐに燃えてしまうのです!」


「そういうわけでしたのね。どうりで魔力が温かいと思いましたわ」


「ですです! ニレの安定感と火焔猫の火力が合わさったその杖は、火属性魔術において特に高い適正を示します!」


「火属性……わたくしの一番得意な属性ですわ」


「でしょうね、杖はそういうのに敏感ですから! あっ、一応、私が最初におすすめした二本も、火属性が強い杖ではあったんですよ?」


 ぶーちゃんの観察眼には敵わなかったですけど、とキャシーは半ば悔しそうに、半ば嬉しそうに頭を掻く。


「動物の観察眼は時に我々を凌ぎますから……それはそうと、この杖をいただけますかしら?」


「あっ、はい! お会計はこちらで!」


 杖の代金に小金貨二枚と大銀貨三枚を払い、セシリアは杖を腰のホルスターに挿す。


「ありがとうございました。ぶーちゃんさんも、ありがとうね」


 キャシーに頭を下げ、天井付近でスライムのように伸びているぶーちゃんにも軽く手を振る。

 ぶーちゃんはセシリアを一瞥し、見下したような表情で一言「ぶみゃ~」と鳴いた。


「またのお越しを~!」


 キャシーと大量の猫たちに見送られ、セシリアは『キャットウォーク杖&猫専門店』を後にした。


「さて、みなさんはどんな杖を手に入れたのでしょう。お茶をいただきながら、たっぷりと土産話をお聞きしないと!」

 

 これから始まるのは、社交辞令の飛び交う貴族のお茶会ではなく、ずっと憧れてきた気軽で楽しい魔女見習いのお茶会だ。

 まだ若干の緊張はあるけれど、それ以上にセシリアの気持ちは大いに高揚していた。


「リリスに合格して、本当に良かったですわ~!」


 珍しくウキウキと弾むような足取りで、セシリアはヴァルダザールを目指して歩き出した。

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