第60話:それぞれの出会い カーラ編 胸の内に炎が燃える

 仲間たちがオーシック通りに散っていくと、カーラもまたのんびりと通りを歩き出した。


「杖との出会いは運命か~。なんや、楽しみやな!」


 幼少期から商人修行をしてきているカーラにとって、「杖との出会いは運命である」という考え方はしっくりと馴染むものだった。

 商品というのはすべからく、誰か欲する人がいて初めて商品たり得る。

 極めて珍しいものから生活必需品に至るまで、需要がなければ商売は成り立たない。

 するとある意味、どの商品にもそれを欲する運命の相手がいるというわけだ。

 欲しいと願っている人と商品とを引き合わせる商人は、ある意味で縁結びに近いことをしていると言ってもいい。


(もちろん、試験的に売ってみるとか、需要無くても確保しておくとかもあるわけやけど……それでも、いつかは相手が現れるし、現れんかったらその商人自体が運命の相手っちゅうわけで……)


 とにかく、人とモノは縁あって結びつくものであるとカーラは信じていた。


「うちの縁は最近良好やからな! 楽しみやで~」


 幼馴染のミーシャとリリス受験のためにラ・ピュセルにやって来て、カーラはすでに四人の個性的な魔女見習いと知り合った。

 最初に出会った時はまだお互い受験前だったルシアとソフィアに、合格発表のお祭り騒ぎの中で再開した時は運命を感じた。

 その後、制服選びで出会ったアルサとは何かと気が合うし、まさにお嬢様なセシリアにも憧れに似た好感を抱いていた。


「このままいい杖とも出会いたいもんやな」


 杖の場合、縁を結ぶには魔術を使うのだとセシリアが説明してくれた。

 その後、ルシアが実践して見せてくれたから、やり方はばっちりだ。


「あの二人、ホンマに優秀やったもんなぁ……ソフィアもミーシャくらいできるオーラ出てたし……アルサだって総合点はうちより上やった……」


 良縁が導いてくれた相手はみな、カーラよりも優秀だった。

 カーラは算術以外の筆記は合格点ギリギリ、実技は合格点以下、面接は商人で鍛えたスキルで何とか高得点を取り、特記事項もあって滑り込みで試験に合格していた。

 他人に対して劣等感を抱くタイプではないカーラであるが、さすがに同期たちから出遅れているというのはひしひしと感じている。

 

「だからこそ、杖なんや! 相棒見っけて、一気にうちが天下取るんや! 頼むで、"火球"!」


 カーラはバシッと頬を叩いて自分に気合いを入れると、セシリアがやっていたように"火球"を発動した。

 指先に小さく灯すのは技巧的に無理だから、立ち止まって手のひらを上に向けた状態でそこに発生させた。


「って、えっ……?」


 すると、どういうわけか火の球は、灯ってすぐにシュッと音を立てて消えてしまった。


「な、なんでや? さすがに"火球"でミスるほど実技下手やないはずやのに!」


 カーラは首を傾げつつ、詠唱込みで丁寧に"火球"を発動させてみる。

 しかし今度も、火は灯ったものの、すぐに水をかけたみたいに消えてしまったではないか。


「セシリアは"囁き"言うてたから、もしかして魔力込めすぎなんかな?」


 三度目の正直とばかりに極めて少ない魔力で"火球"を発動する。


「……ん? なんや、今の?」


 火はやはり灯ってすぐ消えてしまったが、これまでと違って消え方が穏やかだったようにカーラには思えた。


「こりゃ、何かがうちの火を消してるな……じゃあ、これや! "火球連射"!」


 カーラは空に手を向け、大きめの火の球を五つ連続して発射する。


「やっぱし! でかい火を優先して消してる奴がおるな!」


 予想通り、カーラの手の平から火球が発射された瞬間にはもう、謎の力が火を消していた。


「今のはバッチリ、魔力が飛んできたって分かったで! まっ、ミーシャたちだったら一回目ので分かるんやろうけど……」


 魔力の出所は、すぐそばにある『ルーデンス魔術具店 オーシック支店』のようだった。

 木造二階建てで通りに面した前面がすべてガラス張りになっているオシャレな外見に、カーラは少しだけためらいを覚える。

 しかし、一度自分の身体を見下ろして「うちはリリス生……うちはリリス生なんや!」と言い聞かせる。

 リリスの制服に身を包んだ自分を『フルードリス』で見た時、カーラは別人に生まれ変わったような気分になった。

 そこにいたのは、カーラが憧れ、妄想していた夢の中のお嬢様そのものだった。


「こんなうちでも、お嬢様になれるんや!」


 別にカーラはそれまでも、自分の容姿を嫌いなわけではなかった。

 赤い短髪やスレンダーな体型、快活な顔の造りなどから生み出される親しみやすい雰囲気は、商人として強力な武器だった。

 しかし、小説などを読んで憧れていた「お嬢様」にだけはなれないなと、初めから諦めているフシがあった。


(ソフィアやセシリアみたいなんが、うちにとってはずっと憧れのお嬢様やった……ミーシャだって、いつもは適当だけどちゃんとすればお嬢様やったし)


 ミーシャ十歳の記念に開かれた晩餐会で、着飾ったミーシャを初めて見た時はショックだった。

 一緒に森で冒険者ごっこをしていたネコミミ族の幼馴染はそこにはおらず、ミーシャは控えめな笑みを浮かべて愛想を振りまく完璧なお嬢様となっていた。


(まっ、後半疲れて二人で抜け出した時はいつものミーシャやったけど……)


 ドレス姿のミーシャの手を引き、ミュンヘルの街を二人で駆けた思い出の夜。

 カーラは自分がずっと憧れていた物語の中の騎士様になったような気がした。

 そして同時に、いつか自分もお嬢様の立場になって、誰かにこうして手を引いてはもらえないだろうかとも思ったものだ。


(騎士様もお嬢様も、うちは両方なってみたい!)


 とはいえ、憧れはあくまで憧れで、現実のカーラはどんどん「お嬢様」の方向性とは離れていった。


(そのせいで、よけい騎士物語が好きになったんよな……訳ありの可愛いお嬢様をカッコいい騎士様が助けてくれる恋愛もの……)


 気が付けば、カーラは誰にもナイショで騎士物語の妄想をするようになっていた。

 騎士様気分の時は、晩餐会の夜のようにお嬢様を颯爽と連れ出す妄想。

 お嬢様気分の時は、逆に騎士様に抱きかかえられてミュンヘルの空を駆ける妄想。

 相手役の姿は黒い靄に包まれて見えない時もあれば、着飾ったミーシャだった時もあった。

 幼馴染相手に甘いラブストーリーを妄想するのは気恥ずかしかったが、不思議と止めようとは思わなかった。


(本人に言わなきゃいいだけやし……)


 どうやら可愛い服を着てみたいというカーラの願望は見抜かれているフシがあるが、騎士物語妄想まではまだバレていない。

 この一線は何としても死守しなければとカーラは強く決意している。

 そのためなら、可愛い服を着たい願望のことは、逆にオープンにしてもいいとさえ思う。

 ようするに、本命を守るための目くらましというわけだ。


「リリスの制服が、うちに教えてくれた……自分には無理なんて思わんでええ。これからは、もっと色々着てみるんや!」 


 ミーシャがやたらと自分を着飾りたがるのも、今なら少しだけ、ほんの少しだけ理解できるような気がする。


「まっ、さすがに乙女服はミーシャのが似合うけどな! ふわふわで可愛いし、胸だってうちより全然でっかいんやから!」


 何となく気恥ずかしくなってきて、誰に対してでもない言い訳を述べつつ、カーラは『ルーデンス魔術具店』の方に意識を戻す。


「"火球"! うんっ……やっぱここやな!」


 念のためもう一回"火球"を出してみて、完全に出所を把握したカーラは、両開きの扉に手をかける。


「お邪魔しま~……あっ」


 そうして店内に足を踏み入れた瞬間、カーラは運命に出会った。

 入って正面、新商品コーナーに並べられた朱塗りの杖と、バッチリ目が合ったのである。


「あんたが火、消しとった杖やな」


 カーラが言葉をかけると、杖の方もまた魔力を胎動させて答える。

 一人と一本の間に魔力の橋が架かり、お互いのことを探り合う。

 店内には他の客も大勢いるが、カーラの耳には杖の発する低い魔力の音しか入ってきていない。


「いらっしゃいませぇ~!」


 エプロンをつけた女性店員が入り口に突っ立ったままのカーラに声をかけるが、やはり耳には届かない。


「お客様? あの、何を……」


 店員は新人のようで、カーラに何が起こっているのかイマイチ把握できていない様子だ。

 おそるおそるといった感じで、カーラの肩に手を触れようとする。


「触れてはいけません! トーマさん!」


 と、触れる寸前でお店の奥から店長の注意が飛んだ。

 新人は慌てて手を引っ込め、泣きそうになって振り返る。


「お客様は今、杖と"対面"なされています。お互いの魔力を探り合い、相性を確かめているのです。それはいわばお見合いの最初の顔合わせ。それを部外者が邪魔してどうなるかは、火を見るよりも明らかです」


「は、はい! 気を付けます!」


 店長と新人店員のそんなやり取りにもまったく気づかず、カーラはゆっくりと杖に近づいていく。


「赤いな……でも、赤土みたいな渋い色や。うち、あんたみたいなん嫌いやないで」


 無意識に言葉が漏れると、杖の方も「お前も赤いな」といった調子の意思を魔力を介して返してくる。

 カーラがニヤッと笑うと、杖に顔はないが、杖の方も笑ったのが分かった。


「触らせてもらうで……なんや、えろう持ちやすいやんか」


 カーラは貴重品を扱う際の商人の手つきで慎重に杖を握る。

 杖の表面は見た目以上にサラリとしており、カーラの少しがさついた手によく馴染んだ。

 全長は二十五センチメルケルで、鍔や柄の部分には牡丹の装飾が浮き彫りされている。


「うん……魔力もええ感じやないの……」


 カーラの魔力を流すと、杖からも熱い魔力が返ってきた。

 二つの魔力はぐるぐると循環するうちに混ざり合い、やがてお互いの魔力を受け入れて一つになる。


「ほら、今ですよ」


「は、はい! お客様!」


 しげしげと杖を眺めるカーラに、店長に促された新人店員が声をかける。


「よろしければ、そちらの商品のご説明をさせてください!」


 そこでカーラは初めて自分以外に店内に人がいることに気付いた様子で「えっ、あっ、よろしゅう頼んます!」と頭を下げた。


「そちらは当店所属の杖職人オリヴァー・ガイルの新作です。基本材には、魔力を安定して集めると評判のリンゴの木が使われ、コーティングには東方の神仙漆・朱が塗られています。これは東方の神域である"神社"の入り口に使われるのと同じコーティング剤で、発動後に杖が魔術を維持するのを助けます」


「へぇ~……リンゴの木って、杖に使うことあるんや」


「はい。かつては虫食い対策が難しかったのですが、最近では神仙漆など虫対策が広まりまして、リンゴの木は人気の基本材となっています」


「なるほど……それで、芯材は?」


 杖にはあまり詳しくなカーラでも、芯材が最も重要であることは知っていた。

 基本材と芯材の相性が悪いと、どんなに高価な素材を使っていてもいい杖はできないという。


火焔猩々かえんしょうじょうの髭です。こちらも東方由来の素材で、大変貴重なものとなっております」


「火焔猩々?」


「何でも東方に住む希少な魔獣だとか……深い山奥で暮らしており、戦闘時にはその立派な髭一本一本から魔術を放ってくるのだそうです」


 説明を聞いて、カーラの脳内に真っ赤で巨大な猩々の姿が浮かんだ。

 どういう生え方をしているのかは分からないが、髭というのだから顔の下半分に生えているのだろう。

 そこから魔術をたくさん放つなんて、傍から見たらドラゴンブレスに近いんじゃないだろうか。


「面白そうな魔獣やな……リンゴの木との相性は?」


「それはもうばっちりかと。なにせ、この魔獣の髭を入手する条件が新鮮なリンゴとの物々交換だというのですから。ただし、生息地があまりにも深山のため、新鮮なリンゴを持っていくのには多大な苦労が伴うとのことです」


「そいつはますます面白そうやな……いつか会ってみたいわ! それじゃ、由来も分かったことやし、ちょっと振らせてもらえる?」


「はい、こちらへどうぞ!」


 カーラが店員に案内されたのは、店の奥にある試射スペースだった。

 そこには、リリスの実技試験と同じように魔力を拡散させるロストアーク石で加工されたレーンが三つ並んでいる。

 すぐ隣ではカーラと同じように杖を持ってきた魔女見習いたちが、F級魔術を試していた。


「ほな……"火球"! ってうおっ!」


 カーラはお試しとばかりに、魔力をほとんど込めずにF級魔術"火球"を発動する。

 すると、なぜか杖からは特大の"火球"が飛び出し、豪快な破壊音と共に的を消し飛ばした。

 あまりの威力に空気が震え、店中の人間が何事かと試射スペースに目を向ける。


「すっ、すごい威力……さすがはリリスのお嬢様ですね!」


 驚きのあまり尻もちをついていた店員が立ち上がり、瞳を輝かせてカーラを褒める。

 すると、隣のブースや店内からも「さすがです!」と尊敬の混じった声が次々とかけられる。


「あ、ありがとな~……」


 こんなつもりじゃなかったのに、と思いつつカーラは素直に称賛を受け取り、手元の杖をじっと見つめる。

 朱塗りの杖は魔導灯の明かりに照らされ、どんなもんだいと誇らしげに輝いているように見える。


「……もしかして、さっきまで消してたうちの火、お前吸い込んだな?」


 カーラの問いかけに杖は何も答えないが、それが返ってカーラの確信を強くする。


(発動はできたんやし、持ってる限りは火を消すことはなさそうか……ならまあ、いいか)


 今後、火を吸収する条件を調べようと心に決めつつ、カーラは店員さんに購入を告げる。

 この『ルーデンス魔術具店』はリリスと提携しているお店らしく、杖の価格は二割引きだった。


「ほな、小金貨一枚と大銀貨五枚で。これでうちらは"婚姻"やな」


 お会計を済ませたカーラはホクホク顔で杖を腰のホルスターに装着すると、ヴァルダザールを目指して歩き出す。


(すんなり杖とも出会えたし、書店で騎士物語の新刊買ってこか! もちろんみんなにはナイショでな!)


 カーラの足取りは、いつも以上に楽しそうだった。

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